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「汚職追放」の裏の意味

2011-01-30 | 日記
櫻井よしこ 『異形の大国 中国』 ( p.186 )

 中国国内の権力闘争がひとつの山場を迎えている。中国共産党が06年9月24日、上海市トップの陳良宇党政治局委員を解任したのだ。陳氏は江沢民前国家主席に連なる「上海閥」の有力メンバーの一人だ。この解任は胡錦濤国家主席が江氏一派の権力排除に向けて大きく動き出したことを意味する。
 陳氏解任がいかに重大な意味を持つかは、中国共産党のここ10年ほどの人事抗争を振りかえれば明白だ。
 周知のように江沢民氏は93年の全国人民代表大会で国家主席に選ばれた。だが彼は、89年に党総書記になったときも、その4年後に国家主席になったときも、小平の操り人形にすぎなかった。そんな状況は、しかし、の高齢化とともに変化する。は94年までに認知症に陥り、97年に死去した。
 江氏は、小平の影響力残存を嫌い、一派を排除するのに「汚職追放」の手を用いた。中国共産党は、かつての国民党と同じく、汚職にまみれた組織だ。どの人物もどの派閥も叩けば必ず埃が出る。中国で政敵を追放するのに、汚職ほど万人に当てはまる好都合な材料はないのである。
 中国問題に詳しい東京新聞編集委員の清水美和氏が語る。
「江氏は小平が目をかけた北京市の党委書記、陳希同をまず槍玉に挙げたのです。陳は党政治局委員という非常に高い地位にありました。江氏はこの高位の人間を摘発し、さらに陳の盟友で、小平の国有企業改革の模範的ケースとされた首都鉄鋼のトップの周冠五を汚職で摘発しました。その息子の周北方も逮捕して死刑判決を出しました。死刑は執行しなかったけれど、これは関係者を震え上がらせた。周北方のビジネスパートナーは、小平の息子だったのです」
 これが95年のことだ。江氏はこうした形で一族に "死の恐怖" を味わわせ沈黙させた。そして前述のように、小平はなす術もなく、認知症のまま、97年2月に死去した。

★繰り返される独裁の道

 江氏は03年に胡氏に国家主席の地位を譲ったが、自分の手下を要所々々に置いて去った。前権力者とその係累を迫害した自らの行為の記憶は、後任者が自分にも同じことをするという恐怖につながる。江氏は、自分と一族を守るために、中国共産党の最高権力集団である常務委員会に、呉邦国、賈(か)慶林、曾慶紅、黄菊、李長春の5名の江人脈を残したのだ。常務委員会のメンバーは9名、したがって5名は過半数だ。
 胡氏は、国家主席に就任したものの、最高権力集団は5対4で江派の力が強い。胡氏は少数派であり続けた。にもかかわらず、今回、江派の陳良宇氏の解任が可能になったのは、江派実力者で国家副主席の曾慶紅氏が江氏と袂(たもと)を分かち、胡氏と手を組んだからだと分析されている。
 胡主席が自分の政治を行うには最高政策決定機関、党常務委員会の力関係を江派優勢から自派優勢に変えなければならない。でなければ、胡体制の安定はない。党人事は来年07年秋の全人代で山場を迎える。
 党大会は地方代表の選出から始まる。つまり、党中央人事は地方党組織の人事から始まるわけだ。権力の構図を劇的に変えるという点で、上海市の陳氏解任は、かつて江氏が陳希同氏を槍玉に挙げたのに匹敵する意味がある。中国共産党内の前権力者を叩き潰す闘争は、同じパターンで繰り返されているのだ。


 江沢民は小平の影響力を排除するために、「汚職追放」の手を用いた。そして胡錦濤も同様に、「汚職追放」を口実に江沢民の影響力を排除しようとしている、と書かれています。



 いかに独裁者といえども、政敵を排除するためには「なんらかの口実」が必要であることがわかります。

 誰が見ても「政敵排除」を狙っているな、とわかる場合であっても、「いや。そうではない。汚職を追放し、世の中をよくするためだ」という「口実」がなければ、できないのが人間である、と考えてよいと思います。

 このブログでときどき言及している湯山孝弘弁護士の場合も、(いかに私にとって迷惑であっても)「アドバイスしてやってるんだ!!」という「口実」がなければ、「いままで築き上げてきたものを失わないために」私を黙らせようとする行動ができなかったと考えられます (「弁護士による「詭弁・とぼけ」かもしれない実例」参照 ) 。

 人間とは、こういうものなのかもしれません。



 ところで、今回、注目したいのは胡錦濤が打った手です。

 「中国が集団指導体制に移行した理由と、民主化の可能性」に述べたように、江沢民はわが身とわが一族を守るために、中国共産党を集団指導体制に変え、次期最高権力者の力を弱める手立てを講じていました。これを打破しなければ、胡錦濤は動けません。

 上記引用には、胡錦濤が動けたのは、
江派実力者で国家副主席の曾慶紅氏が江氏と袂(たもと)を分かち、胡氏と手を組んだからだと分析されている。
とあります。

 これが「たまたま」曾慶紅と江沢民の関係が悪化したことによるものなのか、あるいは、胡錦濤による「買収など」によるものなのか、そのあたりが興味深いところです。実際はどうなのか、それは今回の引用ではわかりませんが、(重要だと思われますので) 今後、なんらかの情報をみつけ次第、ブログに書きたいと思います。



 しかし、小平の場合も、江沢民の場合も、「鉄壁」かと思われる「防御策」を講じていましたが、いずれも破られていることがわかります。完璧な策など、もともとあり得ないのかもしれません。このあたりも重要なところだと思います。



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