田中宇 『日本が「対米従属」を脱する日』 ( p.6 )
経済分野での世界的な意志決定機関が、ドルの単独覇権体制を守るための米英中心主義のG7から、ドル崩壊後の多極型通貨体制への移行を管理するG20へと代わったのと同様、政治分野の世界的な意志決定機関についても転換が起きている。政治的な世界の意志決定機関は従来から国連であるが、国連は、冷戦時代には米ソ対立の影響で機能を果たしきれず、冷戦後は国連よりもG7(もしくはロシアを含めたG8)が政治面の主導権を握ることが多かった。01年の9・11テロ事件後は、米国が単独覇権主義を打ち出し、国連もG7も軽視して米国だけで世界のことを決める姿勢を強めた。
だが、米政権がブッシュからオバマに代わると同時に、米国は国連を再重視する姿勢を打ち出した。オバマの国連重視は、一見すると国連を舞台にした米国覇権の強化策と見えるが、最近の国連は中国・ロシア・ブラジル・インドといったBRIC諸国(新興市場諸国)や、アラブ・アフリカ・中南米などの発展途上諸国の発言力が強まっている。オバマの重視策によって国連が強化されるほど、国連は米国の意に反する意志決定を行う傾向が強くなり、世界的な意志決定の権限(覇権)は、米国から、新興市場諸国や発展途上諸国が動かす国連へと移っていく。オバマは国連が「世界政府」になっていく過程を容認しているともいえる。米英中心の世界体制が崩れ、多極型の世界体制へと移行する動きを、ここでも米国自身が誘導ないし扇動している。
国連でのオバマの隠れ多極化戦略で象徴的なのは「世界的核廃絶」の構想だ。オバマは国連で09年9月末、米大統領自ら議長を務める前代未聞の安保理事会を開き、核拡散防止条約(NPT)の強化や米露核軍縮の推進などによって、世界の完全な核廃絶を目指すことを決めた安保理決議1887を全会一致で採択した。この核廃絶決議は、これまで核兵器の保有を暗黙のうちに認められてきた5ヵ国の安保理常任理事国(5大国)の核廃絶も含んでいる。米国自身も核廃絶しなければならない。
5大国だけが核兵器保有を認められてきた従来の状態は、この5大国が国連安保理事会の常任理事国であることと密接につながっている。1940~50年代に米国は5大国制度を作るため、中ソが核兵器技術を得ることを黙認し、核武装させた疑いがある。だが今後は、G20がG8に取って代わったように、国連も多極型の新体制に移行していき、5大国制度は再編され、5大国だけが核保有を容認されていた体制も終わるだろう。
核兵器は、単独覇権型の世界支配の道具には使えるが、多極型の安定重視の世界には不必要だ。多極型世界では、BRICや発展途上諸国の発言力が強くなるが、その多くは核兵器ではなく、国連など国家間民主主義の場での「数の力」を武器としている。核兵器は国家間の対等関係を破壊するので、今後の多極型世界では禁止すべきものになる。従来の「建前は禁止だが本質は少し違う」というのではなく、本気で禁止されるものになるだろう。理想論からではなく、国際体制の転換の結果として、核廃絶が必要になっている。
国連が世界政府となる多極型の新世界秩序は、世界の各地域が、その地域の大国を中心に協調し、内戦や紛争をできるだけ地域内で解決する体制である。従来のような、米英が全世界の地域紛争に介入する体制は終わる。米国は、世界の中心から北米地域の中心に自らを格下げする。東アジアでは中国が中心となりそうだ。こうした政治面での地域ごとの安保体制作りは、経済面での地域通貨統合や自由貿易圏作り、IMFでの新興諸国の発言権増大などと並行して進んでおり、全体として世界体制の多極化の流れとなっている。
経済面での多極化と同時に、政治面でも多極化の流れが始まっている。米国自身が「世界の中心から北米地域の中心に自らを格下げする」。オバマの「世界的核廃絶」もその流れの中で起きた必然である、と書かれています。
米国が政治面で、「世界の中心から北米地域の中心に自らを格下げする」かどうかは、私にはわかりません。
しかし、著者の主張を前提とした場合であっても、たしかなことがひとつ、あります。
長期的にはともかく、
当面、米国は (政治的に) 自らを格下げしない
ということです。
「
オバマの「増税=公正」論」をみるかぎり、オバマ大統領は「公正」を重視しているようです。したがって著者が述べているように、大統領が民主主義的な「数の力」を中心とした国連中心主義へと世界を誘導しようとしている可能性はあると思います。
しかし、そうであるなら、中国が民主化されないかぎり、
国連が世界政府となる多極型の新世界秩序は、世界の各地域が、その地域の大国を中心に協調し、内戦や紛争をできるだけ地域内で解決する体制である。従来のような、米英が全世界の地域紛争に介入する体制は終わる。米国は、世界の中心から北米地域の中心に自らを格下げする。東アジアでは中国が中心となりそうだ。こうした政治面での地域ごとの安保体制作りは、…(中略)…全体として世界体制の多極化の流れとなっている。
といった「流れ」を米国は容認しないでしょう。公正・民主主義を重視するオバマ大統領が、東アジアでは「独裁体制の中国」を中心として「協調」することを容認するはずがありません。
したがって著者の分析が「正しい」場合であっても、「政治面での多極化」は中国などの独裁体制が民主化されることが「前提」になります。しかし、おそらく当面、中国は民主化されないでしょう。したがって、上に述べたように、「当面、米国は世界の中心から北米地域の中心に自らを格下げしない」ということになります。
ところで、「世界的核廃絶」についてはどうでしょうか。たしかに独裁国家が民主化され、世界的に民主主義が根づけば、その可能性はあるかもしれません。
しかし、ひとつ気になることがあります。
著者のように、
1940~50年代に米国は5大国制度を作るため、中ソが核兵器技術を得ることを黙認し、核武装させた疑いがある。
と述べつつ、
核兵器は、単独覇権型の世界支配の道具には使えるが、多極型の安定重視の世界には不必要だ。…(中略)…核兵器は国家間の対等関係を破壊するので、今後の多極型世界では禁止すべきものになる。従来の「建前は禁止だが本質は少し違う」というのではなく、本気で禁止されるものになるだろう。理想論からではなく、国際体制の転換の結果として、核廃絶が必要になっている。
と分析するのは、「論理が破綻している」のではないでしょうか。
米国が5大国制度を作るために中ソの核武装を黙認したのなら、
多極化世界への移行に伴い、
世界中の国々が核武装することになる
と予想・分析するのが当然だと思います。このように分析・予想しなければ、論理が一貫しません。
いまなお米国は、沖縄の米軍基地の重要性を指摘しています (「
宜野湾市長の主張もおかしい (普天間基地移設問題)」など参照 ) 。
したがって、すくなくとも中国などの独裁国家が民主化されないかぎり、世界的核廃絶はあり得ない、と考えてよいと思います。
オバマ大統領のいう「核兵器のない世界」は、独裁国家の民主化が「前提になっている」と考えるべきではないでしょうか。このように理解すれば、大統領は「嘘をついていない」ということになります。