最近サボリまくりだったので久しぶりにちゃんとお勉強。
先ずは大阪大教授の小野田先生による「指導者と保護者、その過熱、待った」というレポート。
今や大学入学の半数以上が学校推薦や総合型選抜。当方達世代では考えられない事だが、もはやテストで入学しているのは半数以下。「スポーツ推薦」もその一つで4割の大学が実施し、それ以外の大学でも推薦枠が存在。小野田先生は推薦の半数以上にスポーツ活動の実績が絡んでいると。そうなると当然に「勝利至上主義」に陥る問題が出てくる訳で・・・スポーツが商品化され、パイ(子供)の奪い合いも含めた「部活ビジネス」にメスを入れていく必要があると指摘する。確かにこの部活ビジネスは良い面と悪い面が大き過ぎて、難しい問題だなーと常々感じる所ではある。
お次は岐阜大学の春日教授による「する、みる、話す、親から育まれるもの」。
先ずは運動能力において、やはり第二子(三人以上の中間子)が最も高いというデータから。続いて第一子で、一人っ子が最も低くなるとの事。以前のサッカー日本代表がキーパー以外の全員が第二子以降だった時があったほど・・・まさに子供の運動能力は環境に依存すると。そしてスポーツを共に観戦し、話す習慣があるだけでも体力は高くなる傾向らしい。つまり子供の運動能力の高低は、親の運動への興味度合がそのまま反映される確率が高いと。満六歳の幼児期までに、運動や遊びをどれだけ習慣づけられるかにかかっていると指摘。かつての子供なら放課後になれば勝手に友達と群れて遊んで育まれた「時間・空間・仲間」の三間が無くなってしまったとも。学力総合得点と体力総合評価の割合が示され、活発に遊ぶ子供ほど学力が高いという事実を示す。その理由は非認知能力・・・運動を取り入れられる事で時間の使い方や生活にメリハリが出て、それが自発性や効率性に繋がると。そして親は極端なリスクを恐れない事と指導者の悪口を絶対に言わない事と指摘。親が子供の前でコーチの悪口を言えば、子供は間違いなくコーチをバカにし始める。この習慣は百害あって一利無しだと声を大にする。自分も気をつけなきゃと・・・子供いないけど。
続いて大阪教育大学の松田教諭による「指導者がめざすもの、保護者が見つめるもの」。
指導者が特定の枠組みに固執するSportsに留まるのか、それともSportの語源となったデポルターレ(気晴らし)に繋がる広範な視野を持てるのか・・・これは大きく違うと。そして成長するためには枠の外に出る以外に有り得ないとも・・・保護者も指導者も常に外の世界に飛び出す事が大切で、勇気を持ってチャレンジして欲しいと。ココ多くの日本人にとって耳が痛い所だなと・・・。
最近サボりまくっていたけど、勉強し続ける大切さを久々に痛感。人に指導する前に先ずは自分からって感じ。
先ずは大阪大教授の小野田先生による「指導者と保護者、その過熱、待った」というレポート。
今や大学入学の半数以上が学校推薦や総合型選抜。当方達世代では考えられない事だが、もはやテストで入学しているのは半数以下。「スポーツ推薦」もその一つで4割の大学が実施し、それ以外の大学でも推薦枠が存在。小野田先生は推薦の半数以上にスポーツ活動の実績が絡んでいると。そうなると当然に「勝利至上主義」に陥る問題が出てくる訳で・・・スポーツが商品化され、パイ(子供)の奪い合いも含めた「部活ビジネス」にメスを入れていく必要があると指摘する。確かにこの部活ビジネスは良い面と悪い面が大き過ぎて、難しい問題だなーと常々感じる所ではある。
お次は岐阜大学の春日教授による「する、みる、話す、親から育まれるもの」。
先ずは運動能力において、やはり第二子(三人以上の中間子)が最も高いというデータから。続いて第一子で、一人っ子が最も低くなるとの事。以前のサッカー日本代表がキーパー以外の全員が第二子以降だった時があったほど・・・まさに子供の運動能力は環境に依存すると。そしてスポーツを共に観戦し、話す習慣があるだけでも体力は高くなる傾向らしい。つまり子供の運動能力の高低は、親の運動への興味度合がそのまま反映される確率が高いと。満六歳の幼児期までに、運動や遊びをどれだけ習慣づけられるかにかかっていると指摘。かつての子供なら放課後になれば勝手に友達と群れて遊んで育まれた「時間・空間・仲間」の三間が無くなってしまったとも。学力総合得点と体力総合評価の割合が示され、活発に遊ぶ子供ほど学力が高いという事実を示す。その理由は非認知能力・・・運動を取り入れられる事で時間の使い方や生活にメリハリが出て、それが自発性や効率性に繋がると。そして親は極端なリスクを恐れない事と指導者の悪口を絶対に言わない事と指摘。親が子供の前でコーチの悪口を言えば、子供は間違いなくコーチをバカにし始める。この習慣は百害あって一利無しだと声を大にする。自分も気をつけなきゃと・・・子供いないけど。
続いて大阪教育大学の松田教諭による「指導者がめざすもの、保護者が見つめるもの」。
指導者が特定の枠組みに固執するSportsに留まるのか、それともSportの語源となったデポルターレ(気晴らし)に繋がる広範な視野を持てるのか・・・これは大きく違うと。そして成長するためには枠の外に出る以外に有り得ないとも・・・保護者も指導者も常に外の世界に飛び出す事が大切で、勇気を持ってチャレンジして欲しいと。ココ多くの日本人にとって耳が痛い所だなと・・・。
最近サボりまくっていたけど、勉強し続ける大切さを久々に痛感。人に指導する前に先ずは自分からって感じ。