印袢纏

2016-07-02 20:00:09 | お宝
兄が死んで

義姉から送られてきた写真類の中に

使われていない真新しい袢纏が混じっていた

母の実家の袢纏である

衣類としてそのものだけを見たのは初めてかもしれない

着ている人は沢山見たはずと書こうとして

忘れてはいけないある人を思い出した

母の嫁ぎ先である我が家に

母の実家の酒屋から大型トラックを運転して

大量の奈良漬やら素麺やら衣類やら野菜やらを運んでいた

福さん

ぶっきらぼうでなれなれしくて

母とは田舎の言葉で会話をするおじいさん

私はちょっと苦手だった

誰かが母と福さんのことを

無法松と奥さんみたいと言ったのを

ああ、そうだと思った

母が小さい頃から酒屋に丁稚奉公して

母のことを大切に大切に思っていたようで

十代の母が銀座に行きたいと言ったとき

祖母は福さんを用心棒につけて送り出した

母の妹などは結婚したあと女中を探すのに

福さんなら田舎からみつけてきてくれるだろう

それには姉ちゃんから頼んでもらうのがいい

と考えるほどだった

福さんは長年酒屋に奉公したということで

勲章をもらった

母よりずっと歳の多い福さんだったけれど

母の方が早く死んだ

母が死んだことを福さんに伝えたら

どんなに悲しむだろうとみな心配してなかなか伝えなかった

老いた福さんは母の死がわかっているのかどうか

「なしていわんやったとかんも」

と驚くでも怒るでもなかった

田中屋の印袢纏が一番似合う人だった
        

もう田中屋もなく、毎年奈良漬を送ってくれた綾子さんもなく

今年も自己流で白瓜を粕に漬けました