朝サン

2019-06-29 18:43:55 | 日記
宇多野ユースホステルに泊まったら

やってみたいことが決まっていた

朝のさんぽ

行く前にストリートビューで調べたら

周りの道が歩くのに向いていると見えたから

早起きをして行こうと決めていた

なぜ早起きかというと

もう一つ散歩したい道があったので

二つをこなすには一つを朝飯前にする必要があった

身支度をすませて、ア…さんを誘ったら

自分はやめておくから行ってきてと言われた

これは後からわかったのだが遠慮だったのだ

なぜならア…さんは私みたいにすばやくないので

ええい正直に言おう、とろいので

すぐには出発できないから待たせるのが申し訳ないと遠慮したのだった

笑い話みたいな本当のこんなエピソードがある

大体どこでも着替えるのが速い私だが

昔ア…さんと鞍馬温泉に行ったとき

私がお風呂から上がってきたら

ア…さんはまだ更衣室で着替えていた

同時に更衣室に入ったのに


深く考えずに出発した朝さんぽ

左回りにまず坂をのぼった

犬の散歩をさせている近所の人に会って

おはようございます

その後はだれにも会わなかった

ユースホステルの裏側に出ると

益々草木のいい香りがした

ユースホステルにはテニスコートやバーベキューの炉もある

そこを過ぎて坂を下ると

足が止まった

先は竹藪と森にはさまれて薄暗いトンネル状態
        

ストリートビューでこれを見て歩きたいと思ったはずだが

以前比叡山の山道でころされた女性がいたのを思い出した

東京で中野の公園に朝の五時に行ったら

おかしなへらへらした男がちかよってきたこともある

福岡のお屋敷に入ったときは

感覚的にあの辺に何が出るか知っていたのでこわくなかったけれど

ここは初めてで感じがつかめない

引き返そうか?

いや この坂を下り切ればバスの通る道に出る

こんなとこで早朝から待ち伏せしている奇特なやからはおるまい

急ぎ足で(もったいない)坂をおりるとバス道路も竹藪で

中に池があるらしく牛ガエルの鈍い声がとどろいていた

そこからはまた上り坂で

はあはあ息を切らしてユースホステルに帰り着いた


さて朝食の後はア…さんも一緒に少し遠くまで朝のさんぽ

以前恩師を連れて芭蕉の句碑を見に行った鳴滝まで歩くことにした

最初は東に向けて歩くので朝日がまぶしい

途中から御室川に沿う細い道を北上する

車も通れず 人もすれ違えないような細い道

川に沿った金網にみごとなカニクサが絡まっていて
        

ア…さんはなんとか東京まで持ち帰れないかと蔓の下のほうを抜いていた

その道が広くなるところで

「あ、売り物件ですってよ。メモなさったら」
        

とさわいですすめる

木造平屋で一間しかない古家で居心地がよさそう

道は川から少しはなれ 端を渡るとその下に鳴る滝があった
        

恩師と来たときは水の近くまで下りたけれど

手摺のない階段がこわいので

今回はア…さんだけに見てきてもらった

それでも滝壺のマイナスイオンは上まで漂ってきた

帰りも同じ道を通って一時間足らずの散歩

涼風になでられて京都の二日目が始まった



ユースホステル

2019-06-28 21:28:12 | 日記
今回の京都行きの一番の目的は

宇多野ユースホステルに泊まることだった

だからお芝居の切符の手配よりも

部屋が空いているかどうかで

行けるかどうかが決まるのだった

バストイレ付のツインはいっぱい

三人部屋を二人で貸切ならあった

宇多野ユースホステルに行くのは三度目

以前は桜を見に行った

花の時期だけ宿泊客以外にも公開されるのだ

何かのきっかけで

宇多野ユースホステルは2008年に建て替えられて
        

世界一美しい 世界一心地よい ユースホステルと言われていると知った

写真を見ても木や日本建築の良さをいかしたデザインなのがわかる

泊まりたい

着いたのは夜中

車から降りると深呼吸したくなる草木のいい香りがした

翌朝起きてベランダを見るとこんなだった
        

ユースホステルに泊まるのは初めて

ここは京都市の所有で歴史も古い

広い敷地に四角の建物が中庭を囲んでぐるりと一周している

その中庭も建物の前庭も一切作りこまないクローバーと丈の短い草だけの原っぱ

そこに二本桜が植えてある

銘木だった桜は老木となり、

今年の春に植え替えられた
        

円山公園の兄弟木で佐野藤衛門さんからの寄贈

窓枠や洗面台にも木が使われ

中庭を囲むガラス張りの廊下は自然光がいっぱいでストレスがない
       

ここではチェックインの時に支払いをしたらあとは全くご自由にで

これまたストレスがない

お風呂は緑に面した大浴場でほかには一人しか入っていなかった

宇多野の高台は森と住宅にはさまれて京都市とは思えない静かさ

朝食は650円のバイキングを予約しておいたので

7時の開始を待って一番乗り

こんな景色を見ながら
        

私はパンとコーヒーしか入らない

写真のは連れのア…さんのトレイ
       

なんて居心地がいいのだろう

東京に帰ってからも草木のいい匂いがしっかり体にしみついていた

でも誰にでもは勧められないのは

私は好きなくらいだけど

天井に10センチほどの懐かしい蜘蛛がはっていて

廊下に何か本がおいてあるとよく見たら

張り紙に何か書いてある

中にムカデがいますから触らないで下さいと

捕獲器だったのだ

そんなこといってもここは外人も沢山いるのに

と思ったら

Dont touch There is a centipede in this case

とも書いてあってムカデの英語を覚えることが出来た

ア…さんも気に入って、必ずまた来ようという話になった


同窓会

2019-06-27 19:21:22 | 日記
まだまだ京都噺がこの先も続きます

無鄰菴のお庭でヤ…君と待ち合わせて三人で向かう夕食の店は

ヤ…君と同じく私のカフェのスタッフだったイ…君の店

御幸町夷川にあるトラットリア・マチェドニア・ユキといいます

東京から同行のア…さんに前もって予約しておいてもらいました

私がすればいいようなものですが

声を知られていない人にその人の名前で予約してもらいたかったのです

効果ありました

イ…君の驚きと喜び様といったら最高級でした

それを見られただけでも行ってよかったと思いました

この店がおいしいことは

ネットの口コミでも伝わっていましたが

それより前からしっていました

だってイ…君は私のカフェにいる時から

私の持っているのと同じ料理書を買っては試作して

私に持ってきていたからです

その完成度と丁寧さに

「イ…君、お店やったらいい」と私は言い

「いやあこれは趣味ですから」と建築士のイ…君は返事していたのです

やっぱりお店はじめましたか

一皿一皿どれもおいしくて
        

が、しかーし

ネットの口コミにも書いてあるけど

一人でとろとろ作るのでなかなか料理が出てこない

そして私たちのほかに二組の客でいっぱいになった店に

次々と来る客は断られ

イ…君も混乱しているのがわかったので
        

今回はおなか八分目でデザートにして退出しました

記念写真は後で撮ろうなんて思っていたので

忙しくなったイ…君に遠慮して結局取らずじまい

料理の写真はア…さんから借りました

イ…君、また来るね

今度はもっと大勢声かけてカフェの同窓会しようね

ヒナギキョウ

2019-06-27 06:00:48 | 生物
夕べはちょっと食休みと横になったら
(いつもはそんなことしませんが、この頃胃が弱っているので)

不覚にもそのまま眠ってしまいました

旅の疲れは三日後に出ました

それにしても京都はどうしてこうもロマンチックなんでしょう

いまだにうっとりと旅情の余韻に浸ってほかの娯楽はかんがえられなくなっています



同行者のア…さんから、出発前に「渉成園に行きたい」と

リクエストを受けていました

私はもう何度も行ったし、それほど美しいとも思っていないので

自分なりの収穫を探して、ヒナギキョウを見よう なんなら抜いてこよう

と覚悟をきめました

といっても、ほかは全部私の都合で回るところばかり

南座の芝居も東山安井のショコラも二組の会う人も泊まる宿も出町の買い物も

一か所ぐらいリクエストにこたえるのは当然だ

渉成園でヒナギキョウとは

大学の実習で行ったときのこと

引率の先生は庭園史がご専門で

渉成園は今は東本願寺が所有しているが

古くは源融の屋敷があったといわれていると説明された

私が最初にここを見た頃は東本願寺に出向いて申し込みをしないとみられなかったし

庭は荒れていた

それが近年観光を意識してかずいぶん整備された

実習の集合場所で私はヒナギキョウをみつけた

福岡のお屋敷の荒れた芝生でみつけたときも嬉しかったが

数年ぶりに京都でみつけたヒナギキョウも嬉しかった

子供の頃、低い目線で芝生の中に見た風に揺れる青紫の小さな花

細い糸のような茎の上に咲く花は摘んでも消えそうなはかなさだった

それでも子供心にもこの花に出会えたというそれだけで高揚していた

実習の講義はそっちのけでヒナギキョウに注視していたら

あろうことか先生はそのヒナギキョウを

踏みしゃいで次へ進まれたのだ

ああーーーーーーーーーっ

渉成園にはネジバナ(もじずり)も咲いていた

この花を意識した最初は、なんといっても百人一首の

みちのくの しのぶもじずり誰ゆえに 乱れ初めにしわれならなくに

を知った時である

そしてこれを詠んだのが源融

きっと先生はその話もなさると思っていたのに

最後まで源融がどんな人かは説明なさらなかった

つまんねー スルーしてやんの

それより前、その先生の講義の時間に

私は二回ほどボードの上の漢字の間違いを指摘したことがある

私だって間違いますが、そこは多数の学生が間違えて覚えてしまう場所

ばあさん学生と若い先生ではそんなこともあろうかと

大目に見てもらうことにした(私の心の中で)

雨の渉成園の中で ヒナギキョウみつけました

幾分しおれてはいましたが確認は出来ました

その後行った無鄰菴でも、翌日行った金戒光明寺でもみつけました

ただ、ヒナギキョウは地上部はひょろひょろと頼りなげでも

地下茎は固く太いので抜くのは至難の業なのです

無鄰菴も様子が変わっていました

以前もお抹茶くらいは出していましたが、

今はカフェが出来、スタッフわやわや、イベント目白押し

なんですかねえこれは

所有者は京都市 指定管理者は加藤造園

騒ぎ立てて観光振興をもっとという姿勢が京都に蔓延しているみたいです

加藤造園の人材募集欄を見ると(なんでそんなとこ見るんや)

庭師のほかに、イベント係なんか募集していて

私も応募できそうな条件が並んでいました 年齢を除けばね

年齢制限は書いてなかったのですが

運転免許が要るので、そろそろ返納をかんがえている身では難しかろうと

ヒナギキョウは細くて写真を撮りにくい植物で

背景もわかりにくい色ですみません

花は直径一センチもないくらいです

チョコへの道

2019-06-25 19:17:45 | 美食
京都南座を出てベルギーチョコの店「マダムドリュック」に行くには

四条を東に行くか花見小路を南に行くか

どっちも同じだ…

思うように前に進むことができないのだ

予想していたことではあったけれど

ちょっとひどすぎる

けばけばしい浴衣や着物を着た老若の人たちが記念写真を撮りまくりながら

歩いている

店も大分変ってしまった

あちこちにレンタル着物と着付けの店が

どうしてこうなってしまったのか

私が住んでいた頃は、こうすれば観光客は年間二千万人に出来る

などと工夫と推進が論議されていたのに

今や五千万人を超えたのだからすさまじくて当たり前

次々と宿泊施設ができているけど

余りはしないのだろうな

などと考えながらチョコの店に着いた

観光客の通る道にあるのに

客は誰もいない

表に強い主張をする店構えではないし

観光客は京都でチョコレートを買おうとはあまり思わないのかもしれない

いやチョコレートの店とも気づかないかもしれない

古民家を改築した店構え

そこで一粒500円のチョコを12粒買いました

ばら売りはなくて2個4個6個8個の箱入りだけ

この一粒で明治のミントチョコが三箱買えておつりがくる

さてお味は?
        

ベルギーからさちこさんが持ってきてくれたのよりは風味が薄い気がする

ここのだってベルギーから空輸されてくるのだけど

もっといっぱい食べてみたーい


義理 または 義務

2019-06-24 20:09:27 | 日記
歌舞伎役者でひいきにしているのは?

とよく尋ねられるのだが

無い

ならばどうやって歌舞伎に行く行かないの選別をしているのかと言われる

出しものです

ところが歌舞伎は通し狂言でない限り

三つくらいの違う演目を組み合わせるので

見たくないのと見たいのが一緒のことがある

どうしても見たければ歌舞伎座には天井桟敷ともいえる席で

一幕見が出来る

この春、を見たいと思える演目があった

しかし演者が見たくない面々だったのでがっかり

興も乗らずあきらめた

近頃歌舞伎座は空席が目立つという

それはなあ

格式と家柄でつまらない役者でも持ち上げて素晴らしいと

周りが固めているから

客まで我慢して持ち上げさせられている気分になるのだ

それはいいとして

ひいきの役者がいれば歌舞伎も楽しいだろうなあ

と思っていた時

この前遺伝の話を書いて中村錦之助の甥である二代目錦之助と

その息子の中村隼人に興味を持った

折も折、中村隼人はNHKBSで大富豪同心の主役を演じることになった

ふんわりした私好みの時代劇で毎回見たいと思わせた
(うちはテレビありませんから有料オンデマンド200円で一話)

侍同士が覇権争いをする大河ドラマみたいな時代劇ではありません

江戸一番の豪商の息子が皆に愛されて事件を解決する話

衣裳が美しいのがいい
        

時代劇研究家と名乗るぺリー荻野とかいう人が

今は四角な顔の男が流行るときと題して

佐藤二朗とこの中村隼人を取り上げていたが

顔の形は関係ない!

それにたった二つのサンプルで統計結果を出しても意味がない

中村隼人は淀んだ歌舞伎界をリフレッシュできる魅力があるから

松竹もこの宝石をお偉方のうるさい役者につぶされないように大事にしているのだ

よって歌舞伎座などではつかわず

新作歌舞伎で主役を与えたりしている

多数の役者と一緒のときはポスターの写真も小さいのに

新作歌舞伎では堂々主役

結局客とお金を運んできてくれる役者は誰かわかっているのだ

その中村隼人が京都南座で新作歌舞伎NARUTOに出るとわかり

ええい一度みてみるか

という気になった

大富豪同心では表情もセリフもワンパターンだけど

わたしには義理があるのだ

昔中村錦之助の後援会に入っていたのだから

その大甥が売り出そうとしているのなら

私の辞書には義理と言う言葉はなかったのだけどなあ

一人ひいきの役者がいれば芝居見物に張りが出るではないか

老い先短い時間を応援する役者としてこれでいいのではないか

彼はきっと三代目錦之助を襲名するだろうから

その日を目標に応援しよう

と言うわけでやってまいりました
        

長いこと工事して新築なったはずの南座は全く新しくなくて

エスカレーターもありませんでした

いんですよ新しくなくて これでいいのだ

大富豪同心では気の抜けたような声の出し方なのに

隼人さま、NARUTOではしっかり強い忍者の役を演じておられました

残念なのは今回の席が三階の一番前だったので

上から見下ろすかたちでお顔がみえなかったこと

それでも立ち回りのきれいなこと

舞うように流れるように動作がつながっていました

立ち回りが美しいと言うと

勝新太郎とか松方弘樹の名前が出ますが

そんな男の切り合いとは違うんです

三階でもいいことがありました

最後の滝での決闘の場面はプールのような滝壺に

滝の上から落ちたり叩きつけられたりと

物凄い格闘になるのですが

これは上から見ないと面白くない場面でした

隼人さま 次は梅原猛作のこれまた新作歌舞伎「オグリ」で

猿之助とダブルキャストで主役です

そしてさらに来年は同じ梅原猛のスーパー歌舞伎で

「ヤマトタケル」を猿之助とダブルキャスト主役

NARUTOは例によって私の耳ではせりふが聞き取れず

ストーリーもさっぱりわからないまま

でもいいんです

うっとりするほど美しいものが見られましたから

この際頭脳や性格は問いません

イケメン過ぎる隼人さまのイメージだけファンになります
        




ミントのチョコ

2019-06-21 20:21:52 | 美食
コンビニで見かけて買ったチョコ

私の好きな゜ミントとチョコの組み合わせ

やはりほかにもファンがいるのだ

写真のは明治ですが

森永も

ロッテもだしています

その中でこの明治がきわだっています

(どーしてそんなことわかるの)

コンビニで買ったのは一つではありませんでした

体調不良でブログを書く余裕がありませんでした

お休み続きでしたが

明日から不在てまた月曜までお休みを下さい

すみません

回復食

2019-06-18 20:16:44 | 美食
熱があると

食欲もおかしくなる

普段はいつも今日何が食べたいかはっきりしているので

それを作るようにしているけれど

昨日は色々イメージしてもどっか違う

とピントがずれたまま

寝込む前の買い物をした

ウナギ、5ランクのステーキ肉、お刺身と恥ずかしい準備

そして熱の引いた今日

ステーキを消費するために

ラタトゥイユも作ることにした

私のラタトゥイユはトマト缶は使わない

生のトマトとトマトペースト

トマトペーストはフランス料理でトマトコンサントレという

濃縮トマトのペースト

玉葱、トマト、ナス、ズッキーニをオリーヴオイルで煮込み

ブーケガルニで風味付けするだけ

最後に極上オリーヴオイルを垂らして仕上げ

山のような野菜

と思っても出来上がりは四分の一ぐらいになってしまう

葛根湯がよく効いたので

もう明日から元気になれそうです

綾子さんの奈良漬

2019-06-16 08:06:13 | 美食
ポツンと一軒家に出てきたヒデ子さんを見て

田舎にあんな親戚が欲しいと言ったけれど

確実に一人いました

父の従弟に嫁いできた綾子さん

ほかにも親戚の家で働いていたおばさんたちも

ニコニコ顔で「よう来なさったねー」と迎えてくれていた

あのおばさんたちは今どこで何をしているか

誰かに聞いて訪ねてみたい…



或る時、実家の父のところに

昔食べた奈良漬と同じ味の奈良漬があったので驚いた

「これはどうしたの」

子供の頃は母の実家から送られてくる瓜がまだ青い奈良漬の一斗樽が

倉庫の中にいくつもあって、一年中奈良漬があった

それを周りの人がおいしいというのはお世辞だと思っていた

そして上京して私の食卓からは途絶え、母の実家も廃業して父母の食卓からも消えた

それなのに父が食べていたので聞いたのだ

すると父の従弟のお嫁さんがつくっているという

父の従弟の家も没落酒屋で、そこに嫁いできた綾子さんは調理師免許を持ち

別の酒屋から酒粕を調達してきて作っているのだった

私は綾子さんに手紙を書いた

私にも売って頂きたいので金額を知らせて下さいと

すると綾子さんは個人で作っているだけなので代金不要

「これから毎年贈りますね」と

それから10年、本当に毎年夏になると浮羽の田主丸から樽が届いた

綾子さんは自家製の夏ミカンのマーマレードや栗の渋皮煮も送ってくれた

私は麻布から、京都から、中野から、神楽坂から

ジャムやお菓子を送った

でも電話で話すだけであったことはない

或る年、お礼の電話をかけたら

数日前に綾子さんが亡くなったと言われた

「あれが最後の奈良漬ですたい」

綾子さんは出産のときの投薬で肝炎をわずらっていた

元気そうな明るい声だったのに


今年も綾子さんの真似をして青い瓜の奈良漬をつくります
        

漬け粕の配合はまだ満足のいくものに到達できていませんが