石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

SF小説:「ナクバの東」(84完)

2023-04-19 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

2023年4月

エピローグ(3)

 

84. 胡蝶の夢

 

突然、周囲のすべてが宙に舞い、悲鳴が聞こえ、体が浮き上がる感触を覚えた。どこか遠くから女性の呼びかける声がした。

 

「お客様、シートベルトをお締めください。」

 

うたた寝から目が覚めると目の前でスチュワーデスが微笑み返し、もう一度同じ言葉をかけてきた。

 

「乱気流に巻き込まれたようです。しばらくの間ご不便でしょうがシートベルトを締めてください。何か飲み物をお持ちしましょうか?」

 

彼は首を振ると、シートのベルトを掛けなおした。

窓の外を見ると地平線が白みかけていた。

機内のボードには機体の高度と位置が表示され、現在はイラン南部の上空を西に向かって飛行中であることがわかった。

 

<このルートは何度も飛んでいるけれど、ここらあたりは気流が安定していて乱気流に巻き込まれるなんてことはなかったはずなのに------>

 

<そう言えば少し前にこのあたりの上空で異常な爆発があったとのニュースが流れていたっけ。イスラエルがイラン上空で核を爆発させたなんて言う報道があったけれど、イラン当局もイスラエルも、そして米国も沈黙を守ったままだ。>

 

イラン上空を飛ぶME514に偶然乗り合わせただけの平凡な一市民である日本人ビジネスマンの膝の上には雑誌が開かれたままであった。そこにはパレスチナ人の老女と幼い女の子、そして母親の3人の写真があった。

 

彼はつい先ほどまで見ていた夢を思い出そうとしたが、夢の大半がそうであるように目覚めとともに記憶の外に消えていた。それは胡蝶の夢であったのだろうか。

----------------------------------------------------------------------------------

イラン上空で異変が発生していることを人類は未だ誰も感知していなかった。

 

核爆発の直後、地球のはるかかなた上空の闇がわずかに捩じれた。それはやがて波紋となり周囲に広がり、中心部に穴が開いた。穴は猛烈なスピードで拡大し、周囲の天体は波に巻き込まれ、次々と中心部のブラックホールに吸い込まれていった。それは光速を超える速さであったため、地球からは全く観測することができなかった。

 

 地球が波に飲み込まれるのが数百年先か、数千年先か数億年先か誰にもわからない。その時までヒトが生き延びているかどうかもわからない。宇宙の唯一の存在だけが地球の終末を見とどけることになるのだろうか?

 

(完)

 

 

荒葉一也

(From an ordinary citizen in the cloud)

前節まで:http://ocininitiative.maeda1.jp/EastOfNakbaJapanese.html

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SF小説:「ナクバの東」(83)

2023-04-13 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

2023年4月

エピローグ(2)

 

83. ネオ・ギャラクシーの使命

キメラがネオ・ギャラクシーとなって地球に再上陸するまでそれほど長い時間ではなかった。

 

 ネオ・ギャラクシーとキメラの生き残りを賭けた壮絶な戦いが始まった。創造主が創り出し、宇宙飛行士モシェの体を通じて地球に送り込まれたネオ・ギャラクシーはキメラより強力であり、次第にキメラに取って代わっていった。発熱症状等が軽いネオ・ギャラクシーは静かにそして着実にヒトの体内に棲みついていったのであった。

 

 パンデミックの終息宣言が出された。ヒトは元の平穏な日常生活を取り戻した。しかしヒトの気づかないところでネオ・ギャラクシーの影響は出ていた。それはヒトのむやみな繫殖を抑制するという創造主がネオ・ギャラクシーに与えた新しい機能であった。

 

創造主はヒトの生殖組織を食い尽くすキメラを絶やす一方、ヒトの繁殖力を適切に維持する役割をネオ・ギャラクシーに付与したのである。これによってヒトの無計画な増殖は止まり、ヒトは他の生物と将来にわたって共存することになった。同時にそれはネオ・ギャラクシーの生存が保証されることでもあった。ヒトと他の生物とネオ・ギャラクシーの三者に平和な均衡が生まれようとしていた。

 

 すでに西欧先進国で下がっていた出生率が中東、アフリカ、南米など開発途上国でも同じ傾向を示し始めた。社会学者たちはその現象はヒトが豊かな生活を維持しようとして必然的に選んだ道だと解説した。

 

 それも一理はあったが、本当はネオ・ギャラクシーがヒトに棲みつき、その生殖機能をコントロールし始めたことこそが最大の理由だったのである。ヒトの思考と行動は到底創造主の思慮に及ばないのであった。

 

 

(続く)

 

 

荒葉一也

(From an ordinary citizen in the cloud)

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SF小説:「ナクバの東」(82)

2023-04-10 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

2023年4月

エピローグ(1)

 

82. アブラハムの兄弟

 

ドクタージルゴはキメラがパレスチナ人だけに感染すると確信していたが、キメラが最凶であることを見逃していた。キメラはさらに変異してアラブ人からユダヤ人に伝染するようになったのであった。

 

 なぜアラブ人からユダヤ人に伝染したのか?

 

 答えは簡単である。アラブ人とユダヤ人はともにアブラハムを始祖として血がつながっており、DNAの構造が極めて似ている。アラブ人とユダヤ人は「アブラハムの兄弟」である。だからキメラは変異してユダヤ人にも伝染したのである。

 しかし不思議なことにユダヤ人の中には感染しない者がいた。『マフィア』一族のような東欧から移住した者たちである。彼らはソ連崩壊時にイスラエル政府の呼びかけに応じて移住した。

 イスラエル政府はその時一つの移住条件を示した。母親かその先祖がユダヤ人であることを条件とした。しかし条件の審査は厳格なものではなく、移住希望者が提出した出自を証明する資料があれば移住が容易に認められた。そのため移住希望者の中には証明書を金銭で入手する者もいた。

 

 彼らは血統的にはモンゴル系アジア人であり、遺伝子的にユダヤ人ではなかった。彼らはキメラに感染することもない。このまま事態が進めばいずれイスラエルは非ユダヤのミズラフィムで占められてしまうことになる。

 

 ただそれも時が経つにつれキメラはパレスチナ人、ユダヤ人に限らず地球上のすべてのヒトに感染が広まるパンデミックになりつつあった。ヒトはパンデミックとスタンピードで自滅に向かおうとしていた。

 

 しかしヒトの滅亡はキメラ自身にとっても大きな問題である。キメラは宿主があってこそ生存できる。宿主のヒトが絶滅すれば自分たちもこの世で生き続けることはできないのであった。

 

 そして創造主もヒトの滅亡を望んでいなかった。彼はヒトが自然環境を破壊し、生態系を乱すことを苦々しく思っていたが、同時に他の生き物が持っていない知能と倫理観で地球を守る任務をヒトに託するつもりであった。

 

 そのために創造主は地球から戻ってきたキメラの傷んだ遺伝子を治癒し、ギャラクシーの変異種ネオ・ギャラクシーを創り出した。その時彼はネオ・ギャラクシーに新たな役割を付け加えた。

 

(続く)

 

 

荒葉一也

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SF小説:「ナクバの東」(81)

2023-04-06 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

2023年4月

Part III:キメラ(Chimera)

 

81. スタンピードの兆候(3)

 

若い兵士たちは子供のころから大人達がパレスチナ人を公然と卑下するのを聞かされてきた。

 

『パレスチナ人は無能で下等な人種である』

『彼らは人間ではない』。時にはそううそぶく者すらあった。

 

そのため彼らは蛮行に対する本能的なためらいがあった。しかし、仲間の中には大人達の言葉を逆手に取る者もいた。

 

『下等な人種なら、或いは人間ですらないなら、俺たちは何をやっても良いんだ。』

『相手を犬か猫と思えばいいのさ。』

 

 テロに対する報復攻撃を行うためパレスチナ集落に攻め込んだ彼らは自らの主張を実践した。彼らは泣き叫び逃げ惑う相手を追いかけ、一時の快楽に身を任せたのであった。

 

 ヒトは一度過ちを犯すと次からはマヒする。そして恐ろしい習慣が兵士たちの間ではびこり始めた。彼らは子猫の形をした小さなペンダントを腰にぶら下げ、仲間の間でその数を自慢しあうようになったのである。

 

 スタンピード(集団暴走)が始まった。それはヒトが絶滅する前兆のように見えた。

(続く)

 

 

荒葉一也

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SF小説:「ナクバの東」(80)

2023-04-04 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

2023年4月

Part III:キメラ(Chimera)

 

80. スタンピードの兆候(2)

 

 イスラエル軍の医療特殊部隊もほぼ同時にアナットと同じ結論に達した。一つだけ違うのはアナットが原因を図りかねているのに対して、軍は原因が自分たちが行った防疫対策と言う名目のキマイラの感染拡大によるものであると言うことを認識していたことである。彼らはそれを極秘扱いにした。

 

ところが時が経つに従い兵士の間で奇妙な噂が流れ始めた。

<パレスチナの女は子供が産めなくなったそうだ>

 

実際、パレスチナ女性の出生率が急激に下がり、それは年を追うごとに深刻さを増していった。

 

そして兵士たちに悪魔のささやきが聞こえたのである。

<女が妊娠しないのなら何をやっても大丈夫だ>

 

皆兵制のイスラエルではミズラフィムなどのユダヤ人を含むイスラエル国籍者は男女を問わず若くして徴兵される。例外はパレスチナ人だけである。パレスチナ人を軍隊に入隊させて殺傷兵器を持たせればテロ行為に走る恐れがあるから皆兵制から除外しているのである。

 

しかし軍隊での禁欲生活は若い男の兵士にとっては厳しい。女性兵士はいるが兵舎内での恋愛はご法度である。中には男女の関係になり結婚まで進むものもいるが、男性の血筋や外見、除隊後の出世の見込みなど、女性兵士も打算的である。大多数の男性兵士は日常的に欲求不満状態である。

 

(続く)

 

 

荒葉一也

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SF小説:「ナクバの東」(79)

2023-04-01 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

2023年4月

Part III:キメラ(Chimera)

 

79. スタンピードの兆候(1)

 ドクター・ジルゴがギャラクシーから生み出した変種のキマイラは瞬く間にパレスチナに住むアラブ人に蔓延した。それは老若男女にかかわらず発熱と倦怠感と言う同じ症状をもたらしたが、特に女性に重篤者が多数発生した。ただ死亡者がほとんどいなかったことは不幸中の幸いであった。

 

 しかしそれが不幸中の幸いどころではなかったことがまもなく判明した。疑問を持ったシャイ・ロックの次女で女医のアナットがパレスチナ少女ルルの細胞検査を行ったところ驚愕すべき事実が判明した。患者の卵巣に卵子が無いのである。女医は急いで成人女性を含む多数のウィルス感染者を検査したが結果は同じであった。

 

 この事実が何を意味するかは言うまでもない。パレスチナ人は現世代以降繁殖能力を失い百年以内に絶滅することは間違いないと言うことである。否、パレスチナ人にとどまらず、他の人種、例えばユダヤ人が感染した場合にどうなるのか?パレスチナ人とユダヤ人はほぼ隔離されているとは言え、イスラエルの狭い土地の中では感染は避けられない。アナットは考えただけでも血の凍るような戦慄に襲われた。

 しかし彼女の父親シャイ・ロックとドクター・ジルゴは楽観的であった。ジルゴは遺伝子操作でギャラクシーから創り出したキマイラがパレスチナ人の女性に対してのみ特殊な作用を及ぼすことに絶対的な確信を持っていた。そして説明を受けたシャイ・ロックもそれを信じたからである。と言うか、キマイラのもたらす特殊な作用―パレスチナ人が繁殖能力を失うということーの魅力に取りつかれたのであろう。シャイ・ロックの耳元で悪魔が囁いた。

 

『これで厄介なパレスチナ人問題から解放される。』

『我々は生きているパレスチナ人を殺す殺人者ではない。』

『我々が手を下すことなく、彼らは滅亡していくのだ。』

 

(続く)

 

 

荒葉一也

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SF小説:「ナクバの東」(78)

2023-03-29 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

2023年3月

Part III:キメラ(Chimera)

 

78. NEOギャラクシーの地球上陸(4)

故国に帰ると今度は仲間のパイロット達が胡散臭い目で彼を眺め、誰も彼に近寄ろうとしなくなった。しかし彼に反感を抱く者がすれ違いざま聞えよがしに言う言葉が彼の胸に突き刺さった。

 

「仲間二人を見殺しにしてよくおめおめと戻って来たものだ。二人のうちの一人は砂漠に連れ込まれ今頃砂の中で骨になっているに違いない。もう一人の奴は誘導しようとした米国の戦闘機を振り切って、イランのはるか上空で自爆したそうだ。自爆はアラブ人のお得意の手って訳か。お前は良いよな。何といっても義理の親父さんがかの有名なシャイ・ロック殿だからな。アメリカ政府と取引してお前だけを助けただなんて、本当にシャイ・ロックはズルい奴だよ。」

 

エリートはその時すべてを悟った。なぜ自分一人だけが無事帰還できたのかを。帰還報告を義父に報告した時、義父はねぎらいの言葉をかけてくれた。但しその言葉遣いは淡々としており、逆に言葉の裏に何かあることを感じさせるものであった。妻のアナットは涙を流して喜んだが、それすらも夫に対してではなく彼女自身に対するものであるという印象が強かった。事実、アナットは心の中で快哉を叫んでいたのである

 

『これで夫の出世は間違いない。ひょっとすると将来父親と同じ位階勲章に輝くことも夢ではない』

―――――――――――

 エリートと宇宙飛行士モシェは対話の最後にお互いの健闘をたたえ合うかのように軽くハグした。その時モシェの吐息と共に微細な物体がエリートの体内に忍び込んだ。

 

(続く)

 

 

荒葉一也

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SF小説:「ナクバの東」(77)

2023-03-26 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

2023年3月

Part III:キメラ(Chimera)

 

77. NEOギャラクシーの地球上陸(3)

 エリートは数カ月前にイラン核施設爆撃の任務を終えて職場に戻っていた。しかし戻ってきたのは彼一人だけで、編隊を組んで出撃した彼の同僚二人、マフィアとアブダッラーはその中にいなかった。核施設攻撃でイスラエル空軍は3機の戦闘機に加え、補給機1機を失っていた。そしてマフィアとアブダッラーに加え補給機の乗員全員が帰らぬ人となった。さらにはアブダッラーが核弾頭を積んだままイラン上空の成層圏で核爆発を引き起こした。

 

軍幹部と政府は一連の出来事の善後策を緊急協議した。イラン核施設の爆発は事実であり隠しようがない。しかしその他の出来事についてイスラエル政府は一切無関係であると強弁することとし、対外的に声明を発表した。

 

そもそもイスラエルは自国が核弾頭を保有しているともいないとも明確にしていない。そうである以上、核弾頭を積載した自国の戦闘機がイラン上空で核爆発を起こしたなどと言えるはずがない。イスラエル政府は対外的に否定も肯定もせず、ノーコメントを押し通した。そして軍の内部ではイラン核施設事件を話題にしないよう厳重なかん口令を引いた。

 

エリートは任務を終え祖国に戻れば英雄になれると固く信じていた。しかし同僚の二人のパイロットは無事生還できなかった。それどころか二人がどのようにして亡くなったのかも教えてもらえなかった。

しかし彼自身自分だけが米国の原子力空母「ハリー・S・トルーマン」に救助された時から何となく周囲が自分に対してよそよそしいことが気になりだした。原子力空母の艦上では水夫たちの畏敬するような目に晒された。しかし彼に直接称賛の言葉をかける者はいなかった。すべての者が彼を腫れ物に触るように取り扱った。

 

(続く)

 

 

荒葉一也

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SF小説:「ナクバの東」(76)

2023-03-23 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

2023年3月

 

Part III:キメラ(Chimera)

 

76. ネオ・ギャラクシーの地球上陸(2)

 数週間後、宇宙飛行士モシェは所定の任務を終え、数人の飛行士仲間と共に地球に帰還した。そしてネオ・ギャラクシーも地球に上陸したのであった。

 祖国イスラエルでは帰国したモシェのために盛大な歓迎パーティーが催された。空軍では最高位の勲章授与式が行われ、授与式には大御所の退役将軍シャイ・ロックも出席していた。モシェが勲章を胸にシャイ・ロックに挨拶をした時、将軍は隣に立っている一人の男を紹介した。

 

 「知っていることとは思うが、君と同じ空軍に所属する義理の息子だ。」

 

 「将軍、もちろん知っていますとも。私の先輩ですから。」

 『エリート』はモシェと握手を交わした。

 

 「おめでとう、モシェ。俺は大気中でしか飛んだことはないが、宇宙はどうだった。君は今やイスラエル空軍、いやイスラエル、そしてユダヤ人の英雄だ。」

 

 「そう言うあなたこそ宿敵イランの原子炉を爆撃した祖国の救世主じゃないですか。」

 

そのあとにモシェは一言付け加えることを忘れなかった。

「もちろんこのことは空軍以外ではオフレコの話ですが-------」

 

 エリートは苦い笑みを浮かべて軽くうなずくだけであった。

 モシェはその時、エリートに生気が無く、言葉遣いに覇気がないことに気が付いた。そう言えば宇宙ステーションから元の職場に戻った時、仲間のパイロットから聞かされた噂話を思い出した。

 

 <シャイロックの義理の息子がノイローゼだってさ。最近では戦闘機にも乗せてもらえないそうだ。>

 

――――――― 

 

(続く)

 

 

荒葉一也

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SF小説:「ナクバの東」(75)

2023-03-19 | 荒葉一也SF小説

(英語版)

(アラビア語版)

2023年3月

 

Part III:キメラ(Chimera)

 

75. ネオ・ギャラクシーの地球上陸(1)

 高度400KMの宇宙ステーションではイスラエル人宇宙飛行士モシェが船外作業中であった。モシェ飛行士はイスラエル空軍所属のパイロットである。彼が船外作業を終えて船内に戻ろうとしたとき、微細な物体が音もなく近づき彼の宇宙服に付着した。

 

 超微細な物体であるため飛行士が到底目視できるものではなかったが、仮にそれが目に見える大きさであったとしても彼はその物体が彼に近づいてくることを容易に確認できなかったであろう。何故ならその物体は宇宙に偏在するダークマターを渡り歩きながら目的地を目指していたからである。

 

 仮にその物体が地球の望遠鏡で目視できるとすれば、最初ははるか遠くにある点として観察される。そしてその次の瞬間、物体は見えなくなる。観察者は理由は定かではないが物体が姿を消したと思う。しかししばらくすると(しばらくと言ってもその時間的経過は測定できないほど短いのであるが)、その点は以前より大きくなっている。観察者は物体がこちらに近付いていることを認める。

 

 物体は瞬きを繰り返すほんのわずかな間に光速を超えるような信じがたいスピードで宇宙を駆け抜けている。創造主が支配するダークマターの先にある世界では時間軸、空間軸を含めヒトには未知の多次元軸が交差している。そこでは創造主は物体を何時でもどこにでも瞬時に移動させることが可能である。時間軸と空間軸だけの現実の宇宙では物体が発する光の点が前後左右に動き、或いは点そのものが大きくなることで近づいていることを認識できるにすぎない。

 

 ともあれ微細な物体、冬眠中のネオ・ギャラクシーは宇宙服に付着した。そして飛行士が船外作業を終え宇宙ステーションに戻り、気圧室で地球と同じ温度と気圧の中で宇宙服を脱いだその時、ネオ・ギャラクシーは素早く飛行士の体内にもぐりこんだのであった。大気に触れ、体温に温められたウィルスは冬眠から目覚め、増殖活動を開始した。

 

(続く)

 

 

荒葉一也

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