Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

OPERAx3 BEST MOMENTS AWARDS 2008-2009

2009-06-20 | お知らせ・その他
2006-2007年2007-2008年シーズンに続き、今年もやって来た当ブログ版”ゆく年くる年”、
Best Moments Awardsの発表です。
今シーズン、最も印象に残った演奏を一本、大賞とし、
その大賞を含め、”これぞオペラを観る喜び!”と感じさせてくれる瞬間があった公演を振り返る企画。
対象は生で鑑賞した、メトのオペラの舞台とします。

過去二年と比べ、今年は大賞に何の迷いもなく選べるダントツの一本があった一方で、
残りのBest Momentsの選択が難航。
その難航ぶりをよく伝えるため、例年は最後に大賞の公演をご紹介しているのですが、
今シーズンは少し趣向を変え、いきなり大賞からいきます!

幕が降りた瞬間に、”もう今年のBest Momentsの大賞はこれしかない!”と確信を持った
その公演とは、今シーズンのリング第1サイクルの『ワルキューレ』(4月11日)
多くのオペラ・ファンたちに”理想的な演出の一つ”として敬愛されてきたオットー・シェンクのプロダクションが
とうとう今年で姿を消してしまうこともあり、ヘッズたちのリング・サイクル自体への熱気と
シェンク演出へのノスタルジックな気分が妖気のように漂っていた今年のリング・サイクル。
その一方でキャスティングでは思わぬ災厄が続き、
ブリュンヒルデはブリューワーから直前にテオリンに交代。
そして、ジークフリートはなんと当日にボータからレーマンに交代。
ところが、ベテランのマイヤーらの歌唱に混じって、彼らが大健闘を見せました。


(ブリュンヒルデ役のテオリンとヴォータン役のモリス)

しかし、なんといってもこの公演ですばらしかったのはジェームズ・モリス!!
ここ数年声の衰えが指摘されている彼ですが、あの最後のヴォータンの告別は、
ヴォータンという役とモリスという歌手が不可分になった歌唱で、
歌手として、あんな風に舞台で役を生きられるのは最高の喜びなのではないかと思います。

メトのシェンクの演出はDVDにもなっていて、ヴォータン役も同じモリス。
ベーレンスがブリュンヒルデ役を歌ったこのDVDの収録時から今回の公演は約20年を経ています。
今あらためてその映像を見ながらこの文章を書いていますが、
モリスに関しては、純粋に声の面ではほとんど彼のプライムと言ってよい時期のDVDの映像と比べてなお、
私は今シーズンのこの公演をとります。

同じ役を歌い続けた歌手の、それも一部の人しか辿り着けない特別なレベルに達している彼の歌唱を、
メトの大舞台に広がるシェンクによるワーグナーの世界をバックに聴けたのはこのうえない幸せでした。



今でもこの日の公演を思い出すと、
”さらば、勇敢で素晴らしい我が子よ Leb' wohl, du kuhnes, herrliches Kind!"の歌い出しで感じた、
今日の公演は特別なものになる、という不思議なオーラを追体験し、
ヴォータンがブリュンヒルデを抱きしめる瞬間の、
20年前の公演とは比べ物にならないほど巧みに、うちからほとばしるような娘への愛情を
ひしっとテオリンを抱きしめる姿に表現したモリスのヴォータンに涙し、
”Der Augen leuchtendes Paar お前の輝く瞳に”で一言一言優しくかみしめるように歌うフレーズに鼻水をたれ、、
この繰り返しです。
今でもこの告別のシーンに関しては、観たもの聴いたものをすべて頭でプレイバックできるほど、
それくらい強烈に、頭に、心に、刻み込まれています。



公演の頭でやや不安定だったオケもこのラストは大爆発。
やがて炎と舞い上がる煙に包まれる舞台、、。
作品そのものと、歌手、指揮、オケ、演出、大道具や照明などのすべてのスタッフらが
同じ方向を向いて作り上げた世界に、身と心を任せる。
これこそ、オペラを観る究極の喜びです!!!
一生忘れることのない、素晴らしい公演でした。
また、リングの別サイクルのシリウスの放送中、インターミッションのインタビューにモリスが登場し
リングについてのエピソードや、彼のヴォータン役の捉え方などを披露してくれたのも
この素晴らしい公演を観た後だったため、一層感慨深かったです。

この超ド級の公演が出るまで大賞最右翼だったのが『ファウストの劫罰』(11月29日)
日本のサイトウ・キネンでもかかったロバート・ルパージ(ロベール・ルパージュ)の演出のリサイクルは、
NYのヘッズ間には賛否両論(どちらかというと否が多し。)を巻き起こしましたが、
私は”賛”派。



映像の多用と、観客をトリップさせるような複数の人物による動きの執拗なまでの繰り返しなどに、
否の意見が集中していたようですが、私は一回の鑑賞だけではとても消化できない
この情報の多さこそが、同演出の魅力だと思いました。
シェンクに変わって次のリングの演出を担当することが決定しているのがルパージ。
シェンク派のヘッズからは、”くだらないものを作りやがったら半殺しにしてやる!”くらいな勢いで、
ルパージの登用を案ずる声が出ていますが、私はもしかすると彼は
面白いものを作ってくれるかもしれない、と期待しています。

また、一年を通して演目単位で最もオケの演奏が優れていたと私が感じたのが
この『劫罰』で、メト・オケの長所が大いに出ていたと思います。

演出、オケ、合唱の勢いに比べて、明暗がはっきりしていたのが歌手陣。
ジョン・レリエーは私が今まで見た人の良いキャラクターから一転、
ゲームでファウストを落として喜ぶような、スタイリッシュで冷徹なメフィストフェレスを、
彼のトレード・マークといってよい、ばりばりと響く深い声で好演。


(メフィスト役のレリエー)

肝心の主役のファウスト役を歌うマルチェッロ・ジョルダーニが
あいかわらず声が荒れているのが気になりましたが、
それを補ってあまりあったのがスーザン・グラハム。
今まで押して押しての一点張りで苦手だった彼女の歌唱ですが、
初めて彼女の歌を聴いて、ああ、いいな、と感じたのがこの公演でのマルグリート役です。


(マルグリート役のグラハム)

ライブ・イン・HD(ライブ・ビューイング)に収録された11月22日の公演でも確認されるように、
特に”燃える恋の思いに D'amour l'ardente flamme ”での歌唱が良いです。
たった一つbest momentを選ぶなら、美しいイングリッシュ・ホルンのソロ
(オケのディアス氏がいつもどおり、素晴らしい演奏を披露しています!)と
彼女の歌声が感動的なこのマルグリートのロマンスでしょう。

ちなみに、HDの公演からそのロマンスの部分をYou Tubeにあげてくださっている方がいるので、
こちらで紹介しておきます。




はぁ、、、何度聴いても心を打つ曲/歌唱/演奏です

また、この曲以外にもファウストの地獄落ちのシーンから、合唱が意味不明の言語
(悪魔の言葉ということで、そのようにわざと書かれている。)で歌いまくる場面、
それからマルグリートが天に召されていく部分の美しさ、など、プチ best momentsが一杯。
何よりベルリオーズの音楽の素晴らしさが生きていたのがこの公演が評価されるべき点だと思います。
(生かされないとどうなるかは、こちらのフィラデルフィア管の演奏会についてのレポをどうぞ。)


さて、ここ以降が選考が難航するところで、まともな選考基準ですと、5月9日の『チェネレントラ』
4月24日の『ドン・ジョヴァンニ』12月31日の『つばめ』
特殊な選考基準では、4月4日の『愛の妙薬』4月25日のBキャストによる『トロヴァトーレ』など、
公演全体として印象深かったものはあるのですが、
Best Momentsという観点から考えて頭一つ図抜けていたのは、
クーラへの見方を全く変えることになった4月10日の『カヴ・パグ
(カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師)』の公演で、特に『道化師』の方。

クーラに関しては、10年前位から、ラダメス(『アイーダ』)、カヴァラドッシ(『トスカ』)、
トゥリッドゥ(『カヴ』)など、複数の役で生を聴いているのですが、
歌があまりに力任せに聴こえることが多く、巷での彼に対する評判に疑問を感じるようになった私は
徐々に彼を目当てに公演を観に行くということが少なくなっていたのですが、
Aキャストのアラーニャの歌唱が冗談かと思うほどひどかったのとは対照的に、
『道化師』のカニオ役でのクーラは、光り輝いていました。


(『カヴ』から、サントゥッツァ役のコムロジとトゥリッドゥ役のクーラ)

役に合った声質と歌唱に、妥協のない役作り。
若干若々しい感じのするカニオですが、側に寄っただけで、ぱっくりとかみそり傷をつけられそうな、
鋭さとぴりぴり感が漂い、実に怖いDV(ドメスティック・バイオレンス)系のカニオで、
ニコニコしているときですら、時限爆弾のような、いつ爆発するかわからない雰囲気が漂っていて、
観客までびくびくしてしまいます。

10年前に比べると、歌が実に丁寧になった印象で(か、たまたま私が昔聴いた彼の公演が
コンディションの悪い日だったのか、、?)
彼の”衣裳をつけろ Vesti la giubba"を聴くと、今こういう風にこの曲を歌えるテノールは他に皆無か、
いても実に数が少ないのではないかと思います。


(”衣裳をつけろ”を歌うクーラ)

さらに凄いのはこの曲からラストまで、どんどん歌と芝居のテンションがあがっていくところで、
彼がネッダを追い詰め、刺し殺すまで、息もつけません。
そして最後の"La commedia e finita 喜劇は終わりだ”の台詞のなんとセンスのあることよ!
クーラは、カーテン・コールでも客に媚びない強面のまんまで、かっこよさ満点でした。

というわけで、今年のBest Moments Awards、全幕の公演からはたった三公演の選択となりました。
しかし、今回はおまけを。

ガラで歌われる歌唱を全幕と同列で比べることには少し抵抗があるのですが、
3月15日の125周年記念ガラから、ドミンゴとハンプソンがタッグを組んだ『パルシファル』からの抜粋で、
”哀しや、哀しや、この身の上!~願いをかなえる武器はただ一つ Ja, Wehe! Wehe!...Nur eine Waffe taugt"。
いつもの自意識過剰なハンプソンはどこへやらの謙虚な歌唱と、
あの年齢でなお後続の歌手たちを圧倒する歌声と存在感のドミンゴ。
抜粋と思えないテンションの高いパフォーマンスに、”ああ、これが全幕だったら、、”と
どれほど思ったことか!
この部分については全くオフィシャルの写真がないので、
You Tubeに掲載され、メトからクレームがついて引き摺り下ろされ、と、
いたちごっこを続けている、ヘッズが手持ちのカメラで撮影したと思しき海賊映像からの写真を。
いい歌というのはヘボい録音も録画も越えるという見本のような映像ですので、
いたちごっこの隙間にYou Tubeでポスティングを発見した方は、ぜひご一聴ください。
(そんないたちごっこの状態ですので、リンクを張っても意味がないので、やめておきます。)



そういえば、『ワルキューレ』のモリス、『ドン・ジョヴァンニ』のレイミー(レポレッロ役)、
そしてこのドミンゴ、と、今シーズンはおじんパワー炸裂の年でもありました。
衰えが進む自らの声に臆することなく、何かを表現するという挑戦心と強靭な意思が美しい。
おじん、万歳!!なのです。

(冒頭の写真はヴォータン役を歌うモリス。)

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2 コメント

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残念!! (ゆみゆみ)
2009-06-22 13:47:03
2006年シーズンは、私が見たものも入っていました。この年のモリスに私は惹かれました「ドン・カルロ」も懐かしいです。
2007年シーズンは、見たものは候補に挙がらず。この年でしょうか?「オネーギン」無いのが?です。
そして今年「ドン・ジョ」ははずれましたか他意はございませんよ^^。
「ワルキューレ」は私も見たものですね。モリスはこれを随分若い頃から歌っていましたのね。神で、人間界に出張ったり、地下に行って悪さをしたり。年令をかさねた彼の歌は良かったです。私は、彼の良い時ばかり聞けて幸せです。私の本では「ジョバンニ」は、若い貴族だそうで、ソロソロマッチャンも若い貴族は?
又違う演目で、マドカキップさんのお心にとまるといいなその前に私の心にも。

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モーツァルトで候補に入っただけでもすごいのです! (Madokakip)
2009-06-23 09:53:27
 ゆみゆみさん、

>2006年シーズン

は、そうすると文面から察するに、マイスタージンガーがご覧になった演目(でかつbest momentsに入ったもの)なのでしょうか?
そして、モリスは今回二度目のbest moments入りなんですね。
しかも同じワーグナーの作品。
『カヴ・パグ』もこの年のリチトラの公演に続いて、今年は二度目なんですね。
うーん、私の作品の好みが無意識に出てしまっているのか、、。

>2007年シーズン
>「オネーギン」無いのが?です。

すみません(笑)。
残念ながら私が観た回はゲルギエフじゃなかったんですよ。
DVDのあの公演より、やっぱりテンションが低かったです。

>そして今年「ドン・ジョ」ははずれましたか

再度、すみません(笑)
でも!モーツァルトが決して大好きなわけではない私にしては、
この『ドン・ジョ』が選考の候補に入っていたというだけで画期的だったんですよ。
先に書きましたように、結果は無意識に作品自体に左右されている面もあると思います。
あの公演は、best momentsというような印象的な瞬間があったというよりは、
最初から最後まで、全体的な公演のレベルとして高い、という印象でした。

>又違う演目で

『死者の家から』、頑張ってもらいましょう!!
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