kintyre's Diary 新館

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リビア・カダフィ大佐死亡で42年の独裁に幕

2011-10-21 23:55:34 | 時事ニュース・海外

リビアの反カダフィ派「国民評議会」ナンバー2のジブリル氏は、最高指導者だったカダフィ大佐が死亡したと述べた。リビアでの大規模デモ開始から約8か月を経て、約42年間にわたった独裁体制は完全に幕を閉じることになる。全土制圧を受け評議会は近くリビア「解放」を宣言、1か月以内に暫定政府を発足させる方針。
反カダフィ派のシルト攻撃は午前8時ごろに始まり、最後の攻防は約90分間続いた。北大西洋条約機構(NATO)のフランス空軍機は、シルト付近を走行中のカダフィ派の軍用車を空襲。車両100台がシルトから離れようとし、カダフィ大佐はその中の1台にいたとの情報もある。

 

大佐一行は「ここで数グループに分散した」。大佐自身は、同隊長ら5人の兵士とかつての国防相アブーバクル・ユーニス氏とともに近くの下水管に逃げ込んだ。すぐに反カダフィ派部隊が駆けつけ銃撃戦となった。だが、間もなく警護兵の一人が叫んだ。「ご主人様(大佐)がここにいる。負傷している!」。戦闘に加わった兵士の一人は「カダフィが(銃撃戦を)やめるように指示したのだと感じた」と話す。
兵士らに「撃つな、撃つな」と叫び、下水管から引きずり出された大佐は「一体どうした? 何が起きてる?」と語ったという。このとき大佐は脚や背中に重傷を負っていたもようだ。
反カダフィ派兵士が携帯電話で撮影したとみられる動画では、大佐はその後、乗せられていた車両のボンネットから兵士に髪をつかまれ、どこかに連行された。血まみれで服がはだけ、頭髪は薄く足取りは弱々しい。

「カダフィ大佐の身柄確保」のニュース速報がTV画面に流れた時は、「大佐は両足を負傷し救急車で搬送」されたとの報道だったが、その速報から間もなく「大佐死亡説」が直ぐに流れ、やがて大佐死亡を反カダフィ派が発表したがアメリカ当局は未確認情報として発表には疑問符が一部で付いていた。しかし、それも携帯画面による粗い映像ながらカダフィ大佐が拘束された直後の様子がニュース映像として世界を駆け巡るようになると、その映像の直後に何者かに射殺されたとの確定情報に変って行った。
どうやら命乞いをしたカダフィ大佐に向かって19歳の民兵が発砲し、それが致命傷になったという説と取り囲んだ群衆や民兵らに殴り殺された説の二つが有力となっている。

リビアはカダフィ大佐の死をもって42年の独裁体制にピリオドを打った形になったが、反カダフィで結束していた「国民評議会」も決して一枚岩ではなく、カダフィに替わる国民が一致して推す後継者が居る訳でもなく、部族社会のリビアにおける指導体制の早期構築は困難を極めそうだ。
また、この内戦で無政府状態に陥っていたことと市街戦で主な町は破壊されたので復興への道筋も付けなければならないが、リビアには欧米諸国が欲しがる石油埋蔵量が豊富だ。早くも、カダフィ後を睨んで欧州主要国から資源獲得に向けて熱い視線を送られている。この富を如何にして国家再建の為に結び付けるかが、新政権の最重要課題であり、国民の期待に応えられないと再び国民の不満が爆発するでしょう。



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