12-84.ソハの地下水道
■原題:In Darkness
■製作年、国:2011年、ドイツ・ポーランド
■上映時間:145分
■字幕:吉川美奈子
■観賞日:10月27日、TOHOシネマズシャンテ(日比谷)
■料金:1,800円
□監督:アグニェシュカ・ホランド
◆ロベルト・ヴィェンツキェヴィッチ(レオポルド・ソハ)
◆ベンノ・フユルマン(ムンデク・マルグリエス)
◆アグニェシュカ・グロホフスカ(クララ・ケラー)
◆マリア・シュレーダー(パウリナ・ヒゲル)
◆ヘルバート・クナウプ(イグナツィ・ヒゲル)
◆キンガ・プライス(ヴァンダ・ソハ)
【この映画について】
たとえ死と隣り合わせの戦時下であろうと、そこが悪臭と汚濁にまみれた下水道だろうと、人は人としての営みを辞めることはない。ホロコーストを題材にした映画はこれまでにも数多作られてきたが、実話をもとに『太陽と月に背いて』『敬愛なるベートーベン』のポーランドが誇る女性監督アグニェシュカ・ホランドが極限状態のリアリティを追求した本作は、ソハという主人公によってユニークさを極めている。
一介の貧しい労働者である彼は狡猾ではあっても英雄や聖人からは程遠い。その男が絶望的な暗闇の中で一筋の希望の光りとなる。いわば普通の人の正義と良心の軌跡が描かれるのだ。米アカデミー賞外国語映画賞ノミネートの秀作。出演は「国家の女リトルローズ」のロベルト・ヴィエツキーヴィッチ。(この項、gooより転載しました)
【ストーリー&感想】(ネタバレあり)
1943年のポーランド。下水修理と空き巣稼業で妻子を養っている貧しい労働者のソハは、収容所行きを逃れるために、地下水道に繋がる穴を掘っているユダヤ人たちを発見する。
ドイツ軍に売り渡して報奨金を手にするチャンスだったが、迷路のような地下水道の構造を誰よりも知り尽くしたソハは、彼らを地下に匿い、見返りに金銭を得ることを思い立つ。ところが、子供を含むユダヤ人のグループは彼の手に負えるような規模ではなかった。面倒を見きれないほどその人数は多く、隠れ場所の移動や食料の調達さえ容易ではない。その上、執拗にユダヤ人狩りを行う将校が目を光らせ、ソハの妻子や若い相棒は処刑の恐怖に怯えるようになる。
自らも極度の精神的重圧に押し潰されそうになり、手を引くことを決意するソハだったが、時既に遅し。同じ生身の人間であるユダヤ人たちに寄り添い、その悲惨な窮状を目の当たりにしてきたソハは、自分でも信じ難い、彼らを“守る”という茨の道を選択するのだった……。
この作品は最近のヨーロッパ映画で取り上げられるパターンが目立ってきた、第2次世界大戦下のユダヤ人迫害に関するものである。例えば、「黄色い星のこどもたち」とか「サラの鍵」もそうですね。
で、この作品は1943年のポーランド領ルヴフ(現、ウクライナ領リヴィウ)が舞台でユダヤ人を救済した名もなきポーランド人の物語である。ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害は熾烈を極めており、ユダヤ人の身にいつ危険が迫るかという強迫観念に怯えながらの生活が続いていた時代だ。
ルヴフの町にもユダヤ人狩りの足音が迫っており、彼らは危険が迫れば直ぐにでも逃げ出せる準備だけは整えていた。そして、遂に、ユダヤ人一斉検挙の日に、彼らは前もって下水道に実を隠すべく手筈を整えていたが、下水修理工のソハとシュチェペクは、彼らの存在を知り彼らから下水道の中の安全な場所を提供する見返りに報酬を要求してきた。
ソハには妻子がおり生活に余裕はなく、ユダヤ人に対して良い感情は持っておらずも、彼らから金をせしめて最後は軍に通報しようと企む。
だが、そのソハにも少しずつ彼らに対する同情心が沸いてきて、下水道へユダヤ人を匿っているのでは無いかと軍から怪しまれても機転を利かせて彼らを救うのだった。
そんなユダヤ人の地下生活は過酷だった。地上の大雨の際には雨水が大量に地下に流れ込みあわや全滅の危機も何とか乗り越えた。
ユダヤ人たちも一枚岩ではなく、早く地上へ戻りたい家族もいるし、中には出産を控えている妊婦もいたり、子供もいたりと、この地下生活は結局1年4カ月(だったと思いますが)続いた。上が安全だと決心して地上へと戻ったのだが、エンドロール前の字幕でソハは彼らを解放後、間もなくしてソ連軍の車両に轢かれて亡くなったそうだ。
この地下生活を送ったユダヤ人は戦後世界各地に散らばり、「この名もなき英雄・ソハ」の行為は、匿われてその後生き延びた一人が回想録を死の前に執筆したのがきっかけのようだ。
歴史上の時系列と、映画上の時系列は登場人物も含めて多少異なるようだが、最初はユダヤ人を救う気持ちは薄かった「ソハ」だが、彼らの命を救ったのはソハだったのは紛れもない事実だ。
映画としては英語のセリフはなく、基本はポーランド語でありながら、当時のルヴフの民族分布をあらわしたように、登場人物のルーツによりドイツ語、ウクライナ語、イディッシュ語(ユダヤ人の言語)などで話され、途中で苛立ったソハが「ポーランド語で話せ!」というシーンが登場する。まあ、日本人はそれらの言語の違いは分かりませんし、字幕を追いかけるだけですが、ユダヤ系の監督ならではのこだわりがこういう点にもありましたね。
映画の大部分は下水道の中でのシーンであることから、映像は当然ながら全体として暗く汚水が漂うシーンばかりなので撮影スタッフは苦労したようだ。下水道は実物を模したセットを作って撮影されたそうだ。
決して派手で娯楽性に富む作品では無いが、ユダヤ人の生命力の強さと、それを助けたソハの心境の変化の推移がしっかりと描かれていて、とても印象的な作品だった。