今日のうた

思いつくままに書いています

まずは 疑え! (1)

2017-01-06 09:10:25 | ②一市民運動
2017年1月5日の新聞に、二面にわたり「宝島社」の全面広告が載っていた。

忘却は、罪である。
1941年・12月8日 真珠湾
1945年・8月6日 広島

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000477.000005069.html
             ↓

(画像はお借りしました)

はたして若者のどれだけ多くが、12月8日と8月6日を知っているだろうか。
私は中学・高校と、学校で近代史を習わなかった。
縄文式土器と弥生式土器の違いばかりに時間をとられ、近代史に入る前にタイムアップだった。
殆どの日本人が、同じ経験をしたのではないだろうか。
今にして思えば、日本国中で極めて作為的に、このことが行われていたのではないだろうか。
その結果、忘却どころか 「 無知は、罪 」 である。

安倍政権は、教育に対して「中立」という言葉で圧力をかけ、自分たちに都合のよい
一つのベクトルを与えようとする。
だが、まずは歴史をきちんと知ることが先決だ。
その上で、生徒たち一人一人が自分で考え、自分で理解し、自分で判断すべきことだ。

2016年12月30日、TBS「報道の日2016」では、6時間にわたって
『世界を揺るがすテロ~激動のアメリカと日本』を特集していた。
1961年にケネディが大統領の就任してから現在までを扱っていた。

http://tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/mbs/556947/556947/ 
(goo テレビ番組より)

『テロ』というと、日本は関係ないよね、と思うかもしれない。
『テロ』と『事件』の違いを広辞苑で調べると、

テロ=テロリズム
①政治目的のために、暴力あるいはその脅威に訴える傾向。また、その行為。暴力主義。
②恐怖政治

事件
①事柄。事項。
②(意外な)できごと。もめごと。
③訴訟事件の略。裁判所に訴えられている事柄。

テロという言葉と事件という言葉では、これだけニュアンスが違う。
テロの代わりに事件という言葉を使うことで、恐怖が薄らいでしまう。
またテロを事件とすることで、その影響が社会的なものから個人的なものへと
狭められてしまう。
その結果、日本でどんなにテロが起きても、「日本でテロは起きていない」という
口実を作ってしまうし、
「日本は世界一安全な国」、と政権に利用されることにもなってしまう。

「地下鉄サリン事件」は、絶対にテロだ!「地下鉄サリンテロ」と呼ぶべきだと思う。
その他にも、テロと呼ぶべき事件が数多くある。
ウィキペディアによると、「Category:日本のテロ事件」
              ↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%83%86%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6

これだけのテロを事件と言い換えることで、テロそのものがうやむやにされてきたのではないだろうか。
テロという言葉は、プライバシーと同じくらい日本語化している。
政治家もメディアで働く人たちも、「事件」なのか、「テロ」なのか、
うやむやにせずに使い分けて報道して欲しい。

「報道の日2016」に戻ると、ハイジャック事件もバスジャック事件もテロであり、
テロは常に日本で起きていることになる。
そして欧米から見ると、 「 日本はテロの先進国 」 だそうだ。

「他人ごとじゃない!日本で起きた&日本人が起こしたテロ GLOBAL INNOVATION navi より」
           ↓
http://gipj.net/news/n151124/

(2)につづく









(画像はお借りしました)


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