山浦清美のお気楽トーク

省エネ、農業、飛行機、ボウリングのことなどテーマ限定なしのお気楽トークができればと思っております。

憲法改正について思うこと

2013-05-02 | 政治・経済・社会

 憲法改正の議論が世上を賑わせている昨今ですが、日本国民が日本国憲法に関する知識を如何ほど持ち合わせているのでしょうか?

 学校教育の中で若干取扱われているでしょうが、その知識すら殆どの方々は忘却の彼方にといった状況ではなかろうかと思われます。憲法改正を主導する安倍総理が、憲法の知識や有名な憲法学者の名前を問われて答えに窮するといったことは誠に残念なことであったとは思いますが、これが日本国民の現実であるということを雄弁に物語っているのではないでしょうか。

 憲法改正の議論の活発化は、広く国民が憲法について考える好機と捉えるべきことであろうと歓迎いたします。世の中には色々な考え方があるもので、現行憲法の一字一句でも変えることは罷りならぬ。憲法改正の議論をすることすら絶対反対であるといった主張もあるようです。議論自体を否定することは如何なものかと思います。正々堂々と現行憲法維持の論陣を張ればよいことです。そのことによって現行憲法の理解が広まろうというものです。大いに議論を深め、より良き未来のため憲法は如何にあるべきか考えることが大切なのではなかろうかと思います。

 さて、安倍総理は憲法第96条を先行させようとのお考えのようです。確かに、96条の改憲規定は厳しすぎ、制定されてこの方一度の改正も行われておりません。大日本帝国憲法(旧憲法)の改憲規定は、

「第73条 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ

 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員3分ノ2以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員3分ノ2以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス」

のようになっております。この規定も相俟って旧憲法は不磨の大典とも言われており、先の大戦が終結するまで一度も改正されることはありませんでした。
 現行憲法は、旧憲法第73条第2項の規定より厳しく、更には国民投票まで課しており、事実上改憲できない憲法となっております。これでは現行憲法も不磨の大典化していると言われても仕方がありません。旧憲法がGHQにより現行憲法に改正させられたように、現行憲法があまりにも現実と乖離したとなれば、何らかの強制力が働くことにもなりかねません。
 
 安倍首相は、先ずはこのハードルを下げることを試みようとのお考えなのでしょう。即ち、第一段階として憲法の本質的な議論を避け、手続き論から入っていこうという戦略です。第二段階として、いわゆる本論としての憲法改正がある訳です。憲法擁護の立場からは、第96条の改正は、その後に続く改憲への見え見えの布石にしか映りませんから、何が何でも反対といったことになります。

 憲法の制定・改正は国民の一大事業ともいえます。安倍首相が、日本国の将来にとって憲法改正が絶対に必要とお考えならば、96条の先行改正ではなく、96条との一体改正を正々堂々とご主張になるべきではないかと考えます。でなければ、せっかく改正した憲法が定着せず、政権交代の度に改正される憂き目に遭わされるかも知れません。

 あまりにも硬直化した憲法を望むものではありませんが、あまりにも軽い憲法を望むのものでもありません。本当に必要な改正であれば、多くの国民は納得すると考えます。政府はそのような国家観、憲法観をもった成熟した国民を養成する責務があると考えます。

 また、「憲法第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」のように国民にも責務があります。 

 憲法記念日を前に、多くの国民が憲法に関心を持つことを願いたいと思います。


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