山浦清美のお気楽トーク

省エネ、農業、飛行機、ボウリングのことなどテーマ限定なしのお気楽トークができればと思っております。

食事時に流されるCMについて思うこと

2012-12-30 | ブログ

 食事の時間帯に下痢止め、便秘薬、はたまたトイレ関連のテレビCMが流されていることがあります。あるいは除菌や匂い消しに関するCMであることもあります。偶々、食事中にこのようなCMに出くわすと、やはり不快に感じてしまいます。

 スポンサーからすれば、ターゲットとする客層の視聴率が高い時間帯に流したいでしょうし、このような配慮も当然行われていると思います。はたまた、このような利害に関して既に数値化されているのかも知れません。例え一部の人に不快感を与えたとしても、CMによって売上が上がれば良いではないかと考える向きもあろうかと思います。

 スポンサー企業もCM放映の時間帯に配慮があって良いのではないかと思います。不快感と共に製品や企業イメージが定着してしまえば、かなりのマイナスになるのではないでしょうか。もっとも、その方がインパクトがあるといった考えもありますが・・・。

 私の場合には、あまりにも度が過ぎるようだと、テレビを視なくなってしまうことでしょう。どうしても視たい番組は、録画してCMを飛ばして視れば済む話です。好きな音楽を聴きながら食事を楽しむ方が、なんぼかましといった結論になってしまいます。


小池百合子氏の断髪式について思うこと

2012-12-20 | 政治・経済・社会

 臥薪嘗胆、政権奪還まで髪を切らないといった信念は良しとします。しかしながら、このたび仰々しくも断髪式なるものを挙行されたそうです。ちょっとはしゃぎすぎではないかと思ってしまいます。「そんなことをする前に、もっとやることがあるだろう!」とつい言いたくなってしまいます。かつて民主党が政権をとったときのはしゃぎようが思い出させれてなりません。

 自民党の諸先生方が艱難辛苦の末、政権奪還を果たした今、その内に秘めた闘志を今後の政治の中で発揮することが、政権交代の真価であると考えます。お祭り騒ぎをしている場合ではないと思うのですが・・・。国民は自民党の諸先生方の言動を醒めた目で見ているのではないかと思います。


燻製作りにはまっております

2012-12-20 | ブログ

 新聞で燻製作りの記事を読んで、燻製作りにチャレンジしてみました。先ずは定番のサーモンからということで・・・。普通の鉄製フライパンと鍋を逆さにした蓋だけの至ってシンプルなものです。

 こんなにお手軽に本格的な燻製ができるとは思ってもみませんでした。その後、豚バラ、鶏のもも肉などを試しております。なかでも鶏のもも肉は、「どうかなー?」と思っておりましたが、意外や意外なかなかの絶品です。

 またまた美味いもんが増えてしまいました。身体の膨張はとどまるところを知らずといったことにならないようにしなければ・・・。


手廻し製粉機を電動に改造してみました

2012-12-18 | 農業

 「手廻し製粉機を購入しました」でご紹介した製粉機改造の顛末です。当初は、電動ドリルのモーターを取り外して取り付けるつもりでおりましたが、今後もドリルとして使いたいので、着脱できるようにしました。その代わり、回転させている間は手で保持しなければならなくなりましたが・・・。色々と考えた結果が、直結という一番シンプルというか芸がないというかといったものになってしまいました。

 先ずは、手回し用のハンドルを取り外して回転軸のみにします。その回転軸に工具箱に転がっていたソケットレンチ用のソケットを軸径に合わせて選択します。楔で軸とソケットを固定し、テーピングします。ソケットにユニバーサルジョイントを接続します。以上までが次の画像です。

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 軸の部分の拡大画像です。

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 これをドリルチャックに取り付ければ完成なのですが、私の場合には、回転させていないときドリルを置いておけるようにするためエクステンションジョイントを間に挟んで使用しております。

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 さて、試運転を兼ねて、きな粉を作ってみました。200グラムの大豆を用意し、焙煎し、いざ粗挽きです。それこそアットいう間に挽き終えてしまいました。ホッパーの大豆がみるみる吸い込まれていくような感じです。その後、細めに設定して2パス目、さらに細かく設定して3パス目と挽いていきます。手廻しでは気が遠くなるような作業でしたが、楽々すーいすいで完了してしまいました。篩いにかけて、お手製きな粉の完成です!

 さっそく、作っておいた玄米餅を電子レンジで加熱し、きな粉餅にして試食してみました。「うーんなかなか美味!!」といった感じです。

 個人的には、玄米餅より、普通の白い餅が合うと思います。玄米餅はやはり焼餅にした時の方が美味しいと思います。

 今後は、そば、しょうが、ウコンなどを製粉してみようと思っております。


菅元総理は「原発ゼロ」を踏み台にしていた?

2012-12-17 | 政治・経済・社会

 菅元総理の選挙情勢を伝える報道の中で、辻立ちしている時に使用していたというお立ち台の映像が大きく紹介されておりました。白い直方体の箱様なものに大きな朱文字で「原発ゼロ」と表記されておりました。

 私は、それを視て大きな違和感を感じてしまいました。スローガンは頭上大きく掲げるものであって、決して足下に置くようなことがあってはならないものであると考えます。菅元首相のこの行為は、まさに「原発ゼロ」を踏みにじるようなものではないでしょうか?

 ご本人が、原発ゼロを真摯に望み、そのような行動を起こそうと本気で考えているとすれば、スタッフがこのようなお立ち台を用意しようものならば、即座にイラ菅の本領が発揮されたことでしょう。にも関わらず、いけしゃあしゃあとお立ち台で原発ゼロを訴えるなど、どのような神経をお持ちなのか疑いたくなってしまいます。

 もし、ご本人の発案であったなら、言うべき言葉が見つかりません。選挙スタッフも殿のご乱心を止めるのが役割でしょうに。もっとも、そのような人にはそのような人達しか集まらないと言うべきでしょうか?


手廻し製粉機を購入しました

2012-12-15 | 農業

 先日書いた「大豆の収穫」の中で自家消費してしまうには量が多過ぎるので、何かうまい方法がないかと募集しておりました。当方でも色々と考えあぐねた結果、きな粉に加工することにしました。きな粉ならば、餅にまぶして食べることも出来ますし、きな粉ぼた餅にしたりと色々と応用が利くのでは考えた次第です。

 そこで、確か石臼があったなと探し回りましたが、残念ながら下の部分しか見つかりませんでした。上の回転させる部分は、どこぞに消えてしまったようです。仕方なしに手廻し製粉機を購入しました。電動のものは倍以上の値段がしますので、とりあえず汗をかこうということで、手廻しのものにしました。

 早速、試しにきな粉を作ってみました。炒った大豆を先ず粗挽きです。ここまでは比較的簡単にできました。問題はここからです。段階的に粒子を細かくするためには、これから2~3パスさせなければなりません。その労力たるや並大抵のものではありませんでした。380ミリリットルの容器一杯のきな粉を作るのに4時間以上掛かってしまいました。その甲斐もあってか、出来栄えは上々で購入したきな粉より上等だと思います。

 少量ならば手廻しでも問題ないと思いますが、大量に作るとなると実用的ではありません。そこで何とか電動化できないものかと考えておりましたところ、以前故障した扇風機があることを思い出しました。このモーターを利用して電動製粉機に改造を試みました。ところが、扇風機のモーターは意外にトルクが小さく、製粉機を駆動させることができませんでした。そのために回転数をプーリー比で落とさざるを得ませんでした。それでも手廻しに比べれば5~10倍のスピードアップできました。おまけに、電動ですから肉体疲労を伴うこともありません。

 しかし、人間の欲望は尽きないもので、もう一段のスピードアップを図りたいと考えております。現在のアイデアとしては、倉庫の中に転がっていた電動ドリルのモーターです。このモーターは可変速ですし、トルクも十二分にあります。来週くらいには、改造してみるつもりでおります。これが実用化できれば、そば粉などの加工もできるものと思います。

 年末年始には、久し振りに子供達も全員揃うでしょうから、その前にきな粉を大量に作っておこうと思っております。それから、これも初挑戦ですが、玄米餅をついてみようと数日前からもち米を水に浸け込んでおります。多分、きな粉とベストマッチではないかと今から楽しみにしております。

 少々、体重のことも気になりますが、美味いものを前にして・・・。


焼酎のお湯割り-お湯が先か焼酎が先か?

2012-12-10 | うんちく・小ネタ

 正直どうでも良いことでしょうが、酒飲みの戯言と思ってください。

 焼酎のお湯割を作る時、お湯の中に焼酎を注ぐか、焼酎にお湯を注ぐかといったことです。私はというとロック派で氷がないときだけのお湯後派なのですが、以前飲み会で人にお湯割を作ってあげていたら、「お湯が先だろ!」と怒られたことがありました。その時は何となく釈然としませんでしたが、こんなことで揉めてもと思い、作ったお湯割りは私がいただき、お湯先で作り直しました。

 その後、私の廻りの方々に聞いたり、ネットで調べてみますと世の中の趨勢はお湯先派のようです。お湯先の理由も諸説あるようです。①焼酎と水の比重が異なるので、お湯先が混ざり易い。②熱湯を冷ますためにお湯先にする。③お湯先がまろやかになり、お湯後だと尖ったような感じになる。④湯棺を連想させる。⑤焼酎の本場の南九州では、お湯先が常識となっている。・・・。

 ②は、冷まして使えば良い話で積極的な理由にはなりませんし。③は感覚的なものですから、先行記憶に左右されることが多いでしょう。④は仏教習慣的なことですので、酒席には相応しくないといった理由は頷けます。

 調べた中で一番多かったのが①の理由でした。念のいったサイトではサーモグラフィーで比較した結果まで掲載されておりました。それをみるとなるほどなーと思わないでもありませんが、そこで自説を曲げないところが私の悪いところです。お湯割り作るのに、両方の液体が混ざり合わないほどゆっくりと注ぐでしょうか? 仮にソット注いで液層が出来たとしてもサーモグラフィーは、あくまでも温度分布であって、成分は混ざり合うのではないか? 第一アルコールは親水性が高い性質を持っています。ということで、①の理由にもすぐさま賛同する訳にも参りません。

 ⑤の理由は、習慣であって理由になりません。その習慣が形成されるに至った理由を知りたいのですから・・・。さらにネットで調べていたら、南九州出身の方が、焼酎を入れてからお湯を注ぐといった書き込みもありました。

 結局のところ未だに納得できておりません。そうそう私がお湯後派である理由ですが、焼酎はそもそも原酒に近い方が美味しいのではと考えているからです。40度の焼酎は別ですが、25度のものでしたら、そのまぬるめの燗をつけた方が本来の美味さを味わえると思っております。

 どうしてもお湯割が良いと思うのであれば、徐々に温度を上げるためには焼酎にお湯を徐々に注ぐといったスタイルになります。熱湯に焼酎を徐々に注ぐと温度が下がるまでに必要以上に焼酎の成分が揮発することにはなりはしないかと思う次第です。もっとも割るという行為はアルコールを飛ばしたいのですから、お湯先の方が合理的ともいえますね。

 現実的には、かなりの勢いで注ぎますのでお湯先であろうとなかろうと大差はないと思います。であれば、同時に注ぐやり方もありではないかとも思ってしまいます。

 せっかくの焼酎の話題ですので、私のお勧め焼酎をご紹介します。以前鹿屋市に出張に出掛けたときに出会った、小鹿酒造の「小鹿」という焼酎です。鹿屋に出張に行くたびにまとめ買いしておりました。最近は鹿屋に行くこともなくなってしまいましたので、黒霧などが中心となっておりました。ところが地元(佐賀)のディスカウントストアで偶々一本置いてあるのを見つけ、久々に小鹿を堪能させていただきました。ストアに取寄せできるか聞いてみましたら、比較的簡単に手に入るとのことでしたので、その場で依頼してきたことは言うまでもないことでしょう。

 やはり飲んべぇーはいけませんな。お湯割の作り方をはじめ、多くのこだわりを持ち、結局は飲むことに終始するわけですから・・・。


「これが物理学だ!」

2012-12-07 | 本と雑誌

 滅多にないことですが、新聞に掲載されていた書評を読んで購入しました。

ウォルター・ルーウィン著(東江一紀訳)「これが物理学だ!-マサチューセッツ工科大学「感動」講義」

今までに多くの物理学関連の書籍を読んできました。本棚を眺めてみると、そのほとんどが理論物理学者の手になるものでした。本書を読んで、その新鮮な切り口に感銘を覚えました。

 私が学生だった頃、専門課程の初っ端に「物理実験学」なる科目の講義を受けました。誤差論を中心に、実験データの処理方法を学ぶものです。物理を学ぶ上では重要なことと分かってはいても、その無味乾燥な内容に正直退屈で仕方ありませんでした。

 本書の冒頭の講座紹介でウォレン・ゴールドスタイン氏が著者の初回授業の内容を次のように紹介しております。 -以下引用- 「測定を行ううえで何より重大な問題は、きみたちの測定の不確かさだ。不確かさの自覚なしに行う測定は、いかなる場合も意味がない。」 -以上-

 このように冒頭から衝撃を受けてしまいました。物理実験学の講義がかようなものであったなら、もっと真面目に講義を聴講したものと思います。

 教育は教師に負うところが大きいものと考えます。教育制度について色々と議論されております。しかし、どのように立派な制度や施設が整っていても、最後は教える側と学ぶ側の一対一の真剣勝負が出来なければ真の教育とは言えないのではないでしょうか。そういった意味でも、教師の役割の重要さを改めて認識した次第です。


ハコモノの補修では票にならない?

2012-12-06 | 政治・経済・社会

 高度成長期に造られたものが老朽化してきているようです。政治家は、新しい公共事業を持ってくれば票になるといったことで、道路、橋、トンネル、公共施設など、多くのハコモノの建設に熱心でした。その中には、別名、何某道路とか何某橋とかいった政治家の名前が冠されたようなものもあります。そして、本当に必要なのだろうかと首を傾げるようなものもあります。一旦、建設されると、これを維持管理する費用も発生するようになります。このような拡大再生産が何時の日にか破綻を迎えるのは当然のことです。

 先日購入したウォルター・ルーウィン著(東江一紀訳)「これが物理学だ!」の中に次のような記述があります。 -以下引用- 「人間にはなぜ、水位の上昇に少しずつ気づきながら、それがやがて自分を溺れさせることを認めずにいる能力が備わっているのだろうか? 見えているのに、同時に見えていないなどということが、どうしてありうるのだろうか?」 -以上-

 公共事業に関しても然り、年金問題にしても然り、原発問題にしても然り。漠然とした不安を感じつつも、ついつい現状を肯定してしまう。誰かが警鐘を鳴らしても、聞こえないふりをしてしまう。それどころか、時の権力者達は、その主張を封殺してしまう。このようなことが果たして無かったと言えるでしょうか。そして、その挙句の果てに大惨事を招いてしまう。その重大な結末に慌て驚き、なす術を知らず、想定外とか不可抗力などど誤魔化して責任を取ろうとせず、そして相も変わらず何も改めず同じ過ちを繰り返す。

 ハコモノに限らず、日本全体のシステムが制度疲労しているのかも知れません。破局を迎える前に・・・。


多党化は悪いことばかりか?-少数政党の役割

2012-12-05 | 政治・経済・社会

 どの政党を選んで良いか分からないといった意見が報道で取り上げられております。評論家は政治の劣化を指摘して、何となく多党化が悪いことのように言われております。

 私は、生来のへそ曲がりですので、このような意見に敢えて反対を唱えたいと思います。この度の多党化は大政党が求心力をなくし分裂してしまった結果といえなくもありません。その点は、率直に認めます。しかしながら、本来国民の意見は多様なものであります。現代社会が多様化していることは、誰しも認めるところでしょう。それを何ゆえに二大政党に収斂させなければならないのでしょうか。政治の混乱を避けるためには、二大政党が有利であるといった論拠もあるのでしょう。しかしながら、形式だけの二大政党制では、内部で混乱を呈することになって、今回の如く分裂することになりかねません。

 そもそも国民が多様化しているとするならば、政党も多様化するのが、むしろ自然の流れではないかと考えます。多党化すれば、ますます政治が混乱するといった指摘があります。それは、政治家がそうならないようにすれば良いことであって、二大政党制であっても同様に起こることのように考えます。二大政党制の米国においても上下院のねじれによって混乱に陥っていることは指摘するまでもないことでしょう。しかし、これらの混乱を生じせしめるのも、解決を図るのも政治家自身なのです。そして、政治家を選ぶ選挙民なのです。

 現在の選挙制度(衆議院:小選挙区比例代表並立制、参議院:選挙区+比例代表制)においては、二大政党+多くの少数政党となることは致し方ありません。政権維持や立法などについては、大政党が大きな役割を持ちます。少数政党は、キャスティングボートを握っている場合にしかこれらの役割を果たすことはできません。

 では、少数政党は無価値かというと、そうではありません。①少数意見の代表。②特定の問題に特化した政策の実現。③国政の監視などといった重要な役割があります。

 その武器として、質問主意書というものがあります。少数政党にとって内閣に対する国会質疑時間は極僅かしか与えられません。これではまともな政治活動は出来るはずもありません。しかし、質問主意書は国政全般に渡って、内閣に対して質問することができ、議員の人数の制約がありません。この制度を駆使すれば、少数政党あるいは無所属議員であろうと、存分に政治活動ができるのです。

 国会中継などテレビでは目立たないかも知れませんが、地道に政治活動をしている議員さんも大勢いらっしゃいます。少数政党では、確かに重要な政策決定には関わることはできません。しかし、多様な国民のニーズを掬い上げることができるのは少数政党なのかも知れません。

 このためには、これまでに何度も主張してきましたように、現在の選挙制度、議員定数削減には反対です。国民の多様なニーズに応じることができるようになるためにも大選挙区制度が、行政に監視の目を行き渡らせるためにも議員数が多い方が望ましいと考えます。(参考:「議員定数削減は本当に国民の要望か?」)


卒原発を訴える政党の代表代行に一抹の不安を覚えております

2012-12-02 | 政治・経済・社会

 総選挙を前にしてこのようなことを書いて良いかどうか判りませんが、単なる戯言として聞き流してください。単なるアドバイザーとしての存在ならばどうということでもなかったのですが、ご自身の主張を実現するために、県知事に立候補したり、衆議院議員に立候補するなど政治的な動きをされているようですので・・・。

 私は氏の主張について理解できる点もありますが、全面的に賛同できるものではありません。例えば、ご自分の主張通りに実行しさえすれば、全ての物事が簡単に実現できますといったようなご主張は如何なものかと考えます。単なる理想家としての主張ならば、それはそれで結構ですが、具体的な社会に対して適用したとき、果たして思ったように出来るであろうか危惧します。自分の理想を追い求めるあまり、利害が対立することを無視してことを強引に進めてしまうことになってしまうのではないかと危惧します。政治家としては、理想を追求するばかりでは上手く運ばないことが多々あります。実際家になれるかどうかも、その資質として求められるものと考えます。

 以前「時間帯別料金(ピークシフトプラン)と太陽光発電」でも指摘しておりますように、テレビ番組での「バカな節電、賢い節電」発言などをみると、先に書いたようなことを裏付けているように思わざるを得ません。

 今や公党の代表代行という責任ある立場になられたのですから、あまりにも軽々しいご発言はお慎みいただければと存じます。また、同党におかれましても重要な政策に関する事柄を一人の主張で固めることなく、多くの専門家の考えも参考にされては如何でしょうか。でなければ大きな期待を寄せる有権者を裏切ることにもなります。