何言う事も無くしんみりと、母娘でおにぎりを口に運んでいると、
浜茶屋の入り口に警察官の人が姿を現しました。お母さんを呼び出すと、上がりましたと一言いい、
顔の確認だけお願いします。と慎重です。
母は息はありますか?回復の見込みは?ありそうですかと聞いてみます。
警察官に、一応病院に運んでみますが、楽観視はできませんと沈んだ声で言われると、
彼女はやはりだめかとがっくり来ますが、それでも一縷の望みをつないでみるのでした。
母は一旦娘の方に戻り、動かないように言うと警察の人と浜へ出て、兄の顔の確認をします。
やはりそうでした。それは紛れも無く自分の息子でした。
そうだと言うと、もう動かない彼は直ぐに救急車に乗せられて、病院まで搬送されて行きました。
母は再び浜茶屋に戻ると、娘と共に荷物を持ち、パトカーで病院まで送ってもらいました。
兄が運ばれた病院に着くと、もう兄の方は安置所に移ったという事でした。
そして、医師から運ばれて来た時にはもう全く見込みのなかった事を告げられるのでした。
覚悟していた事とはいえ、やはりだめだったかと思うと、母はこの先どうしたものかと思案に暮れます。
夫の所在を警察の人から尋ねられて、何だか上の空で母はあれこれと答え、
そんな母親に、ご主人には私の方から連絡しましょうと申し出る警察の人に、言われるに任せる母なのでした。
父の方も降ってわいたような災難に、文字通り青天の霹靂、取る物も取り合えず旅先から帰って来ました。
しかし、起こってしまった事は仕様が無いと、彼は驚くほど淡々とした態度でした。
が、3、4日は夫婦でろくに話もできない状態でいました。
その後母の方は、息子に打撲の跡があった事で警察で事情聴取等されました。
とはいえ、兄が妹に乱暴していた、酷い事をしていた、妹が可愛そうで見ていられ無かった等々、
多くの兄の行動に対する目撃証言があり、母は妹を兄から救助するために、止む無く殴打を行ったという事になり、事なきを得るのでした。
その間の事情も警察の方から父へ説明が行われ、父にすると手塩に掛けて育て可愛がっていた息子だけに、
息子の妹に対するそんな暴挙の証言等、全く耳にしたくないのでした。
父は事は全て済んだ事と受け止めると、これから後の事、生きて残された者達の将来の事だけを考えようと決めます。
事があまりに急だったので、彼には涙も湧いてこないのでした。後は唯、亡くなった息子の冥福を祈るばかりです。
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