Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、146

2017-04-22 12:09:28 | 日記

 そこで、蛍さんはお坊さん達の墨染の衣に少しずつ近付くと、

「おじさん、中にいるんですか。」

と恐る恐る声を掛けました。すると、小さくそうだよという声が聞こえます。

お坊さん達はというと、特に蛍さんに何か危害を加える気配は無さそうでした。

彼等にすると、こんな小さな女の子なんて相手をする気にもなれなかったのでしょう。

 彼女はその雰囲気を感じ取り、中心にいるおじさんを助けようと思いました。思い切ってお坊さん達に声を掛けました。

「おじさんが知らなかったって言ったら、結構ですって言ってたのに。」

「さっき、しょうが無いって言ってたじゃない。」

彼等から返事がないので、蛍さんは再三彼らに声を掛けてみました。

「それに『武士に二言は無い』って言うじゃないの、皆男の人なんでしょう。」

 それに対して、彼らの中の誰かから返事が聞こえました。

「私達は武士じゃないけど」

そう言う言葉でしたが、勢いのある声ではありませんでした。

何だかこう小さな女の子にそれなりの道理を言われては、お坊さん達も何となくやる気が削がれたのでしょう。

 また、境内で相談していた2人、先ほど蛍さんの傍にいて離れて行った2人連れの男性からも、

この時、蛍さん達の危難に援護するべく呼び掛けがありました。

 男性2人は、眼鏡の男性がお坊さん達に取り囲まれた時、今後如何なるかという予想がついていました。

それで直ぐにその打開策をあれこれ相談すると、1人が素早く地面に何か書き始めました。

屈み込んでその文字を書いていたのは本堂から戻って来た男の人でした。

彼は書き出した文字に、如何にも慣れたようにすいすいと線を入れて行きました。

「区切りはこんな物でしょうか。」

ともう1人の男の人に尋ねます。

「そんな物ね、いや、ここはこっちに区切りを入れた方がいいだろう。」

そう添削を受けて、これでよしと文字を書いた人は立ち上がると、大きな声で境内に響くように声を上げたのでした。

 「そのひ、とは、こうがくき、ふ、しゃですから、あな、たたちも、おね、がいし、たら、いいですよ。」

境内の中はしんとして声を出す人もいません。

当のお坊さん達も、その言葉が誰に対して言われているのか最初は気が付かない雰囲気でした。

皆そっぽを向いて、この言葉を聞いていたという気配もありませんでした。

そこで声を上げた男の人はもう一度、地面の文字を確り確認しながら一字一字をゆっくりと読み上げて行きました。

 その時、お坊さん達の1人が機転を利かせ、素早く地面にその声を文字にして書き出して行きます。

彼等の内の2人がそこへしゃがみ込み、額を集めてひそひそと地面の文字を読み解いて行くと、

俺もそう思う、うん、と皆で頷いて立ち上がり、じゃあそう言う事でと、3人は明るい笑顔になり皆の方へ向き直りました。


ダリアの花、145

2017-04-22 12:07:40 | 日記

 『何故こんな事になったんだろう。』

眼鏡の男性は酷く慌てながらも、極力落ち着いて事の次第を考えてみました。

 傍にいた蛍さんは、行き成り数人の男の人が自分の周りにやって来て大声を出すものですから、

ショックを受けて縮上がってしまいました。

彼女は皆の怒りの矛先が自分では無いと分かっていても、巻き添えを食いそうな周囲の雰囲気に目を白黒してうな垂れ、

身を固くすると畏まっていました。

 考えていた眼鏡の男性は事態の前の自分の行為について思い当たると、彼が足の下にした大きな石の前に回り、

その石をよく眺めてみました。石には文字が刻まれていました。

刻まれた文字は風化してよく読めませんでしたが、一番最初の文字はどうやら「國」の字のようでした。

『すると…』男性は思わず赤面しました。

 これは寺の名前が刻まれた石、お店なら看板のような物でしょうか。

この場合、店より何かの道場と言った方がよいかもしれません。

武芸の道場の看板のような物、それを足蹴にしたのですから事は重大事になった訳です。

 「申し訳ありませんでした。」

透かさずガバッとひれ伏すと、眼鏡の男性は土下座して平謝りするのでした。

「知らぬ事とは申せ、大変な失礼を致しました。どうぞお許しください。」

そう言って蛍さんの目の前で謝罪する男性に、境内から出てきたお坊さん達は怒りに任せて彼を袋叩きにするのかと思いきや、

「なあんだ、知らなかったのか、それなら結構です。」

しょうがないなぁと、あっさり言うと、さっさと皆で境内に引き上げて行ってしまうのでした。

 蛍さんの目の前は急に視界がすっきりと開け、元の通りに目の前には1人の眼鏡の男性が…、

いるはずの眼鏡の男性の姿をきょろきょろと蛍さんは探しました。

が、何処に行ったのか、そこにいたはずの彼の姿は影も形も見えませんでした

彼女の目に映るのは山野の大木と緑の葉や草、誰もいない参道の石畳のみでした。

『如何なったのかしら?』

蛍さんは狐に鼻を摘ままれたような感じになりました。訳が分からずにポカンとしてしまいました。

 その時背後で困ったような眼鏡の男性の声がしました。

「君達、それなら結構ですって言ったじゃないか。」

その声に蛍さんが振り返ってみると、お坊さん達の塊が黒々と見えます。その塊の真ん中から声は聞こえて来たようでした。

「私は知らなかったと言ったでしょう。」

再び彼の声がしました。何だかこの様子では、塊の中では小競り合いが起きているようです。

 「そんな事で済まされると思っておられるのか。」

「そうだ、このまま何も無しで返しては寺の看板にキズが付く。」

そうだ、この寺の名折れだ。等々小声で言い合う声が幾つか蛍さんの耳に聞こえて来ました。