Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

3本の鉛筆、12

2017-01-12 17:30:44 | 日記

 如何しようと思う間もなく父は戻って来て、その手に鉛筆を取り上げると、

「お前が書かないならこの鉛筆は要らないな。」

そう言って、部屋から出て行きました。

 暫くして戻って来た父は、何だか向こうも怒っていたが、鉛筆は置いて帰って行った。

という事でした。

「要らないわ。」

私がそう言うと、父もそうだろうなと言って、向こうはお前の性格をよく知っているから未だいるかもしれないなと、

鉛筆を手に戻って行きました。

 どうやら、本当に帰ったらしい。

シルバーの鉛筆を手に、父は私に如何すると聞くので、要らないから返して、如何しても置いて行くというなら、

お父さんが貰ったら、お父さんが聞いた話でしょう。

当時さっぱり訳が分からない私は、話の見えない出来事にイライラして父に八つ当たりするのでした。

 この時私の脳裏に浮かんでいたのは、小学校の頃に不意に見知らぬ人に声をかけらた、

物を書く人になりなさいと私に言った見知らぬおじさんの面影でした。

 『何の約束もしていないのに…』

名前さえ知らない変な人。

私には全く心当たりがないのでした。

 


3本の鉛筆、11

2017-01-12 14:41:46 | 日記

 3本目の鉛筆は、高校時代です。

「こんな鉛筆があるんだ。」

と父が1本持って来たものでした。

しかもその言い方が、少々お道化たような芝居がかった言い方でした。

 私は内心またかとピンと来るものがありましたが、以前からかなり年数も経つ事なので、

今更と、中学からはもうずーっと作文など無い学校生活でしたから、

今更其鉛筆を何に…?と、内心呆れてしまいました。

 「それで其鉛筆何に使うの?」

と、私は父が何か言い出す前に、父の真の意図を探ろうと直接的に聞いてみました。

 お父さんは其鉛筆で私に何を書いてもらいたいの?

そう聞いてみました。そして父の答えを待ちました。

今回ははっきりと父の本音を聞き出さなければ、私は決心していました。

 父の顔を見詰めていると、父はお前その鉛筆を見たのかと聞きます。

鉛筆?言われて私が父の机に置いた鉛筆に視線を落としてよく見てみると、

シルバーグレーの見た事も無いような気品のある鉛筆でした。

中学時代と同じアルファベットが3文字端に印刷されていました。

 「あら、綺麗な鉛筆ね、シルバーなんて素敵!」

一応はそう驚いて感嘆の声を出したのですが、そんな事では誤魔化されません。

先程の父に合わせて、これはこれは、如何いった趣向の鉛筆なんでしょうね。

と、弾むような声でにこやかに父に微笑んで見せます。

 父は渋い顔をして、お前なぁと言い、暫く言い淀んでいましたが、

お前何か約束した事があったんだろう。と言うのです。

書くと約束した事があったんだろうと父が言うので、はてなと、何の事だろうと思うのでした。

 「何の事?約束した覚えなんて無いけど。」

そう私が言うと、父はさも恍けているなという具合で、あらら、へぇーぇ、覚えてないのか?

お前誰かと将来何か書くとか約束したんだろう。それを書いて欲しいらしい。

等と言い出すのです。今書いて欲しそうだ。

そう言われても、はいそうですかと書けるようなら書くけど、本当に何を書くのか分からない。

そう私が答えると、父は私が全く分からない事に真顔で驚くのでした。

 こりゃ驚いた!そんな事を言うので、

それはこちらの方よと、私は父の態度と言葉にむかむかして抗議するのでした。

 大体、小学校の頃も、中学校の時も、何を書けと言うのかと思ったら、作文なのか何か曖昧な事ばかり言って、

訳も分からない物を書ける人がいる訳ないじゃないの。と、私は憤慨するのでした。

私に限らず、理由もなく何の事かも分からない物を書ける人なんてこの世にいる訳無いじゃないの。

そう矢継ぎ早に言うと、父は、お前ふざけてるのか?と言うので、

遂に私は堪忍袋の緒が切れて、事情を知っているらしい父に自分で書いたらと、

真っ赤になって烈火の如く怒りをぶちまけるのでした。

 最初は冗談交じりで、私も恍けて知らぬ存ぜぬでいるのだと思っていた父は、

どうやら本気で私が怒っている事に気付くと、険しい顔をして憤って来たようでした。

父も怒って、お前の方の態度は分かったから、向こうにもそう言って置く。

それでいいんだなと私に念を押すと、シルバーの鉛筆を1本その儘置いて出て行ってしまいました。

 『何だか、怪しげな事になりそうな鉛筆ね。』

 私はその銀色に艶めく鉛筆の美しい品の良さに見せられながら、

訳の分からない物を貰わない方がよいなと判断すると、父が置いた儘、その儘に其鉛筆を打っちゃって置きました。

 

 

 


3本の鉛筆、10

2017-01-12 14:37:33 | 日記

 ところが、1ダースという本数でもその処理には困りませんでした。

何故なら、この鉛筆全てを私が処理した訳ではないからです。

 鉛筆の箱を貰ってから2、3日して、父があの鉛筆全部使ったか?と聞いて来るので、

私は、まさか、こんなに短い日数で全部使う訳が無いでしょう。と驚いて答えました。

最初の1本でさえ使い切っていないのに、次の鉛筆を使う訳が無いわ。そう言うと、

私は机の引き出しから未だに手付かずの箱を取り出して父に見せました。

 父は内心絶句したのか、予想通りだと思ったのか暫し言葉は無く、

ややへの字にした口を半開きにしていましたが、

「お父さんに1本その鉛筆をくれ。」

と言うので、いいよ、元々お父さんのお金から出ているんだから、と私が言うと、

鉛筆の箱を差し出す私からその箱を受け取り、自ら鉛筆を取出すと、

急に気が変わったように、もう2、3本貰っていいかと聞くのです。 

 もちろん。いいよと私が言うと、父は鉛筆を4本程取り出し、その内の1本を私に差し出すと、

もう1本くらい削って、おいて置いたらどうだと言うのです。

それもそうかなと、私はその1本を受け取り、削って筆箱に収めました。

 父は傍らで私の様子を眺めていましたが、もう1本要るんじゃないかと言うので、

2本でいいんじゃないの、今はシャープペンシルもあるもの。

と、私は清書するような文章以外鉛筆はもう使わない旨を説明しました。

 数学などはもちろんシャープペンシルです。計算には便利です。

書く時間が短縮できますからね。字も細く細かく描く事が出来ます。

私は中学になる以前から、従姉妹に勧められてもうシャープペンシルを使っていました。

父もその事は知っていました。何度か私がプリントなど書いているのを見ていましたから。

 「いや、それでも、文を書くには1回に3本は必要だろう。」

削る手間とか時間とか惜しいだろう、そんな事を、父にするとそれとなく私に打診したつもりなのでしょうが、

私にすると、父は何を思っているのだろうと、今更作文なんて、中学生はそう書かないものよ!

そう思ってしまうのでした。

 「お父さん、中学生になると作文なんて無いわよ。調べ物のㇾポートに使うくらいなの。」

実際にそのㇾポーㇳさえ、実はシャープペンシルで書く事も多くなって来ていました。

私は本当に申し訳程度の物書きにしか臙脂色の鉛筆を使っていなかったのです。

後から来たこの箱入りの鉛筆は、私には相当なプレッシャーになりそうでした。

 『困ったわね、もう1度日記を書こうかしら。』

そう思いながら渋い顔をして父を見上げると、その困惑した私の顔を見て、

父は、もう2、3本くれなと言って鉛筆を箱から抜き出すと、かなり軽くなった箱を私に手渡すのでした。

 おおお、これは!

私は内心良かったと思い、目を輝かせて箱を見つめると、父の曖昧な微笑に気が付きました。

そこで本当に申し訳ないので、私はまた日記を書こうと決心しました。

 神妙に父の目の前でもう1本鉛筆を削ると、

父はしてやったりというような表情を抑えたような微笑みを浮かべて、

うんうんと頷いた事に自分で気付いたかどうか、疑わしげに見詰める私をあとに漸く去って行きました。

 『何故こう迄、いろいろ鉛筆を用意して迄私に何を書かせたいのか?』

私はこの時も疑問に思ったのですが、取り合えず日記の再スタートをしてみました。

 兎に角、前よりは長く書こうと努力しました。

が、1カ月続いたかどうか。

 流石に私ももう投げやりになり、折角の高品質の鉛筆も「猫に小判」、

溜め息と共に一応ある程度使い込まれて短くなった鉛筆を見つめると、

その臙脂色の背にもうご勘弁をと願うのでした。