原発問題

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プルトニウム輸送船「あかつき丸」の日米密約 ※12回目の紹介

2014-09-23 19:00:00 | 【原子力ムラの陰謀】

*『原子力ムラの陰謀』著者:今西憲之
「第5章 プルトニウム輸送船「あかつき丸」の日米密約」を数回に分け紹介します。12回目の紹介

原子力ムラの暗部を刻銘に記録に遺し、その男は逝った-

1995年12月8日、「夢の原子炉」と言われた

高速増殖炉「もんじゅ」でナトリウム漏れ事故が発生。

事故をめぐる”隠蔽”が次々と発覚する中、

一人の「国策会社」幹部が突如、命を落とした。

死の謎を解く鍵は、遺された膨大な資料のみ。

そこには原子力ムラが行ってきた”裏工作”の歴史が、

あまりにも生々しく記録されていた。

(P3「まえがき」から)

「『もんじゅ事故』で謎の死を遂げた西村成生さんが残した内部資料があるらしい」

 2012年冬、はじめにその話を聞いた時は、ここまで深くその資料と付き合うことになるとは想像もしていなかった。

  「西村ファイル」と名づけた資料の山を読み進めるうち、取材班は何度も我が目を疑った。国の特殊法人であるはずの動力炉・核燃料開発事業団(動燃=当時) が地域住民や職員の思想・行動を徹底的に調べ上げ、「洗脳」「工作」といった言葉が頻繁に飛び交う。そして、あまりに不自然な西村氏の死-。「原子力ム ラ」の異常な体質が、次々と浮かび上がってきたのである。

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**『原子力ムラの陰謀』著書 「第5章 プルトニウム輸送船「あかつき丸」の日米密約」の紹介 

前回の話プルトニウム輸送船「あかつき丸」の日米密約 ※11回目の紹介


 今も続く海上輸送と、取り残されたプルトニウム

 プルトニウムの日本への海上輸送は、「あかつき丸」を最後に行われていない。プルトニウムを燃料として使用するはずだった「もんじゅ」が95年12月にナトリウム漏れ事故を起こして以来、現在に至るまで運転を再開できていないからである。

 当初、使用済み核燃料の再処理を委託していたフランス、イギリスから2010年ごろまでに30トンのプルトニウムが輸送される計画だったが、現在までに日本に輸送されたプルトニウムは約10トン。いまも英仏両国に約35トンのプルトニウムが取り残されたままだ。

 このまま「もんじゅ」が動かなくても、「核兵器の原料となるプルトニウムを日本がためこみ続けることは許されない。このため日本はプルトニウムとウランを混ぜたMOX燃料を使用する「プルサーマル発電」を09年から始めた。

 MOX燃料の輸送は1999年に始まった。2013年4月、英国船籍のパシフィック・ヘロン号とパシフィック・イーグレット号2隻が東日本大震災後では初めて、20体のMOX燃料を積んでフランスを出港。6月27日、福井県の高浜原発に到着した。船には武装したイギリスの警察隊が乗り込んで警護を行ったが、輸送の詳細は「核防護」を名目に公表されなかった。核燃料の海上輸送は、現在進行形で続いているのだ。


 冒頭の「あかつき丸」の入港は、幸い大きなトラブルもなく終わった。その後、動燃側が作った広報対応の報告書は、こんなことを列挙して終わっていた。

<全体的によかった>

<理事長会見はタイミングもよく、記者の”のり”もよかった>

<プレスからの苦情、不満は殆どきかれなかった>

 自分たちの秘密主義が、国際社会からの深い疑念を招いたことなど頭にない。理事長会見が盛り上がった、などという上っ面の出来事だけで喜んでいてよかったのだろうか。

 権力者の顔色ばかりうかがって、その場しのぎのごまかしに徹するこの体質。彼らが抱えた”闇”は、1995年12月「もんじゅ」事故で一気に社会に知られることになるー。

 この章を執筆するにあたって取材班はあらゆるルートで取材を試みたが、その「秘密主義」のせいか、「あかつき丸」をめぐる情報は極めて少ない。書籍などの記録もほとんどなく、「あかつき丸」の名前を出すだけで口が重くなった旧動燃や旧科技庁の関係者もいた。

 そんな中、当時、「あかつき丸」に乗船していた人物に話を聞くことができた。海上保安庁の特殊警備隊SST(Special Security Team)に在籍していた、住本祐寿氏である。

「あかつき丸に乗ることが決まって、すぐに命じられたのが民間の生命保険に入っているなら解約せよということでした。日本とフランスの往復で120日間もプルトニウムを守るために船に乗れ、というのは想像もつかない仕事で、保険は無理と言ってきたそうです。それを聞いて『本当に大変だな』と思いました」

 と話す住本氏は、海上保安庁に20年間在籍。危機管理、テロ対策、身辺警護などを専門とし、関西国際空港建設時の警備、VIPや皇室警護などを担当した。


ーどういういきさつで「あかつき丸」に乗り込むことになったのですか。

「最初は、海上保安庁が警護を担当するかどうか決まっていなかった。聞いたところ、アメリカとの交渉で日本がある程度やることになり、国としてどこに警護をやらせるか考えた。84年の晴新丸のときは海保から2人が同乗していたことと、当時、自衛隊の海外派兵はタブー視された時代だったので、白羽の矢が立ったようです。その2人は、ゴルフバックに小銃を入れて任務にあたったと伝え聞きました。もんじゅに必要なプルトニウムの輸送というので、すごい仕事を任されたと思いました」

ー任務に当たることが決まり、どんな準備を?

「まず輸送するプルトニウム、放射性物質とはどんなものか、という知識を勉強しました。その後、船での防護にあたる訓練となるのですが、なにしろ軍隊とは思われてはいけない。だから自衛隊や米軍に訓練の依頼はできない。そこで、アメリカの民間会社で特殊訓練を受けました。費用は日本船舶振興会の笹川良一さんの関係する団体が出したと聞かされました」

ー訓練は十分でしたか?

「付け焼き刃で訓練しても、なかなかテロリストには勝てるもんじゃありません。最悪、襲われた場合、絶対にプルトニウムを渡してはならない、万が一のときは、奪取される前に爆発させて船を沈めろ、その役目は高校時代から船を学び、構造に詳しい住本、おまえがやれ、と。いわば自爆しろということで、もちろん命もありません。ずっと爆発物を携帯する、プレッシャーの中の役目となりました。それはほかの乗組員もほとんど知らない」

※続き「プルトニウム輸送船「あかつき丸」の日米密約 」は、9/24(水) 19:00 紹介予定です。

9/24(水)からは、「第4章 科学技術庁が指示したNHKへの「やらせ抗議」」の紹介を始めます。

<第4章 紹介予定>

 ◎投稿、電話によるNHKへの「対抗手段」を指示

 ◎「料金不払いも」 やらせ例文の過激な中身

 ◎あまりに露骨な科技庁の「反対派つぶし」文書

 ◎反原発作家の広瀬隆氏を「徹底監視」

 ◎謎の組織「電事連」の脅威の情報収集能力

 ◎広報チャート図でわかった「世論操作」の手法

 ◎「未萌会」の由来に見える「エリート意識」

 ◎見学者が反原発派とわかり”大パニック”に

原子力ムラの陰謀: 機密ファイルが暴く闇


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