散日拾遺

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4月2日 ニジンスキーが自身のバレエ団の初公演を行う(1914年)

2024-04-02 03:15:20 | 日記
2024年4月2日(火)

> 1914年4月2日、バレエダンサー・振付家のヴァツラフ・ニジンスキーは、ロンドンで自分のバレエ団の初めての公演を行った。公演は八週間の予定だったが、三週目にニジンスキーが舞台に立てなくなり、4月18日には打ち切りとなった。
 ニジンスキーはまさに伝説のバレエダンサーである。その跳躍は空中に静止しているかのようだったと言われている。またその振り付けは、古典と違う全く新しいバレエのあり方を確立した。彼の才能を見出したのはバレエ・リュスの主催者として名高いセルゲイ・ディアギレフだった。ニジンスキーは1909年からバレエ・リュスに参加し、ディアギレフと深い親交を結んだ。愛人だったという説もある。
 彼らの関係にひびが入ったのは1913年の南米公演中に、ニジンスキーがハンガリー人のダンサー、ロモラ・デ・プルスキと結婚したからだった。二人はバレエ・リュスを追放され、ニジンスキーは自分のバレエ団を結成する。こうして初のロンドン公演が行われたのである。
 しかし、ディアギレフのもとを離れたニジンスキーは徐々に精神に異常をきたし、1919年には入院せざるを得ない状況になった。以後、1950年まで一度も踊ることなく、この伝説的バレエダンサーはロンドンで亡くなった。
晴山陽一『365日物語』(創英社/三省堂書店)P.98

サンクトペテルブルク郊外、クラスノエ・セロにて(1907年)
Ва́цлав Фоми́ч Нижи́нский / Wacław Niżyński / Vaslav Fomich Nijinsky
1890年3月12日 - 1950年4月8日


 帝政ロシア時代のキエフ(キーウ)の出身とあるから、今ならウクライナ人と呼ぶべきか。しかし両親ともにポーランド人で、彼自身ワルシャワでカトリックの洗礼を受けている。一方、母語はロシア語でロシア人としての自己認識があったらしい。文化の交錯するところから異才が出現する一例と見える。
 三人同胞の第二子で、幼い頃は多動気味だったという。兄のスタニスラフも多動の傾向があり、若年で精神疾患を発症、精神病院に入院したまま第一次世界大戦のさなか自殺したとある。ヴァーツラフ自身はスイスで静養中の1919年にオイゲン・ブロイラーの診察を受け、統合失調症と診断されている。ブロイラーは Schizophrenia という言葉の発案者だが、その統合失調症概念は今から見れば広すぎるものであった可能性があるし、発達障害に関する当時の知識はきわめて限られていた。病跡については洗い直す必要がありそうだが、既に為されているかどうか。
 ディアギレフ(1872-1929)との交友は解雇で終わったわけではなく、1916年にはバレエ・リュス北米公演の振り付けのために呼び戻されたが、この時には「病的な癇癪を起こしたり、仲間たちを恐れ部屋に閉じこもるようになっていた」という。以下、その後の波乱について転記。
 妻ロモラがヴァーツラフを深く愛していたことは疑いないが、それが夫の精神的な安定にどう作用したかは難しい問題である。電撃結婚に対するディアギレフの激怒ぶりに、同性愛の嫉妬やバレエ団主宰者としての傷つけられた権威を読むのは容易だが、ニジンスキーの精神がはらむ危険を熟知し憂慮していた保護者ディアギレフが、当人たちの無思慮に絶望の叫びをあげた可能性もあることと思う。

 ニジンスキーの後半生は精神病院をたらい回しにされ、危険なため現在は行われないインスリン・ショック療法を受けるという悲劇的なものであった。妻ロモラは精神科医の助言を無視するなど判断ミスも犯したが、高価な治療で私財を使い果たすなど夫を支え続けた。しかしニジンスキーはついにバレエの世界に戻ることはなかった。
 第二次世界大戦中はロモラの実家のあるブダペストで入院生活を送る。1945年3月、ドイツ軍に『精神病患者を24時間以内に処刑するように』との命令が下り、ニジンスキーもあわや処刑されそうになる。その後、ドイツ軍に代わってやって来たソ連兵は祖国の大スターがいることに驚愕。ニジンスキーは精神病を発症した後はほとんど言葉を発しなかったが、若いソ連兵とは母語であるロシア語で会話し、病から来る攻撃性はなりを潜め、穏やかになった。その様子を見たロモラは、夫をロシアに戻さなかったことを深く後悔するようになった。
 1947年、ロンドンに転居。
 1950年4月8日、ロンドンの病院で死去。当初ロンドンに埋葬されたが、1953年にパリ モンマルトル墓地に改葬。
上掲写真も同じ

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