ゆめ未来     

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「マリアビートル」  ない袖は振れない

2019年01月21日 | もう一冊読んでみた
マリアビートル/伊坂幸太郎  2019.1.21  

 「父親は、犯人に対して、とても正しいことを口にした」
 「『ない袖は振れない』」


伊坂幸太郎の「殺し屋列伝シリーズ」、 『AX』 に続いて 『マリアビートル』 を読みました。
登場人物が個性的で、それぞれが見事に描き分けられている。しかも魅力的。
その人物像の魅力とそこはかとない面白さを伝えたくて、長いなが~い引用をしました。

  蜜柑は

 身体を縛られ、拷問まがいの暴力を振るわれ、がたがた震えていたのが、一日も経たずに、ずいぶん、落ち着きを取り戻している。ようするに内面が何もないのだ、と蜜柑は思った。フィクションと無縁で生きてきた人間に良くあるタイプだ。内面が空洞で、単色だから、すぐに切り替わる。喉元を過ぎれば、すべて忘れ、他人の感情を慮ることがもとからできない。こういった人間こそ小説を読むべきなのだが、おそらくは、すでに読む機会を逸している。

 若者が増長する話は、小説の中でなら愉しめるが現実では聞きたくもない。腹立たしいだけだ。

 「仙台? 何でそんな街に峰岸が人を呼んでるんだよ。あれか、よく言うオフ会というやつか」
桃のため息が聞こえる。「檸檬が言ってたけど、あんたの冗談は本当につまらないね。真面目な男の必死な冗談ほど、笑えないものはない」
 「悪かったな」


  檸檬と塾の鈴木先生の会話から

 「魔女狩りの時に『魔女だと認めないことこそが、魔女の証拠だ』って言うようなのと同じじゃないですか。あなたを怖がらないから、怪しい、だなんて」と本を閉じる。「僕だってびっくりしてますよ。突然、隣に座って荷物を見せろって言われたんですから。驚きのあまり、反応できなかっただけで」
 そうは見えねえな、と檸檬は思い、口にも出した。「おまえさ、何の仕事してるんだよ」
 「今は、塾の講師をしているんです。小さな塾ですけど」


 「怯えてもらいたいんですか?」
 「そういうわけでもねえんだけどな」
 「前に物騒な出来事に巻き込まれたことがあって、それ以来、いろんなことが吹っ切れちゃったところはあるのかもしれません。麻痺しているんでしょうか」
 男はまた、目を細くする。目尻に皺ができ口元が綻び、少年のようになった。「妻が事故で死んだり、怖い人に会ったりいろいろです」と言う。「でもまあ」とすぐに声音を変えた。「でもまあ、くよくよしててもしょうがないんで、生きてるみたいに生きてみようと思ったんですよ」
 「生きてるみたいに生きるって、何だよそれ。そのままじゃねえか」
 「いえ、意外にみんな、漫然と生きているじゃないですか。もちろん喋ったり、遊んだりはしますけど、もっとこう」
 「遠吠えをしたり、とかか」
 男はとても嬉しそうに笑みを浮かべ、強くうなずく。「それもいいですね。遠吠えは確かに、生きてる感じがします。あとは、美味しいものをたくさん食べたりとか」と文庫本をぱっと開き、中に載っているビュッフェ料理の写真を見せてきた。
 「何だか、先生はエドワードみたいだな」

 「エドワード、誰ですか?」
 「機関車トーマス君の仲間だよ。車体についている番号は二番だ。『とてもやさしいきかんしゃで、だれにでもしんせつです。さかみちをのぼれなくなったゴードンをおしたり、スクラップにされそうなトレバーをたすけたことがあります。ソドー島のみんなからとてもしんらいされています』だな」意識するより先に、暗記していた説明が口から飛び出す。


  七尾

 「ここで逃がしてたまるかよ。借りは返すからな」
 「後で返してくれ。今は仕事中なんだよ。いや、その借りは返さなくていいよ、あげるから」


 七尾が先ほど説明したことを、蜜柑に伝えてくれているのだろう。
 「俺たちが敵対して、反発しあえばたぶん、峰岸の思う壺なんだと思います」
 「トランクはどこにある」
 「俺も捜しているんです」
 「それを信じろって言うのか」
 「そんなに疑り深くて、どうするんですか」
 「だから今まで生きてこられたんだ。おい、どこにいる。何号車だ」
 「移動しました。<はやて>じゃなくて、<こまち>に移ってますよ」
 「幼稚園児でも騙されないような嘘を言うな。<はやて>から<こまち>へは行けない」


  王子は思う

 人間は自己正当化が必要なのだ。
 自分は正しく、強く、価値ある人間だ、と思わずには生きていられない。だから、自分の言動が、その自己認識とかけ離れた時、その矛盾を解消するために言い訳を探し出す。子供を虐待する親、浮気する聖職者、失墜した政治家、誰もが言い訳を構築する。
 他人に屈服させられた場合にも同様だ。自己正当化が発生する。自分の無力や非力、弱さを認めないために、別の理由を見つけ出す。


 「偉そうなわけじゃないよ。ただ、その頃から僕は、自分が、他人の生活にどれだけ影響を与えられるのか、興味を持つようになったんだ。さっきも言ったけど、梃子の原理みたいに、僕のちょっとした行動が、誰かの日々を憂鬱にしたり、人生を台無しにするなんて、凄いことだよ」
 「共感できねえよ。その結果、人を殺すことまでやって、どうすんだよ」


 こりゃあ末期的だ、王子様の支配は本当にすげえな、と木村は感心した。恐怖で集団を統率していくと、それがうまく行けば行くほど、集団を構成する末端の人間たち同士はお互いを信用しなくなる。その暴君への怒りや反発を、仲間で共有し、反抗の火種にするようなことにはならない。自分だけは叱らぬように、自分だけは罰を受けないように、とそれだけを望み、末端同士が監視し合うようになるのだ。

 自分たちの意図を隠し、つまりは、その列車の終着駅については伏せたまま、乗客をごく自然に移送していく。途中で停車した駅で、乗客は降りることもできるのだが、そのことには気づかせない。自然を装い、列車を通過させる。人々が、「あの時、あそこで降りていれば」と後悔した時にはすでに遅い。虐殺にしろ、戦争にしろ、そして、自分たちには何のメリットもない法改正にしろ、そのほとんどは、「気づいた時にはそうなっていた」のであり、「こうなると分かっていたら、抵抗していた」となる。

 もうすっかり僕の支配下にある、と王子は思う。すでに、こちらの指示を聞いている。一度、命令に従った人間は、一歩、階段を下りた人間がそのまま下まで行くように、どんどんこちらの思うがままになる。下りてきた階段を上がり直すのは、容易なことではない。

 王子は楽しみで仕方がなかった。
 老後を穏やかに暮らそうとしていた老夫婦の、その貴重な残り時間を、後悔と憤りで満たすのだ。他人の人生をぎゅっと潰し、そこから搾り出した果汁を、飲み干す。これほど美味しいものはない。
 八号車へと進む。大したことはなかったな檸檬さんも、と思う。子供も大人も人間は弱くて、取るに足らない存在だ、くだらない。


  木村茂と王子

 「昔から存在しているものは、それだけで優秀だ、ってことらしいですよ。ストーンズにしろ、木村さんにしろ、ね。生き延びているんですから、勝者です」

 「いいことを教えてやるよ」木村は銃をぐっと上げ、中学生の眉間に銃口を定める。
「六十年、死なずにこうやって生きてきたことはな、すげえことなんだよ。分かるか? おまえはたかだか十四年か十五年、だろうが。あと五十年、生きていられる自信があるか? 口では何とでも言えるがな実際に、五十年、病気にも事故にも事件にもやられずにな、生き延びられるかどうかはやってみないと分からねえんだ。いいか、おまえは自分が万能の、ラッキーボーイだと信じているかもしれねえが、おまえができないことを教えてやろうか」
 「できないことって何ですか?」
 「この後、五十年生きることだ。残念だが、おまえより俺たちのほうが長生きをする。おまえが馬鹿にしている俺たちのほうが、おまえより未来を見られる。皮肉だろ」
 「本当に撃つんですか?」
 「大人を馬鹿にするなよ」木村は言った。


 「勘違いするなよ。おまえ、反省したふりが得意だろうが。反省して、大人に大目に見てもらってきて、今まで生きてきたんじゃねえのか。いいか、俺はそんなに甘くないぞ。おまえの臭さはな、俺の経験した中では最悪だ。今まで、散々、悪いことやってきたんだろう。なあ。反省する機会はやるけどな、だからと言って、おまえの罪を見逃したりしないからな」
 「そんな」
 「あなた、怖いですよ」晃子も言葉の割に、太平楽な様子だった。
 「俺は年寄りだからな、目はぼやけるし、耳は遠いし、おまえの演技もよく分からねえんだよ。とにかくだ。おまえは、俺たちの孫に手出した。残念だったな。諦めろ。反省したら、少しは楽に死なせてやる。人生は厳しいもんだ」


  『マリアビートル』とは、なに

 マリア様の七つの悲しみを背負って飛んでいく。だから、てんとう虫は、レディビートルと呼ばれる。
 七つの悲しみが具体的に何を指すのか、槿は知らない。が、あの小さな虫が、世の中の悲しみを黒い斑点に置き換え、鮮やかな赤の背中にそっと乗せ、葉や花の突端まで昇っていくのだ、と言われれば、そのような健気さを感じることはできた。
 飛ぶ。見ている者は、その黒い斑点ほどの小ささではあるが、自分の悲しみをその虫が持ち去ってくれた持ち去ってくれた、と思うことができる。


王子の 「どうして人を殺したらいけないんですか」 との質問にあなたはどう答えますか。

鈴木先生の回答。
木村茂の言い分。

ぼくは、思う。
自分は、絶対に殺される側にはならないと信じる傲慢さ。
それが、このような質問になったのではないか、と考える。
自分も殺される側になるかも知れないと思い至れば、それこそが、この質問者への回答になる。

        『 マリアビートル/伊坂幸太郎/角川書店 』

コメント
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