語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」

2014年04月15日 | ●佐藤優
 (1)3月18日、ロシアがクリミア自治共和国を編入した日、プーチン大統領は演説した。
 <今日、われわれは、われら全員にとって死活的に重要な意味と歴史的意義を持つ問題に関連して集まった。16日、クリミアで住民投票が行われた。それは民主主義的手続きと、国際法規範に完全に従って行われた。投票には82%以上が参加した。96%以上がロシアとの統合に賛成した。この数字はきわめて説得的である>
 しかし、「自警団」という名の国籍不明軍(実態はロシア軍)がクリミアを実効支配する状況で行われた住民投票の結果が「国際法規範に従った」とは言えない。
 米国、EU、日本がロシアによるクリミア編入を認めないのは当然のことだ。

 (2)(1)の演説でプーチンいわく、<ヒステリーをやめ、「冷戦」のレトリックを拒否し、明白な事実を承認する必要がある。ロシアは、国際関係の自立した、積極的な参加者だ。他の諸国と同様にロシアには、考慮せねばならず、尊重しなければならない国益がある>。
 「考慮せねばならず、尊重しなければならない国益」のためには、近隣諸国の領土を編入しても構わないというのは、典型的な帝国主義者の発想だ。
 クリミアが独立を宣言し、住民投票でロシアへの編入を決定したとしても、プーチンが「われわれは領土拡張を望まない」という姿勢を明確にし、ロシアと「クリミア国家」の間で同盟条約を結ぶという選択をしたならば、国際関係がこれほど緊張することはなかった。
 ロシアが強気に出てクリミアを編入した理由は3つ。
  (a)クリミア住民の圧倒的多数がロシアへの編入を心底から望んでいるから。
  (b)ウクライナの新政権が、クリミアの離脱を阻止する軍事力を持っていないから。
  (c)米国に、クリミアのロシア編入を覆すことができる外交力、軍事力がないから。

  (3)ロシアの(2)の立ち居ふるまいが、米国の力の衰退を可視化させることになった。この現実に直面して、米国の政治エリートや国際政治専門家は、プーチン政権に対する不信感を高めている。
 例えば、アレクサンダー・モティル・米ラトガース大学教授(「フォーリン・アフェアーズ・レポート」4月号掲載論文)。
  (a)プーチンは、クリミアを力任せに奪い取った後、他のウクライナ地域へと侵略対象を拡げていく。
  (b)ロシア軍の数万の部隊、数百の戦車や装甲車がウクライナとの国境近くに終結している。単なる軍事演習のためとは思われない。
  (c)南東部の複数の州では、軍事情報を収集し、現地で騒乱を煽り立てることを任務とするロシアのスパイがすでにウクライナ軍によって拘束されている。
  (d)国境警備隊がウクライナへの入国を阻止した「武装したロシア人観光客=特殊部隊」の規模はすでに数千人に達している。
  (e)クリミアだけでなく、ドネック州、ハルキウ州など東部諸州でも親ロシア武装勢力が政府庁舎を占拠し、反ロシアのデモ隊を襲撃している。

 (4)(3)の事実はどうか。
 (b)について、ロシア軍との国境付近に展開しているのは事実だ。軍事演習の目的がウクライナに対する牽制であることは間違いない。
 (c)について、ロシアとウクライナが相互にインテリジェンス戦を展開していることも事実だ。ウクライナの諜報機関がロ・ウ関係の悪化を狙って送り込んだ過激派組織が、ロシアで摘発された、と4月4日の露国営ラジオ「ロシアの声」は報じている。
 インテリジェンス戦について、欧米発、ロシア発の情報はいずれも一方的なので、双方を比較して総合的な評価を下す必要がある。

 (5)(3)-(d)は、あり得ない。かかる稚拙な方法をロシアのインテリジェンス機関は用いない。
 (3)-(e)は、ウクライナの新政権がロシア語を公用語から除外する方針を示したからだ。そうなると、東部諸州においてウクライナ語を解しない公務員が解雇され、新政権から送り込まれたウクライナ民族至上主義者が権力を掌握し、ロシア語を常用する圧倒的多数の住民が「二級市民」として取り扱われることを恐れたのだ。このような自然発生的な動きをロシアの工作と見なすのは間違いだ。
 モティル教授の懸念はさらに広がり、ロシアが大西洋に向かって侵略を拡大する可能性まで考えている。プーチンのユーラシアニズムが、ウラジオストクからリスボンまでを内包するユーラシア国家を誕生させようとしている・・・・とモティルは考える。
 ユーラシア主義とは、ヨーロッパとアジアにまたがるロシアは、ユーラシア国家として独自の論理と発展法則を持っている、という考え方だ。米国型の自由民主主義、市場原理主義からヨーロッパが解放されない限り、旧ソ連領域にユーラシア国家を回復することはできない、というのがユーラシア主義者の標準的な考え方だ。
 それをモティルは、ロシアがポルトガルまで侵略する危険性がある、と曲解している。このような見解が米国の政治エリートを支配している。米国人は、「恐露病」にかかっている。
 日本政治は、かかる「恐露病」と一線を画し、冷静な対露外交を展開している。

□佐藤優「ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」 ~佐藤優の飛耳長目 94~」(「週刊金曜日」2014年4月11日号)
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 【参考】
【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~
【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~
【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~
【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~
【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~
【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~
【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~
【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~
【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~
【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア
【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~

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