海保博之編著
瞬間情報処理 福村出版
2000年9月
はじめに
●瞬間を生きる
人はその日暮らしならぬ、その時暮らしををしているようなところがある。今何が起こっているかをきちんと認識し、今何をすべきかを熟慮に熟慮を重ねてから実行するようなことは、むしろまれである。一瞬の認識と行動でその瞬間、瞬間をやり過ごしている。それであまり問題もなく生きている。たとえば、
・車の運転をしながら、複雑な状況を一瞬のうちにつかんで、適切な運転を する
・新聞広告を端から端までじっくり読むことはまれで、ほんの1、2秒で、
だいたい何が書いているあるかを知る。
・物を買うときでも、あるこれ考えてから購入することはまれで、一瞬の判 断に基づいて買うことが多い。
・目の前の初対面の人がどんな人かは、一瞬のうちに知り、その第一印象
が、それからの対人関係を支配する
・一瞬のうちに、すばらしいアイデアや解決を思いつく
一体このメカニズムはどうなっているのか。どうすればそれを最適なものにできるのか。そんな問題意識で編集したのが本書である。
なお、サブタイトルには、「人が2秒間でできること」としたが、「2秒」に絶対的な意味はない。だいたいこれくらいの「瞬間」で人がしていること、しなければならないことを考えてみようということである。
●瞬間情報処理の特徴
ところで、右に挙げたような瞬間情報処理の例に共通する特徴は何であろうか。あえて整理してみれば、次の4つになるように思う。
1)目標性・一貫性
多くの瞬間情報処理は、基本的なところで生命維持や適応という目標のために行なわれる。したがって、瞬間、瞬間は見かけは独立しているようであるが、基本的なところでは個人内で一貫していている。
2)即応性・適応性
目の前にある状況を乗りきるため(適応するため)の行動を起こす。そして、それがやみくもな行動ではなく、それなりに状況にふさわしい行動となっている。もちろん、即応した結果、その時はうまくいっても最終的には失敗だったという、局所最適化の罠に陥ることもある。その点では、瞬間情報処理に基づいた行動は、ハイリスク行動という一面もある。
3)無意識性・自動性
行動を起こす必要性の認識は強烈にあっても、何をどうするかについての意識的な熟慮はないのが普通である。したがって、行為は自動的になされる。ひとたび行為が開始されると、最終目標まで一気に要素行為が連続的に行なわれる。
4)省資源性・効率性
瞬間情報処理に限らないが、人は認知的にも行動的にも、できるだけ少ない資源消費で最大の効率をあげるほうにバイアスをかけている。これが、瞬間情報処理の場では、極端な形で機能している。そうしないと、認知資源が枯渇してしまうからである。
瞬間情報処理の場での認知・行動特性として4つ挙げてみた。人の認知・行動のいろいろのレパートリーの中で、こうした特性が具体的にどのような形で出現しているのかを、1部で見ていくことになる。
●瞬間情報処理の最適化
人が瞬間、瞬間を生きているとすると、その瞬間、瞬間の情報処理を最適化することが人生を豊潤なものにすることになるが、無意識性が瞬間情報処理の特性の一つだとすると、意識的な努力による最適化はあまり期待できない。その瞬間に至るまでの「意識的な」努力が必要となる、その努力を支援するために、2部が用意された。ところで、その努力の勘所は3つ。
一つは、自助努力として、瞬間情報処理の最適化を支援する多彩な仕掛けがどのように作り出されているかを知り知識として蓄積することである。瞬間の認知や行動は、それまでに蓄積した知識に大きく依存しているからである。2部は、そうした知識を仕込んでいただくために用意された。
なお、この努力は、実は、自分の瞬間情報処理を最適化することのためにだけで必要なのではなく、いわゆる「騙しのテクニック」に強くなるためにも必要である。騙しのテクニックの多くは、瞬間情報処理の無意識性・自動性という特性を巧みに利用しているからである。思わず買ってしまって失敗したというようなことにならないためにも、本書の2部で紹介されるようないろいろの分野で開発されている数々の仕掛け---騙しのテクニックではないのだか、使い方によってはそうなるようなもの!!--に精通しておくことは無駄ではない。
2つ目は、自分が発信する情報を、相手に瞬間的に処理してもらうための支援の仕掛けを実行してみることである。仕事としてそうしたことを日常的にしている人々がいる。広告制作者や教師やデザイナーなどである。あまりそうしたことに縁のない方々でも、よくよく考えると実はそうしたことを結構、日常生活の中でしていることが多い。第一印象を良くしたい、ぱっと見てわかる文書を作りたいというようなことである。2部では、相手の瞬間情報処理を支援するさまざまな仕掛けについて述べた章も用意したので、実践の手助
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目次
1部 瞬間情報処理の心理
1章 2秒間に起こる見えの世界---視覚情報処理
松田隆夫(立命館大学教授)
2章 2秒間に起こる音の世界---聴覚情報処理
中村敏枝・大坂大学人間科
3章 一瞬の判断の世界--瞬間的判断過程
加藤象二郎 (愛知みずほ大学)
4章 瞬時的センサーとしての情動の世界--情動のメカニズム
遠藤利彦(九州大学・人間環境学研究科)
5章 とっさの行動の世界---緊急行動
海保博之・筑波大学心理学系
2部 瞬間情報処理の質を高めるコツ 6章 一目でわからせる文書設計のコツ--認知表現学
海保博之
7章 一気に読める量を増やすコツ--速読心理学
桐原宏行・つくば国際大学
8章 2秒で伝える広告設計のコツ--広告心理学
山田理英・広告クリエーター
9章 とっさの購買行動を引き出すコツ---消費者心理学
谷敬一・博報堂研究開発局・主任研究員
10章 好感の第一印象作りのコツ--対人関係心理学
大坊郁夫・大坂大学人間科学部
11章 ひらめくコツ---思考心理学
鈴木宏昭・青山学院
12章 運転時の一瞬の判断を最適化するコツ--交通心理学
石田敏郎・早稲田大学人間科学部
13章 勝利するための瞬間的な動きのコツ--スポーツ心理学
市村操一・筑波大学体育学系
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瞬間情報処理 福村出版
2000年9月
はじめに
●瞬間を生きる
人はその日暮らしならぬ、その時暮らしををしているようなところがある。今何が起こっているかをきちんと認識し、今何をすべきかを熟慮に熟慮を重ねてから実行するようなことは、むしろまれである。一瞬の認識と行動でその瞬間、瞬間をやり過ごしている。それであまり問題もなく生きている。たとえば、
・車の運転をしながら、複雑な状況を一瞬のうちにつかんで、適切な運転を する
・新聞広告を端から端までじっくり読むことはまれで、ほんの1、2秒で、
だいたい何が書いているあるかを知る。
・物を買うときでも、あるこれ考えてから購入することはまれで、一瞬の判 断に基づいて買うことが多い。
・目の前の初対面の人がどんな人かは、一瞬のうちに知り、その第一印象
が、それからの対人関係を支配する
・一瞬のうちに、すばらしいアイデアや解決を思いつく
一体このメカニズムはどうなっているのか。どうすればそれを最適なものにできるのか。そんな問題意識で編集したのが本書である。
なお、サブタイトルには、「人が2秒間でできること」としたが、「2秒」に絶対的な意味はない。だいたいこれくらいの「瞬間」で人がしていること、しなければならないことを考えてみようということである。
●瞬間情報処理の特徴
ところで、右に挙げたような瞬間情報処理の例に共通する特徴は何であろうか。あえて整理してみれば、次の4つになるように思う。
1)目標性・一貫性
多くの瞬間情報処理は、基本的なところで生命維持や適応という目標のために行なわれる。したがって、瞬間、瞬間は見かけは独立しているようであるが、基本的なところでは個人内で一貫していている。
2)即応性・適応性
目の前にある状況を乗りきるため(適応するため)の行動を起こす。そして、それがやみくもな行動ではなく、それなりに状況にふさわしい行動となっている。もちろん、即応した結果、その時はうまくいっても最終的には失敗だったという、局所最適化の罠に陥ることもある。その点では、瞬間情報処理に基づいた行動は、ハイリスク行動という一面もある。
3)無意識性・自動性
行動を起こす必要性の認識は強烈にあっても、何をどうするかについての意識的な熟慮はないのが普通である。したがって、行為は自動的になされる。ひとたび行為が開始されると、最終目標まで一気に要素行為が連続的に行なわれる。
4)省資源性・効率性
瞬間情報処理に限らないが、人は認知的にも行動的にも、できるだけ少ない資源消費で最大の効率をあげるほうにバイアスをかけている。これが、瞬間情報処理の場では、極端な形で機能している。そうしないと、認知資源が枯渇してしまうからである。
瞬間情報処理の場での認知・行動特性として4つ挙げてみた。人の認知・行動のいろいろのレパートリーの中で、こうした特性が具体的にどのような形で出現しているのかを、1部で見ていくことになる。
●瞬間情報処理の最適化
人が瞬間、瞬間を生きているとすると、その瞬間、瞬間の情報処理を最適化することが人生を豊潤なものにすることになるが、無意識性が瞬間情報処理の特性の一つだとすると、意識的な努力による最適化はあまり期待できない。その瞬間に至るまでの「意識的な」努力が必要となる、その努力を支援するために、2部が用意された。ところで、その努力の勘所は3つ。
一つは、自助努力として、瞬間情報処理の最適化を支援する多彩な仕掛けがどのように作り出されているかを知り知識として蓄積することである。瞬間の認知や行動は、それまでに蓄積した知識に大きく依存しているからである。2部は、そうした知識を仕込んでいただくために用意された。
なお、この努力は、実は、自分の瞬間情報処理を最適化することのためにだけで必要なのではなく、いわゆる「騙しのテクニック」に強くなるためにも必要である。騙しのテクニックの多くは、瞬間情報処理の無意識性・自動性という特性を巧みに利用しているからである。思わず買ってしまって失敗したというようなことにならないためにも、本書の2部で紹介されるようないろいろの分野で開発されている数々の仕掛け---騙しのテクニックではないのだか、使い方によってはそうなるようなもの!!--に精通しておくことは無駄ではない。
2つ目は、自分が発信する情報を、相手に瞬間的に処理してもらうための支援の仕掛けを実行してみることである。仕事としてそうしたことを日常的にしている人々がいる。広告制作者や教師やデザイナーなどである。あまりそうしたことに縁のない方々でも、よくよく考えると実はそうしたことを結構、日常生活の中でしていることが多い。第一印象を良くしたい、ぱっと見てわかる文書を作りたいというようなことである。2部では、相手の瞬間情報処理を支援するさまざまな仕掛けについて述べた章も用意したので、実践の手助
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目次
1部 瞬間情報処理の心理
1章 2秒間に起こる見えの世界---視覚情報処理
松田隆夫(立命館大学教授)
2章 2秒間に起こる音の世界---聴覚情報処理
中村敏枝・大坂大学人間科
3章 一瞬の判断の世界--瞬間的判断過程
加藤象二郎 (愛知みずほ大学)
4章 瞬時的センサーとしての情動の世界--情動のメカニズム
遠藤利彦(九州大学・人間環境学研究科)
5章 とっさの行動の世界---緊急行動
海保博之・筑波大学心理学系
2部 瞬間情報処理の質を高めるコツ 6章 一目でわからせる文書設計のコツ--認知表現学
海保博之
7章 一気に読める量を増やすコツ--速読心理学
桐原宏行・つくば国際大学
8章 2秒で伝える広告設計のコツ--広告心理学
山田理英・広告クリエーター
9章 とっさの購買行動を引き出すコツ---消費者心理学
谷敬一・博報堂研究開発局・主任研究員
10章 好感の第一印象作りのコツ--対人関係心理学
大坊郁夫・大坂大学人間科学部
11章 ひらめくコツ---思考心理学
鈴木宏昭・青山学院
12章 運転時の一瞬の判断を最適化するコツ--交通心理学
石田敏郎・早稲田大学人間科学部
13章 勝利するための瞬間的な動きのコツ--スポーツ心理学
市村操一・筑波大学体育学系
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