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マニュアルのユーザビリティ評価

2007-04-07 | わかりやすい表現
2006-07-02 03:46:03

マニュアルのユーザビリティ評価
テーマ:わかりやすい表現 マ   ドキュメント(文書)のユーザビリティ評価
            ---マニュアルを例にして----

          筑波大学心理学系・海保博之

第1 はじめに
 テクニカル・ドキュメントの典型として、マニュアル(取扱説明書)を例にとって、そのユーザビリティ評価を考えてみる。
 当該のマニュアルを使って、身の回りにいる人に読ませて問題点を指摘してもらう、あるいは、読みながら操作させて観察してみる、というごく単純なユーザビリティ評価を行うだけでも、かなりの改善効果がある。
 ここでは、それをもっと組織的に行うために、考え方の枠組、実例、問題点について、ユーザがマニュアルを読むときの頭の働きという(認知心理学的)観点から考えてみる。
 
第2 マニュアルのユーザビリティ評価の基本的な枠組
 ユーザビリティ評価を想定したときのマニュアルの品質管理全体を考える基本的な枠組を図1に示す。
 技術的な内容を正確かつ過不足なく提供するという大枠のなかで、情報が精選され、さらに、5つの支援機能が組み込まれているかが問われる。正確性、充足性については、その意味するところと重要性は言を要しない。精選とは、ユーザ、あるいは、ユーザがマニュアルを読む状況を想定して、説明内容の選択・強調をすることである。5つの支援機能とは、次のようなものである。
・操作支援 
  機器をどのように組み立て、どのように動か
  せばよいかを示す
・理解支援  
  機器の仕組や操作の意味などをわからせる情
  報を提供する
・参照支援  
  必要な情報が必要なときに探せるようにする  
・動機づけ支援
マニュアルを読んでみよう、読み続けようと
  いう気にさせる                図1 マニュアルの品質管理を考える枠組
・学習・記憶支援 
  機器操作にあたり、ユーザに学んでほしい情報を提供する
 
 この枠組を念頭に置きながら、マニュアルの各種のユーザビリティ評価のねらい、方法、問題点を、1つの実例を紹介しながら考えてみる。

第3 一つの包括的なユーザビリティ評価の実施例
 
3.1 概要
 新たに設計されたマニュアルの適切性や改善点を発掘するために、次の4種類のユーザビリティ評価を行った実例を紹介する(キャノン(株)、1990)。
①3人の想定ユーザに、マニュアルを読ませながら実際に機械を操作させる(実機調査)
②ドキュメント関連の研究者に査読してもらう(インスペクション法)
③エキスパートユーザ、ターゲットユーザ、各4名に、SD法や評定尺度によって、印象を評価してもらう(評定尺度による調査)
④6名のユーザによる集団討議によって、設計ポイントなどの適切さを議論してもらう(グループ・インタビュー)










         図2 マニュアルの評価システムの全体図
3.2 実機調査と、そこからわかることと限界
●目的
 マニュアルに記載されている内容が正確性と充足性を満たしているかどうか、さらに、操作支援という点で、十分に機能しているかどうかを、想定ユーザを使って確認する。
●方法
 本調査では、3人のユーザに個別に、マニュアルを読ませながら実際に機械を操作してもらい、その様子を4台のカメラで同時に撮影して、4分割した映像として別室で観察記録した。記録は、全体像、画面、キーボード操作、マニュアルの4つについて行われた。なお、行動記録だけでなく、発話プロトコルも同時に記録された。
●データのまとめ方
 結果は、図2に示すよう
な形にまとめられた。横
方向に経過時間をとり、
縦方向には、「どこを見
ているか」「どんな行為
をしているか」「どんな
発話があったか」の3つ
のカテゴリーを設定し、
記録テープより、それら
の発生を記録した。
●長所と短所
○長所
・ユーザの機器操作行動、
 および、マニュアルの
 利用行動の実像の一端
 がわかる
・どこでどんなエラーが
 発生し、どのように解
 決をはかるかがわかる
・画面とマニュアルへの
 相対的な依存度がわか
 る。
○短所
・コスト・パフォーマン
 スが悪い
・調査範囲が小さくなる
・データの解析にコスト
 がかかる     
                     図3 実機調査のデータまとめ(一部)
3.3 インスペクション法
●目的
 専門家の直感的な判断によって、マニュアルの不適切なところを指摘してもらい、さらに改善の方策を提言してもらう。
●方法
 ドキュメント関連の研究者やエキスパート4名に、査読をしてもらい、問題箇所の指摘と問題点や改善の方策を提案してもらう。
●長所と短所
○長所
・いつでもどこでも短時間で実施できる
・広範な領域について評価できる
・ただちに改善提案につながる指摘がしてもらえる
○短所
・力量のある査読者を確保するのが難しい
・査読者の力量に結果が左右される

3.4 評定尺度による調査と、そこからわかることと限界
●目的
 評定の観点を示し、それに対する直感的・絶対的な評価をしてもらい、印象ベースによる評価情報を得る。
●方法
 エキスパートユーザ、ターゲットユーザ、各4名に、次の2種類の評定尺度(5段階)で評定してもらった。
・図3に示す、10の観点(図1の枠組が中心)
・次の16個のSD尺度
(Semantic Differencial;意味微分法)
「良い-悪い」「親切な-不親切な」
「きれい-きたない」「やさしい-むずかしい」
「便利な-不便な」「おもしろい-つまらない」
「柔らかい-硬い」「軽い-重い」
「暖かい-冷たい」「具体的な-抽象的な」
「活発な-静かな」「単純な-複雑な」
「速い-遅い」「正確な-不正確な」
「大切な-大切でない」「身近な-なじみのない」
●長所と短所
○長所
・評価の観点を定めてあるので、評価しやすい
・比較的、コストがかからない
                           図4 評定尺度の結果
○短所
・イメージの良さと、実用性とは必ずしも一致しない
・改善提案につなげるには、さらなる調査か洞察が必要
・個人差が大きい

3.5 グループ・インタビューと、そこからわかることと限界
●目的
 所定の問題について、集団での自由討議を通して、各自の考えをすりあわせて、問題点の発掘や改善策を探り出す。
●方法
 評定尺度による調査に参加したユーザの内から、エキスパート・ユーザ2名、ターゲット・ユーザ3名による集団討議を行った。今回は、図1に示した5つの支援機能を中心に、司会者のリードのもとで討論した。
●長所と短所
○長所
・問題点がより強調されて明らかになる
・他人の評価に触発されて、より深い評価がなされる
○短所
・グループ構成や雰囲気によって、結果が大きく左右される
・散漫な印象評価になってしまう可能性がある

第4 ドキュメントのユーザビリティ評価をより効果的なものにするために

4.1 包括的なユーザビリティ評価
 一つのマニュアルの評価に4つの評価手法を使った実例を紹介してみた。これだけのコストをいつもかけることは現実的ではない。目的に応じて臨機に手法を選択して実施することになる。しかし、そのためには、一度は、こうした包括的な評価を行い、その実施上のノウハウを蓄積し長短をつかんでおく必要がある。
 ドキュメントに限らず、ユーザを使った技術評価は、一般ユーザ、とりわけ初心者ユーザを対象にした新しい技術開発が行われるところなら、いつでもどこでも実施すべきである。ユーザビリティ評価をユビキュイタス(ubiquitous)テクノロジーにしておかなければならない。そのための人的、組織的な体制を整えておかなければならない。
 ただ問題は、評価の客観性や信頼性や妥当性である。ハードな品質管理や後述するような特性の評価では、これらについての一定の水準を設定できるが、ここで紹介したようなユーザビリティ評価では、事は簡単ではない。
 次の3つの問題になんらかの標準的なもの(bench mark)を用意する方向を模索する必要がある。
○場面設定問題
 目的に応じて、どのような評価場面を設定するか
○被験者(評価者)問題
 どのような被験者を何人使えば十分か
○手法選択問題
 目的に応じて、どのような手法を使うか、そして、どんなことが言えるか
○データ解析問題
 どのような立場(確率統計的、事例記述的など)でどのようなデータ解析の手段を使うか。

4.2 ドキュメントのミニマム評価
 ドキュメント評価の観点として、5つの支援機能を提案した。しかし、これ以前の問題として、ドキュメントが満たすべき最低の基準が満たされているかどうかの評価も、忘れてはならない。それは、次のようなものである。
○言語的側面
・用語用字が適切か(字種の使い分け、専門用語の使い方など)
・文法的誤りがないこと
・文章技法(長文にしない、かかり受けをはっきりなど)を守っていること
○デザイン的側面
・文字デザイン(フォント選択、サイズなど)
・ページ構成の基本の遵守(文字ジャンプ率、版面率、余白率など)
・レイアウトの一貫性
○装丁
・一冊のドキュメントが備えるべき要素が完備していること(とりわけ、索引、ヘッダーなど)
・紙質や装丁や重量など

 しかしながら、これらについては、かなりの程度まで客観的な基準を適用して行うことができるので、ユーザビリティ評価の対象からは外してよい。あえてユーザを使い、コストをかけてユーザビリティ評価を行うのは、こうした基準をクリアした上での、より高次の品質の評価である。
そして、そうした高次の品質に対して、ユーザの厳しい目が向けられるようになってきている。

参考文献
海保ら 1987 「ユーザ・読み手の心をつかむマニュアルの書き方」 共立出版
海保 1988 「こうすればわかりやすい表現になる--認知表現学への招待」 福村出版
海保 1992 「一目でわかる表現の心理技法」 共立出版

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謝辞
 本稿に引用した図は、キヤノン(株)コミュニケーションデザイン部(当時)・鈴木正人氏・中村一章氏・中井幸雄氏の作成によるものである。掲載を許可していただいたことに衷心より感謝する。


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