老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

818;「介護思想」(7)むれる

2018-07-13 19:28:06 | 介護の深淵


 むれる

夏の暑さにも負けず
ベッドに臥せている老人
排せつ行為を忘れた認知症老人
紙パンツを穿いている
漏れては大変と
用心に紙パンツのなかに
尿とりパッドを入れるから
股間はむれむれの様相にあり
その上痒みも出てくる
痒さは痛み以上に辛い
排尿は6回もできると宣伝されるナイト用紙パンツと尿とりパッド
紙パンツのなかは
尿臭とむれむれの大合唱
きょうも
夏の暑さに負けず
蝉にも負けじと
しぶとく生きている



817;蝉の声

2018-07-13 12:07:48 | 空蝉
 蝉の声

蝉の鳴き声
夏の青い空、白い雲
帰る家が無い故郷を想う
何故故郷を離れてしまったのか
今更ながら思う

蝉の鳴き声
儚さなのか
それとも
いまを必死に生きている蝉に
見倣い
自分も
今日という日を頑張るとしようか

816;「介護思想」(6)認知症老人の愚痴

2018-07-13 03:42:33 | 介護の深淵


 認知症老人の愚痴

在宅訪問は最低月1回以上は訪問しなければならない。
急変など何もなく平穏な状態が続くと、1回の在宅訪問で終わってしまう。
本当はどの在宅老人に対し、できれば2回は訪問したいが
やることが多く1回で終わる。
ひとり暮らしや体調が悪く通院、入院の状態になると、月内の再訪問、再々訪問は行う。

在宅訪問は、愚痴を聞く機会が多い。
愚痴は立場によりその内容は違うけれど
共通しているのは
溜まっている不満や不安など
溜まっている気持ちを吐き出したい
部屋に溜まったゴミや埃を掃き出したいほど
愚痴を聞いて欲しい。
その愚痴の聞き役は
時としてケアマネジャーになる。


今回は認知症老人の愚痴。
ツヤ婆さんとは
4年近くのおつきあいになる、いま85歳。
うつ病もあり隔月に心療内科も受診されている。
認知症の症状もしっかりある。
家族は長男と男孫の3人暮らし。
嫁は十数年前にうつ病を患い渓谷橋から飛び降り自殺をした。

ツヤ婆さんの愚痴の多くは苦労話。
手の指10本を折り数えても足りないくらい
同じ話を何度も聞いてきた。
「またその話か」と思わず、初めて聞くような気持ちで聞く。
他人の話を聞く(聴く)ことの訓練は
認知症老人から鍛えさせられたことに、いまでは感謝している。

いつも出だしは
嫁いだ頃の後悔と苦労話。
ツヤ婆さん自身 苦労の連続で生きていて何もいいことがなかった。
県外の隣町から嫁いだ。
亡き夫は再婚だと仲人から聞いたが
私が3人目の妻になるとは聞かされていなかった。
騙された。
私は初婚なのに
結婚式もなく嫁いだその日から田圃の草取りをさせられた。
姑は意地悪な人だった。
嫁は常に動かさないと「損をする」と思っていた姑で
手元が見えなくなるまで田畑の仕事をやらされた。
泣きたいほど辛かった。
舅は優しい人で陰でそっと「これでも食べな」と饅頭などをくれた。
鬼婆の意地悪に耐えられず、二度ほど赤ん坊を背負いもう一人の幼子の手を引き
二十数キロの実家をめざし、夜中に家出をしたことがあった。
夫や組内の人たちが探し、駅に着く前に見つかり呼び戻された。

姑が亡くなり、その後息子の嫁が来た。
二人の子ども残して自殺をしたときは、
自分が代わりに死にたかった。
孫息子は30歳を越えた。いい孫なのに嫁がいない。
私が死んだらこの家は女手が無くなることを考えると、
自分は死ねない、と話す彼女。
一方では「死にたい、生きていても何にもいいことがない」と呟きながらも
毎月のように総合病院の内科、整形外科、眼科、心療内科を受診されている。
「ペースメーカーが入っているから、間もなく死ぬ、桜が咲く前の3月31日には死ぬ」と
話しながらも、元気に生きている。

時間があれば草取りをしている。爪の間は土が詰まり黒い、手を洗っても落ちない。
自分は間もなく死ぬから、といい、
庭に生えていた庭木や桜、梅などの木々を根元から切り倒してしまった。
長男は怒らず、やりたいようにさせ黙っていた。
話したところで聞いてくれるような(老いた)母ではない。

ツヤ婆さんの在宅訪問は、いつも時間に余裕を持たせ60分はとっている。