春夏秋冬 / 老い楽の詩

老い始め、老い逝くまで、楽よりも苦の方が多く待ち受けている。束の間だけでも喜びや感動、笑いあえる「楽」があれば幸せ。

#598;取り繕い

2017-12-09 15:41:19 | 老い楽の詩
朝焼けの東空


堀川清子さん(90歳)の取り繕い 

迎えに行ったときのこと

〔あら~ 今日はどうしたの? 洋服の上に下着を着て・・・〕
「急いでいたから上に着て来ちゃった~」

〔あら! ボケたかと思った〕
「ボケてきたわたし?」

〔大丈夫よ まだ小ボケだから・・・・〕
「よかったそんなにボケていなくて」


脱衣室で衣服を脱いだときのこと

〔今日どうしたの? 紙パンツ2枚も穿いて~〕
「今日寒かったから重ねて穿いて来ちゃった」
〔・・・・・・・〕
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

#597;本当に感謝している

2017-12-09 12:26:04 | 老い楽の詩
晩秋まで咲いていた秋桜

本当に感謝している 

お昼ご飯を食べているとき
90歳を超えた堀川清子さんが
しみじみと話してくれた。

夏に脱水症で寝たきりになった自分
もうこれで人生終わりだと
臥床した病室で思った。
歩くこともできず
紙おむつをしたまま・・・・。
太極拳で鍛えた老いの25年間は何だったのか。

それがこうして
いまは独りで歩けるようになった自分
歩けるとは思っていなかっただけに
本当にデイサービスに感謝している
デイサービスのお蔭です

歩けたことで
残りの人生
楽しく過ごせるし
また過ごして生きたい
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

#566;死に場処

2017-11-24 09:40:19 | 老い楽の詩
死に場処(しにばしょ)

「死」
私にとり
まだ「死」は訪れては欲しくはない。
しかし
そうは言っても
突然季節が終わりを告げるように
「死」もいつ訪れるかは予測できない。
そのときは「仕方がない」。

老いの齢を嵩ね
幸運にも老衰になったときには
死に場処(場所)は
病院ではなく
終の棲家である家(我家)で逝きたい。

まだ老い始めたばかりで
「死」を意識するのは
”縁起でもない”と
後ろから小言が飛んで来そう。

「老い」と「病気」と「介護」と「死」は
生きているあいだは
絡(から)み纏(まと)わりつく。
それをほぐし穏やかに 老いて逝きたいものだ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

#545;「近いんだ・・・・」

2017-11-15 18:06:34 | 老い楽の詩
「近いんだ・・・・」 

95歳の爺様「近いんだ・・・・」
91歳の婆様「オシッコのことかい」
爺様    「近いんだ・・・・」
婆様    「家が近かいの?」
爺様    「俺はもう長くはない」
婆様    「それで近いのかい」
爺様    「後は頼むね」

爺様は家に帰れば妻はいるのだが
デイサービスの婆様に意気投合
老い楽の恋を楽しんでいる?
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

#540;病気ニモマケズ(再掲)

2017-11-14 12:19:23 | 老い楽の詩



星 光輝 「病気ニモマケズ」

病気ニモマケズ
障害ニモマケズ
肺炎ニモ夏ノ熱中症ニモマケズ
丈夫ナカラダヲネガイ
慾ハナク
決シテ諦メズ
イツモシズカニワラッテヰル
一日塩分六グラムト
野菜ト少シノ肉ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンノカンジョウヲ捨テサリ
ヨクタチバヲワカリ
ソシテワスレズ
施設ノ居室ノカーテンノ陰ノ
小サナ特殊寝台ニジット生キテイル

東ニ寝タキリノロウジンアレバ
行ツテ介護シテヤリ
西ニツカレタ家族介護者アレバ
行ツテソノロウジンノ世話ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニ惚ケタ人ガマイゴデコマッテイレバ
モウアンシンダカラネトイヒ
ナカマガタカイシタトキハナミダヲナガシ
ゲンキデハルヲムカエタトキハ桜ヲミル
ヤクニンニ ヨウカイゴロウジン トヨバレ
ネンネンカイゴキュウフハキビシクナリ
クニモセズニ
ワタシナリニ
イマニイキテイル

宮沢賢治さんが、拙い「編詩」?を目にしたとき 苦笑するのか、それとも





宮澤賢治 「雨ニモマケズ」

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケズ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシズカニワラッテヰル
一日玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萱ブキ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ
行ツテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクワヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

#505;人間最後まで残る欲望は何か

2017-11-02 11:30:27 | 老い楽の詩
人間最後まで残る欲望は何か 

“人間最後まで残る欲望は何か”
ときどき、ふと考えてしまうことがある。
人間最後まで残る欲望
それとも老人になっても残る欲望

最後に残る欲望は何か
人それぞれによって欲望の価値観があり
これが欲望に対する答えだというものがないような気がする

デイサービスや介護施設などで過ごされる老人たちからは
「食べる」ことが一番楽しみだ、と話される。
そうすると「食欲」が最後になるのかな。
人間、死期が近づくに連れ、水を飲まなくなり、最後はオシッコもでなくなる。
人間生きていくには、飲食する、つまり「食欲」が最後まで残るのかな、と思っている。

さくらさくらデイサービスでは
今、摂っている食事が最後の晩餐になるかもしれない。
そう思い、食事を作ったり、美味しく食べたり、食事介助を行う。
また、食べたいものを食べれるよう献立を考えたりする。
外に出かけ、在宅や施設で食べることができない味を楽しむ。

自分は特別養護老人ホームに入所したとき
面会のとき差し入れして欲しい食べ物は何か。
これが最後の食事です、と言われたとき
最後に食べたい物は何か。
ときどき思うことがあり、
食べたいものが諸々あり、まだ決められずにいる。

いま食べたい物は、子どものころ(北海道ニセコに住んでいた)食べた「やまぶどう」である。
秋の北海道ニセコに帰り、山に行き「やまぶとう」を食べたい。
ささやかな夢だけれど、いつ帰郷できるか・・・・。


食欲が最後に残された欲望であり
食べることが最後に残された楽しみなのか、と思っている。

いま、さくらさくらデイサービスに起きていることのなかで
男性老人ふたりの色欲(性欲)に遭遇し、いろいろと考えさせられ悩んでいる。
それはその人が生来持っていたものが強いのか、
老人によって性欲が強く欲望を抑えられない。
その場合周囲の人たちに不快な気持ちにさせてしまう。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

#500;blogはもうひとりの自分

2017-10-30 08:07:30 | 老い楽の詩
blogで掲載した写真のなかで、自分では一番気に入っている風景
”貧乏草”と嫌われるハルジオンの野花が好き

2017(平成29)年4月9日に始まったblog『老い楽の詩』は
500回を迎えることになった。
皆様の訪問と励ましや温かいのコメントのお蔭で、
継続することができました。
感謝の言葉に尽きます。
「本当にありがとうございます」
「今後もよろしくお願いします」


#1のblogから
” あれから四十数年、時間が流れ去り
白髪混じりの頭髪になった。

我が身もやがて老いを向かえる身となり
日々老人介護に従事させて頂き
脳卒中などの病気で手足はままならず
杖を頼りにふらつきながら歩いている老人。
チョッと前に桜の花を観てきたことも忘れ、
自分は何をしようとしたかもわからなくなった老人。

要介護老人達に囲まれ
我が身の老いと重ね合わせ
在宅介護のなかに垣間見る「老いの風景」を描き
生きること老いること死することの意味を
考えてみた ”



もうひとりの自分との対話でもあると同時に
自分の内なる心の叫びや思い(想い)を
誰かに話し(伝え)たくて 『老い楽の詩』を書き始めた。
「アクセスされたページ」をクリックし
思いもかけない若い数字が目に飛び込み
その数字をクリックしてみる
こんなことを思っていたのか、と
懐かしさと未熟さを感じてしまうことも多々ある。
blogを通し
もうひとり自分の他に
顔の見えないあなたとの対話から
見えない自分を知るきっかけにもなる。
その反面blogの世界は逃避の麻薬を持ち合わせているので自戒せねば・・・・。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

#482;終わりよければ全てよし

2017-10-24 03:43:10 | 老い楽の詩
台風21号の大雨で氾濫した阿武隈川/阿武隈川上流の写真

 『終わりよければ全てよし』

おわりよければすべてよし、All's Well That Ends Wellとはウィリアム・シェイクスピアの言葉。
シェイクスピアが意図する言葉の意味とは違うかもしれないが、
私はこの言葉をふと思いだすたび
人生の終わりを迎えるとき
本当に「終わりよければ全てよし」のはっぴいえんどで
人生の幕が降りることができたら、と思う。

老いは「人生の最終章」にあるが、
純粋無垢な赤ん坊から老いる前の熟年まで生きてきたその結果として
老いはある。
「本当に生きてきた」、といえるような生き方であったか。
また
「自分を含め他者を大切に生きてきた」、と思えるようなつきあい方であったか。
老いは、
その人が生きてきた結果。

自分は老いのはじめに在り
終わりよければ全てよし、という人生には
まだまだほど遠く
重い荷物を背負い杖をつき歩かねばならない。
他者の老い風景は幸福に映る。
自分の老い風景
何を大切に生き逝くか。
悶々とする日々。
老いてもなお、働けど働けどわが暮らし楽にならず。
それでもはっぴいえんどという希望と夢を抱き、生きていこう。
老い楽の詩を・・・・
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

#416;灰色雲

2017-09-22 11:44:03 | 老い楽の詩
朝陽を浴びている灰色雲

 灰色雲

青空に灰色雲があっても
最期の瞬間は、灰色の人生で終わりたくない
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

#415;老人(ひと)を好きになる

2017-09-22 10:00:13 | 老い楽の詩
秋桜のなかにある白い物体は、放射線量を測定する機器/福島県

 老人(ひと)を好きになる

犬猫は石を投げたり蹴飛ばす人間には近寄らない
犬猫にも感情はある
本能的に身を守る術を知っている
認知症老人は
指示や命令や叩く人間には近寄らない
認知症になっても感情は失せてはいない

犬猫の好きな人間には
犬猫は警戒心を持つことなく近寄っていく
老人を好きになる
若い女や男を好きになるようなわけにはいかない
老人を好きになる秘訣は簡単
老人の「よいところ」「できること」をみつけ誉めることだ
そうすれば老人はあなたの傍に近寄ってくる
白く見えぬ肌であっても
「白い肌だね」と老婦人に囁くと
笑顔になりあなたを好きになってくれる
老人を好きになることで
介護は楽しくなる
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

#308;村役場から誕生日プレゼントが届いた・・・・

2017-08-17 00:00:08 | 老い楽の詩
村役場から誕生日プレゼントが届いた・・・・

昨日仕事から帰り
自宅のポストを開けたら
村役場から封筒が届いていた
開封すると
緑色の介護保険被保険者証が入ってあった
(交付年月日は平成27年7月31日)
介護保険料は年金から天引きされる
天引き開始になるまでは
本人預金通帳から引き落としする申請書類も同封されていた

65歳の線を越えても
私で在ることは 変わりはない
いま為している介護相談、ケアプラン作成の生業を
やれるところまで続けていく
物忘れが目立ち 歩くこともままならなくなったときは
介護サービスを利用することとしよう
嫌われない老人に努力していこうと思う
いまから・・・・
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

#306;誕生日前夜

2017-08-16 17:00:08 | 老い楽の詩
誕生日前夜 

明日65歳になる
嬉しいのか それとも人生の節目なのか
介護保険法では老人の仲間入りになる
介護保険被保険者証が郵便で届くであろう
それに私の場合
慢性腎不全による身体障害者1級であることから
医療保険は健康保険から後期高齢者医療保険証に変わる
3割自己負担から1割自己負担となり
大いに助かる


それよりも
64歳最後の日から明日は65歳になっても
世の中も私の怠惰な生活も変わりはしないのだが
私の心のなかでは
65歳 老いに入るということ
介護の仕事に従事している「いま」
老いや介護の問題(テーマ)は
他人事ではなく私事にもなるからである

最近の私は
転ぶことも増え
下肢の筋力だけでなく思考能力も集中力も衰えてきた
嗚呼老いが来たのだな
これから老いと向かい
残り少なくなってきた時間
老いとの向かいあいは死を意識することにもなる
あと何年生きられるか、と
引き算の人生になってしまう
明日のこと(死のこと)を悩むより
今日(いま)をどう生きるか
老いを迎える前夜 そのことに改めて気づかされた
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

#244;片道切符

2017-07-15 04:28:44 | 老い楽の詩
片道切符

人生は片道切符
在来線で行くか
新幹線で行くか
終着駅は同じ


齢を重ねるほど
時間の流れを早く感じてしまうだけに
老いを過ごし往く時は
鈍行列車の窓から
各駅の風景を楽しむとしようか
あせらずとも
行き先は決まっている




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

#243;石のぬくもり

2017-07-14 12:19:14 | 老い楽の詩
石のぬくもり

左手は握り拳の如く曲がったまま拘縮
両膝は「く」の字に曲がり脚を伸ばせない
ひとりで寝返りも行えず
染みついた天井を一日中眺めている

握りしめた左手の指を解き解し
掌を握り 言葉のかわりに握り返す
老人のぬくもりが微かに伝わってくる

老いた妻は仕事に出かけ
老人はベッド上で留守番
黒電話は鳴ることもなく
じっと耐えながら寝ている

路傍の石も動くこともできず
ジッと地面と空を見つめている
小石を掌にのせ
小石を握ってみた
小石にもぬくもりが伝わっていった

ジッと寝ている
老人の体と心は寂しく
石のように冷たい
温かいタオルで体を拭きながら
癒しの言葉をかけていく
老人にもぬくもりが伝わっていった

路傍に咲いていたマーガレットを一輪
老人の枕元に飾ってきた
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

#242;何を遺すか

2017-07-14 01:12:43 | 老い楽の詩
何を遺すか

「死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども」
(谷川俊太郎 詩『死んだ男の残したものは』の冒頭)
死んだときの私は何を残せるのか
いま死んでも私は何も残せるものはない
何を遺すか

内村鑑三が著した名著
『後世への最大遺物』をもう一度紐解き
何を遺すのか 
自問自答していきたい

コメント
この記事をはてなブックマークに追加