北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

巨大地震“南海トラフ地震”への備えを考える⑬ 平成八年度予算で検討された病院船計画

2012-08-10 22:40:16 | 防災・災害派遣
◆難しい病院船、平時の機能維持と有事の要員確保
 資料集めの谷間から、防衛省が大型病院船の建造を過去に一応検討していたことを知りました。
Img_0157_1 1995年の阪神大震災において、実はこの年は海上自衛隊の四個護衛隊群八八艦隊編制完成と、第四護衛隊群司令部横須賀呉移転、練習艦かしま就役と自衛隊には転機となる行事があったのですが、同時に1月17日に発生したした兵庫県南部地震は阪神淡路大震災として戦後最大規模の地震被害を出す事態となりました。
Eimg_7436 この1995年3月3日、参議院予算委員会において五十嵐広三官房長官と社会党の瀬谷英行代議士との答弁において、病院船の必要性が提示され、政府としても検討している旨の発言があったわけです。当時は自社さ連立政権時代で同年8月8日まで村山内閣が政権にあり、社会党の病院船の必要性を提示した際、実行は必ずしも難しくはなかったという背景があります。
Cimg_8895 海上自衛隊はこの時期に4万トン級病院船を検討していた、とされ、艦種をAHとし、平成8年度防衛予算概算要求へ盛り込むかを検討していたとのことです。実際のところ40000t型AHは予算に盛り込まれることはなく、海上自衛隊は輸送艦や補給艦い護衛艦の医療能力を充実させる方法で今日に至っています。
Eimg_7246 実は海上自衛隊が病院船を検討しているのは、この1995年だけではなく、1990年の湾岸危機に際して、海上自衛隊に病院船が配備されていたならば我が国独自の国際貢献任務に対応させることが出来、加えて邦人救出任務にも転用できることから、具体的研究は為されていたようで、これをもって40000t型AHという提案に繋がったのでしょう。
Dimg_7209 40000t級、といいますと米海軍のマーシー級病院船が満載排水量69360t、ワスプ級強襲揚陸艦よりも大型で海上自衛隊は基準排水量で計算しますので、概ねマーシー級に匹敵する大型艦です。病床数は1000、緊急時には2000まで増床出来るほか、手術室は12室あり集中治療室は60室、相当規模の大災害でも対応できることは間違いありません。
Cimg_9321 しかし、この大型病院船ですが、乗員は73名です。ただ、病院船固有の乗員だけでは手術や治療を行うことはできません。平時には1000の病床は、まさかホテルシップのような宿泊艦にするわけにはいかず、さりとて移動病院船として過疎地を廻らせることも、緊急時に収容している患者を放り出すわけにも、そのまま連れて行くわけにもいかず、その保持が難しいのです。
Img_6672 軍医及び衛生兵820名、医療支援要員387名、これが本来の病院船として運用する場合の定員です。全国の自衛隊病院を全て閉鎖したとしても自衛隊では少々無理な数字ということがわかります。我が国の医師数は29万、看護師数は87万5000といわれるのですが、それならば即座に有事の際必要な1200名くらいの医療スタッフを招集できるか、と問われたらば、それは無理というもの。
Img_1550 一例を挙げますと、厚生労働省によれば、東日本大震災においてDMAT緊急医療援助隊の派遣数は、3月11日から22日までの期間、47都道府県より約340チーム派遣され、1500名が独力や公的機関、特に自衛隊機の支援を受け現地入りし、岩手県、宮城県、福島県、茨城県において活動したとのことでした。
Img_8495 この数字だけを見れば1200名の確保はどうにか可能とみえるのですが、仮に、海上自衛隊が40000tAHを整備していたら、という課程を行ってみます。1500名中1200名を病院船一隻に集中した場合、被災地は直線で400kmの海岸に渡っていましたので、搬送が難しくなります。
Img_3936 仙台湾のような中央部に位置した場合では200km先から病院船へ運ぶ必要があり、行動半径で見た場合、UH-1多用途ヘリコプターの航続距離でぎりぎりとなってしまいますし、SH-60など、無理せずとも他に内陸部の病院の方が近いでしょう。岩手県内では距離的に日本海側の秋田市の方がまだ近く、陸上での医療活動を病院船に集中できない事由は此処に或る。
Mimg_7657 米海軍ではマーシー級は全米より海軍医療スタッフを招集するため、出港は出港準備命令を受けて五日後、医療従事者のほか、医療品も備蓄品ですべて対応できる訳ではありませんので搬入する必要があり、これは大規模な地上戦を想定する紛争介入の準備などでは意味があるのですが、緊急時の即応性では少々無理がありました。
Img_1359 東日本大震災では、阪神大震災での倒壊家屋による重症者などと比較し、犠牲者の大半が津波災害による犠牲であったことから急性の外傷患者が比較的少なかった、という厚生労働省の分析もあります。もちろん、これは南海トラフ地震の想定のほか、首都直下型地震などの対策という観点からは応用できるものとそうではない教訓とがあるのですが。
Img_88_45 広域搬送拠点臨時医療施設が東日本大震災では新千歳空港、羽田空港、入間基地、福岡空港に開設され、近隣県の医療施設に搬送される、という方法が用いられたようです。この点、病院船よりは、分散運用が可能な補給艦や輸送艦を用いるという阪神大震災以降の施策がある程度意味があり充実させるべきは空中搬送能力と言えるやもしれません。
Img_3550 他方で問題となったのは、発災四日目以降の病院機能麻痺とのことでした。即ち、自家発電装置の機能が四日目から麻痺するため、ライフラインが四日以内に回復できない地域では病院機能の支援が必要となっていた、とのことです。この点で、大型輸送ヘリコプターによる病院支援器材の空中搬送などが必要となる、のでしょうか。
Bimg_7132 本特集“巨大地震“南海トラフ地震”への備えを考える”では、必要な装備品の充実を記事の主軸とはしてきましたが、他方で、一見大震災にはぜひとも必要とも取れる大型病院船ですが、実際の運用には広域災害と必要な医療従事者の確保を行う上で多くの制約がある、ということを一つ上げておきたいと思います。
Img_4277 それでは、首都直下型地震のような局地集中型激甚災害において東京湾に浮かべ、倒壊した病院の医療従事者を代替医療施設として充てる方法はどうか、天正地震型連動直下型地震での伊勢湾、上町断層帯直下型地震に際する大阪湾の医療拠点としてはどうか、という指摘もあるやもしれませんが、それならば海上自衛隊が機動運用する必要はなく、やはり、自衛隊へ求められるのは搬送能力こそが実のところ重要ではないのか、そう考える次第です。
北大路機関:はるな

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コメント (5)
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