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P&G主催の羽生選手のトークショー(幕張)で語られた内容と感想

2018-05-30 | 羽生結弦選手・注目発言

5月29日: 内容を 追加しました

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ファンタジーオンアイス2018の幕張公演が終了し、

最終日の夜に、スポンサーであるP&G主催の、羽生選手のトークショーが行われました。

 

今回は、応募総数が約4万1千人だったそうで、そのうちの、4300名が中継会場を含めてこのトークショーにご招待されたとのことでした。

神戸会場の人数がこの中に入っているのかどうか、よくわからなかったですが、

いずれにしても、なかなかの倍率だったということのようです。

 

始まってからも、なかなか羽生選手は登場しなくて、最初はP&Gの宣伝と、商品をいつも買って下さっていることへの感謝の言葉から始まりました。(笑)ま、スポンサーですから、そこらへんはP&Gさんも抜け目なかったですね。(笑)

(以下、内容、思い出した限りで書いていくので、順番は多少間違っているかもしれませんがご了承ください。)

なんか、ツイッターとフェイスブックで、直前になって質問を募集したらしいのですが、私は結構ギリギリで入ったので、アナウンス聞いて初めて知って、(あ、そうなんだ、知らなかった!)って感じでした。

(ただ、羽生選手が実際に質問に答えられたのはほんの少しでした。)

 

羽生選手は、ファンタジーオンアイスの今年の紫のTシャツ姿で御登場。

ちょっとはにかみ気味に登場しましたけど、私が観た第一印象は、(あ、羽生選手、これは本当はかなりお疲れですね!)でした。

(私も疲れていましたし、このスケジュールでは無理もないと思いますので、まさに「お疲れ様でございます…あまり無理しないで下さいね(涙)」という気持ちでした。)

羽生選手は、着ているアイスショーのTシャツをしっかり宣伝して、「勝ってね!」…おっと違った、「買ってね!」と。(…「皆さん、買って下さい!」だったかな? この辺はうろ覚えです、すみません。)

着ているサイズはSサイズだとのことで、「えー!」という驚きの声が一斉に上がりました。

脇がダボつくと合わないんだか、似合わないんだか、そんな理由で、Sを着ているそう。 (いつも練習着はピッタリしていますからね。)

仙台パレードのTシャツ、Sサイズだけが少し売れ残っていましたけど、羽生選手的にはあれが一番ご自分に良いサイズ、ということかな?(ファンタジーオンアイスのTシャツとサイズが同じなら、ですが。)

始まる前に、髪の毛がはねていると、自分の頭を気にしていました。高校時代は良く、演技終了後に髪までボサボサになって熱血演技を見せてきた羽生選手でしたから、(いや、今さらそんなこと気にしなくても… ) などと思っていたのは私ぐらいでしょうか。(笑)

ちなみに、ヘアスタイルは、この日のこのトークショー時の髪型はご自分でセットしたのだそうです。 

アイスショーでは、たまにスタイリストさんがついていることもあるそうですが、基本的にはご自分で髪の毛もセットして決めている、とのことでした。

 

それから、アイスショーでやったという、Let's go crazy! の「ズサー!」ですけど、アイスショーは整氷しないから、結構氷がガリガリな状態で、そのせいで、アイスショーであれをやるとかなり怪我するんだそうで、ガリガリの氷の上を引き摺るから足が傷ついたりして時に血が出るとか、そんなお話でした。 ジョニーさんなんかもやっていますけど、あれはみんな結構犠牲を払いながらアイスショーで頑張ってやっているのだそうです。 これはビックリ!でした。

(ジョニーさんのようなプロスケーターはともかく、現役選手は、怪我を負うなら避けた方が良いのでは、と私は思いました。羽生選手はサービス精神でやっちゃうんだろうけど、今は特に痛んでいる箇所も多いだろうし、少しでもお身体をお大事にしてほしいので…)

 

まず最初は、平昌五輪のフリーの演技を、一部シーンを映像で振り返りながら、羽生選手に解説してもらう、という、Continues with Wings での質問コーナーとちょっと似たような感じでした。

最初のジャンプが上手く決まると、(最初のジャンプで調子がわかるけれども)回転の軸の取り方などで、気持ち的にもその後も上手くいきやすい…という話で、冒頭の4回転サルコウはGOEでも最高のジャンプだったと。

あと、後半の最初の、4回転+3回転が上手く決まって、それが決まったら、羽生選手は「絶対にノーミス行ける!」と思っていただけに、決まって「やった!」という感じだった話。(これは4月の凱旋アイスショーでも語っていましたね。それが油断となって、次の4回転トウからの3連続の予定が、単独ジャンプになってしまったとの話でしたけど。)

 

最後の3回転ルッツが、跳んだ瞬間に軸がすごく曲がっていて、普通は成功できるジャンプじゃなかったし、4回転ルッツで怪我した時と同じような離氷の感じになってしまった感覚があったらしく、だからこそ、あれは神がかり的だったと。

着氷したブレードが、その後一瞬浮いたのに、なぜかそこからそのまま横滑りしていて、ちょっと物理的にあり得ないのだそうですけど、(その場面がスロー再生で映されて)それで転ばずに堪えられている、との説明。 後ろでコーチが成功したと思って思い切り跳びはねて喜んでいる姿がしっかりと映されて笑いが起きました。 

羽生選手が、あの瞬間は、観客席でみんなが両手を合わせて祈っているのが見えて、皆さんの 祈りと応援のおかげですね、と。

応援や金メダルへのプレッシャーは、それでだめになる人もいるけど、自分はそれがあるからこそできると思うようにしている、という、羽生選手がいつも言っている、応援の力への感謝も、最初の方のどこかで語っていました。

「SEIMEI」の、最後のルッツを終えた後の、ラストの華々しいコレオシークエンスでは、羽生選手は笑っていましたけど、「楽しいー!」という気持ち。(4月のアイスショーでも、これは語っていましたね。)

いつもは、ラストのコレオシークエンスは、竹林の中をわーっと走って行くイメージで、「SEIMEI」なので、花とか植物とかが周りで一気に ワッと成長していくようなイメージで滑っているのだそうで、そんなことを語っていました。(だいたい、こんな感じの表現だったかと。)

だけど、五輪の時は、ルッツが無事に堪えられてから、その着氷の仕方に驚きながら、スピンの間に笑えてきてしまって、その後のコレオシークエンスは、「楽しい~!」という気持ちで、素の羽生結弦になって最後は滑ってしまった、と。

最後の五輪になるかもと思ったので、楽しんでおきたかったということで、4月のアイスショーの時の説明と、これもほぼ同じことを言っていました。

素の羽生選手の「生命力」があふれていて良かったのでは、と私は思っていますけど。(笑) 溢れ出てくる喜びで笑顔で滑ったのは、それはそれでとても良かったと思いました!

(4月の凱旋ショーの時は、「他の選手のファンがいらっしゃったら申し訳ないけど」と前置きしながら、「これはウィニングランになる」と思って(信じて)滑っていたのだとも語っていましたね。)

それで最後は、パーン!と両手を開くラストポーズを思いっきりやれて、口でもその音を言いながら、思い切ってやったそう。

あと、演技終了後、氷に手をついていた時は、ソチ五輪の時の自分と対話するような感じ、(だったかな?そんな感じの表現)で、ソチ五輪の時の(ラストポーズの)自分に、ここまでやれたよ、よくここまで頑張った、ちゃんと出来たよ、だか、そんな感じの達成感の意味の言葉をソチ五輪の時の自分に伝えていた、との説明。(※ セリフの細かい部分は、やや不正確です)

あとは、「右足が本当に頑張ってくれた、すごく無理させた」という言葉が出てきて、ちょっと何かを思い出したように、表情がほんの一瞬ウルっとして見えました。すぐに表情は元に戻りましたけど。

羽生選手の足は今もまだ完全ではないから、思い出すと胸に去来するものが沢山あったのでは、と思えて、この時だけは私も見ていてちょっと泣きそうというか… 今日はさすがに3日間終えたばかりで かなりお疲れに見えましたし、足の大変さを思って 胸が詰まるというか、切なくなる気持ちがありました。

 

(余談ですけど、お正月に、P&Gからプレゼント用に公開された、色んなポーズを撮った写真群がありましたけど、その中で、(私が好きなものとは別に) 私が見ていて、なぜか最も強く印象に残り、胸にずしんときた写真が1枚あって、それがあの「ソチ五輪のロミオのラストポーズ」の写真だったんですよね。

なんでこの写真がこんなに気になるんだろう… やっぱり、ソチ五輪の最後、息を止めてというか、殺して観ていた緊迫の瞬間の写真だからかな?とも思ったし、一番羽生選手の気持ちを心配しながら観ていた瞬間だったからのように思ったのです。

私の胸の中にも、あの瞬間が、4年経った今でも強烈に記憶に残っているのだと気が付かされました。

だから、平昌五輪で、現地で、羽生選手の喜び爆発のフリー演技終了後、感慨深く、片足を立て膝にして下を向いて氷に手を置いている羽生選手を見て、私もやはりソチ五輪のラストを思い出したし、それと正反対に出来た今回を、本当に嬉しく思いました。 前回の五輪で、優勝したとはいえ、やり残したと思っていたことが解消できたなら、それだけでも本当に良かったなと思いました。)

 

あと、P&Gは「お母さん、ありがとう」というキャンペーンをやっていたので、そういう家族の支えの話を司会者に振られて、ご家族様の支えへの感謝みたいな話もされていました。

「羽生結弦」でなければならなかったり、あるいは、「羽生選手」でなければならないことも多々あるので、家に帰って、「息子としての結弦」だったり、「弟としての結弦」でいられる、そういう家族の存在は有り難い、という感じの話をされて、

今現在は、トロントでお母様と二人暮らしなことに触れて、家事などを全部やってもらって、(自分が)身体を休める時間をもらえるのは有り難い、という話。

また、男って、基本、家事はあまりやらないと思うんですけど…と語り、(羽生選手はそう思っているらしい)

思い出したように、「でも中には… 僕の友達でも、家事好きな人はいますけど」、と誰かを思い浮かべながら語っていました。(笑)

そして、ご自分も(普段は)お父様やお姉様と離れて暮らしていること思ってなのかどうかはわかりませんが、

「家族のカタチは、今のこういう時代、色々だとは思うんですけど」と前置きし、

さらに、「お母さん」な人も、まだお母さんになっていない人も、これから先、お母さんになるであろう人たちも、そして、お母さんにはならないかもしれない人も、色々いらっしゃるだろうけど、と様々な立場への配慮を見せながらも、

「子供が安心して帰ることの出来る場所、それがお母さん」だと思うので、それは大事だし、すごく有り難いと思う、というようなことを 語っていました。

 

 それから、途中で羽生選手に関するクイズコーナーというのがあり、羽生選手本人にも答えてもらう、ということで、2つほど質問が出ました。

一つめは、ディック・バトンさんが、五輪の羽生選手のフリーを見た直後に、感動しながらツイッターで公開した言葉を、3択の中から当てるというもの。

これは、私は余裕で知っていたことでしたし、知らなくても意味を考えればわかるだろう、ということで、私にはちょっと簡単すぎに思えた質問でした。

正しい答えは、羽生選手も当てることが出来て、終了。(羽生選手も知っていたんじゃないかと思いましたけど…)

もう一つは、4回転サルコウの途中の、空中静止写真が映されて、「これは何回転目の時でしょう?」というもの。 

奇問過ぎて、多くの人が驚いて、どよめきやざわめきがありました。(こんな質問に、いったいなんの意味が…というのが本音でしょうね。(笑))

羽生選手は、「3回転目」と、結構自信をもって答えましたけど、実際の答えは「2回転目」だったということで、羽生選手も答えを外してしまい、驚いてちょっと動揺していましたね。(笑)

「自分で映像などでジャンプを研究している、とか言っている割に、外してしまって恥ずかしい」と言いながら、首を傾げていました。 そして、「あ、でも皆さん、僕自身も外しているくらいなので、これを当てられなくても、何も問題ないですから」…と言った感じのフォローを、一生懸命ファンに向けてして下さいましたけど、ええ、誰も本気で悩んではいなかっただろうと私は思いました。

でも、わざわざそんなことまで お気遣いをどうもありがとう、という感じです。(笑)

私は最初、2回転目か3回転目だと思ったのですが、結局、「3回転目」で答えを上げたので、羽生選手と同じ答えでしたが、同じく外れました。(笑)

2回転目かなと思ったのは、ジャンプの連続写真で、その映像が比較的前の方にあったような記憶がなんとなくあったからですが、静止写真だけを見ると、3回転目かな…?と思える部分があったので、最終的にそうしたのですが、

羽生選手も3回転目だとご自分で思って答えられたくらいなので、私にとっては、ご本人と見解が一致したことのほうが、実際に何回転目かを当てられたことよりもずっと、妙な安心感になりましたね。(爆)

ただ、一生懸命質問を考えたというスタッフさんには申し訳ないながら、羽生選手、ちょっとお疲れに見えましたから、もう休ませてあげた方が… という気持ちにもなりました。

(でも、「恐らく」ですけど、羽生選手は今後、これを改めてご自分で検証するかもしれません!ジャンプの空中姿勢は、羽生選手にとっては重要なことでしょうから…!)

 

最後の方に、会場からの質問コーナーがありました。

「今回のアイスショーでの新演技「Wings of Words」をどんな気持ちで滑っているのか」という質問に対して、

「Wings of Words」=「言葉の翼」だから、その「言葉の翼」をいっぱいに広げて前を向いて、ポジティブな気持ちになりながら、みんなでポジティブな気持ちになるようなイメージで滑っている感じ、とか、確か そんな感じの話だったかと。

あと、「県外の人間に対して、仙台の観光でおススメスポットに羽生選手は何を勧めるか」という質問に対して、 

「御釜(おかま)(=五色沼)と蔵王(ざおう)の樹氷など」を勧めていました。

仙台市内だけじゃなく、宮城県全体、県境や山の奥の方にも、蔵王の樹氷(じゅひょう)とか、自然の豊富な凄いところが色々あるので、カブトムシなんかもいるし(笑)、そういうところも幅広く行ってみてほしい、という話だったかと…。

蔵王と言えば樹氷。(笑) 蔵王のロープウェイはこちら  蔵王の樹氷はこちら

蔵王と御釜の観光情報

 

あと、一番最後ですけど、

応援への感謝と、「まだあとほんの少しだけ、競技を続けたいと思っていますので」、と可愛い感じの笑顔を見せて言っていましたけど、

…「あとほんの少し」(ほんのちょっと)と言う表現を使ったような…?

さすがに北京五輪まではイメージできていないような印象は受けましたけど、今後のことは、今後わかるでしょう。

 

そうそう、今回のアイスショー前後も、全然練習など出来ていなかったのだそうで、(パレード後も園遊会などで忙しかったので10日間は滑れなかった、Continues with Wings の1週間前ぐらいからちょっとずつジャンプの練習を始めたそうですけど、)

それで、羽生選手もまだトリプルアクセルが跳べるとは思っていなかったのだけど、やはり皆さんに、ジャンプの復帰を見せるとしたらアクセルでと思っていたので、ちゃんと跳べて良かった、と語られていました。

…ただ、話を聞いていて、今日は、(なんとなくですけど、) 足の調子が良くなかったのかな?ちょっと自分の体調に弱気になっている感じかな? という印象を受けました。あるいは、ちょっと足を無理させてしまった実感でもあったのか…。

応援コメントを読み上げられた時も、足のこと、「本当に大事にします!」と、いつも以上に実感を込めて語っているように私には見えましたので。

 (追記: BS朝日で放送された、幕張2日目の演技映像を見たら、特にそんなことは全然なく、素晴らしい演技でした。ただ、3日目だったこの日はトリプルアクセルを2連続やろうとして転倒したそうで、悔しがっていた、との話ですので、それでかな?)

 

これから、まだ5週間も アイスショーが続きます。

ほとんど(ジャンプは)練習できていないと語っていましたけど、CHEMISTRY とのコラボ演技は、多分来週の金沢で終わりだろうから、その後は、別の演技を披露して下さる可能性も高く、リハビリ期間で、怪我もまだ完治していなくて、時間もないわりに、本当に大変なことを次々とこなして下さっているなと思いました。

羽生選手の沢山の演技が観られるのは、私はとても嬉しいけれども、まだリハビリが終わる期間でもないのだし、ジャンプについては、不調な日には決して無理しなくていいし、絶対に無理しないで下さいね! と羽生選手には お伝えしておきたいですね…!

どうか よく休んで、今後や、来週に備えて下さい…!

 

BS朝日のテレビ映像で、しっかりと演技の全てを見られるのを楽しみにしています♪

 

 


世界で最も美しいものは何か ~花を輝かす「本物の光」と、「命の水」~ 母の日によせて

2018-05-14 | プロアスリート羽生結弦と日本の未来を応援する!

 

昨日、5月13日は、母の日でした。

 

フィギュアスケートを観ている人たちの中には、美しいものが好きな人は多いだろうと思います。

 

 

羽生選手が、怪我で試合に全く出てこられなくなっていて、

氷の上で滑ることさえ出来なくなっていた、昨年の12月のある日、

私はある駅で、切符の券売機を操作していました。

 

ところが、操作を終える頃、

突然、後ろから誰かに、ドン!と前に突き飛ばされたのです。

 

危うく券売機に激突しそうになった私は、

あまりにも不意打ちだったので、ビックリして振り返りました。

 

すると、知らない男性がそこにはいたのですが、すぐさま、別の女性がその横にサッと現れて、

「本当に申し訳ありません。」と深々と私に頭を下げて謝ってきました。

その女性は、その男性が自分の息子だと話し、事情を簡単に私に説明し、何度も頭を下げて、「悪気はありませんので…」と謝ってきました。

 

つまり、謝ってきたその女性は、その男性のお母様だったのです。

 

見れば、何かの障害をお持ちの男性だとすぐに解ったのですが、

息子さんの状態を、丁寧に説明してきて謝ってきたその女性は心配そうに、「あの、お怪我は…?」と聞いてきました。

 

痛かったのは確かだったのですが、特に怪我をしたわけでもなかったので、

「いえ、大丈夫です…」と、こちらも頭を下げたら、その女性はホッとした笑顔を見せました。

 

その場を離れた私は、ちょっと歩いてから、

ふと気になって振り返ってみたのです。

 

すると、その男性はまたも、今度は別の人たちに何かをしてしまったらしく、

その女性は再び、同じように 周囲の人たちに平身低頭に頭を下げて謝っていました。

今度は複数の人たちに謝っていました。

 

(大変だな…)と思って足を止めて見た私は、その後のその親子の光景に、思わず目を見張りました。

 

母親であるその女性は、周囲に深々と謝り終えると、

にっこりと微笑んで、今度は ゆっくりとその息子さん(成人男性)の手をとって、

券売機の前で、とても優しい穏やかな眼差しで、一つ一つ丁寧に指差ししながら、息子さんに教え始めました。

時間をかけて、操作の仕方を説明しているようでした。

 

私がハッと息を呑んだのは、その親子の空間と、そのお母様の姿に、

言葉を失うほどに強い、滅多に見ないほどに美しい「光」の存在を、ハッキリと見たからです。

 

駅では、通勤途中か仕事の途中、あるいは私用で急ぐ、多くの人々が、次々と波のように押し寄せ、

様々な人がせわしなく通り過ぎていて、誰もその親子の存在を気にもかけていませんでした。

 

多くの人はちょっと疲れたような表情で、あるいは、特に表情もなく急いで通り過ぎていくのですが、

 

その親子のいる空間だけは、速いスピードで動く周囲とは対照的に、

まるで時間が止まっているかのようにゆっくりと動いていました。

 

場合によっては、その空間だけが、取り残されているかのようにも見えたかもしれないのですけれども、

 

 でも、この時、私は、確かにこの親子の姿が、

息を呑むほどに美しい光に包まれているのを見て、その光の崇高さに、畏敬の念に打たれました。

 

そのお母様の忍耐強い、穏やかで優しそうな、偽りなき笑顔は、

暗い空間にパッと咲いた、美しい花のようでした。

 

そのお母様は、全く化粧っ気もなかったし、

決して美しく着飾っているわけでも、おしゃれしているわけでもありませんでした。

 

でも、神様は確かに、このお母様の姿を、(その内面を)

「世界で最も美しいもの」の一つと、認定なさっているのだと、私は明確に教えられて、

そのことに胸が震えました。

 

 

 

このお母様は、今までの人生でいったいどれだけ、自分のせいとも言えないはずのことで、

周囲にひたすら、謝り続けてきたのかーーー。

 

私自身も、自分が突き飛ばされた直後は、ビックリして、

ショックと怒りが半々の気持ちで思わず振り返ってしまったように、

このお母様は、今までどれだけ、「そういう人々の表情」に出会い、何を思い、感じてきたのだろうか、と

そんなことを思わずにはいられませんでした。

 

そして、どれほどの葛藤や涙を経て、

ここまで平安に満ちた、美しい光が伴うようになったのか、とーーー

 

神様があえて、私に見せて下さったとわかる、

その「滅多にみないほどに 強くて美しい光」を見て驚きながら、

私はしばらくその親子から目が離せなくなってしまいました。

 

「神様の基準は何か」 「神様が、この世で、最も美しいと思っていらっしゃるものは何なのか」

それを改めて知らされ、確信させられた、一つの出来事となりました。

 

 

でも、そのお母様はきっと、ご自分がそんなにも「光輝いている」とは、

全く気が付いてはいないのではないかと、

なんとなく、私にはそう思えたのです。

 

 

「母の日」と言われる日だった昨日、

街中ではそのためのお花が沢山売られているのを見て、

ふと、このことを思い出しました。

 

でも、このお母様と同じように、

実は光輝いているのだけれども、ご自分では全く気が付いていない方や、

そのように光り輝かせるための、厳しい訓練の途上にいて、

理由も解らず、毎日消耗し、何かに落胆しながら、涙を流している最中の方たちがいらっしゃったらーーー

 

あるいは、

決して誰からも、「ありがとう」と言われない状態に置かれ続けてきたり、

長いこと、何らかの理由で、お花をもらうことなどできない、そんな環境に置かれ続けてきた人たちがいらっしゃるならーーー

 

ーーーきっといらっしゃるだろうと思うのですがーーーー

 

たとえ人に全く知られていなくても、その全てをご存知で、

誰からも感謝されていなくても、そんな状況の全てをもご存知で、

きちんと見ていて、高く評価して下さる神様が 確かにいらっしゃって、

その試練や困難の先に、

あなたに、「世界で最も美しいもの」を贈ろうとしておられ… 

あなたを、「世界で最も美しい花の一つ」にして下さろうとしているのかもしれません、と…

 

そう伝えてみたくて、このページを書いてみました。

 

 

このページが、その方々に、花束の代わりに届くことを願ってーーーーー。

 

 

 

 

「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。

何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。

そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとを

キリスト・イエスによって守るでしょう。」 

(フィリピ人への手紙 4章6-7節  新約聖書・新共同訳より)

 

 

「わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。

貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。

満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、

いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。

わたしを強めて下さる方(=イエス・キリスト)のお陰で、わたしにはすべてが可能です。」

(フィリピ人への手紙 4章11~13節  新約聖書 新共同訳より)

 

 

「神に従う人の道は輝き出る光。

進むほどに光は増し、真昼の輝きとなる。」

(箴言4章18節  旧約聖書 新共同訳より)

 

「私の与える実りは  どのような金、純金にもまさり

私のもたらす収穫は  精錬された銀にまさる。」   

注: 私とは、天地創造主の神様のこと

(箴言8章19節  旧約聖書 新共同訳より)

 

イエスは答えて言われた。

「この(井戸の)水を飲む者は だれでもまた渇く(かわく)。

しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。

私が与える水は その人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」

(ヨハネによる福音書4章13,14節  新約聖書 新共同訳より)

 

イエスは立ち上がって大声で言われた。

「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。

わたしを信じる者は、聖書(=旧約聖書)に書いてあるとおり、

その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」

ヨハネによる福音書7章37,38節   新約聖書 新共同訳より)

 

イエスは再び言われた。

「わたしは世の光である。

わたしに従う者は 暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」

(ヨハネによる福音書8章12節   新約聖書 新共同訳より)

 

 


羽生選手の凱旋公演「Continues ~With Wings~」初日でジャンプなしで滑った羽生選手とインタビュー一問一答

2018-05-12 | プロアスリート羽生結弦と日本の未来を応援する!

5月12日追記: 二日目の放送も終了。時間がなくてまだ録画の大半を見ることができていないのですが、最後の方だけちょっとみることができましたけど、羽生選手が実際には現地で話したメッセージで、カットされてしまった部分があった感じでしたね。もっと長かったと記憶しています。時間がオーバーしていたからかな?感想はまた後日。

 

5月11日追記: 「Continues ~with Wings~」の初日の放送が終わったので、簡単に感想を追加。

シェイリーンさんのプログラムの時、最終日はラッパ隊に羽生選手がいましたけど、(しかもとても楽しげな様子で) 初日の時は、ラッパ隊にはいなかったようでしたね?! 

羽生選手も、初日は、2日目や3日目と比べるとやや緊張気味に見えました。無良さんの実演コーナーだけは、羽生選手は強気でした。

1回転アクセルの時代から、イーグルから跳ぶ練習をしてきたそうで、自分にとってはそれが標準だった、と。(都築コーチにやらされたんでしたっけ。) 羽生選手は無良さんに、5回転アクセルを跳んでくれてもいいよ、などと嬉しそうにジョークを。無良さんは、4回転アクセルは練習したことありますから、ジョークにならないものね。(笑)

親子席の子供の質問コーナーで登場した男の子、陸上でのジャンプは上手でしたね!!

初日の演技に関していえば、ですけど、羽生選手の憧れのプルシェンコさんの演技は、テレビで見た限りでは、ですけど、先に演技した「ニジンスキーに捧ぐ」が、印象深く残りました。

羽生選手のメドレーについては、あのツィゴイネルワイゼン、高校1年の時の羽生選手の映像が映りましたけど、さすがに衣装はあの頃の方が全く違和感がないですが(笑)、とても懐かしく思い出しました。あれで初めて4回転トウループを決めたのですよね…! 

だけど、あの衣装での「バラード第一番」のステップというのは、なかなか面白かったです。不思議と、3曲の中で一番衣装が気にならなかったのが「バラード第一番」でした。振付が今の羽生選手のレベルにあっているからなのか、それとも、単に3曲目で見慣れたのか…(笑)

「ロシアより愛を込めて」を演技した時の羽生選手は、気持ちが子供時代に戻ったみたいな、嬉しそうな弾けた笑顔でしたね!2003年から2006年までフリーで滑っていたそう。2006年はトリノ五輪で、プルシェンコさんが金メダルをとった年でしたね。

フィナーレの時の、羽生選手のレイバックイナバウアーやハイドロは、曲に合わせて、流れるように雄大な感じでとても良かったですね!

他のスケーターさんたちも、2日目や3日目と比べると、初日はやや緊張気味に見えましたね。プルシェンコさんだけはいつものように、とても堂々としていてさすがの威厳に見えましたが。(笑)

2日目と3日目も終わったら、また色々と感想を追加するかもしれません…

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 4月17日追記:

羽生選手が、15日最終日のアイスショーでの告白によって、衝撃が広がっているようですが、羽生選手のセリフは、「週刊誌の問題や、色々あった時に…」と言っていましたから、週刊誌も確かに色々ありましたし、とても大きかったと思いますけど、決してそれだけではなかったと思います。

ちょっと色々考えて、また別記事でUPしようかと思っていますけど、

羽生選手はその想いを、過去のこととして告白してくれたわけです。(今も色々ありますけどね…) 

それは、今も苦しんでいる人たちや、今いじめなどで悩んでいる子供たちがいたら、メッセージとして届けたかったんだろうと思いますし、その想いは、特に15日のアイスショー全体にわたって、チラホラ垣間見えました。

 

今回のショーで羽生選手が語っているのは、「この世界に生まれてきて幸せだなと思いました」であり、

「何一つって無駄なことはない、ということをこのショーで表現したかった」と初日に語っています。

2日目には、熊本地震から2年が経った日でもあったため、被災地のことを思い、皆さんにも思い出してもらいたいということをも語っていますし、嫌なことを言われて自分も傷つくことが一杯あったことを告白しています。

最終日に、実は「何回も死のうと思った」という状況を経たことまでもを告白し、でも、その先に、今の羽生選手があったことを伝えたかったのだと思います。

 

羽生選手、何も心配ないからね!(笑) 

よく言って下さったと私は感謝しています!!

本当に思いのこもった素敵なアイスショーをどうもありがとう!!  

全てが最善へと導かれますよう、神様からの絶大な守りと祝福が羽生選手に注がれていきますよう、

そしてそれが日本中で今苦しんでいる人たちへと広がっていきますよう、主イエス=キリストの御名でお祈りしています…! アーメン。

 

※  5月に、CSテレ朝チャンネル2で、3日間分の放送があります。

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初掲載:2018年4月13日 

 

羽生選手の凱旋&感謝の公演となる、「Continues  ~With Wings~」の初日となった今日、

予定では滑らないはずだった羽生選手が、なんと、ジャンプなしとはいえ、滑りました!

 

 

このアイスショーでの毎日新聞撮影の写真集がこちらから見られます :クリックどうぞ(13日のもの)

羽生選手が、パリ散の黒衣装、ツィゴイネルワイゼンの衣装、このアイスショーのグッズTシャツ、

そして、フィナーレで、「言えないよ」の時の白衣装を着ているところの写真が写っています。

 

 

羽生選手が初日に滑ったのは、「ロシアより愛を込めて」(都築コーチ振付)、「ツィゴイネルワイゼン」(阿部奈々美コーチ振付)、「バラード第一番」(ジェフリーバトルさん振付)、の3つを、

「ツィゴイネルワイゼン」の衣装でジャンプなしでやりました。

この衣装、ジョニーさんのデザインですが、当時、「子供から大人への変化」を衣装で表したと言っていたと思いますが、今でもそこそこ似合っていてビックリ…! あの頃のサイズのままで着られるのですかね?? 凄いですね!

 

二日目は、「ミッション・インポッシブル2のテーマ」(阿部奈々美コーチ振付)、「悲愴」(阿部奈々美コーチ&イゴール・ボブリン夫妻振付)、「パリの散歩道」(ジェフリー・バトルさん振付)を、

「悲愴」の衣装でジャンプなしでやりました。

これも、当時の衣装がまだ着られたということでしょうか?! 

体格はかなり変化したように思っていましたけど、凄いですね! 伸び縮みする素材だからかしら?!

 

 

 

さて、最終日は何になるのでしょう?(笑)

 

 

 

初日については、ショーの最初のほうでは、こんなことも言ったと、こちらの記事から。

「僕、いっつもショーで(ファンや観衆に)ありがとうと言っていますけど、おめでとうと直接言われるとうれしいですね。ありがとうございます」

「この世界に生まれてきて幸せだなと思いました」

 

ショーの最後の方では、こんな発言も。こちらの記事より

「初日、いかがでしたでしょうか? 楽しかった? 本当にうれしいです。とてもね」とほっと胸をなで下ろした。観客から「ありがとう~!」と声が飛ぶと、「こちらこそありがとう。本当にみなさんの前に立てて良かったです。スケーターになれて本当に良かった」と話した。

「2日続きますけど、今日は今日でみんなで全力で演じました。次の日、同じことをやるとは限らないので、みんなの心に残してくれればなと思います。

『何一つって無駄なことはない』ってことをこのショーで表現したかった。たくさん応援してくださる方がいないとショーができなかった。これからもいろんなことをみなさんに継承していきたいと思います。最高の時間をありがとうございました」

 

「ツイッターからの質問コーナー」で答えたのはこちら。

 

Q「(けがの中、五輪を迎え)不安はなかったか?」

「ネガティブな方向に引っ張られることはなかった。足がやっぱり治らなくて、できなくて、心が不安になることはたくさんあった。ずっとずっとスケートの練習がうまくできなくて、『いつになったらジャンプ跳べるんだろう』って気持ちがあった。でも、不安は不安で抱えたまま、それを乗り越えるしかない。(自分は)精神的にも強くない、でもその精神的な弱さを知っている。(自分は)けがが多いし病気も多いので、(その分)勉強する時間や研究する時間が取れている。環境要因や家庭内要因がうまく作用してくれた」

 

Q「(五輪の)SPで振り付け変えた?」

「練習でも同じ振り付けをやったことがない。そのとき出てきた感情、そのとき音楽を感じた感情が(振り付けに)出てきている。知らない振り付けってできない。色気っていうと僕は好きじゃないから違うけど、音楽を心から感じているフィーリングがあの振り付けになったと思う」

 

 

滑ることになった経緯や、ショー後のインタビューで聞かれたことについては、こちらのインタビュー記事から、一問一答をどうぞ。

 

-初プロデュースのショーを終えて。

 「トーク主体のところもありますけど、(出演した)1人1人のスケーターがとても偉大で、自分のプロデュースさせていただいたショーにきていただいたことがうれしいなと思う。僕が思い入れのあるプログラムを滑ってくださったりもしているし、自分がショーの一員としても、見る側としても、すごく魅力のあるものだなと思いました」

 -足の状態は。

 「まず、3週間、五輪の後に…。五輪期間中も含めたら4週間弱安静にしていて、結果、五輪前よりも状態は良くなり、スピンだとかステップには痛みとしてだけではなく支障が出ないような状態になっているので、リハビリの段階として氷上でステップやスピン、体力トレーニングをしています」

 -いつからリハビリを始めたか。

 「3週間安静にした後なので…。3月の終わりあたりです」

 -ジャンプはいつぐらいからと考えているか。来季の出場は。

 「来シーズンの試合についてですけど、オリンピックが終わった後は達成感とか、幸せという単語がより多く出ていて、どうするか分からないみたいなことを言っていましたが、今は意欲的に試合に出たいと思っています。ジャンプは大きく右足をつかうループ、ルッツ、フリップに関しては、そのジャンプを跳ぶ動作すらしていません。完全にやらないと決めています」

 -今日、滑った決断について。

 「平昌五輪前に滑った時はステップの一つ一つで痛いと思うパートが何カ所かあって。で、今回、安静期間を終えて氷上にたった時に、ステップを確認した時に痛くないというのと、スピンを始めてみて、すべてに痛みが感じられないと分かった時に、このショーでプロデュースさせていただいていたので、幼い頃から演技をしてきて、この時にこういう選手に憧れていたんだなとか、こういったものが受け継がれていたんだなというのを見てもらいたいなと思い、滑ろうと思いました」

 -来季のプログラムは。

 「次のプログラムは、まだ曲も何も決まっていないんですけど、試合に出ることは自分の中でしっかりと決めているので、なるべく早く始動しないといけないなと今、思っています。試合をやるにあたってのモチベーションが、前はどうやって勝てるプログラムをつくれるかも含めて考えていたんですけど、これからは、割と自分の気持ちに正直に、自分がやりたいなと思う曲とか、見せたいなと思うプログラムを考えながら選曲して、振り付けもしていきたいと思います」

 -出場はグランプリシリーズからか。

 「今のところはそういう風に思っています。ただループ、フリップ、ルッツに関してはまったくやっていない状態なので、それをやった時にどういう感覚なのか、痛みが出るのか分からないので、それも含めて再考しなくてはいけないとは思っているんですけど、今の自分の気持ちとしては、なるべくたくさん試合に出て自分の演技をしていきたいなと思っています。それは、多分、今回プロデュースしたショーの中で、出ていただいたスケーターの方々がすごく偉大だと思ったし、自分は未熟だからもっと頑張らないとなと感じました」

 -今日披露した演技は来季のプログラムにつながるのか。

 「自分はこれまで教わってきた先生たちへの感謝の気持ちを込めて、古いプログラムをさせていただきました。自分が古いプログラムをさせていただく中で、あまりにも今風にはしたくないと気をつけました。表現の仕方は昔とは変わっていて、技術的に成長したとは言えると思うんですけど、あまりにも見せつけたくはななと。古い映像を何回も見て。やはり昔の自分をイメージして踊るというのは、体に入っていたものかもしれないけど、表現の幅が広がるなと、今回やらせていただいて思っていたので、これからの自分にも、自分から自分にと言うのは変だけど、大きな影響を与えていくなと思っています」

 

 

また、こちらの記事より、羽生選手の初プロデュースのショーについて、

初日終了後に行われた囲み取材の、一問一答の全てがこちらになります。

 

── 初めての羽生選手プロデュースのショーです。終わられて、今どのような気持ちですか?

「トーク主体のところもありますけど、本当に(出演した)一人一人のスケーターの方々がとても偉大で、自分のプロデュースさせていただいたショーに来ていただいたことがまずうれしいです。僕が思い入れのあるプログラムを滑ってくださったりもしているので、あらためて見どころがたくさんあるショーだなと。ショーの一員としても、見る側としても、すごく魅力のあるものだと思いました」

── ショーのタイトルは羽生選手が考えたとのことですが、意味を教えていただけますか?

「サブタイトルに、羽生の“羽”という文字から付けさせていただいた『with Wings』を付けたことによって、自分にどういうことが引き継がれているのか、そして、自分のスケートと今日出演してくださった皆さんの演技を見ていただくことによって『こういう気持ちや演技が羽生選手と共通しているんだな』と少しでも感じていただけるようなショーにしたくて、こういうタイトルにさせていただきました。『Continues』は、それに“継承されるもの”という特に強い意味を込めました」

── 真剣勝負だった平昌冬季オリンピックと、こうやって皆さんの前で滑るショーでは違う部分があると思うのですが、あらためてどんな気持ちでしょうか?

「(ファンの)皆さんに『おめでとう』という言葉をいっぱいかけていただきましたし、自分自身も感謝しながら滑ることができました。オリンピックの後は、ショーの内容を詰める毎日で…。実際にプロデュースする側に立ってみて、どれだけこのショーにいろんな物語を込められるかとか、感謝や凱旋報告という気持ちを込められるかをすごく考えた1カ月でしたので、そういった意味でも、自分が考え企画したショーとして完成できて良かったなと。自分が伝えたかったものが少しでも(観客に)伝わっていればいいなと思います」

── 今日、実際に滑るということは、どのように決められたのですか?

「平昌冬季オリンピックの前に滑った時は、ステップの動作の中で(負傷した部分が)痛いと思うパートが何カ所かありました。でも安静期間を経て氷上に立った時に、そのステップを確認した時に痛くなかった、そしてフライングスピンなども含めたスピンを始めてみて、すべてに痛みが感じられなかったので…。また、このショーの中で僕が幼い頃に滑っていた演技をすることによって、『この時にこういう選手に憧れていたんだな』とか『こういったものが受け継がれていたんだな』というのを見てもらいたいなという思いから、滑ろうと決めました」

── 滑ったプログラムの選曲の理由と、実際に滑ってみて成長したなと感じた部分、そして来季のプログラム選びにつながる部分がありましたら教えてください。

「自分がこれまで教わってきた先生たちへの感謝の気持ちを込めて、古いプログラムを披露させていただきましたが、あまりにも“今風”にしないように気をつけました。もちろんステップワークやクロスの仕方、表現方法は昔とは変わっていて、技術的に成長したといえるとは思いますが、あまりにそこを見せつけたくはないなと。だから古い映像を何回も見て、それに近づけるように努力しました。昔の自分をイメージしながら踊ることは、自分の表現の幅をさらに広げることだと、今回やらせていただいてあらためて感じたので、自分の表現したいものや世界観は、これからの自分にも大きな影響を与えてくれると思っています」

── ショーの中でもお話しされていましたが、現在の足の状態はいかがですか?

「平昌冬季オリンピック期間中を含めたら4週間弱安静にしていて、結果、オリンピック前よりも状態は良くなっています。ステップやスピンに関しては、痛みも含めて支障が出ないような状態になっているので、今、リハビリとして氷上でステップやスピン、体力トレーニングなどをしています」

── リハビリはいつ頃から始めましたか?

「3週間安静にした後なので…。計算してみてください、すみません(笑)」

──(笑)。そうすると、3月の終わりぐらいでしょうか?

「そうですね。3月の終わりあたりです」

── ご自身の中で、ジャンプに関してはいつから再開できそうだと考えていますか? 来季に向けての練習など、どのように考えているか教えてください。

「オリンピックが終わった後は、(自分の中から)“達成感”や“幸せ”という単語がより多く出ていて『(今後は)どうするか分からない』と言っていましたが、今は割と意欲的に試合に出たいなと思っています。大きく右足を使うループ、ルッツ、フリップなどのジャンプに関しては、今は跳ぶ動作すらしていません。完全にやらないと決めています」

── 右足をキックで使うジャンプはまだ跳べないということですが、サルコウやトウループ、ご自身が得意なアクセルはいかがでしょうか?

「着氷に関しては、スピンなどもやっていますし、今のところ問題は出ていないので少しずつ始めています。ただ、大きなジャンプはまだ跳べていないですし、本当に少しずつですけれどもリハビリの範囲として、ある程度着氷や4回転ジャンプに耐えられる筋力を付けなくてはいけないので、そういった意味で少しずつ練習をしています」

── 試合への出場はグランプリシリーズからと考えてよろしいでしょうか?

「今のところはそう思っています。ただ先ほども言ったように、ループ、フリップ、ルッツに関しては全くやっていない状態なので、それを跳んだ時にどういう感覚なのか、痛みが出るのかが分からないので、それも含めて再考しなくてはいけないのですが……。今の自分の気持ちとしては、なるべくたくさん試合に出て自分の演技をしていきたいなと思っています。それは、たぶん、今回プロデュースしたショーに出ていただいたスケーターの方々がすごく偉大だなと思ったし、だからこそ、未熟な自分はもっと頑張らなくてはいけないなと感じたからでもあります」

── ショーをプロデュースしてみて考えるところもあったかと思います。来季はどんなプログラムのイメージがありますか?

「次のプログラムは、まだ曲も何も決まっていないのですが、“試合に出る”と自分の中でしっかりと決めているので、なるべく早く始動しないといけないなと、今、思っています。ただ、試合をやるにあたってのモチベーションが、前はどうやって勝てるプログラムを作れるかを含めて考えていましたが、これからは、割と自分の気持ちに正直に、“自分がやりたいな”と思う曲や見せたいプログラムを考えながら選曲して、振り付けもしていきたいです」

── 最後に、応援してくれているファンにどんなことを伝えたいですか?

「やっぱり、僕がいちばん伝えられるものは“スケート”だと思っているんです。だから、少しでも早くケガから復帰して、元気に滑っている姿をこうやって皆さんに見ていただきホッとしてもらうことがまず一番かなと。来週の(仙台での)パレードでも、ケガというマイナスなイメージを少しでもプラスの方に持っていけるようにしたいです」

 

2日目の最後には、羽生選手はこんなことをコメント。

「ジョニーとも今日話したけど、僕を応援する事で色んな事を言われると思う。嫌なことを言われて僕が傷つくと一緒に、応援してくださっている皆さんも傷ついていると思う。声を上げてくれてありがとう。僕を愛してくれてありがとう。」

 

 3日目(最終日)のものについては、また別ページで。

 

 


プルシェンコさんの心の声・羽生選手が経てきた苦悩と勇気ある告白、その先に広がる「希望」と「優しさ」への道

2018-05-04 | プロアスリート羽生結弦と日本の未来を応援する!

 初掲載 4月22日

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「神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです。

さらに、神の御前では隠れた被造物は一つもなく、すべてのものが神の目には裸であり、さらけ出されているのです。この神に対して、わたしたちは自分のことを申し述べねばなりません。」

(ヘブライ人への手紙 4章12,13節  新約聖書 新共同訳より) 

 

 

羽生選手が自らプロデュースしたアイスショー「Continues  ~ with Wings~」

 

ファンへの感謝と凱旋公演となった、このアイスショーの最終日の最後に羽生選手がした告白は、

生中継だったことで、カットされる心配もなく、多くの人に言ったことそのままを伝えられる唯一のチャンスでもあったので、 羽生選手はきちんと考えたうえで、意図的に発言したものだと私は思っています。

「うっかり言っちゃた」のでは決してない。

この日のアイスショーの中で、羽生選手は自分で、「自分の言葉がマスコミにどう切り取られるか」を確認して研究している、というようなことさえも語っていました。

「研究熱心ですみません」(笑)と付け加えて笑いに変えながら、あえてそう語ってくれたと、私は思いました。

羽生選手が、本当はずっと伝えたかったことを、あの機会に伝えたのだと、私はそう思っています。

 

まず、羽生選手の長年の猛烈な憧れであるプルシェンコさんのことを、どれだけ知っているかということは、羽生選手を理解するうえで、非常に役立つと思いますので、

プルシェンコ・ファンの間では以前から非常に有名な、プルシェンコさんの言葉を集めたこちらの動画を、ぜひご覧ください。(ニコニコ動画にも、同じようなものがありますし、英語版もあります。)

 

 

プルシェンコさんの発言は、もちろんこれだけではないし、長年の現役生活の間に、もっとたくさんの、色々なものがあります。(この発言は、主に2006年のトリノ五輪で金メダルをとった頃のものかと思います… その後、プルシェンコさんはさらに結果的には10年以上現役生活を続けますので、立場や考えも色々変化はしていきます。)

だけど、羽生選手の立場も心理も、これに限りなく近いものがある… そのように考えておいた方が、羽生ファンは、羽生選手への理解が少しは深まるのではないかと思います。

プルシェンコさんは、今回、五輪前後から突如バッシングの対象となったザキトワ選手に対しても、その技術の抜き出た凄さを徹底的に褒めつつも、世界選手権の後、「君はロボットなんかじゃない。人間だ。」という感じで、一生懸命擁護していました。

精密機械だのロボットだのと、およそ女性のフィギュアスケーターに対して投げかけるとは思えない表現で色々言われていたザキトワ選手に、温かい言葉を投げかけていました。

 

一方で、羽生選手には、日本であるからこそ余計に厄介に生じてくる、日本特有の問題というのが、多々ありましたし、今もあります。

(プルシェンコさんには、ロシア特有の複雑な事情なども、沢山沢山あると思いますが…)

 

 

 まず、羽生選手が最終日に最後の最後に言った言葉について、正確に書き出してみました。

 

「ほんとに、なんか、一時期、週刊誌の問題とか、色々あった時に、『なんで僕生きているんだろう』って、何回… 何回も死のうともしました。

… でも、でもね、ホントに、みんなこうやっていっぱい応援してくれているし、何よりぼくが幸せなのは、自分が憧れている方が… 方々が みんな、自分にメッセージをくれて… 

震災の当時もすぐだったけど、『ユヅは大丈夫だよ』って、ね、コメントくれて、ホントに有難かったし、スケートやってて良かったって、

ホントに今は、生きてて良かったなって、ホントに思ってます。(笑)

それでは、本当に、ありがとうございました。」

 

 

羽生選手のこの告白で、一番最後の最後に語った言葉の中に、「震災の当時もすぐだったけど、」という言葉があるのは、

東日本大震災直後に、プルシェンコさんが「ユヅは大丈夫だよ」ってツイッターで書いてくれたことが、どれほど有り難かったかということをも言いたかったんだと思います。

知っている方々も沢山いらっしゃると思いますが、実は平昌五輪で金メダル獲得後に、一部の「他のスケーターのファンを名乗りながら、羽生選手のアンチ活動をしている人々」が、そのプルシェンコさんの当時のツイッター内容を根拠に、羽生選手は震災当時、実は被災地にいなかったのに嘘をついている、などというデマを流したのです。

そのプルシェンコさんの言葉を、「羽生選手が大震災当時被災地にいなくて、実は他の場所に他の選手たちと一緒にいたことの証拠」として、「やはり羽生は被災者を装い、震災を利用しただけの詐欺だ」などという、

私から見ればもう、呆れ果てて失笑するしかないほどの酷いデマを飛ばして、ついでに羽生選手の被災後の行動にまで侮辱を加えていたのを、羽生選手は見ていたのか、誰か関係者から聞かされたかで、知っているのでしょう。

 

羽生選手は、この手の嫌がらせを、それはもう執拗に執拗に執拗にやられてきました。

(実はもう何年も前からこの震災絡みでの嫌がらせはずっとあったのですが)

羽生選手は、そういったものをずっと耐えてきた状態です。

 

羽生選手にとっては、最高の憧れのプルシェンコさんが、大震災直後という、最も動揺も激しく、辛かった時期に自分のためにやってくれた善意の行動を、酷いデマの吹聴のために逆に利用され、被災地にいなかった証拠かのように吹聴されたわけですから、どれほど、当時それが羽生選手にとって有り難かったかも、(プルシェンコさんにもファンにも)伝えたかったんだと思います。 

羽生選手は実際に3.11の時、アイスリンク仙台にいて被災しており、その時の詳細は、自叙伝にしっかりと書かれていますし、今までも何度も様々な形で語ってきていて、ファンなら当然知っていることです。

 

蒼い炎
羽生 結弦
扶桑社

  ↑ この本に書かれていますし、今までも他のインタビュー等でも、さらなる詳細を語っています。

読んだことのない方は、どうぞ。

 

他にも、今まで色々なインタビューなどで、繰り返し、震災当時のことは語ってくれています。

 

「大震災が起きた日は、羽生選手は、学校が試験休みの日だったので、昼間からアイスリンク仙台で滑っていた。

生まれて初めて、氷が波打つという信じがたい光景を見て、自分の足であることもできない体験をした羽生選手は、同じくリンク上にいたご友人に必死でしがみついて、恐怖でひたすら泣きじゃくった。(ご友人は泣かずに気丈に頑張っていたらしい。) 

天井からもバラバラとモノが落ちてきてすごい恐怖だった。 一端揺れが収まった時、スケート靴を履いたまま 必死で外へ逃げ出したけど、エッジをむきだしのまま歩いてしまったせいで、スケートのエッジはボロボロに。

外に出て逃げていたら、雪が降ってきて、とても寒かった。

コーチが追いかけてきて洋服をもってきてくれて、お姉さんが羽生選手を迎えにダッシュで来てくれて合流した。

避難所へと向かう途中も、市内の様変わりした光景を見て 大変なショックを受けた。」

 

…というのが、何回かの羽生選手の証言を聞いた私がおおよそ把握している、羽生選手の、東日本大震災が起きた直後の状況です。

 

 

羽生選手はさらに、都築コーチのもとでお世話になりながら、各地のアイスショーを転々としていた時も、ホテルを転々とする生活の中で、心身疲れ果て、色々なことを思って、ホテルの部屋の中で、何時間も涙が止まらなくなり泣き続けたことが何度かあったと、告白しています。

 

羽生選手は、大震災の当時は 仙台の泉区にいたわけですから、津波にはあっていません。

でも、羽生選手は一度も、自分が津波被害の生き残りだなどと語ったことはありませんが、そのように羽生選手が嘘をついたなどとする愚かなデマをも、散々流されてきました。

(※ 2011年‐2012年シーズンのSPは、「悲愴」で、海の波をイメージした衣装になっていましたから、そのように誤解している外国のファンやマスコミなどはいるかもしれませんし、そもそも東日本大震災は、巨大地震と巨大津波の両方をセットで、外国記事では扱われていることが多いので、そう誤解している解説者などもいたかとは思います。) 

 

この手の震災絡みのデマは、ここしばらくは沈静化したと思われましたが、平昌五輪後に、再びこのデマを蒸し返してきた異常な人々が沢山いました。

しかし、平昌五輪から羽生選手を知った人や、初めてファンになったような人たちには、真偽がわからなくて、一瞬でも動揺させられる内容だろうと思いますので、そんなことをいつまでも執拗に書かれるのを耐えがたいと思うのは、人として、当然の感情ではないでしょうか。

 

この手の震災絡みの嫌がらせの数々は、2011年の頃からもう数え切れないほどあり、特に酷くなったのは2012年に羽生選手がカナダに渡ってからです。

大抵は、海外の英語記事を「間違って日本語に翻訳し」(わざとやっているかもしれませんし、単に英語力が不足しているのかもしれませんが)、それを根拠として、羽生選手への誹謗中傷につなげているものです。

しかし、元の英語が理解できれば、その「デマっぷり」「翻訳のウソっぷり」は簡単に見抜けます。

 

これを昔から今に至るまで、いつまでも執拗にやっているのは、主に他選手やスケーターのファンを名乗っていて、羽生選手のアンチ活動を堂々とするような人たちですから、

そこから、今回の羽生選手の発言の「ファン同士の争い」という言葉にもつながっているだろうと思います。

 

しかし、一つ書いておきたいのですが、このような「異常なまでに執拗なアンチ活動」をしている人たちというのは、ただ単に誰か他のスケーターのファンだからとかいう、そんなことが本当の理由ではなくて、

本当の理由は、全然別のところにあるということです。

(これは別の記事で色々書いていますので、そちらをどうぞ。)

 

 

2012年に、羽生選手がカナダのクリケットクラブに渡ったことを、「裏切った!」と騒いだ当時の羽生ファンがいました。

主な理由は、羽生選手がそれまで、仙台出身だから仙台で頑張りたい、とか、仙台から金メダルを取りたい、などの発言を何度もしていたことが影響していましたし、他にも大きな理由がありますけど、結果的にカナダに渡った決断を「批判し」て騒いでいた当時のこれらの声は、羽生選手を深く傷つけていたと思います。

だからこそ、羽生選手は、余計に必死に頑張ってきたと思います。

でもその結果、ソチ五輪の金メダル後の会見で、「金メダルをとったけど、結局自分は被災地のために何もできていないのでは…」という無力感に悩まされた羽生選手ですが、

それは、羽生選手の純粋な思いがあればこそ、そう思わせ、悩ませたのです。

大震災直後、人を助けるボランティアをするためにスケートなんかやめるべきでは、とさんざん悩んだ羽生選手ですから、その心理は容易に理解できますね。

 

 

「週刊誌の問題とか色々あった時に」という発言については、

該当しうる「週刊誌」のねつ造ものはあまりにも沢山あり、ありすぎて困るほどですけど、(苦笑)

羽生選手に対して出された、「ねつ造 婚約記事」などはその一つであり、その典型だろうと思います。

(羽生選手は会見で、「火のないところに煙は立たないというけれども、火もない、煙もない、本当に何もない」と根本からあの内容を真っ向否定しました。 ) 

内容はかなり酷いもので、羽生選手の人間性や個性を、根本から否定してあざ笑い、侮辱したような内容に満ちていましたので、その点でも深く傷つかれただろうと私は思います。

 

 

ただ、実はこういったことは羽生選手に限らず、フィギュアスケートのトップ選手(浅田真央さんや高橋大輔さんなど)は かなりやられてきた、侮辱・名誉棄損も含む「ねつ造記事」の類であって、この問題に関してだけは、決して羽生選手に限らないし、フィギュアスケートだけにも限らない問題ですし、人権侵害レベルが酷いので、

今後のフィギュアスケート界の後輩たちにも大きく影響していく問題だと思うので、そういった未来のことも考えて、羽生選手はあえてこう発言してくれただろうと、私は思います。

 

長年、フィギュアスケートの男子を見ている方は知っているかと思いますが、日本の男子フィギュアスケートは、本田さん、高橋さん、織田さん、小塚さんを含め、みんなそれなりに日本の中にある「偏見」と闘ってこなければならず、高橋さんや織田さんなどは、子供時代にフィギュアスケートをやっていたことで、からかわれたりいじめにあっていたり、ということを告白してくれたことがあります。

羽生選手にも、当然あったことでしょう。

 

今回、平昌五輪で、本田武史さんも、高橋大輔さんも、そして特に織田信成さんなんか、メダルセレモニーの直後にそれはもう激しく泣かれていましたけど、

羽生選手が今シーズン乗り越えてきた痛みや困難がどれほどのもので、あの怪我の状態で滑ることがどれほど大変で、また、どれほどのプレッシャーがあったかを理解できるからだけでなく、

彼らが通ってきた時代の、男子シングルに対する世間の眼差しや、放送も深夜が中心だった時代を経てきたことを思えば、

この平昌五輪での素晴らしい結果や、羽生選手が成し遂げたことの意味が、本当に感慨深く、感動の一言だったからだろうと、私は思います。

 

諸先輩方が、総力を挙げて応援してくれたのは、羽生選手もきっと嬉しかったのではないでしょうか。

 

 

私が、羽生選手の過去の映像を見てきた中で、一番胸が痛く、本当に切なくなったことのある映像は、

小学生ぐらいの羽生選手が、カメラに向かって、「大ちゃん(=当時の高橋大輔選手のこと)みたいに、カッコよく撮って~!」って、無邪気に甘えながらカメラマンにしゃべっている映像を見た時でした。

 

この甘えん坊で無邪気だった笑顔を、待ち受けていた未来は、どんなものだったでしょうか。

ソチ五輪以前の羽生選手を知っている方々なら、わかるかと思います。

 

…ただ、ソチ五輪の金メダル獲得の時、羽生選手が発揮できた試合での強さというのは、

長いこと国内で「アウェイ」な状態を耐え抜いてきて、経験し続けてきたからこそ、

生み出されたものだったように私は思いました。 

 

その時、それまでに羽生選手を見てきながら感じていた私の悲しみや心の痛みや、やりきれない想いは、

神様への感謝と感動、悲惨な出来事にも深い意味があることへの強い希望へと、変えられました。

 

 

羽生選手は、「週刊誌の問題とか色々あった時に」という言い方をされたので、週刊誌のねつ造や嫌がらせ記事はもちろんですけど、それだけでなく、それ以外にも色々あった様々なことをも、全て含めていると思います。

 

 フィギュアスケートのファンの中には、「羽生ファンで他のスケーターのアンチ」や、「特定スケーターのファンで、羽生選手のアンチ」の両方がいますから、今回のアイスショーに呼ぶメンバーを決める時も、

恐らく羽生選手はそこまで配慮して、色々大変だったのではないかと想像されます。

 

でも、結果的には、素敵なメンバーになったと思いますし、ショーも本当に素晴らしかったです!!

 

 

もう一つ。

羽生選手には「ファンという名によって行われる暴力」も存在してきました。

 

これには、正確には、2種類あります。

 

一つ目は、羽生選手をだますためにファンを名乗っているだけで、実はアンチな人々による、完全な嫌がらせ目的の、酷い人権侵害行為の数々を行ってきた人々。

 

羽生選手に対しては以前から、

「羽生ファンを装った、発狂的アンチによる 深刻な嫌がらせ」を行う、悪質なものがあります。

例えば、ソチ五輪以前に、 わざわざファンを装って羽生選手に手紙を書き、演技の悪口や苦情を書いて、当時の真面目な羽生選手サイドから返事をもらい、その内容を読んで仲間内であざ笑っていたというほどの、超のつく、信じがたいほど悪質な人々がいました。 

ハッキリ言って異常なレベルです。

完全に「いじめ」といって良いでしょう。

私は2012年の頃から気が付いていますが、こういう異常なまでのことをする人たちや、異常なアンチ活動を先導する人たちの特徴は、みなオカルトに関わりがあること。

羽生選手に対する執拗な攻撃をしている人たちや、それらを扇動している人たちは、(羽生選手が高校生の頃からずっといるのですが) そのプロフィール蘭に必ずと言ってよいほど、オカルトに関わっていることが私から見れば明確にわかる「何か」が書かれていたり表示されていました。(だからこそ、私はある記事を何度もUPさせてもらっています。)

だから、この人たちに何の力が働いているのかよくわかります。

羽生選手は、これについては聖書に基づいた、こういう問題に対する正しい対処法で対処していくのがベストと思います。

 

もう一つは、本当のファンによる、「プライバシーの詮索しすぎの行為」や、「感謝の強要」等から結果的に起きてくる、羽生選手にも本来あるべき個人の自由を完全に奪う行為。

 

数年前、羽生選手が単に未来について「結婚願望がある」と語っただけで、大騒ぎになったことがありました。

20歳の青年が、結婚願望があると答える。… 別に、普通のことですよね? 

 

それなのに、あらゆる憶測が流れ、勝手な妄想や思い込み等から、「裏切られた」などの声までいくつもあがって色んなことを書かれ、「結婚願望があります」という、極めて一般的な言葉さえ、羽生選手が答えにくい状況になってしまったこと。

 

それが、今回の平昌五輪から帰国直後の会見で、「将来家族を…」などという質問を聞かれた時に、

「…なんと答えてよいのかわかりません。」「ファンの皆さんに裏切られたって言われるかもしれないから」となどと、羽生選手が答えた理由につながったと思うのです。

マスコミは、「羽生選手がファンに配慮」なんて書いていたし、確かにそう書くしかないだろうとは思うのですけど、

どう見ても私には、羽生選手の苦渋の言葉だったように感じましたし、 

私は、そんな風に答えさせてしまう状態は、ちっとも良い状態じゃないと思いました。

 

それなのに、事情を知らない一般人から、「自分でアイドルと勘違いしているのでは」などと批判している声もあって、さらに気の毒になりましたけど、そうではなくて、

羽生選手は、実際に過去に、一部のファンにそのように散々言われてしまった経験があるのです。

それで配慮して、そのように答えたと思います。

 

そして、一部のファンの そういう姿勢が結局、羽生選手が最も嫌がる 「ねつ造記事連発」につながってきたのは明らかですから。

 

ねつ造記事はねつ造記事で、それを書く側が一番悪いのは、もちろん、言うまでもないことですが。

 

 

今回、「色気というと僕は好きじゃない」と初日にわざわざ言ったり、「答えたい質問を選ばせてもらった」と二日目に答えていたのは、ツイッターでわざわざ募集した質問の中に、明らかな嫌がらせや、明らかに羽生選手が傷ついたり嫌がったりするとわかるようなものをわざわざ書いている人たちが何人もいましたので、それを避けたかったと思われますし、意思を表明したのだと私は思いました。

そもそも「平昌五輪の内容に限ります」とわざわざ注意書きをしていたのは、余計なプライバシーにまで踏み込まれすぎるのを避けたかったからだと思いますが、それなのに、そういうことをあえて聞くような質問を書いていた人たちが残念ながら何人もいました。

それが最終日には、「すみません、僕の一存で勝手なことをしました」(…だったかな?)となぜか謝る羽目になり、出来るだけ多くの質問に答える、などという展開に変わったのですが、それを言った時の羽生選手は明らかに辛そうな表情を一瞬見せたので、羽生選手の本意ではなかったのだろうと感じました。

 

羽生選手に、自分が知りたい質問を何でもかんでも見境なく答えてほしいと思っているファンや、

プライバシーの細部まで根掘り葉掘り知りたいと思っているファンは、

自分が絶えずそのように、誰かに質問され詮索され、自分でコントロールする権利さえなく、プライバシーやねつ造情報を、マスコミはもちろん、ファンを名乗る人たちにさえ、世界中に一瞬でバラまかれるような生活を送ってきた 羽生選手の気持ちを、考えてみたことがあるでしょうか。

 

羽生選手はアイドルじゃないし、ロボットでもないし、ファンの奴隷でもない。

真剣に試合をしてきたアスリートであり、フィギュアスケーターです。

 

いくら羽生選手が「応援を感謝」してくれるからって、それを当たり前に思い、

いきすぎた要求や感謝の押し売りをしたら、ただの暴力になってしまいますので、気を付けたいですね。

 

羽生選手にも、ロシアの ザキトワ選手みたいに、「…その質問はいい質問ではないわね。」と

キッパリと言い返して拒否する権利ぐらい、認めてあげなければならないし、

五輪2連覇した王者の羽生選手だからこそ、

今後の日本の後輩たちのことを考えても、

「選手は何でもファンの要求に答えなければならない」かのような間違った先例を作ったり、

そういった土台を作ってはダメだろうと私は思います。

 

 

最終日は、羽生選手への質問コーナーが終わった後、最後にリンクから消えていくとき、

「辛いこといっぱいあるけど頑張ろう!」と背中を向けたまま、わざわざ叫んでみせた羽生選手の姿を観て、

2日目の様子との大きな違いに、私は胸が痛くなりました。

 

 

 

 羽生選手は「Continues ~with Wings~」の最終日の最後に、

現役中はここまでプロデュースするのは難しいかもしれないけど、いつか引退したらその後は、またこのアイスショーを続けていきたいと思っているということと、

それでこのアイスショーが、「皆さんの幸せの一部になれたらいい」という理想を語ってくれました。

 

羽生選手は、「何一つ、無駄なことはない」ということを、このショーで表現したかったと語り、

「自分は決して強いわけじゃない。だけど、自分の弱さを知っている。」と語り、

最後に、「何回も死のうとしたことがあった」とまで告白したのは、

 

単に表面的なものだけで メンタルが強いとしか思われていない一部の人たちからの嫉妬やバッシングも含めて、

自分にもきちんと心があるということ、誰でもそういうものだということ、

それでも、そういうものを乗り越えて来られたということを知ってもらい、

 

今、もし、「死にたい」とか、「死のうとしている」人がいたら、

自分もそうだった、でもそれを乗り越える希望がある、ということこそを伝え、

 

もし、周囲にそのような人がいそうだったら、

誰かがその人の気持ちに気が付いてあげてほしいという思いをも込めながら、

 

生中継であるがゆえに、「あと何分残っているか」をとても気にして、

その短い時間内で、伝えられること、伝えたいことを必死で伝えようとしてくれていたと思います。

 

選曲も衣装も振付も構成も、よく考えられていたと思いますし、

本当に、とてもとても素敵なアイスショーでしたし、

今まで見たことのある中でも、一番良かったかも…と私は思いました!!

 

羽生選手、ありがとう…!!

 

 

羽生選手の周囲に、優しい希望の光が、どんどん広がっていきますように…!!

 

ソチ五輪の時に続いて、今回も、金メダルの報奨金の全額を被災地に寄付したという羽生選手。

 

そんな羽生選手にも、そして被災地にも、

この世の全てをご存知の神様からの、大いなる祝福が注がれていきますように…!!

 

主イエス=キリストの御名によって祈ります。アーメン。 

 

「いかに幸いなことか。

神に逆らう者の計らいに従って歩まず

罪ある者の道にとどまらず

傲慢な者と共に座らず

主の教えを愛し

その教えを昼も夜も口ずさむ人。

その人は流れのほとりに植えられた木。

ときが巡り来れば実を結び

葉もしおれることがない。

その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。」 

(旧約聖書 詩編 1章1~3節  新共同訳より)

 

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羽生選手の「2連覇おめでとうパレード」生中継動画と生放送スケジュール、羽生選手の2連覇記念Tシャツ2種類とラバーバンド

2018-05-01 | プロアスリート羽生結弦・羽生選手関連ニュース

5月1日追記: 本日午前10:00~、記念Tシャツが再び、ネット特設サイトと ローソン&ミニストップで販売されます。全種類。先着順。こちらをご確認どうぞ  欲しい方は転売ではなく、このように正規で購入をどうぞ。

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4月22日: 本日は羽生選手の仙台での凱旋パレードです。 NHK仙台放送局で、「平昌五輪男子ハイライト」を8Kのパブリックビューイング開催。午前10時~午後6時まで。(パレードは中継、あとは繰り返し五輪を再生。)

羽生選手、どうかお身体をお大事に… あまり無理なさらない程度にお過ごし下さいね ♪ 心身守られますように。

羽生選手には県民栄誉賞副賞として、米(コメ)4年分(!)が贈られるというニュースと、羽生選手が競技団体から受け取った金メダル報奨金と同額の寄付を(つまり全額を)県と仙台市に申し出たそうで、「東日本大震災からの復興関連の取り組みに使ってほしい」と羽生選手。こちらのニュース記事より 

羽生選手のこういった気持ちが、本当の意味で被災地や被災者の復興に役立つように、最も良い形で用いられて、大きく祝福されていきますように…! 今も人知れず苦しんでいる方々や、本当に困っている方々への大きな力となっていきますよう、失意や絶望の淵にある方々の希望となっていきますようにと、すべてをご存知の、主イエス=キリストの御名でお祈りいたします!アーメン。

「だて正夢」という新品種のお米のネーミングにウケちゃいました。(笑)「金のいぶき」という米も、荒川さんの時のアレを思い出しました。なんかもう、そこら中で期待されていますけど(汗)、羽生選手は 4年後のプレッシャーまでは、感じなくて良いです。なるようになるさ…♪ どうするかは羽生選手の自由ですよ…♪楽しいスケート人生を送って下さい…♪

 

仙台では、全てのチャンネルが生中継だそう。

仙台以外でも、生中継映像を配信して下さるところがいくつもあり、色々見ることが出来ます。

以下、並べてみました。(すごい数です。…うーん、殿、さすがでござる!(笑)有り難き幸せにございますな。)

NHKがスポーツアプリで 、NHK総合で放送されるパレードの続きと 羽生選手の記者会見の最後までライブ配信を決定!  (アプリをダウンロードしてみて下さい)

こちらは、パレード後の羽生選手の記者会見を生中継予定の動画です。(←クリック)

仙台放送・羽生選手の凱旋パレードを全国のみなさまへLIVE配信!(4月22日(日)午後1時頃~午後3時頃まで、式典・パレード・記者会見を配信予定)仙台放送生中継動画はこちらをクリック 

仙台放送生中継動画 ↓

 

ミヤギテレビ生中継動画 ↓

 

FNNPRIMEライブ中継はこちらをクリック

 

 「羽生結弦写真展 Photo By 能登直 Vol.9」が、クリスロード商店街内の仙台縁日で  4/20(金)~5/9(水)まで開催されます。 会場:仙台縁日(クリスロード商店街内)入場無料

  

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羽生選手の2連覇おめでとうパレードが、NHK総合で生中継されることになりました!

2018年 4月22日(日)  午後1:00~午後1:50 (50分)  (東北地方のみ、その後の羽生選手のインタビューまで放送) 東北地方以外も、放送して下さると良いのにと思います!

しかし、NHKが、その後の分も、スポーツアプリでライブ配信を決定! 

羽生選手の 出身地仙台で開かれる祝賀パレードを  NHKスポーツアプリ で最後の記者会見までライブ配信します。 22日(日)午後1時ごろ~ダウンロードはこちらから

 

 

羽生選手の五輪2連覇おめでとう記念Tシャツが、ネット上で図々しくも高額で転売されているそうですが、まだ正規の方法でいくらでも買えるし在庫は有るので、ファンの方々はどうか絶対に転売で買わず、正規の購入方法で正規の金額(2500円)で買って下さい!との呼びかけです。

(ネットでの販売とコンビニ販売を受注生産にして、販売数を単純に増やせば良いと思うのですが、どうなのでしょう… 余剰となった資金は、羽生選手の意向に沿って、被災地かスケート関係へ寄付金にでもして頂ければ良いのでは。)

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2018年4月22日(日)に仙台で開催予定の、「羽生選手 2連覇おめでとうパレ―ド」

その資金源となる、記念Tシャツが発売。

こちら仙台市の「羽生選手2連覇おめでとうパレード」専用のHPより

 

Tシャツは、店頭販売と、通信販売と、コンビニ販売(受付と受け取り)の3つの方法で買えます。

 

デザインは2種類で、サイズは3つずつ。

 

デザインはこちらからご確認ください。https://www.city.sendai.jp/sports-jigyo/event/documents/ouengoodsshousai.pdf

 

つ、ついにあのハイドロが、Tシャツにまでなった!! という驚き。

まあ、羽生選手のハイドロは、本当にカッコイイから、確かに絵になりますね…

 

 

 

 

 

1)Tシャツ

  店頭販売

  仙台市内6店舗、東京都内1店舗で実施

販売場所詳細(PDF:62KB)

  通信販売

  A)WEBサイトでの申し込み

  「HMV&BOOKS online」特設ページ(外部サイトへリンク)で受付

  • 支払方法:クレジットカード決済、代金引換決済(代引手数料324円)
  • 受取方法:指定住所への配送
  • 配送手数料:国内一律500円 ※海外配送も対応しますが、配送手数料は地域・数量により変動します。

 B)コンビニ店頭での申し込み  

      一時、売り切れにつき、7日10時から、再受付を開始しています

  全国のローソン・ミニストップ店頭に設置のマルチメディア端末「Loppi」(外部サイトへリンク)で受付

  • 支払方法:ローソン・ミニストップ店頭にて現金またはクレジットカード決済
  • 受取方法:ローソン・ミニストップ店頭にて受取
  • 手数料:無料

 

4月18日追記:

  (2)ラバーバンド

  羽生選手を応援するラバーバンドを、羽生結弦選手「2連覇おめでとう」パレード前日から、市内7カ所で販売します。 お一人様2セットまでの購入になります。 

■販売価格 1,000円(税込)/2本セット...
■販売開始日 4月21日(土) ※時間は店舗により異なります。売り切れ次第販売終了となります
■販売店舗 市内7カ所 ※通信販売は行いません

販売店舗、販売方法等詳しくはこちら
https://www.city.sendai.jp/sports-jigyo/event/2018parade_sendai.html


※パレードやグッズ販売に関するお問い合わせは、コールセンター(開設時間:10時~17時)℡022-393-5711へお願いします

 

寄付金の受付もしています!

 

寄付の受付について

受付方法

   七十七銀行 仙台市役所支店(支店コード207) 普通 5005629

   羽生結弦選手「2連覇おめでとう」パレード実行委員会 あて

   ※口座振込手数料は寄付者負担

受付期間

4月4日(水曜日)~4月29日(日曜日)

 

 

 

羽生選手は、お身体をお大事にしながら、楽しい時が過ごせますように…!

全ての点において、心身・環境・状況が守られていきますように、主イエス=キリストの御名でお祈りしています!アーメン。