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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 606 後の大エース

2019年10月23日 | 1985 年 



今シーズンのチーム最多勝(12)、最多奪三振数(124)。いささかレベルが低いとはいえ、ともかく巨投の頂点に立った。来季の更なる飛躍を誓っているが、その来季に斎藤とよく似た資質の投手がやって来る。投手がダメなら打者があるさの桑田である。斎藤も入団時は打者の方が…の声が強かった。が、斎藤はあくまでも投手の道を焦らずに突き進んだ。そして成功した。だから斎藤は桑田に言う。「焦るな。じっくりその日を待て。これで俺は勝ったのだから」


20歳を過ぎた普通の若者ならガールフレンドの1人や2人がいても不思議ではない。巨人の若手選手(駒田・岡崎・川相ら)が写真週刊誌に追われていた頃、実は斎藤にも「とある銀行に勤めている彼女がいるらしい」との噂が駆け巡った。その噂の出所は斎藤が11勝目をあげた10月1日の大洋戦後の横浜スタジアムで当時の堀内投手コーチの発言だった。「清六(斎藤のニックネーム)は足しげく銀行に通っている。彼女でもいなけりゃ毎日のように銀行に行かないだろ」とつい報道陣の前で喋った。記者達は色めき立ったが何てことはない。貯金が趣味と話す斎藤を冷やかした冗談がいつの間にか話に尾ひれがついて広まったのが真相だ。野球一筋の斎藤は遊びに小遣いを使わず貯金は貯まる一方らしい。勝ち星が増えるのと比例して取材を受ける機会も増し、当然謝礼金もゲットし銀行に行く回数も増える。

活躍すればそれだけのモノが付いてくることを実感するシーズンだったが、遊びたい盛りの若者が懐が豊かになるとついつい横道に逸れてしまいがちだが「ヤツは放っておいても大丈夫(堀内)」「考え方がしっかりしてるから大きく成長するだろう(江川)」と歴代のエースがプロ3年目の斎藤を次世代のエースに指名する。最近うれしかったことは?の記者からの質問に「球団から頂いたヤング・ジャイアンツ賞ですね」と答えた。金一封の賞金が?と意地悪な質問に対して「ハイ(笑)。でもお金よりも球団が認めてくれたことが嬉しかった」と初々しく答えた。本業の年俸も来季は倍以上の千二百六十万円に跳ね上がった。今は遊びよりも野球をしている方が楽しくて堪らないのだ。

宮崎の秋季キャンプではどんな時でも自信を持って投げられる球をテーマに来季の武器となるシンカーの習得に取り組んでいる。横手投げ投手の宿命で球の出所が見やすい左打者には分が悪い。ましてやセ・リーグには三冠王のバースや掛布、若松など強打者が多い。今秋から就任した皆川投手コーチは斎藤にとって良い手本となりそうだ。現役時代の皆川コーチは左打者の内角にスライダーを投げてファールを打たせてカウントを稼ぎ、外角へのシンカーで左打者を封じてきた。斎藤の場合はスライダーの代わりに胸元を突くストレートで打者の体を起こしてシンカーで仕留める投球を考えている。斎藤の球は一見するとそれほど凄味のあるようには見えないが「見た目より打者の手元で伸びてくるのが斎藤の持ち味で、一番リードしやすい投手」と女房役の山倉選手は言う。

誰もが驚いた桑田の1位指名。斎藤も例外ではなかった。先輩として何かアドバイスは?と聞かれると「テレビで見ただけでアドバイスなんて」と少し照れた後に真顔になって「プロでやってみてすんなり行くか躓くか不安があると思うけど、もしも躓いても焦るなと言いたいですね」実は斎藤自身も1年目はプロの厚い壁にぶち当たった。「1日でも早く投げたい。首脳陣に僕の力を見て欲しいと焦るんです。ところが最初は体力作りばっかりで球さえ握らせてもらえない。しかもその体力作りにも付いて行けない自分に愕然とするんです」と。同じ新人でも野手は比較的早く試合に出場する機会を与えられるが、投手は体力作りが終わるまでブルペンにさえ入れてもらえない。周囲が開幕ムードが高まる中で自分だけ取り残される恐怖を実感することになる。

昨年の上田選手を除けばここ数年のドラフト1位は将来の投手王国を築くことを目標に高卒投手の指名が続いた。槙原、斎藤、水野、そして今年の桑田。この4人が揃ってローテーションを組める日が訪れたなら、それは巨人の黄金時代の到来を意味する。先ずは斎藤が頭一つ抜け出した。勝ち星も年俸も先輩の槙原を抜いた。追い抜かれた槙原は7月14日の阪神戦でバース選手の打球を追った際に転倒し、左足の付け根を骨折してしまいシーズンを棒に振ってしまったが、リハビリも順調で早ければ来季の開幕から復帰できそうだ。また後輩の水野も2人に追いつき追い越せで黙ってはいないだろう。気弱で勝負度胸に一抹の不安があると言われていた斎藤がエース候補の一番手に躍り出た。エースとは?と問われた斎藤は「エースとは誰からも信頼される投手。どうしても勝ちたい試合に登板する投手」と胸を張って答えた。

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