Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 711 評論家をドッキリさせた異変 ③

2021年10月27日 | 1977 年 



好調南海にブレイザーという策戦参謀あり・・ " 青い目の助っ人 " というのは猛打や快速球の持ち主だけではない。頭脳でチーム力をアップさせる人だっているはずだ。南海のブレイザーコーチはその典型的な " 知恵の助っ人 " だ。

ギブアップしない野球を植え付ける
南海の快進撃が続いている。昭和48年の優勝以来、久しぶりに脚光を浴び浪速のファンも「ひょっとしたらひょっとするで」「いつもいつも阪急じゃつまらん」と期待を抱き始めた。本命阪急の対抗馬から主役にのし上がった材料は幾つかあるだろう。今やすっかりエースとなった藤田投手の進境。柏原・定岡選手に代表される若手野手の台頭。両足ふくらはぎ痛、左親指の打撲など満身創痍ながらチームを牽引する野村監督の存在など。これら個々の技量を効果的にまとめているのがブレイザーコーチである。南海の代名詞となっている「シンキングベースボール(考える野球)」はブレイザーそのものと言っていい。

大リーグ歴13年、南海で3年。昭和44年暮れに引退した際の新聞には『燃える男の完全燃焼』と題して次のような記事が書かれた。…たまにホームランを放ってヒーローになってもオーバーなアクションはとらなかった。バットの握りは極端に短く、守備は素早くて堅かった。物静かで派手さのないプレーは日本人好みと言われた。常に怠らない全力疾走、大差のリードを許しても決して諦めなかった。過去に来日した外人選手の中には出稼ぎの匂いを体中から放つ選手もいたが彼は違った。大リーグ流に固執せず日本流へのアレンジを試み、器用というより研究心が旺盛で日本で成功した。スペンサーは阪急にズルイ野球を、ブレイザーは南海に考える野球を残した…と。

ブレイザーが現役時代に実践したものがヘッドコーチになった今も根幹に生きている。ギブアップしない哲学は今の南海の戦いぶりに現れていると言っていい。点差関係なしにアウトの宣告が告げられるまで全力疾走せよと口が酸っぱくなるほど叫び続けている。それは若手選手だろうと主力選手だろうと同じだ。「自分は憎まれ役でいい」と基本をしつこく選手に体で覚えさせた。もちろん選手からは「そんなことは分かっている」と反発はあったが、ブレイザーはそれも承知で根気よく教え続けた。12球団のコーチでブレイザーほど実権を任せられているコーチはいない。投手交代、代打起用以外はブレイザーの指示で作戦が行われているのだ。


エラーより基本技に厳しい目を
では、ブレイザーが求める野球とは何であろう?全てが本場アメリカ大リーグが基準になっているわけではない。ただし感情やひらめきが入り込む日本流とは異なる「パーセンテージベースボール」を推進していることは間違いない。確率重視だけにある程度は相手に手の内を読まれる難点はあるが、門外漢である投手陣に関しても今年のキャンプからコーチ会議に参加して意見を述べている。走者にとってクイックモーションが如何に厄介なものか、走者と目を合わせるだけで盗塁のスタートを遅らせる効果があるなど、野手目線の意見は投手陣に好評だった。こうした小さなプレーの積み重ねが現在の好調さの下支えになっているのだ。

またエラーをした選手に対して文句は言わない。ただし捕球は体の正面でとか、ベースカバーなどの基本を怠ると必ず厳しい声が飛ぶ。ただ単にアウトにするだけではなく基本を軽視するとそこから大きな破綻が生じると考えている。選手はそんなブレイザーの目を誤魔化すことは出来ない。しかしよくよく考えればブレイザーに指揮権を委ねた野村監督もなかなかのものである。全権を掌握するトップでいたがる監督が多い中で試合の指揮を部下に執らせることはなかなか出来ないことだ。野村監督は選手兼任で目の届かないこともあるがブレイザーの頭脳を存分に発揮させ、新しい南海づくりに着手した野村監督も殊勲甲である。


ブレイザー語録
ドン・リー・ブラッシンゲーム(45歳)。アレルギー体質でシーズン中、二~三度は鼻をグズグズさせる他は極めて健康。コーチになって8年目、チームの体質改善に心血を注いできた結果がようやく実を結び始めている。その間に選手の自主性を強調する育成法に異を唱える声もあったが、自説を曲げることなく押し通してきた。日本人にしか理解できない日本人特有な発想に納得できない感情があるのも確かであろう。「長くコーチをしていると良い面も悪い面も出てくる(ブレイザー)」と周囲に吐露している。だが自分だけが正しいと主張することはなく、チームを大局的に観察することも忘れない。

「外人が主力になるのはチームにとってプラスにはならない。その為にも日本人選手のレベルアップが不可欠」とブレイザーは力説する。ホプキンス、ピアーズ両助っ人を凌ぐ活躍が中心打者の門田選手に求められる。また下位打線の充実の為に柏原選手や定岡選手らの更なる飛躍をブレイザーは期待している。そんなブレイザーに最近になって嬉しい知らせが届いた。日本球界在籍10年を過ぎライフタイムパスが授与された。アメリカでも授与済みで日米両球界から年金が支給されることになり、これは球界初の快挙である。

最近の野村監督は「俺が開幕前に予想した通り阪急は投手陣が崩れた。ライバル視していた近鉄もモタついている。今の好調さに関してはドン(ブレイザー)の功績は大きいよ。前期優勝も現実味を帯びてきたね」と自信たっぷりの話しぶりだ。ブレイザーが目指したチーム作りに野村監督も一目を置いている。中山投手や江夏投手は万全ではなくても首位をキープしているだけに2人が復帰すれば更なる飛躍が期待できる。野村監督とブレイザーの二人三脚がどんな知恵を絞り合っていくのか興味深い。そして念願叶って優勝した暁には選手たちが控え目なブレイザーを胴上げして感謝の念をぶつけるであろう光景が思い浮かぶ。
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# 710 評論家をドッキリさせた異変 ②

2021年10月20日 | 1977 年 



評論家の殆どがパ・リーグの本命は阪急を推していたほど圧倒的だったのに、どうも王者らしくない戦いっぷり。となると降って湧いたように内部抗争じゃないか、などと変な声まで聞こえてくる。ホントかな。

加藤秀がミットを投げた真相
午後4時過ぎから大阪ナンバの大阪球場前の商店街に妙なアナウンスの声が流れ、街ゆく人が " アレッ? " という顔で立ち止まって聞いている。アナウンスの声は女性で大阪球場の南海戦の呼び込み放送なのだが、言い方がふるっている。「今年のパ・リーグは阪急が絶対的優勢と言われていましたが、阪急はもたついています。その間に頑張っているのが南海グリーン軍団です。是非とも…」と殊更に阪急の不振を強調してファンの目を南海に向けさせようとしている。確かに今季の阪急はどこか変だ。開幕前は前後期ともに圧倒的な強さで独走するのではと予想されながら出足からつまずき、勝敗の結果だけでなく妙な噂がチーム周辺から聞こえて来る。

鉄の結束を誇る阪急に内紛があるというのだ。阪急ファンが集まる梅田の居酒屋では「先日、加藤秀選手が上田監督にファーストミットを投げつけて一騒動あったらしい」というのだ。また「福本選手が選手会長になってからチーム内が2つに分裂して対立している」などホントかウソか分からない話が出回っている。確かに開幕から不振続きの阪急ベンチのムードは必ずしも良いとはいえなかった。懸命にプレーしているようでもエラーが続出し、投手はピンチを抑えられず士気は上がらない。焦りと怒りがベンチ内に渦巻いていたのは事実だ。だが大人の集団である阪急で選手が首脳陣に反旗を翻したり、派閥対立が生じているとは信じ難い。

「まだナイターになるとちょっと寒いから試合中のベンチには暖を取る為に炭が入ったドラム缶が置いてある。調子がなかなか上がらない加藤秀がイラついてベンチに戻った時に自分のミットを叩きつけた。それがたまたまドラム缶に当たって灰が舞い上がってベンチ内に充満し上田監督にも降り注いだというのが事実。決して上田監督に対する不満ではないし、上田監督も加藤秀に文句を言わなかった。それに尾ひれがついて広まった話なのでしょう」と阪急担当記者は話す。イライラが収まらない加藤秀は投げつけたミットをハサミでズタズタに切り裂いてしまったそうだ。自分の不甲斐なさを解消する方法は人それぞれだ。

「最近では巨人のライト投手がユニフォームを切り裂いて暴れたと報道されたが、あれだって自分に対する怒りで決して首脳陣に向けた挑発ではない。ヤンキー気質を知らないから外人選手はすぐに暴れるとか誤解されるんだ」と評論家のA氏。また「ライトなんか大人しい方だよ。南海にいたスタンカ投手なんかもっと酷かった。何しろ2㍍近くある大男が大声で喚き散らして暴れたら手に負えない。怒りが収まるのを待つしかなかった。あれだって首脳陣批判ではなかった」と阪急通訳B氏。自分に対する怒りの表現は十人十色。加藤秀の場合も首脳陣に対する怒りではなく一種のファイティングスピリッツの表現の一つであったのだろう。


揺るがぬ自信
これまでの阪急は投手陣の不安定さ、打撃陣のスランプで開幕ダッシュに失敗した。4月28日から大阪球場での南海3連戦の初戦は1対1の引き分け。2戦目は加藤秀の2本塁打で勝利。3戦目は雨天中止と勝ち越しこそならなかったが当面のライバル相手との試合後の上田監督は「ようやくチームに粘りが戻って来た。このままではイカンという気持ちが選手らに出て来た。勝ち越せなかったが現状では1勝1分けで御の字。徐々にだがウチの本領が出て来ると期待している」とじっくり噛みしめるように語った。この試合では捕手に河村選手を起用し、一塁コーチに梶本投手コーチを配置したがこれには上田監督の狙いがあった。

内野手にエラーが続出し1試合に5失策と守りが固いはずのチームが荒れている時は一本気な中沢捕手より陽気で考え方が柔軟な河村捕手を起用し、野手陣の緊張をほぐす狙いだった。また打撃のスランプ対策で一塁コーチの中田打撃コーチをベンチに留めて個々の打者にアドバイスを送るようにした。その代わりとして梶本投手コーチが一塁コーチとなったのである。「ウチの選手はようやってくれる。自分の責任分担をわきまえて立派にプレーする大人ばかりだ。阪急が強いところはソコや」と上田監督。ところが昨年の日本シリーズで巨人を倒して日本一になった頃から少しずつ阪急に綻びが表面化し始めた。

「それはチーム全体の気の緩みが原因だよ」と阪急担当記者は言う。打倒巨人を果たして選手らの自信はいつの間にか過信になった。自己管理を怠り、故障者が相次ぎ試合に勝てなくなる。それが焦りとなりミスを連発し負のスパイラルへと落ちて行った。打者は打ち急いでフォームを崩してしまう。打撃陣が点を取れなくなれば投手陣へのプレッシャーとなる。「上田監督の選手を煽てて躍らせる手法にも限界がある。また上田監督に大人扱いされた事を勘違いして自由気ままにプレーする選手にも問題がある。今は阪急にとって試練の時だと思いますね」と担当記者。だが「40試合を消化した時点で南海との差が今くらいなら挽回できる」と上田監督は諦めていない。
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# 709 評論家をドッキリさせた異変 ①

2021年10月13日 | 1977 年 



勝負には異変がつきものだが、今年のプロ野球ほど当たらぬ八卦が多いのも珍しい。その一つが評論家諸氏が太鼓判を押した " 最下位・大洋 " の獅子奮迅。どうやらここはオバQこと田代選手の大暴れが評論家たちを青ざめさせているらしい。

インチ野球なんて面白くない!
「プロ野球というものは選手と観客が一緒になって夢の追求をしていくもの。別当新監督の下、大洋ホエールズは心新たに突き進みます」これは4月26日、川崎日航ホテルにおいてエキサイティング野球を標榜するアドバイザリー組織の発会式で中部新次郎オーナーがブチ上げた言葉である。ちなみにこの会は大洋をより良い球団にしようと一般の方々から意見を募る為に組織されたもので、60名で構成されている。「ウチはノンプロからスタートしたので今までファンの皆様に目を向けることが多くなかった。これは大変な誤りで深く反省しています。これからはスター選手を育ててファンの声に応えたい」と中部新次郎オーナーは決意する。

これまでの大洋はチームカラーが地味で長打力はあるのに迫力に乏しかった。そんな大洋を多くの野球評論家は最下位に予想していた。それに反発するように別当監督は「今はどこのチームもインチ野球やらで守り中心の野球になっている。大洋はそんな風潮を打破して打撃中心の破壊力のあるチームにしたい」と目標を掲げた。その別当監督の決意の表れが田代選手である。5月2日現在、ホームランダービートップの11本で他を圧倒している。好調の原因を問われた田代は「別当監督のアドバイスのお蔭」と。「田代の成長はむしろ田代本人にある。あれだけしつこくいじられたら普通は逃げてしまう。よく辛抱してついてきてくれた」と別当監督は感心する。


黄金週間に現れる第二のオバQパワー
開幕戦の広島には勝ったが次の巨人戦は連敗し、やっぱり今年の大洋も昨年から一向に変わっていないとのネット裏の評判に別当監督は「いいや明らかに今年のウチは違う。去年までなら巨人戦の連敗後はシュンとしていただろうがそれがない。チームの雰囲気は明るいんだよ」と話す。確かに巨人戦は連敗したが、オバQ・田代選手の本塁打も飛び出し10対12、4対7と一方的な敗戦ではなかった。チームの活気は失われず、巨人戦後の連勝で一時は2位に浮上している。こうしたチーム力の向上に別当監督は「巨人の相手は阪神じゃない、ウチだよ。それを5月3日からの巨人戦で立証してみせる。楽しみにしてくれ」と言い切った。

その発言の根拠が平松投手の復帰と新助っ人・ブレット投手の存在だ。故障で出遅れた平松は現在二軍で調整中だが次の巨人戦には登板できる見込み。また5月1日から一軍登録されるブレットを巨人戦に先発させると別当監督は公言している。ブレットが田代に次ぐ " 投手版オバQ " になれたら大洋を最下位に予想した評論家諸氏は丸坊主を覚悟せねばなるまい。こうした状況に中部新次郎オーナーは「今は君たちマスコミが弱い弱いと煽るから選手も反発しているだけだよ。私もその気になっているかって?いやいや私は騙されませんよ。そのうち勢いも落ちて、指定席(最下位)に落ち着くよ」とニヤニヤしながら記者たちを皮肉る。


前オーナーの弔い合戦宣言の効果
船出した新生・別当丸の快進撃の要因の一つが別当監督と中部新次郎オーナーの堅い絆であろう。中部謙吉前オーナーの急死で寵愛を受けていた別当監督の立場が弱まると危惧されていたが杞憂だった。春季キャンプの初日に中部新次郎オーナーはナインに対して「君たちはプロだ。甘えは許さない。ウチは魅力あるチームだと思うがファンが納得できない試合が多すぎる。今年は前オーナーの弔い合戦だと思って、少なくともAクラス入りを果たして欲しい」と檄を飛ばした。" 恩情オーナー " といわれた前オーナーとは違い、新オーナーの挨拶は厳しいもので選手間に緊張感が漂った。

「技術的な事は現場に任す。私はお金の用意をするだけ。どこからお金を集めるか、そのお金の使い道を考えるのが私の仕事。私としては監督が働きやすい環境にしてやりたい」と新オーナーは『金は出すが口は出さない』と宣言した。その言葉が別当監督をどれだけ感激させたか。「大洋を良いチームにする最大の責任は自分にある。その責任は重大で結果の責任は全て私にある。とにかくベストを尽くすのみだ」と別当監督。そして厳しいキャンプが始まった。昨年までと一番の違いは練習内容より生活面だった。 " 外出しての飲酒は一切禁止 " とされ、飲酒は宿舎での食事の時だけ許された。酒豪で鳴る奥江投手も「別に飲まなくても死にはしない」と開き直るほどだった。

厳しさを全面に押し出したキャンプに別当監督は満足気だったが、オープン戦の成績は4勝14敗と大きく負け越してしまい成果は見て取れなかった。それが評論家諸氏の低評価となって現れたのだ。だが詳しく内容を吟味していれば敗戦中でも若手の成長は明らかであった。あるコーチはニヤリと笑って言っていた。「評論家の皆さんは選手の名前だけで予想しているんじゃないの。王や張本、堀内の名前を聞けば強く感じるものさ。ウチの高木や長崎あたりじゃインパクトが弱いのは確か。でもちゃんとキャンプやオープン戦の内容を見れば今年のウチは強くなってると感じる筈。まぁ見ていなさいよ、開幕したら世間をアッと言わせてみせますよ」と。
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# 708 頼もしきホープたち ③

2021年10月06日 | 1977 年 



ナインの信頼買う強運を持つ男
藤田投手の安定した投球内容は優勝へひた走る南海投手陣の軸になった感がある。チームは快調なスタートを切ったものの、昨季20勝をマークした山内投手の調子は今一つ。また左ヒジに不安がある江夏投手に多くを望むのは難しい。更に先発ローテーションの一角の中山投手も右肩痛で出遅れている。そんな満身創痍の投手陣の中で藤田は開幕から全て完投で無傷の4連勝と大車輪の活躍。今や勝ち星を計算できる投手として野村監督の信頼感も高まる一方だ。昨季は古賀投手(クラウン)と激しい新人王争いを演じ、10票差でタイトルを手にした。活躍した翌年は " 2年目のジンクス " に陥ることが多いが藤田はタイトル獲得で自信がつき今季の活躍に結びついているようだ。

タイトルは狙ったところで獲得するのは難しいが藤田の新人王の場合は野村監督が緻密に計算・計画して獲得したタイトルだった。愛媛県・南宇和高から南海入りしたのは昭和49年であの作新学院・江川投手が注目された年だ。甲子園出場経験がない藤田の知名度は低かったが各球団のスカウトには一定の評価をされていた逸材だった。南海は藤田を将来のエースに育てるべく、二軍で英才教育を施した。高卒1年目に二軍で5勝、2年目は16勝したが野村監督は一軍に上げず徹底的に鍛えた。「牽制球や守りを含めたマウンドさばきは勿論、投手としての精神面の教育も万全にして一軍に上げた」と松田投手コーチが言うように現場とフロントが一丸となって藤田を育てた。

満を持して一軍に上がり昨季は11勝3敗・防御率 1.98 の好成績で見事新人王に輝いた。南海では佐藤道投手以来、6年ぶりの快挙である。もちろん本人の努力もあるが「僕は本当に恵まれている。首脳陣やチームメイトに感謝しています(藤田)」と常に周囲への感謝を忘れない。このあたりがナインから好感を持たれている要因だ。先輩の藤原選手は「マナブ(藤田)が投げる時は皆で盛り上げて勝たしてやりたくなる気にさせるヤツなんだ」と話す。松田投手コーチは藤田を評して強運の持ち主という。古賀投手(クラウン)と僅かの差で新人王に選ばれたのをはじめ、シーズン中もここ一番と野村監督が鼓舞した試合で結果を残した。決まって打撃陣の援護があるのも特徴だ。

大投手になるための体作りが課題

藤田はまだガキ大将の面影をちょっぴり残した21歳。だが若さに似合わずなかなかシッカリしている。「大好きな野球を1年でも長くやっていきたい。ウチの監督さんや、投手なら阪急の足立さん、近鉄の米田さんのように長持ちする投手になりたいです(藤田)」と話す。続けて「稼げるうちにガッポリ稼ぐんです」と事もなげに口にするあたりはなかなかのプロ魂だ。その藤田の課題は一層の体作りに励み逞しさを増すことだろう。プロ入り当初よりは逞しくなったが意外と弱さを露呈することがある。昨季も開幕直後に原因不明の右手人差し指の痛みで前期は1勝のみ。痛みが消えた後期だけで10勝したのだから潜在能力は高いのだが。

今年のキャンプ中も肩や腰の痛みを訴えて首脳陣を心配させている。「まだまだ子供の体なんだよ。ちょっとキツイ練習をさせるとここが痛い、あそこが痛いと言う。シーズン中でも今はどんどん足腰を鍛えて強い体を作らなければ。なんといっても素材はピカイチなんだから将来の南海を背負う投手になれる男であるのは間違いない」と松田投手コーチ。なにはともあれ目下のところ体調はベストをキープしている。成績もチーム No,1で選手には手厳しい野村監督からも「今のウチで一番安定している」とお褒めの言葉を頂戴している。このまま突っ走れば目標としている15勝も難しくない。そればかりか投手部門の幾つかのタイトル獲得も視野に入っている。

藤田はリーグもポジションも違う阪神の掛布選手を意識している。実は2人の誕生日が昭和30年5月9日と一緒なのだ。プロ野球選手としては新人王になった藤田が一歩リードしたと言えるが、掛布は同じ関西地区では圧倒的人気チームである阪神の選手でマスコミの注目度では敵わないだけに「掛布には負けたくないですね」とハッキリと公言するくらいライバル意識がメラメラと燃え上がっている。加えて今年の秋には更なるライバル選手がプロ入りするであろう。4年前にプロ入りを拒否して法政大学に進学した江川投手だ。江川は同学年のライバルだが藤田は意外と冷静だ。怪物と騒がれても所詮はアマチュア、プロとしての実績は自分の方が上であると自信を持っているのだ。

ヤジ馬的な興味から言わせてもらえれば叩き上げの藤田と高校時代からマスコミに注目された江川の投げ合いを見たいものだ。なにはともあれ、やはり今の藤田にはチームの優勝が一番の大きな目標であるのは間違いない。また藤田が活躍しないことにはとても厳しいペナントレースを勝ち残ることは難しいであろう。チームにおける自分の立場をちゃんと分かっているようで、「今年は昨年のように戦列を離れないようフルシーズン頑張ります。今はチーム内の雰囲気もすごく良くて選手が一丸となって優勝できそうな気がしています」と話す。今年は若さのみなぎるダイナミックな藤田の投球が日本シリーズの大舞台で披露されるかもしれない。
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