今年も「年末進行」の忙しさに振り回され、それから解放されてひと息ついているうちに大晦日が来てしまいました。
チナヲチ(中国観察の真似事)を掲げている以上、「今年の中国」みたいな1年を振り返る作業しなければならないのですが、どうも慌ただしくて落ち着いて思いをこらすといった気分にはなれません。配偶者が年越し蕎麦の準備をしているので急き立てられているようでもあります。たぶんその後は今年最後の風呂に入ってから、昨年同様、配偶者主導による朝まで酒盛り&玄関に盛り塩。そして元日午後に初詣(靖国神社)ということになりそうです。
私個人にとっての「この一年」は大学時代の恩師と連絡がとれ、改めて師弟の絆を結ぶことができたという一事に尽きます。連絡がとれて以来、恩師とはほとんど毎日のように互いに電話をかけ合って、濃密で有意義な雑談に興じています。雑談ではあっても、無学な私にとってはこの15年間絶えてなかった知的作業なので至福の時間としかいいようがありません。
それから先日実家に日帰りして中国留学当時の一切合切を持ち帰ってきました。幸運にも1989年~1990年という改革・開放政策に転じて以来中国が最も荒れた一年に現地で際会できたのですから、個人的な思い出としてひとまとまりの記録にして手元に置いておこうと思います。来年は仕事や余暇の娯楽(当ブログ)の合間を縫いつつその作業に着手するつもりです。いつ終わるかわかりませんけど(笑)。
あとは仕事絡みで毎年持ち出される話なのですが、副業として香港や台湾で書き散らしてきた中文コラムの断片をかき集めて、ひとつの系統だった読み物に仕上げるよう周囲から言われています。時間と健康に余裕があれば……まあ元気なうちに取り組んでおきたいところです。私の残り時間はそう長くないようですが、中港台向けに中国語で本を出せれば一期を飾るいい思い出になりますので。
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さて肝心の「中国この一年」。思いつくままに並べてみます。
(1)胡錦涛の指導力強化&対立軸の明確化。
上海閥における次世代を担う最有力候補だった陳良宇・上海市党委員会書記(当時)が汚職でお縄となったのを始め芋づる式に関係者が次々に摘発され、上海という独立王国が解体されました。これはもちろん胡錦涛の指導力強化につながる動きであり、最近では「同盟者」的存在だった軍主流派の上に立とうとするような、要するに軍権掌握に向けたアプローチもみられます。
ただ上海王国の解体によって、「反日」「汚職撲滅」といったお題目を使うことなく、「擁胡同盟」(胡錦涛擁護同盟同盟)と「反胡連合」(反胡錦涛諸派連合)が真の対立軸を剥き出しにしてぶつかり合うことになりました。「中央vs地方」、具体的には経済政策をめぐる中央と各地方当局との確執が表面化してきているということです。
年間GDP成長率は今年も10%台に乗りそうですが、そのことを中央が心から喜んでいないのは、中央からみれば「地方の勝手な暴走」が生んだ2ケタ成長だからです。「新華網」にはとうとう「地方保護主義」をタイトルに掲げた特集が登場しました。これがさらに進んで経済的割拠状態が強まれば、いわゆる「諸侯経済」になります。
ですから政治的には一応胡錦涛優勢で事態が進んでおり、有力な対抗勢力だった上海閥はもはや潰滅に近い状態ではあるのですが、胡錦涛側が大局をしっかり掌握しているかといえば、その点は心もとないのです。
いや、政治的優勢を得ているため人事面は胡錦涛が握っていて、直轄市、省、自治区といったレベルのトップクラスには主として自分の直系で出身母体を同じくする「団派」(共青団人脈)の子分をどんどん送り込めています。
ただ、その子分たちが任地をちゃんと仕切れるかどうかは別の話です。地元の抵抗勢力によって神棚に祭り上げられて手も足も口も出せない状態にされる可能性があり、中央の計画のはるか斜め上をいくGDP成長率10%台というのは、やはり任地掌握が順調でないことを思わせます。
それでも政治的には胡錦涛ペースなのは、「地方保護主義」という言葉が示すように地方同士の合従連衡が成立せず、ひとまとまりの抵抗勢力に発展していないからです。なぜかといえば、地方は地方同士で、例えば「沿海部vs内陸部」といった競争があり、また沿海部同士、内陸部同士のライバル意識もあるからでしょう。
一応中心となって仕切れるだけの役者が揃っていた上海閥が潰されてしまったので、現在は求心力を失った各地方勢力がそれぞれに漂っているような状態です。
昨年(2005年)には闇炭坑潰しがあり、今年はそれに加えて農地転用や不動産市場に対する規制、また環境汚染摘発などが行われていますが、これらはいずれも地方当局の利権の中核に斬り込む作業だけに、非常に大きな困難を伴います。台湾侵攻のような非常事態を別とすれば、党中央の権威は「地方保護主義」を端緒とする経済的破綻によって崩れることになるでしょう。
(2)「官」に対する「民」の組織化、プロ化、武装化。
「民」は主として農民ですが、「官」の横暴に対する抵抗手段がこの一年でずいぶん巧みになり、洗練され、またいざ衝突というときに備えた武装化が進んでいるように思えます。
武装化は闇炭坑閉鎖でダブついた爆薬が入手しやすいという他に、銃器の闇市場がかなり充実していることにもよります。これは一方で「官」に対し「黒社会」のような組織が力を持ちつつあることの証左といってもいいでしょう。もし闇組織が「官」と結託していればこれは立派な「地方割拠」状態です。
ともあれ村落自治にまで張り巡らされた中共政権による緻密な統治機構が、その末端で形骸化しつつあることを何度も実感させられた一年でした。立ち腐れはすでに枝葉の部分で始まっている、といっていいでしょう。
都市部は都市部で失業者や日雇い労働者、失地農民、職にあぶれた出稼ぎ農民、そしてニートといった暴動予備軍を抱えており、社会状況は悪化する一方です。これは組織化されてはいないものの、「官」の横暴を象徴するようなふとした切っ掛けから都市暴動が起こる際に争闘の主役となる一群です。
ふとした切っ掛けから暴動が起きてしまうのは、「官」に対する「民」の怒りが常に沸点に近い状態にあることを示しています。
(3)「和諧社会」「社会主義新農村建設」の空々しさ。
胡錦涛は本気なのかも知れませんし、実際「和諧社会」(調和社会)が実現しなれば胡錦涛政権の至上課題である「中共の延命」「延命がかなったら次は党勢回復」といった目標は達成できないでしょう。ただ胡錦涛には気の毒ながら、貧富の差が拡大する一方の中国で「和諧社会」を打ち出すのは冗談のようなものです。
一党独裁制で政権交代の可能性を持つ野党の存在を許さず、末端レベル以外では普通選挙制も行われていない。その一党にしても人民解放軍という名の軍事力を以て政府の上に君臨し、「法制あれど法治なし」状態で、党内においても異論の存在が許されない。党幹部の汚職撲滅も党外にチェック機能を組み込んだ制度でないため、結局は党幹部それぞれの自浄作用に期待するしかない。……そんな国家に調和のとれた和やかな社会が実現する筈がありません。
同時に推進されている「社会主義農村建設」は農村部に財政的なテコ入れが行われ開発の名目が増えることで、地元党幹部に新たな利権を提供することになるでしょう。村落ごとによる農民の自衛意識が高まることになると思います。
(4)環境汚染の進行。
これはもうどうしようもないでしょう。「河が汚い」「空気が悪い」というレベルではなく、すでにその次の段階である「食の安全」が慢性的に脅かされているのですから。地元当局にすれば開発欲求が強い上に汚染企業に枠をはめれば税収減になります。天秤にかければ当然のように環境問題が後回しにされるでしょう。
残留農薬問題にしても同じことが言えるかと思います。「どうせよその奴らが食うんだ」という意識で農民が使用禁止の農薬を使い、地元衛生部門がそれを見て見ぬふりをしているように思います。報道などで問題となった事例はたまたまバレてしまった氷山の一角に過ぎません。
(5)軍事的台頭と対外伸張路線がより明確に。
以前から言われていることですが、今年は外国との合同演習を頻繁に行ったことが目立ちました。陸軍の兵力を削減する一方で、海軍力・空軍力の強化が進んだという印象です。要するに対外伸張の姿勢が一段と明確なものになっており、それを隠そうともしなくなりました。
「落後就要打」(立ち後れれば食い物にされる)という胡錦涛が昨年(2005年)秋に多用した言葉が不気味です。おれたち中国は19世紀半ばから20世紀半ばにかけて食い物にされたから、今度はこっちがやる番だ、と言わんばかりです。
対外伸張についていえば欧州の旧宗主国などの不興を買ったアフリカ諸国への露骨な働きかけ、インドへのライバル意識、ウイグル人による独立運動への牽制とインド洋での影響力確保を狙ったパキスタンとの軍事的紐帯強化、そしてASEAN諸国への猫撫で声的な接近が印象的でした。
もうひとつの「軍事的台頭」も気になります。これは実戦部隊指揮官による独断専行です。
(6)始まりましたよ中国国民の増長が。
GDPの規模(総額)だけで「大国になった」「大国にふさわしい国民たれ」という物言いが大手を振ってまかり通るようになりました。経済的に中国の影響力が高まっているのは事実ですが、GDPも1人当たりの額にならせば日本の20分の1もありません。
経済構造も農民と土地という廉価セットを武器にどんどん外資を引き込んでみたら、工作機械や中核部品、技術をはじめ市場も海外頼みという対外依存度の極端に高いものになってしまいました。「世界の工場」の実態は「世界の組み立て工場」。そこからグレードアップしようにも民度が低いためにそれが果たせません。
そして富の偏在。大国云々と言っていられるのも総人口の4割前後である都市部住民に限られますし、ネットユーザー総数が1億人を突破したといっても総人口の1割にも達せず、それとほぼ同規模ないしはそれ以上の規模で文盲が存在しています。
さらに言うなら、日本をはじめとした中国が依存している「外国」にとっては、状況によっては中国を捨てて代替国へと投資先を変更することができますし、実際にそういう流れが起き始めています。ご自慢のGDP総額も、所詮は外資のおかげで実現できた空中楼閣であることを認識しないといけないのですが、その種の論調は目下のところ主流ではありません。
都市部限定の「大国」意識、舞い上がるのは結構ですが現状への認識と問題意識が欠落しているのが気になるところです。かつて日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で舞い上がってしまいましたが、当時はすでにGDPの総額でも1人当たり平均額でも経済大国にふさわしい実質を有しており、輸出という点を除けば、産業構造における対外依存度も高くはありませんでした。
例えるとすれば、日露戦争後に発生した日比谷焼き討ち事件あたりが適当でしょう。正確な現状把握をできず、その術も乏しかった当時の日本人が「ロシアに完勝した」と舞い上がってしまった挙げ句起きた象徴的な出来事です。いまの中国国民の慢心・増長は当時のそれに似ているように思います。
大雑把にいって30代以下が江沢民による反日風味満点な「愛国主義教育」を身体いっぱいに浴びて育った「亡国の世代」であることも慢心・増長に拍車をかけているように思います。
胡錦涛は「愛国主義教育」は続けつつも、反日風味を薄め、代わりに刻苦奮励とか風紀粛正とか人民のために犠牲になった党員の物語、といった色合いを強めることを企図しているように思いますが、現実に向き合わない、綺麗ごとだけを並べた愚民教育という点では江沢民時代から進化していません。
この根拠のない増長・慢心は亡国の兆です。危機感を提起する意見もありますがイケイケドンドンの空気の中では埋没してしまい何の効果もありません。舞い上がり続けている限り、中国国民は必ず痛い目に遭うことになるでしょう。
問題はそれによって周辺国が迷惑するかも知れないということです。
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最後に日中関係を。靖国神社への容喙が無意味であることを証明し続けた小泉純一郎・前首相は、対中関係の正常化について「10年、20年、30年」という長い時間が必要だと喝破し、そのための第一走者としての務めはしっかりと果たして安倍晋三・首相にバトンを渡したように思います。
安倍首相は小泉前首相のような強烈な個性を感じさせないところがやや不安ではありますが、訪中時のプレス向け共同声明では得点を稼いでいますし、一方で森喜朗・元首相の訪台などによって台湾との関係にも配慮をみせています。日米同盟の絆を再確認し、さきの日米合同演習では中共軍の尖閣諸島侵攻に対する奪回作戦もプログラムに含まれていました。
参院選を乗り切るまでは全力疾走に移れないという面があるかも知れませんが、表面的な日中友好ムードを演出しつつ、教育基本法の改正や防衛庁の省への昇格など、中共政権が神経を尖らせるような布石を着々と打ってもいます。……別に中国向けではなく、国内世論がそれを望んでいる訳ですけど。ともあれ麻生外相との連携が上手くいけば、来年は面白くなりそうです。
ただ、前にも書きましたが私は中共政権は北朝鮮同様に日本との「対話」が成立する国ではないため、日本は中共政権と「なんちゃって対話」を繰り返す一方で、日本にとって必要な措置をサクサクと事務的に処理していくべきだと考えています。
が、残念ながら、現在の日本政府はまだそこまで踏み込んでいません。逆に東シナ海ガス田問題のように、中共政権の方が日本の抗議などどこ吹く風とばかりに、サクサクと実務を積み重ねている格好です。こういう状況は早急に改善してほしいところです。必要ならODAや迂回融資凍結のような「経済制裁」カードもチラつかせるべきです。「対話と圧力」という言葉がありますが、対話が成立しない相手には圧力を以て臨むほかありません。
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意外に長くなってしまいました(笑)。このブログに目を通して頂いている皆さんには、この一年、駄文にお付き合い頂いたことに心から御礼を申し上げます。来年もご一緒に中共政権の迷走ぶりを生暖かく眺めていくことができれば幸いです。
それでは皆さん、よいお年を。
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