新 ・ 渓 飲 渓 食 時 々 釣 り

魚止滝のずっと手前で竿をほっぽり
ザックの中身をガサガサまさぐる男の日記

乗り鉄ひとり旅も楽しんでいます

大人になったら、したいこと ・・・ 大沢温泉自炊部編

2013-01-20 11:06:52 | 旅行、食い歩き

 

青森駅まで送っていただく。どこか新沼謙治さんに似た穏やかな優しいご主人だった。宿も八甲田の雪景色も忘れられない思い出になりました。

青森駅前で今夜のつまみを物色後、ビュープラザで盛岡までの新幹線指定席を予約。 よし、これで準備万端だ。出発まで心置きなくおさない食堂を楽しもう。今日こそは貝ひもと帆立フライで朝酒なのだ。〆は何にしようかな?焼干しラーメンも評判みたいだしカレーライスもいいなあ。いやまて、たまにはカツ丼も食べたいな。でも玉ネギ抜きの注文は恥ずかしいからやっぱやめとこう・・・でも、定休日だった。こうなったら盛岡まで何も食べないぞ、食べないといったら食べないもん、ふんだ。

盛岡に到着するも、ちょうど半端な時間だったのでそのまま花巻駅へ。この駅には仕事の師匠から教わった食堂がある。食堂といってもタダの食堂ではない、今は懐かしいデパート大食堂なのだ。必ず最上階にあってずらりと並べられたショーケースのメニューから何を食べようかを選ぶのが楽しみだった。子供達はフルーツパフェと口のまわりにケチャップベトベトナポリタン、ママはマカロニグラタンかオムライスを迷いパパは欲張ってラーメンとカレーライス、おじいちゃんが握り寿司でおばあちゃんはざるそばとお稲荷さんのセット、そんな統一性のないメニューも楽しめたのがデパート大食堂なのだ。マルカンデパートまで歩きながら、僕は何を食べようか考えていた。せっかくだからフルーツパフェは食べたいし、あとは、あとは・・・そうだ!今の気分はミックスフライランチだ!・・・しかし到着すると、それはそれはもの凄い行列だった。僕はメシごときで並ぶのが嫌いだ。ましてやイイ歳のオヤジがひとり夢中でパフェなど食ってる図柄など気持ち悪すぎる。こうなったら宿まで何も食べないぞ、食べないといったら食べないもん、ふんだ。

宿の送迎バスを待っていると地元親友のM氏が現れた。日程も宿も合わせたのは、互いのひとり旅自慢を話したかったからに相違はない。

宿はさほどの山奥ではなかった。バスから降りた客のほとんどが高級感漂う旅館部へと流れるが、僕らが向かったのは趣きある佇まいの自炊部のほうだ。大沢温泉旅館はその利用目的で旅館部と自炊部を選べるのだ。この温泉はなんでも1200年ほど前に坂上田村麻呂が発見した湯だそうだ。うむ、聞いたことはある人だ。僕は授業で『サカガミタムラマロ』と読んで恥をかいた記憶がある。

入口には大きな古時計と郵便受け、帳場のような受付、自炊の食材も土産物もそろう売店、磨き抜かれ輝いだぎしぎし廊下は迷路のようにどこまでも続き、自炊用調理場を抜け階段を上ったその先に僕の部屋はあった。障子をあけると雪に化粧された対面の山肌、川面、水車小屋・・・ここも昭和のまんまだ。

くつろぐが先に腹が減った。夕飯までは我慢できそうにないのでさっそく一杯ひっかるるとしよう。青森で調達したのはウニ焼きと筋子。まずは筋子に食らいつくが・・・ま、まじゅい、きゃらい、くちゃい、おいちくない・・・安さにつられ思わず買ってしまったのが失敗だった。捨てるのはもったいないので一気食いで無理やり腹におさめたが、口の中のヌルヌルと臭いゲップにしばらく悩まされてしまった。みなさんは筋子を恵方巻きのように食べるのはやめましょうね。 それにしても落ち付く部屋だ。やっぱ日本の冬はコタツでねえべかねえ~

   

   

この大沢温泉には食事処『やはぎ』が併設されている。かっこよく言えばオーベルジュ、かっこわるく言えば自炊部なのに自炊しなくてもいい大衆食堂付き温泉宿なのだ。定食も一品料理も種類が豊富でしかも安く居酒屋使いも出来る。こんな便利な宿で親友と酒は楽しい。楽しいが地元ではいつも面を突き合わして呑んでいるので新鮮さは、ない。ゲソ揚げ、餃子、サラダ、豚串を注文・・・ほほお、ウマい。ウマいと酒がすすむ。

M氏は昨日、岩木山麓の嶽温泉に泊った。残念ながら混浴露天風呂は豪雪のため入れなかったようだが、白濁の内湯だけでもかなり満足した様子だ。僕はと言えば、「宿にこんな可愛い娘ちゃんがいたんだぜ」とデジカメのディスプレイを見せつけると、「むむう、この娘は一等賞!次はここに決定!」と唸っていた。ちなみにM氏のさっきまでの一等賞は、山田べに子ちゃんだ。知らぬ男は・・・もうオヤジだと思うぞ。

〆は盛り蕎麦だ。温泉宿の食堂だと侮ってはいけない、十割の田舎蕎麦は風味も喉越しも良く大根のしぼり汁まで付いてくる本格派だ。恐るべし食事処『やはぎ』

    

夕飯後、M氏の部屋でだらだら呑んでから露天風呂をゆっくり楽しむ。ここは混浴で観なくても良いお客様が入湯されていた。どこもかしこも昭和な宿の、夜は更けた。 

  

朝食もやはぎでいただく。ああ、あああ、100円で納豆が 棚に置いてある、ああ、6人組のおばちゃん軍団のみんな取りやがった、ああ、あのご夫婦も、ああ、あの人もこの人も、ああ、なくなっちゃった、と思ったらまた追加された、ああ、ついにはM氏まで、ああ、不憫だ、あああ、ああああ、ああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ  

   

「ほんじゃ、帰ったら反省会な!」とM氏と別れ北上駅へ向かう。ここには白鳥の飛来地がある。交番で場所を聞くと、「あそこのまっすぐな通りの三つ目の信号を左折しすぐに右折したらまたすぐ左折ししばらく行くと交差点があってそこは曲がらずにその先を右折しふたつ目の角を左折、国道に出てずっといくと目立つ看板があってそこを右折すると運動公園と学校があってその道沿いにある沼に飛来している・・・はずだ」と丁寧に説明してくれたが、出来れば地図が欲しかった。

知らぬ土地の風景には新しい感動がある。橋の上からの眺めは素晴らしく、素晴らし過ぎてどこを何回曲がったのか忘れてしまった。なぜに地図をくれなんだかなあ?

なんとか国道に出た。凍結して歩きにくい歩道がず------------------lっと続いた。不安に思いやっと向こうから来た女学生二人を呼びとめる。「ああ、あそこならこの道をず------------------lっと行って大きな看板のトコ右に行くと、すぐです」 お礼を言って別れる際の二人の会話がなお不安にさせる。「あんなんでわかるかあ?」「大人なら、わかっぺ!」・・・たどり着けないと、僕は子供に格下げになるようだ。

この頃から体の一部に違和感を感じる・・・やばい、アイツが覚醒しやがった・・・やがて違和感は痛みにかわった。それでもず------------------lっと行くと、やっと見つけた看板は、とってもちっちゃくて目立たないものだった。ちなみにもうひとりだけおばちゃんに聞いてみると、「あそこなら、そこ右曲がって、次の角っこ左に行って、ふたつ目の角っこも左に行くとまたこの道に出るから、そしたらあとはまっすぐ行けばいいんだよ~」と教えてくれた。それなら曲がらないで真っすぐとなんで教えてくれないのか僕は首を傾げてしまった。北上の人はず------------------lっと行くのとウソとやたらに曲がるのが好きな人たちだ。でも教えてくれてありがとうございました。

白鳥の飛来地に到着したのは出発してから1時間半後のことだった。到着したら路線バスが通過していったので最初から乗れば良かったと思った。おかげで体の一部は歩くたびに擦れまくり今まさに噴火寸前まで追いやられている。

白鳥の写真を撮影していると、ついに“その時”が来てしまった。おパンツの中でヌルヌルのイヤな汁が肌を伝って垂れ流れるこの不気味な感触はなった人にしかわからない。粉瘤君よ、なにも今噴火しなくたっていいではないか!僕がどれほどまでにこのひとり旅を楽しみにしていたのか君には解らないのか?このままでは旅の思い出=粉瘤君になってしまう!しかも君はいつだって決まった場所から噴火しやがる。なぜこの部位に君は現れる?右のオシリと左のオシリが擦れ合うその真ん中の谷間に流れる膿の溶岩!ああ、気持ち悪い、早くなんとかせねば、ああ、あそこにコンビニがある、トイレトイレトイレトイレ、ああ、あああ、良かった、おパンツには若干沁みてはいるもののズボンまでには達していない、まさにギリギリのセーフだ。お尻の溶岩をテイッシュで丁寧にふき取る、それは昨日無理に食らった筋子を口の中で咀嚼しゲゲゲっと吐いたそれにそっくりだ、ああ、自分から出た汁とはいえ気持ちが悪過ぎる、そうだ、まずは治療だ、オロナイン軟膏を持ってて良かった、しかし、旅先のコンビニでおパンツを履き替えるなんて初体験だ、なんて情けない自分だ、帰りは路線バスで帰ろう、本当は仙台で下車し横丁にある渋い酒場でひとり旅の反省会などするつもりだったが、もういやだ、早くオウチに帰りたい、ああ、不憫だ、あああ、ああああ、ああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ  

でも、せめて仙台で牛タンは食べて帰ろう。

   

  

最後まで読んでくださり、ありがとうです。

おしめー

 

 


大人になったら、したいこと ・・・ みちのく深沢温泉編

2013-01-19 09:36:46 | 旅行、食い歩き

 

この日も鉄道のダイヤは乱れていた。急行の止まらぬ無人駅より駅員が在中する駅の方が動きやすいだろうとの宿の主人の配慮で碇ヶ関駅まで送っていただく。おかげで青森行特急つがる号に乗車することが出来た。その列車もポイント凍結のため途中駅で長時間の足止めをくらうが、焦る旅ではい。古遠部温泉での余韻を楽しむにはうってつけの待ち時間だ。ふと今朝の過ちに気付く・・・しまった、納豆味噌汁ぶっかけメシの元祖は夕焼け番長ではなく、ドンガードンガラガッタのハリスの旋風の石田国松であった・・・

前の席には新婚さんが座っていた。新青森から新婦の実家へ里帰りの途中らしいが新幹線の時間をやたら気にしている。会話の声がトーンダウンすると、やがてへッぺもしくばへッコ系の内容へと変わった。僕にはどんな小声でもどのようなノイズが邪魔しようともこの手の会話はクリアに受信する感度抜群のアンテナを身につけているのだ。しかし、ここはあえて耳を塞ごう。今のこの幸せを精一杯に噛み締めるが良い。ああ、僕って大人だなあ。

一時間半遅れで青森駅に到着。いつものおさない食堂へ足を向けるも昼時の人気店は大賑わいだった。貝ひもと帆立フライで燗酒を楽しもうと思っていたが時間の余裕もなく立ち食いそばで我慢する。

駅前ロータリーの交番前で待つと、すぐに迎えの車がとまった。今晩お世話になるみちのく深沢温泉の主人だ。ゆったりと優しい口調の青森弁が心地良い。市街地を抜けると雪の量かものすごいことになった。みちのく深沢温泉は八甲田山を挟み有名な酸ケ湯の逆側に位置する。道路は除雪さえされているものの、その雪の壁は高く、これ以上に木々の幹や枝を化粧するにはすでに限界を越えた量の雪、一旦吹雪くと舞い上げられた粉雪はすべての視界を遮ぎった。経験したことのない深い雪の風景を、僕は今見ている。「この先で雪中行軍の兵隊さんが200人近くも凍死したんだよ、何年か前にはバスが沢に落っこちて乗客が死んだんだよ」との主人の話に、映画『八甲田山』のあのフレーズを思い出す。・・・天は我らを見放した・・・それにしても圧巻の風景だ。

   

みちのく深沢温泉は昨日よりもっと山奥の一軒宿だ。もちろん近隣に民家など存在しない。雪に埋もれた宿に入ると所狭しに積まれた薪の山。宿のおじいちゃんがその薪をくべるとストーブの中は一瞬にして真っ赤に燃えた。暖かいというより、ぬくたいと言った方が雪国の宿では似合う表現だ。 僕のひとり旅も、いよいよここまできたか。

 

  

さっそく風呂をいただく。外は猛吹雪だがガラス張りの浴場はめっぽう明るい。逃げ場のない湯気に雪の白が反射し幻想的な空間を醸している。微かに匂う硫黄臭、緑色がかった湯は適温ですぐに優しく沁みてくる。

外には岩で囲まれた湯壺があった。雪の粒子が容赦なく露出した部分に襲いかかるのでたまらずに体を深く沈める。濡れた髪は即座にハードチックに固められるこの感触。体はほかほかだがのぼせないので長湯が楽しめる。すのこ一枚で区切られた先はどうやら女性の領域のようだ。この簡素さがまたたまらなく、いい。

風呂から上がると薪ストーブの前でまったり。ビールがウマい。ああ、なんとも居心地の良い場所なのだろう。この宿に到着してからずっと懐かしさが纏っている。ちんちんと沸騰するやかん、網の上で干された手袋の湯気、薪の燃える乾いた匂い・・・子供の頃そのままの風景が、ここには残っているのだ。

   

「山の中だから期待しないでね」と宿のおかあさんが出してくださった夕食がまたウマかった。コリコリグニャと独特な食感のなまこ酢の新鮮さ、イクラ漬け、ゼンマイ肉巻き、煮魚、きのこのおろし和え、餅は黒砂糖ときなこをまぶした郷土料理で“がっぱらもっち”と言うそうだ、細かく切った野菜たっぷりの優しい味噌汁は、思わず歌いくなるほどのウマさだった・・・うっぷぅ しばれるねぇ 冬は寒いから味噌汁がうまいんだよね うまい味噌汁 あったかい味噌汁 これがおふくろの 味なんだよねぇ かあちゃ~ん ・・・ってな♪

  

この宿には地元客も温泉に入りに来る。湯船でたくさんの青森弁を聞くと、なんだか自分も仲間に入れてもらえたような気がした。「バガァ、あだカメラさ湯っこにば浸かっとるぞ~」と心配してくれた方に、渓流釣り用の防水カメラだと説明をすると八甲田周辺の釣り情報を聞かせてくれた。沢によっては水質が悪くて魚はいないようだ。「たぐさん釣るだばそこの露天からヒョイと竿ば出せば入れ食いだあ・・・内緒だけんどな」と言ったその顔がなんとも悪ガキっぽい笑顔で思わず僕も笑っていた。

露天風呂のすぐ脇に池があり、そこでは岩魚が養殖されているそうだ。残念ながら雪に閉ざされ確認することは出来なかった。 なんだか楽しい夜だった、楽しいと浮かれ、浮かれるとはしゃぎ、はしゃぐと僕はバカになる。雪に倒れ込む、ああ、冷たくて気持ちが良い、意識がぶっ飛びそうだ・・・起き上がると、もうひとりの僕が出来上がった。しんしんと降り続く、雪をずっと見ていた。

部屋に戻りはじめて窓を開けると、雪に埋もれていた。ひとりでは広すぎる部屋が少し怖かったので、また呑んでから寝た。

  

 

翌朝、ゆっくりと起き、朝飯を喰らい、クソして、風呂入って、出発の準備をすると淋しさが込み上げた。ここのおかあさんは、まさに『青森のかっちゃ』そのものだ。 お世話になりました。また雪の季節にお邪魔します。

昨日の古遠部温泉、本日のみちのく深沢温泉には共通した嬉しさがあった。それは初めて訪れた客の僕に対し必ず名字で呼んでいただけたこと。『お客さん』より『ホリャさん』の方が親密感も親近感もあふれる。

それにしても、ものすごい宿であった。

ちなみに、最近僕は青森の方言がよく理解できる。八戸、弘前、青森のどこに行ってもだ。最初は難儀をしたことが今では懐かしいぐらいだ。ただ、いまだにわからないのが、じっちゃ、ばっちゃの話す津軽弁だ。

 

も一回続く 

 


大人になったら、したいこと ・・・ 古遠部温泉編

2013-01-18 17:21:55 | 旅行、食い歩き

 

盛岡駅0番ホーム始発の花輪線は空いていた。BOX席に座りさっそく駅弁を食らう。岩手県大船渡市三陸町小石浜のブランド『恋し浜ホタテ』が復活した話を聞き、この『三陸復興恋し浜帆立照り焼き弁当』を食することもこの旅の楽しみのひとであった。蓋をあけると三つの大きな貝柱が目に飛び込んできた。磯の香りで炊きこまれたご飯にはそぼろ卵がまぶされ、蟹のほぐし身、いくら、海藻、中華風に味付けられた貝ひも、蟹型の人参など見た目も味も飽きさせない。貝柱にかぶりつく。ぴゃあ~、うまい!プリッとやわらかい弾力、サクッとした歯切れのあとにひろがる帆立の甘みと風味、味付けは決して濃くはなく甘く香ばしい醤油だれも食の欲をかきたてる。この弁当は間違いなく本気で作られている。ガタンゴトン揺れる車両、車窓に流れる雪化粧が久しぶりのローカル線旅情をより盛り上げた。こうなれば、呑むしかない。安比高原、八幡平、花輪朝市、松川温泉に後生掛温泉、湯瀬温泉と途中駅下車するにはもってこいの路線ではあるが、窓に顔をくっつけへらへらと酔いを楽しめれば幸せな僕は、ただの乗り鉄+呑み鉄男なのだ。

 

途中駅で車両不具合によりしばし停車。雪には強い路線だと聞いてはいたが、さすがに今日の冷え込みは凄まじいのだろう、ドアに氷が付着し閉まらなくなってしまったようだ。駅員がドカンドカンと蹴っぱくるも開いたままのドアは反応なし。アテンダントが溶解スプレーを噴射し続けるとやっとそのドアは閉まった。 

十分ほどの遅延で終点の大館駅に到着するや、弘前方面で豪雪のためダイヤに大幅の乱れありの放送。むむう、これは困った。時間にかなりの余裕を持って家を出たつもりが足止めを食ってしまった。実はこの先の大鰐温泉駅でシブい中華食堂を見つけておいたのだ。特産の大鰐もやし炒め、餃子、中華そばで熱燗一杯の予定が台無しになってしまった。しかし厳冬の北国ではこのぐらいのアクシデントはしょうがないことなのだ。とりあえずはふらりと駅前を散策。この大館は比内地鶏と秋田犬が有名で忠犬ハチ公の出生地でもある。乗り換えだけの駅にも発見があるのだ。売店でハチ公ストラップと地酒を買い待合所で待機していると弘前行き奥羽本線普通列車が到着。特急つがる号の指定席を取っていたので乗ろうか乗るまいか迷うも、本日の特急つがる号は全車両運休の連絡がありそそくさと改札をくぐる。JRのかわいいポスターを目にしたのでパチリ!やはり本田翼ちゃんはええなぁ~♪ 知らぬ男は・・・もうオヤジだと思うぞ。

   

津軽湯の沢駅はまさに秘境の駅だった。駅前には雪に埋もれた沢が流れいよいよ雪国に来た実感が沸いてくる。やがて宿の迎えが到着。運転手さんのお顔を見るなり僕は思わずニッコニコ。本田翼ちゃんなんかどうでもいいぐらいの可愛らしいお方だ。宿までの車内で色々とお話をさせてもらった。修学旅行は江の島で、東京の人よりずっと江の島の人は親切であったかかったと聞かされた時は僕自身が誉められたような気持になってデレデレの笑顔をしばらく引き締めることが出来なかった。彼女とずっとドライブしていたかった。いつまでも宿に到着しないことを本気で願ってしまった。

国道沿いから山道に入ると、なお雪深くなった。雪国の方は本当に運転が上手だ。除雪の入った最終地点が本日お邪魔になる古遠部温泉だ。

   

近くに民家など無い、まさに山奥の鄙びた一軒宿。どこか心細さを感じさせるこの風情こそひとり旅にはもってこいだ。車から降りるのは淋しかったが、今日僕はこの宿ですべての疲れをたれ流すのだ。

清潔感のある部屋に案内される。布団はすでにひいてあり浴衣に着替えゴロンと横になる。窓からの雪化粧をながめなる。ああ、ああ、いい、いい・・・ リュックから酒を取り出しさっそく雪見酒をひっかけてしまう。

  

玄関に飾ってあった写真は、おそらく先代の犬達なのだろう。犬を可愛がる宿が大好きだ。思わず奈川の岩花荘を思い出す。おやじさんやおばちゃんは元気かな?なぜか迎えに来ていただいた可愛らしいお方に頭をイイ子イイ子撫でられる自分を想像し、この邪念がなければ僕もそれなりには大人なのにとホトホト呆れてしまうが、そんな自分に反省などしたことはない。

   

風呂場の扉を引くと充満した湯気がどっと脱衣所に流れる。茶褐色に少し緑がかった湯船からあふれ続ける湯の量、これが噂に聞くドバドバ系というやつなのか!うん、まさにドバドバだ!すごいぞドバドバ系!この湯船に浸かることを僕はずっと夢見ていた。金気臭に包まれながら冷えた体をゆっくりと沈める。初めは熱めに思えたがすぐに適応すると丁度良い温度に感じた。ああ、ああ、いい、実にいい。ヌルヌル感はなく逆にキシキシと細胞に元気を与えるような湯だ。あふれる湯の行方は洗い場を一気に走り排水溝へと滑り落ちるとそのまま宿の下の沢に捨てられた。雪一色の中に湯の成分で茶褐色に彩られた一部分だけが異様に感じる景色こそ、源泉掛け流しの証なのだ。初老の方が、「ここは空いてる時にはみんなトドになるだよ」と顔をぬぐいながら教えてくれた。10分ほど浸かると額ににじむ汗。湯船から抜け出て窓をあけると冷気が一気に火照りをしずめた。長湯は禁物、夕食後またのんびりと湯を楽しもう。

   

夕食は旅先での楽しみのひとつだ。まずは風呂上がりのビールで喉を癒す。グビグビグビ、ぴゃあ~たまらん♪ このウマさを味わうために旅をすると言っても過言ではないと思う。食卓に並んだ料理に箸をつける。まずは岩魚の塩焼きにかぶりつく、塩加減も焼き具合も丁度良い。鯛の昆布〆はねっとり甘く燗酒がすすむ。揚げたての天ぷら盛りはサクサクでエビはプリプリだ。鶏出汁の沁みたハフハフのキリタンポ鍋。魚の酢の物や山菜のヌタ・・・素材こそ素朴ではあるが、この宿のもてなしはもの凄いと正直に感動してしまった。

古遠部温泉は部屋食ではなく広間に配膳される。どんな方が宿泊されているのかを見ることも楽しいので僕はこっちのほうが好きだ。ひとり旅は僕と向かいの男性だけ。その方は消防士で時々温泉旅にふらり出かけるのが趣味だと話してくれた。初老グループの方々はこの宿の馴染み客のようだ。「わしゃ脳梗塞の薬を医者に変えてもらえたおかげで20年ぶりに納豆が食えるようになった」と話しているのはさっき風呂で会った方だ。う、羨ましい、実に羨ましい。明日の朝食に納豆が出たとしたら、きっとこの方は嬉しそうに納豆を掻き混ぜ必要以上にネバらせてからズルズズズとでかい音で啜るとそのウマさにほくそ笑みを浮かべながら箸に纏う糸などクルクルたぐるに違いない。そして“たまらん!”と発するが同時に漂うあのかぐわしい納豆臭・・・ああ、僕は不憫だ、出来ることなら見たくない聞きたくない嗅ぎたくない想像すらしたくない。朝食に納豆がでないことを願わずにはおらなんだその日の夕食であった。でも、食べられるようになってよかったね、おじちゃん。

   

部屋ごとから漏れる会話や笑い声を横目に風呂場に向かうと、貸し切りだった。5分ほどで湯船から出ると木張りの床に仰向きに寝そべる。ドバドバあふれた湯が背中の面を温め続けてくれる。腰、肩甲骨周囲がすっと軽くなった。深呼吸すると充満した湯気が肺の深い部分まで癒してくれる気がした。天井から落ちた少し冷たいしずくが臍に落ちた。それも穴のど真ん中を直撃だ。ペッチョッと良い音が鳴った。もしかしたらヘソの語源の由来はこれなのではと本気で考えながら、そのまま僕は1時間半ほどトドの人になった。

ほかほかの体で部屋に戻る。携帯は圏外、本も持参していない。テレビを付ける気にもならず、ただ、部屋の灯りにてらされたわずかな雪景色だけをみていた。はらり、はらり、なかなか落ちぬ粉雪だった。浴衣と丹前から、乾いた雪の空気と、晴れ渡った昼間の青空の匂いがした。 音の無い、それは静かな夜だった。 

湯の成分で良い染め具合になったタオルは妻への土産に持ち帰った。

 

午前四時、風呂に入った。霜の花が描かれた窓は凍てつき開かなかった。 

朝食、やはり納豆が出やがった。しかし僕の邪気はすっかり浄化されていた。皆がズルズズズと啜る音にも心を乱すことはなかったのだが・・・さすがに目の前で現場を目撃してしまうと頭の中身はすぐに納豆に支配されてしまった・・・ああ、あああ、あんなに掻き回しやがって、ああ、あああ、タレもカラシも入れやがった、ああ、あああ、ウマそうに啜りやがった、ああ、あああ、今度はご飯の上にかけ一気食いだ、ああ、あああ、ご飯をおかわりしに席を立ち、ああ、あああ、またかけやがった、な、なんだと、今度は味噌汁もぶっかけやがった、これでは納豆の糸が引かなくなっちゃうではないか、しかしこの喰い方には覚えがあるぞ!そうだ、その昔漫画『夕焼け番町』の主人公である赤城忠治の必殺技だ!おお、おおお、こんな場所でこの大技を見るとは思わなんだ。ああ、ああ、喰いたい、喰いたい、喰いたい、喰いたい、でも、喰ったら三日間は死と隣り合わせの覚悟をしやがれと医者にも言われているし、そうだ、せめてビニールぐらい外してネバネバだけしてみるか、いやダメだ、箸に着いた納豆をしゃぶるだけでも僕には命に関わる危険な行為なのだ、ああ、不憫だ、あああ、ああああ、ああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ  

しかし他のおかずは豪勢だ。焼きじゃけ、たまご焼、にしん漬け、しめじお浸し、味海苔、漬物、りんごヨーグルト和えにサラダ、暖かいお味噌汁に納豆、納豆、納豆納豆納豆納豆納豆納豆、ああ、不憫だ、あああ、ああああ、ああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

   

食後、最後の入浴。この宿は日に2回も風呂の掃除をする。湯船の湯を完全に落としブラシで磨くそうだ。湯が落ちるのに5分、満たされるのに15分しか掛からないそうだ。そこまで清潔に気を使っている従業員はどの方も心地良い接客をしてくださる。 

湯に沁み、雪化粧に沁み、佇まいに沁み、食事に沁み、人に沁み、すっかりとすべての疲れをたれ流させていただきました。次は絶対に2泊させていただくつもりです。ちなみに一番沁みたのは・・・やはりこの方の笑顔でありました。

 

続く