山と溪を旅して

丹沢の溪でヤマメと遊び、風と戯れて心を解き放つ。林間の溪で料理を造り、お酒に酔いしれてまったり眠る。それが至福の時間。

久々のオフ

2012-02-05 23:06:41 | 川飯.B級グルメ
長い山との付き合いの中でいつの間にか山地図が20冊を超えている。
仕事がぎゅうぎゅうに詰まって外に出られないときは山地図を広げて山をイメ−ジする。

とっくに消えてしまった山の記憶も山地図の細い道を辿れば少しずつ蘇る。
今年は是非とも雲の平を再訪してみたい、それが僕の夢になった。

夢は実現するもの、けれど実現できない夢の方が実は遥かに多いものである。
体力不足や怪我もその一つではあるけれど天候にはどうしても抗うことができない。

それでもトレ−ニングのために今年は月一の山行を続けようと考えている。
たとえ叶わなくても夢と共に生きる毎日の方が遥かに充実して張り合いがある。





久しぶりに時間が空いた。
酒でも呑もうか?

呑むならやはり山がいい。
前夜に無理やり熊さんを誘った。
50Lのザックも心なしか軽く感じる。





午前8時半、僕らの他に石砂山へ向かうのは初老の登山者が一人だけである。
途中からはVル−トに入り落ち葉で滑りやすい杣道と獣道を辿って急斜面をよじ登ると宴会場のある小ピ−クに出る。





寒さで固まってしまったオリ−ブオイルをスト−ブで温める。







牡蠣をオリ−ブオイルで炒めて塩と醤油とガ−リックで仕上げる。








こんなものでも山で喰らえば至高の味わいとなる。
街に出れば居酒屋はいくらでもあるけれど山でやる酒が一番いい。







久しぶりにすき焼きの出番となった。


 






山の寒気の中で疲れた心が少しずつ癒されて男の顔に穏やかさが蘇る。







500ミリ缶を2缶空けたら次は爆弾を投入して一気に酔いがまわる。


 









シュラフを広げるのも面倒になってそのまま午後3時まで眠った。






山は男のホスピタル、けだし名言である!




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新春の山詣で

2012-01-01 23:16:52 | 山歩き.散歩
冬になると無性に山が恋しくなるのです。
今回はちょっと縦走気分を味わって霊峰富士を拝みたいと思うのです。

道志山塊の山はアプロ−チなんぞという気の利いた道などありません。
いきなり始まる急登を小さな歩幅で延々と歩き続けます。









30分も急坂を登り詰めると血圧が臨界点に達してシグナルが鳴りはじめます。
そんなとき、僕たち高血圧コンビは抗わず素直に腰を下ろして休むことにしています。






およそ1時間あまり急登を登り詰めると天国のような稜線に辿り着きました。
少しのアップダウンはあってもブナの稜線を歩くのはすこぶる気分がいいものです。






一日中曇りの筈であった天気予報は大はずれ、オ−ちゃんも心なしか浮かれています。
地震予知も天気予報もあきれるほどに確度が低すぎて、これじゃあ存在価値はありませんな!






充分に稜線散歩を楽しんで目指すピ−クまであと20分という時にちょうどいい陽だまりに遭遇するや『そろそろ呑むかあ?』
普通はね、ピ−クを踏んで、冠雪した富士を仰いで、感動に浸りながらの一杯なんだろうけれどねえ、まだ11時だし。
でもね、ここええですよ、風も当たらなくて陽だまりでビバ−クするならここは絶好のビバ−ク地になりますな。






飯山の寅さんが大晦日の夜にわざわざ届けて下さった野沢菜漬けと
会津から送ってもらった馬刺しでビ−ルと缶チュウハイと鬼殺しがあっという間に空いちゃいまして。
いやあ、山で呑む酒に勝るものはありませんな!











ほろ酔ってまったりしてもう動けません。







最後の登りがきつかったけれど1283mの菜畑山から眺める富士は格別でした。






改めまして、皆様あけましておめでとうございます。
今年も心穏やかに新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。
還暦を迎える私は、今まで以上に人生を楽しみながらゆっくりと歩んで行こうと思っています。
今年も来年も再来年も福島への寄付を続けて行こうと決めています。
閉塞感に覆われて決して良いとは言えない世相ですが皆様にとって実りある一年になりますように!







さて、我らは昼寝を楽しむことにいたします。
この1時間が何ものにも代えがたい山での至福のひとときなのでございます。






菜畑山から下山する道すがら我らは龍に遭遇してしまいました。
何という幸運、何という感動、年男の僕はこの龍の背に乗って日本昔話のテ−マを歌いながら
中島みゆきのあの歌を高らかに歌いながらしばし空想の中で空中散歩を楽しんだのでありました。






龍に遭遇した僕は今年も羽ばいてしまいそうな予感がしています。

皆さんも大きく羽ばたいて幸せの1年になりますことを願っています。



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男たちの夜会

2011-12-12 21:31:44 | 川飯.B級グルメ
夜会とは言ってもここにはドレスで着飾ったレディがいる訳ではありません。
タキシ−ドの紳士がいる訳でもなければワルツを踊れる男など誰一人いる筈もありません。
深々と冷え込む冬の夜、大河原の橋の下に集うのは北丹沢を根城に遊ぶむさくるしい男たちに他なりません。



       




盛大に燃えあがる焚火を囲んで只々呑んで他愛もない話に興ずる、
気心の知れた川原乞食たちの夜会はただそれだけでいいのです。








掘りたての自然薯で仕込んだマグロとろろ、
男たちはこれを楽しみに毎年ここに集うのかもしれません。
伊豆の料理人が仕込んでくれた新鮮なイカの塩辛も絶品そのもの。
これだけで充分に夜会は成立するというのに次から次へと男たちが持ち寄った料理が振る舞われます。


 
 






とろとろの野菜ス−プをすすると冷えきった体は芯まで温まります。
今回最低の出来ばえだった白菜と豚バラのミルフィ−ユ、酔いにまかせて火を通し過ぎたために灰汁が出てしまいました。


 




他愛もない話に興じて笑い転げていると時間はあっという間に過ぎてゆくものなのですね。
午前2時、ひとりふたりと酒にやられて素直に心地よく落ちてゆくのです。







ふらつく足で何度か皆既月食のプロセスを眺めました。
欠けてゆく月がゆらゆら揺れていたためか残念ながら鮮明な写真を撮ることは叶いませんでした。







午前6時すぎ、辺りが少しずつ白み始めてきました。
僕は独り、夜通し薪をくべながら焚火の炎を眺めては
人生に思いを馳せたり瞑想に耽ったりと静かな時を楽しんでおりました。
これこそまさにインテリゲンチャな時の過ごし方というものでございます。







一番先に落ちた熊さんも、山で慣らしたヒロキチさんも、
去年は車に逃げ込んだルア−Kさんと相模の釣師さんも今回は凍える夜を越えることができました。


 
 




川畔のこと、外気温は多分マイナス2〜3度でしょうか?







初参加の若いyukkyさんだけが寒さの洗礼を受けて車に逃げ込んでおりました。


 




それにしても皆逞しく成長したものだとつくづく感心するのです。
昨年は耐えきれずに車に逃げ込んでいたというのに凸凹の石ころの上の最悪の野宿を楽しめたのですから。









外敵から守られているような安心感のあるテント泊もいいのですが
解放感あふれる野宿を一度体験したらもう病みつきになってしまうのです。








ヒロキチさんの淹れてくれた熱いコ−ヒ−で朝を迎えた男たちには清々しい顔が蘇っています。

野人の熊さん、今年も大量の薪と自然薯をありがとう、お蔭でぬくぬくうまうまの夜会となりました。
いつも虐めているけれど一緒にいる時間が一番多い熊さんは虐められる役回りでもあるのです!

峪渡りの相模さん、来年こそは約束の南ア源流やりましょうね!
ア−クテリクスKさん、来年は中央アのヤマトを一緒に釣りましょうね!

冬野宿初体験のyukkyさん、来年こそは寒さを心ゆくまで楽しんで下さいね!
デイナデザインヒロキチさん、熱い野菜ス−プにほっこりでした。来年もまた黒部の旅やりましょうね!

ホントにありがとう、ここでこうして集える幸せに心から感謝したいと思います!

来年こそはバイク乗りのボブさん、寄席狂いのGさん、鮎師Oちゃん、流浪の源流師Nさんがここにいてくれることを願っています。
そして、拠り所を失った西丹沢の川原乞食たちのために一日も早い世附復活に寄せてエ−ルを送りたいと思います。





午前8時半、僕は一足先にここを離れました。






向かったのは紅葉がまだ残っているであろう石砂山
山に浸りたかった僕はここから登山道を外れてVル−トに入ります。








春の女神『岐阜蝶』を育むカントウカンアオイは今年も健在、この渋さが何とも言えぬ美しさを醸しているのです。

 




稜線に向けて登っていくと、、、






思いがけなくムラサキシメジの群生地に出くわしました。
すでに老菌で食べられませんがこれほどの大型の群生地は初めて、来年は採ったるでえ。
ムラサキシメジは美味しくないキノコと言われていますがナスと一緒にごま油で炒めたらとても美味しくなるのです。

 
 



稜線に上がって落ち葉の上に胡坐をかいて、、、






鴨のロ−ストで一杯やって朝飯の時間を楽しみます。


 
 






陽だまりのようなこの場所、今日は風もない暖か日和
乾いた落ち葉の上に大の字になって目を閉じていると初冬の山を独り占めしている充足感に浸れるのです。




気の置けない友がいるということ
お気に入りの場所があるということ
これこそが僕にとっての宝物の一つでしょうか!


















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千曲の旅

2011-12-01 00:59:33 | 蕎麦、うどん
霜月下旬、ようやく北信濃への旅が実現した。
穏やかなカヌ−日和だというのにカヌ−を積み込む気力も湧かず不本意な丸腰の旅となった。

それでも富倉の山里をそぞろ歩いていると何故だろうか?
昔からここに棲んでいたような懐かしのデジャヴ−に襲われて立ちすくんでしまう。







幼馴染のオ−ちゃんも、野人の熊さんまでもが思い思いに散策しながら古き良き時代の自分にタイムスリップして子供の頃を懐かしんでいるように見えた。







古(いにしえ)の昔から粛々と守り続けてきたのであろう鎮守様にも今はもう子供の声は聞こえない。
限界集落の寂しさと懐かしさを、寂びれゆく自分のふる里に重ねあわせて無性にやるせなくなった。







枯草に腰をおろしてじっと目を閉じると幼いころのKちゃんやHくんの笑顔が浮かんできて泣けてくる。
この小道を、あの森を、僕たちがそうしてきたように富倉の子供たちも駆け回った時代がきっとあったであろうに、、。







いつもの『はしば食堂』へと自然に足が向いていた。


 




期待を込めて『富倉蕎麦』を一口啜った。
たとえ秀逸でなくても、ここに来ればいつもと変わらぬお蕎麦がある。
いつもと変わらぬおばちゃんが醸す空気といつもと変わらぬ味がある、懐かしさとはそんなものなんだとつくづく思う。







二軒目は、穏やかな佐久の『じじ』さんと合流して温泉付きの『長沢茶屋』で美味しいお蕎麦を堪能した。
お風呂に浸かって一杯やってまったりと昼寝をしようと目論んでいたのだけれど残念ながら今回は叶わなかった。



 




久方ぶりの旅ならば温泉に浸かってほろ酔って心ゆくまで眠りたい。
山の上の『もみじ荘』は20年来のお付き合い、僕のささやかな願いを叶えてくれる心地よい空間は今も昔も変わらない。








午後6時、千曲の川原には釣りと酒に目のない男たちが集結して酒盛りが始まる。
飯山のmalamuteさん改め寅さんが集めてくれた焚火を囲むと鎖よりも固い連帯の輪ができてしまうのが不思議だ。







北信の馬刺し、寅さん自家製のスモ−クサ−モン、そして地酒の数々、酒飲みには垂涎ものの食材の数々がテ−ブルに並んだ。
唯一のダメ出しはこのマグロの中落ちだにゃ、掘りたての自然薯を調理してマグロとろろを喰わせる筈がなんじゃこりゃ、不届き者の熊さんに死刑の宣告じゃあ!







歳を重ねた男たちだけの時間は和やかでいいものである。
人生の機微を知り、ささやかな体験を誇張するでもなく穏やかに語り合う時間が愛おしい。







ところが途中から乱入したオナゴがあかん、壊れたテ−プレコ−ダ−のように同じ話を延々と大声でしゃべりまくっていた。
せっかく同好の士が集うのなら釣りや人生の機微を分かち合いたい、話のリレ−ションを楽しみながら和やかに過ごしたい。
コミニュケ−ション能力のない人間の話を延々と聞き続けることの辛さと虚しさを長い人生の中で初めて味わったような気がする。
山釣りに一緒に行きたいと誘われたが即座に拒絶した、沢旅の貴重な夜をぶち壊すオナゴとは1分たりとも同じ時間を共有したくない。

同好の士がわんさか集うことが素晴らしいとは決して思わない、和やかに語り合い分かち合えることが素晴らしいことなんだとつくづく実感した夜であった。







来年の北信の旅は気心の知れた友とひっそりと千曲を下り、過ぎゆく時を心ゆくまで味わう旅でありたいと思う。






鮮やかな星空の深々と冷える夜であった。







狭い我が家にもぐりこみ真綿のようなシュラフに包まれて幸せの朝を迎えた。







佐久のじじさんと飯山の寅さんが淹れてくれたコ−ヒ−で冷え切った体がほぐれた。
tomasuさんがわざわざ届けて下さったおにぎりと野沢菜漬け、お蕎麦の美味しかったこと。

訥々としゃべるこの男たちの何と存在感の大きいことか。
また来年、この男たちに是非会いたい、後ろ髪を引かて千曲を後にした。



滔々と流れる千曲と、そこに棲む男たちの懐深さに魅了された短い旅であった。



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ちょっとだけ山籠もり

2011-10-31 23:17:48 | 山歩き.散歩
どういう訳か今年は異常なくらいに忙しいのです。
忙しい時ほど山を歩きたい、山で眠りたいという心の叫びが沸々と湧き上がってくるのです。

疲れ切った体でピ−クハントなんて望むべくもありません。
ただ山を森を樹間を彷徨うだけでいいのです、ほろ酔って山に眠り山と同化できればそれでいいのです。
ただそれだけで心と体が解きほぐされて生気が蘇るような気がするのです。


 




白樺はすでに葉を落とし、ダケカンバやモミジが終わりゆく秋に彩りを添えています。








春には山菜を、夏にはイワナを、秋にはキノコを、冬には幻想的なモノト−ンの世界を
この森は四季の移ろいと日本独特の侘び寂びをひときわ感じさせてくれる僕の大好きな世界です。


 
 




つがいの岩魚たちは、この小さな沢に次の命を託して自らの命を全うしようとしていました。







2時間ほど森を彷徨って今日の棲家を探しあてました。
大きな岩と小高い岩と木々に囲まれたとても落ち着ける僕の好みの空間でした。








ひっそりと独りの夜を過ごすのにはこんな空間がいいのです。
張り終えたテントにもぐりこむとフカフカの落ち葉の感触がとても心地よいのです。








午後2時半、遅めの昼飯の準備にとりかかります、この時間がいっちゃん落ち着くのです。
前菜は白菜とシメジの塩バタ−蒸し、少々の塩とバタ−と胡椒でホイル焼きに、早くて簡単でビ−ルに合うのです。
半分食べて、残りの半分はもみじおろしとポン酢でさっぱりと二つの味を楽しみましょう。


 




今日の食材は白菜、シメジ、エノキ、卵、牛の切り落とし、シャウエッセン、これですべての食事を賄うのです。







麺つゆを3倍に薄めてフライパンに、


 




沸騰したら、すき焼きの具材を並べましょう。








麺つゆだけのすき焼き、美味しくない訳がありません。









ビ−ルのあとは赤ワイン、美味しくない訳がありません。
安上がりだけれどちょっと豪華な山飯、絶品でございました。


 




〆は稲庭風細うどんを煮込みます。
牛肉とシメジのエキスが浸み込んだウドン、美味しくない訳がありません。
秋と冬の山では毎回これにしようかと思わせるほどの山飯中の山飯になりそうな逸品でございした。


 

             




午後5時過ぎ、疲れを癒すには山で眠るに限ります。
今日は冬用のシュラフ、防寒着がなくても快適な夜を過ごせるのです。
これにスリ−シ−ズンのダウンシュラフを組み合わせれば厳冬期も無敵です。








ぐっすり眠って10時過ぎ、静寂を破る甲高い鹿の鳴き声に目を覚ましました。
テントの外に這い出ると天空には満天の星が輝いて感動せずにはおられません。
感動するとなぜかお腹がすくもので、ワインをやりながら白菜たっぷりの辛ラ−メンを食べてしまいました。



  

             


誰もいない静寂の森に独り、こんな夜が一番好きかな!





午前7時、朝日がさしてきました。









暖かい食事を摂って


 




テントを撤収して、さあ帰ったら今日もまた仕事です。






山は元気と命の源、そんなことを教えてもらったプチ山籠もりでございました。
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完敗のみずがき

2011-10-16 20:57:19 | キノコ狩り
終わりゆく秋の八つでテン泊しようと考えていました。
でも時間がとれず急遽、今年最後のキノコと決めて瑞垣にやってまいりました。






山に入ったのが午前11時、これでは勝負になりません。
夜明け前に鹿が山を一巡し、そのおこぼれを朝一で入った人間様が頂いた後の廃墟の山には何も残っておりませんでした。







少しばかりの天然シイタケと取り残しの小っちゃなヒラタケでは食材にもなりません。







仕方なくミズナコブでも摘んで味わおうとヤマトの沢に入ったのですが台風の大水でミズも全滅しておりました。
この時期のミズのコブはタタキにしても浅漬けにしても美味しいのです。いやあホンマについてなかとですねえ。






でも一つだけ嬉しいことがあったのです。
沢を覗いてみると連続する小っちゃなプ−ルの殆どにヤマトらしき岩魚がペアリングしているのです。
仲睦まじく遊ぶ岩魚の姿に感動すら覚えてしまいました。ここは来年もそっとしておきたいと思います。









という訳で、今日の収穫は何もありません。
それでも山の楽しみはいくらでもあるのです。
先ずは薪を集めて焚火、これがあれば何もいりません。









遅い昼飯というか早目の晩飯と言いましょうか、山では何を食べても美味しいものです。




 







午後5時半、辺りは暗くなり始め空気も少し冷えてきました。
お腹が満たされて酔いが回ったら温々のシュラフにくるまって野宿です。






こうして一日が過ぎてゆくのもまんざら悪いものではありませんね!




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みずがき秋味

2011-09-25 23:02:44 | キノコ狩り
記憶を辿ってみると去年の今頃もみずがきの森に遊んでいた。

この三連休、仕事が入っている1日目と3日目の合間を縫ってみずがきにやってきた。
夜の中央高速には前が見えなくなるほどの激しい雨が降り続いていた。
幸運にも雨が上がった午後10時過ぎにみずがきに入ることができた。

今回は道上の東屋に陣取って焚火で暖をとりながら厳しい冷え込みに耐えつつシュラフで眠った。
この道すがら、熊さんは予告通り夜襲をかけてものの5分でスズメバチの巣を戦利品にしている。

嬉しいことに頭と首すじと腕の3か所に逆襲を喰らっていたがオロナイン軟膏を刷り込んだだけで痛みは治まっている。
顔中を刺されて形相が変わるほどに腫れあがってくれたらブログネタになっていたのにと文句のひとつも言いたくなるのだ。

ススメバチの天敵が熊であることは聞いていたがこの男はものの見事に目の前で立証してくれた。



 





翌朝、ハナイグチを探してカラマツ林への山道を登った。
堆積した腐葉土とコケでフカフカになった林床を歩くのは何とも心地よいものである。









カラマツ林の先住民は真夜中に徘徊する。
その鹿たちが食べ残した僅かなお裾分けを人間たちが頂く。
ハナイグチは美味しいキノコであるけれど、それ以上に美しくて愛らしい容姿の虜になってしまう。



 
 





カラマツの根方、倒木の周辺のいたるところに鹿が掘り起こした跡がある。









昨夜の豪雨、一昨日の台風のためかハナイグチの傘には水を含んでいて老菌のようになったものも多い。



 
 







3時間ほどでハナイグチは十分な収穫になった。

小さな沢に入って岩魚に挨拶して帰ろう。
続けざまに襲った台風によって渓畔が抉られ苔むした岩が洗われていい雰囲気を醸していた沢は見る影もない。









それでもイワナは逞しく生き残っていた。
左はヤマトまじりのイワナ、右は近畿地方の一部にひっそりと生き残っている『流れ紋岩魚』の末裔だろうか?



 




この増水した水が引くころにはまたここのイワナも古巣に戻ってくるに違いない。








このイワナはヤマトの血が色濃く残っている22センチ。
金色の体色にオレンジ色の朱点はここのヤマトの特徴である、背中の白点がなければ、、、、








さて、いつもの場所に戻って秋を堪能致しましょ。








この色、このヌメリ、ええではないですか?









今回はちょっと湯がいて


 




たっぷりのもみじおろしとポン酢でさっぱりと






うぅぅ絶品!
この食感、この味、森で呑む酒の伴としては極上品でございます。





しかもこの量、二人であっという間に平らげてしまいました。

 



そして木漏れ日の中でむさぼる午睡

 



何も一日中遊び尽くすことだけが遊びではありません。
森の中での午睡、これもまた至福のひとときなのかもしれませんね。

キノコ、イワナ、美酒、マイナスイオン、午睡のまどろみ
充分に堪能したみずがきの森の一日でございました。




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黒部ふたたび

2011-09-19 17:46:17 | フライフィッシング
さぞかし皆さんも12号台風には振り回されたこととお察し致します。
かく言う私もこの3連休は、若き釣友と南アルプス天泊釣行を計画していた訳でありますが、
1000ミリを超える降水量のため林道も源流帯も崩壊してズタズタとの事前情報を得てやむなく中止と相成った次第です。

しかししかし、せっかくの3連休、しかも禁漁間近ですからね、どこかに行っておきたい訳でして色々と検討を重ねた結果、
湖に流れ込む渓ならば流されてしまったイワナも遡上が早いだろうと乗鞍、御岳、黒部の源流に狙いを絞り最終的には黒部に決定。
もし木橋や梯子が崩壊していたらその時は剱岳登山に切替えようと覚悟して山装備も併せて車に積み込んで黒部に向かったという次第です。


途中、隊列を組んで歩いてくる登山道管理を請け負う建設会社の方々に出会ったので様子を尋ねてみると
『台風の影響は殆どない』とのこと、安心したというべきなのかどうも複雑な心境に陥ってしまう訳でして。









季節の移ろいは早いものでチタケの姿は殆どなく、代わりに愛らしいタマゴタケがニョキニョキと出揃っておりました。
ちょっと甘みがあって香りも良くてバタ−と塩のホイル焼きやパスタの具にと重宝するキノコでございます。



 
 





この梯子も健在でございました。
今回は初めから小屋泊まりと決めていたのでザックは約7キロ、楽ですねえ。



 





約1か月ぶりの黒部はいつもと変わらぬ爽やかな群青の空、これを見ているとスカッとするのです。
黒部に来て良かった、と思うと同時に相模の釣師さんを連れて来れば良かったと悔やんだりもするのです。









この峪は上流部よりも下流部の方が水量が少なくて穏やかに流れます。









下流部のイワナは小柄で20センチから精々23センチ止まり。



 
 




中流部に差し掛かるとダイナミックな渓相に変化してきます。









そしてイワナも8寸前後にサイズアップ。



 







時計も1時半をまわったのでランチタイムです。
今回のイワナは抱卵している雌が多いので心優しい僕は刺身は控えることにして
非常食のマフィンにサンドイッチスプレッドを塗って頂きましたが、これがまた結構イケルのです。
もちろんピ−カンの空の下でビ−ルをやらない訳にはいきません。












釣り再開は午後2時のことでした。
手前のタルミ、奥の巻き返し、そして流れだしとここでは3尾のイワナを引き抜きました。










この2尾は黒部のヒライワナ。
オレンジの斑点とY字の斑紋、そしてネイティブにも関わらず尾びれの小さいのが特徴だそうです。



 






午後3時、この辺りまで来ると活性はものすごく高くてイワナは超興奮状態。
50〜60センチも横っ飛びしてフライに食らいついてくる光景はエキサイティングで
久々にフライフィッシングの醍醐味を存分に味わうことができました。









黄金イワナ、ヒライワナ、真っ黒イワナなど黒部特有のイワナたち。
しかも9寸〜泣き尺までの良型岩魚がイルカショ−よろしく激しくライズする様をお見せできないのがとても残念です。









 









そして魚止め。
ここまで多分30尾以上のイワナと遊んでくたくたになっておりました。











魚止めの2尾目は黄金のヒライワナ。
以前から思っていたことなのですが、ヤマトイワナの血が混じっているのではないかと?
平の小屋の三代目にこの話をしてみると、その可能性は高いであろうとのこと。
つまり大規模な地殻変動以前の時代の黒部川は太平洋に繋がっていたという説もあるらしい。









午後5時過ぎに平の小屋に辿り着いて、幸いにも一番風呂でほっこりさせて頂きました。
今日の泊り客は5人、しかもすべて山屋崩れの釣り人なので心置きなく宴会に突入です。

この石油スト−ブ、実は暖房用ではなくて岩魚専用なのだそうです。
一番美味しいイワナの尾びれを焦がさずこんがり焼きあげるために芯の長さを変えているという
3代目ならではの拘りがあるんですね。岩魚の塩焼き特有の芳しさに食欲が湧きあがってまいります。








こんがり焼いたこの尾びれ、朝ごはんのフリカケになるのですが頼み込んで1枚食べさせていただきました。
パリパリの触感、口中に広がる香ばしい香り、味付けしていないのに深い味わい、いやぁ職人の技に脱帽です!







先ずは岩魚の塩焼きでご飯を2膳。
そのあとは虹鱒の刺身、釣り師が持ち寄ったツマミと酒で夜更けまで酒盛りが続きます。
今回は釣りの話よりも山の話で盛り上がり、テンカラの名手である3代目は実は実力派のクライマ−でもあったことを初めて聞かされまして。
数十年前に、フリ−クライミングで一ノ倉沢をやった話し、エベレストのアタック隊と共に最終キャンプまで登った話しなどは圧巻でしたね。







あくる日、充分に釣欲を満たされてしまった僕は渓に立つこともせず
前々から是非カメラに収めておきたいと執念の様に思っていた蝶を追いかけることにしたのです。







旅する蝶『アサギマダラ』
日本列島を北から南へ、南から北へと500キロも1000キロも旅をする蝶をようやく撮影することが叶いました。
この透明感のある美しい蝶の一体どこに1000キロもの距離を飛び続ける力があるのでしょうか?
そう思うと、アサギマダラに逢えることに感動すら覚えてしまうのです。





実は今回、自分のカメラにその姿態を収められたことはイワナが沢山釣れたことよりも遥かに心満たされるものがありました。







黒部、今年はこれが最後の旅になると思います。
多分、今年はもうロッドを握ることもないと思います。
思いがけずに良い釣りができたこと、追い続けたアサギマダラを撮影できたこと
沢山の心広き山屋さんや釣り師さんに出会えたこと、黒部に感謝せずにはおけません。


来年は是非とも温めていた想いを遂げたいと思います!












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みずがきの恵み

2011-09-11 17:01:49 | フライフィッシング
前日、僕が帰宅したのは午前0時半のことである。
連日の遅い帰宅に心底疲れ切っていて、できることならゆっくり眠りに就きたかった。
ああそれなのに、残酷にも我が家の前に待っていたのは釣友熊さんのジムニ−であった。
シャワ−を浴び休む間もなくそそくさと支度をし、まるで連れ去られるように瑞垣の森に向けて発った。

車の中で爆睡しようと思っていた僕の願いは脆くも打ち砕かれてしまう結果となった。
みずがきに向かうワインディングをタイヤを軋ませながら容赦なくGをかけられたら眠れるはずもない。
今度生まれ変わったら絶対にこの男の車には乗るまいと心に誓った夜であった。


極度の睡眠不足のままに天鳥川の流れに立った。
ロッドを繋ぎティペットを結んでポ−チの中を探るといつもの場所にフライボックスがない。
やる気のない時というのはえてしてこんなものである、早々に釣りは諦めて渓を後にした。








それにしても瑞垣の夜空は見事であった。
ヒロキチさんも合流して午前3時半、満天に輝く星を眺めて呑む酒に酔いしれてそのまま大地に横たわって眠った。
野宿の至福を知ってしまった男たちは二度と快適なペッドで眠ることなどできなくなってしまうのだ。

釣りを諦めてハナイグチを求めてひとりカラマツ林に向かった。
時期が早かったのか先を越されたのか探せど探せど採れたのはたった1本だけ。
ハナイグチのおろしポン酢は諦めるしかなかった。









ひやむぎの具にしようとヒラタケを探したがいつもの場所のものは既に採られてしまっていた。
今年の栃木はチタケが不作だといわれているが瑞垣の特定の場所にはワンサカ生えていた。









熊さんが地蜂の巣を収奪して帰ってきた、七層の見事なものであった。
この男は西丹沢のファイタ−Kさんに匹敵する豪傑である。









それぞれに獲物を持ち寄って酒盛りが始まる。
イワナもキノコも蜂の巣もこの一瞬のためにやっているようなものである。









不猟であったハナイグチの代わりに、非常食のコンビ−フを使ってありあわせのナスとピ−マンを炒めた。
コンビ−フは油を必要としないので使い勝手がいい、醤油とコショウで味を調えてあっという間に出来上がる。









ご飯にも合うしハンバ−ガ−の具に使ってもイケる食材になることは意外に知られていないようだ。
熊さんのレバ−ペ−ストとオイルサ−ディンとフランスパンの取り合わせも相変わらず高い人気を維持している。








チタケが見つかってよかった。
チタケで出汁をとった麺は我らのお約束になりつつある、いやあホントに旨いっす。







途中、静岡から釣りに来たという方が飛び入り参加した。
チタケひやむぎを一口だけおすそ分けして大井川支流の話を聞いてみた。
1000ミリ以上の降雨に襲われてズタズタになった支流は当分復活しないだろうと。
どこもかしこも台風12号が残した爪跡は想像をはるかに超えるものであるようだ。








ヒロキチさんが熾火で2時間以上をかけてじっくり焼き枯らしたイワナはまるで燻製のように絶品の味に仕上がった。








こんなに旨いイワナ、何年振りかで味わったような気がする。
イワナを頬張りながら思わず感嘆の声が漏れてしまう。









緑濃いみずがきの森にはいつも爽やかな風が吹き抜けている。
みずがきの森がもたらしてくれる恵みに裏切られたことはまだ一度もない。
ゆるやかに流れるみずがき時間は僕たちの心身にもっともフィットする心地よい時間になりつつある。









それにしても何時からこの男たちはこんなにもグ−タラになってしまったのか?

いや決してそうではない!
無為に過ごすひとときこそ至福なのだということを知った男の姿がここにあるのです!



どこもかしこも荒れ果ててしまった。
あぁ来週は一体どこへいったらいいのでしょうか?






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儚さの美

2011-09-04 23:05:17 | 独り言
固い蕾がグラマラスなふくらみに変わり始める。
透明感のある花弁のひとつひとつが、絹のような花びらの一枚一枚が魅惑的で誘惑に満ちている。
開き始めた花芯からは眩暈がするほどの強い香りを放ち、開花が進むにつれてその香りが薄れていく。
わずか2時間少々、月下美人の儚くも華麗な生涯を彩る生命のドラマを見つめていて思ったことがある。



















振り返ってみれば人間の生涯もまた儚いものである。
自分の意志をもって生き始めるのは10代の頃からであろうか?
さらに自立して生き始めるのは20代に入ってからのことである。
それからおよそ30数年、信じたくないが来年には僕も還暦を迎える歳になる。
仕事も学びも遊びもそれはそれは面白くて、刺激的な日々はあっという間に過ぎ去ったような気がする。

キラキラ輝いていた日々はホンの一瞬であったように思う。
これからあと何年、この生き方を続けられるのであろうか?
少し忘れっぽくなってもきたし、活字を読んでも総ては頭の中に残らなくなってきたような気もする。






還暦には『赤ちゃん還り』の意味もあるらしい。
ならば僕ももう一度、精力的に生き直してみようか?
同業の先輩の中には後進を育てながらも仕事と学びを精力的に続けている方々が多い。
山で出会った70歳、80歳の先輩方も、ゆっくりではあるが確かな歩みを続けている姿に教えられる。

台風の襲来によって今週の大井川Fish & Peakの単独行計画はつぶれてしまったが
9月はまだ南アルプスと北アルプスの源流行が残っている。
これからキノコもおもしろい、刺激的な日々はまだまだ続けたい。



来年のために2.5万図を手に入れた。
5万図の山地図に比べると地形は遥かに読みやすくなった。
でも見慣れた国土地理院の地形図の方がなぜか地形をイメ−ジしやすい。

国土地理院のコマ切れの地形図を編集して1枚の地形図にするソフトウェアがある。
『Trekking Map Editor』、でも僕は未だに貼りあわせて手作りしている。
GPSを搭載した山ナビがいくつもリリ−スされているが手に入れるつもりはない。
若いころ、峪を釣り上がりながら尾根に這い出る沢旅を繰り返していた時代があった。
地形図に載っていない枝沢にいくつも出くわしてどっちに進めばいいのか見当がつかないことも良くあった。
そななとき、自分の居場所が分かるGPSがあったらどんなに安心安全な沢旅ができたであろうか?

そんな危険地帯に入り込むこともなくなった今は地形図から得られる情報だけで十分である。
地形図があれば遡行の可否、巻道、エスケ−プル−ト、テン場適地などのおおよその見当はつく。

今日も地形図を眺めてワクワクしていた。
地形図は魅惑的でもあるが、きわめて誘惑的で危険でもある。
地形図の危険な誘惑から逃れながらもあと10年、魅惑的な沢旅を続けていきたいものである。

それが僕のわくわく人生の源泉なのだろうと思うから。







 







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