佃大橋を徒歩で渡ります。
ずいぶんと昔、同じ場所から見た風景にこの高層ビル群などなかったことは覚えております。
佃島を散策しました。
駄菓子屋さん、酒屋さん、銭湯、はしゃぎながら下校途中の小学校生、赤ん坊をばってん紐でおんぶする母親、井戸端会議中のおばあちゃん、水路、路地の花鉢、野良猫・・・
まだまだ懐かしっぽい風景は残っているのです。
月島西仲通り商店街、通称もんじゃストリートにはたくさんの裏路地が存在します。
高層ビル群も目に入らないので、なぜか安心できる場所なんです。
大衆酒場『岸田屋』はこの月島西仲通りの中にあります。
開店まであと1時間、暇つぶしに・・・疲れたのでモスバーガーでお茶してました。
これがなかなか時間が経ってくれません。どうにもファーストフード店でねばることは苦手なんです。
4時35分、我慢の出来なくなった僕は岸田屋の前で並んでいようと妻に申したてます。
「ええ~、寒いから嫌だよ」「ばか!岸田屋さんの人気をお前は知らないからそんなこと言うのだ!」「平日だから大丈夫だよ」「ばかばか!平日だろうが世の中には呑むと決めたら仕事だってサボっちゃう人間はたくさんいるのだぞ!」「だってアナタはラーメン屋だってガストだって並ぶの嫌いじゃない」「岸田屋さんは別です」「同じ食べ物屋さんじゃない」「いいじゃねえかよ、もうジュース飲んじゃったんだもん」
4時39分モスバーガー出発。
岸田屋さんの店前にはすでに4人ほど並んでおりました。それが開店間際にはしっかりと行列化し、シャッターが開かれると同時にほぼ満席状態。
あっけにとられた妻の目ん玉が真ん丸くなっておりました。
客席は細長コの字カウンターと片側だけ壁向きにカウンターがあり20人ちょっとぐらいが座れる広さです。
壁に掛けられた黒板のメニューや古い酒造会社のポスターなど、なんとも落ち着きのある店内です。
まずは煮込みとあなご煮付け、そして熱燗二合を注文。
「煮込みのネギはいれますか?」
店員さんから突然聞かれたとっても嬉しい言葉に、
「はい、抜いてください。どんどん抜いてください」とこたえる僕。
こんなことを聞いてくれたお店が過去に存在したでしょうか?ラーメン屋でも立ち食いそば屋でも“ネギ抜き”と注文しても、返事だけは「はい!」とこたえるのに実際はしっかりどっさり入れて出されるお店だって多いのです。
それをこの岸田屋さんは、なななんと最初からネギ抜きにするか否かを客に選ばせてくれるのです。世の中、まだまだ捨てたもんじゃありませんねぇ~♪
それにしても岸田屋さんの店員のおふたりは本当に気持ちよく接客してくれます。店の雰囲気にはとても似つかわないほどの若い女性なのに落ち着いたやわらかい笑顔でひとりひとりの注文をしっかりと聞いてくれるのです。注文を通すことすら難儀な居酒屋が多い中、この岸田さんの店員さんは、まるで暗闇にさす一筋の光明のごとく、枯れた大地に咲く一輪の花のごとく、タマネギピーマンネギのなかの一片の肉のごとく・・・とにかく疲れ切ったお客さんたちに安らぎをあたえてくれるのです。とっても美人だしぃ~♪
さて、煮込みが運ばれてきました。見た目はごく普通なのですがひとくちつまんで驚かされました。トロトロハフハフウマウマなのです。ホルモンの脂が汁に溶け込み甘さが際立っております。数種類の具材がまた味、口触りのアクセントを変え食べていてまったく飽きのこない煮込みなのです。わざとらしい臭い消しの生姜や大蒜の香りもいっさいなし、大根や人参、ごぼうなどの野菜類も入らない濃い目の味付けなのに、それでいてまろやかさも楽しめる、きっとなんかしらの隠し味や工夫が施されているのでしょう。さすがこの煮込みを目当てに足を運ぶお客が後を絶たない理由がわかります・・・参りました。
あなごの煮付けもまた驚かされました。やはりトロトロハフハフウマウマなのです。やはり濃い目の味付けですが醤油辛さなどまったく感じさせない絶妙の味加減です。なんといってもこのあなごの肉厚さと脂ののり方、小骨など一切感じさせぬ柔らかさ・・・参りました。
あっという間に二合の酒がなくなりました。ハイボールを注文するとステンレス製タンブラーにレモンを添えられ出てきます。温かい料理に冷え冷えのハイボールがまた合うんですよねぇ~♪
次に肉豆腐と銀だらの塩焼きを注文。
肉豆腐もまた濃い目の味付けながらコクと甘味の強い汁が豆腐と牛肉に染み込んで、やはりハフハフトロトロウマウマの美味さです。しいて言うならネギが邪魔ですが、しかしこのネギから染み出るエキスも汁に風味をあたえいらない存在ではありませんでした・・・参りました。
ちなみにネギはいつも妻が担当してくれます。
ハイボールをお代わりし、次に東京は青梅の地酒“澤乃井”を常温で注文。これがまた料理に合うんです。
「銀だらの塩焼きはもう少しお待ちくださね」
奥から女将らしき女性が出てきました。丁寧なのにどこかなじみ深さを感じる話し方から、さすがにこの岸田屋さんの年輪を感じさせます。
「お待たせしちゃってすみませんでした」と若い店員さんが銀だらを机に置きます。
「いや、なんもなんも、全然全然、まったくなんも全然・・・」
思わずほくそ笑んでしまう僕です。
この銀だらの塩焼きがなんとも素晴らしいものでした。焼きたての表面からは細かい脂が沸々と浮き上がり、箸を入れると魚の身が繊維に沿ってほろっとはがれるのです。厚みのある切り方、塩加減、焼き加減、身の甘さ、風味、どれをとってもこんなに美味しい銀だらに出会ったのは初めてです・・・参りました。
隣のお客もご夫婦でいらっしゃっております。「ハフハフトロトロだよ!美味いなぁ~!」僕たち以上に次から次へと料理を注文し、ハイボールをゴクゴクと流し込み、「あぁ~、幸せだぁ~!」と喜びをもらしておりました。
ちなみにお隣のご主人が食べておられた牡蠣鍋はそそられました。最後におじやにしてもらっておりましたが、やはり「ハフハフウマウマァ~♪」とレンゲを口に運んでおられました。
妻は酒を飲みませんが、真剣に料理を楽しんでおりました。
「お刺身をひとつも食べなかったのに、こんなに美味しいお店は初めてだよ。また連れてきてね」と烏龍茶を飲みながら笑顔で話します。
次は鯵や鯖、鰯の料理も楽しみたいとも言っておりました。
店の雰囲気、接客、味、値段、若い女性の店員さんの美人度、そして女将さん。
どれをとっても100点満点の倍の倍の倍のお店でございました。
後日ネットで調べましたが岸田屋さんは昭和18年創業だそうです。
東京三大煮込み、そして日本三大居酒屋の一店として有名な老舗です。
先代が亡くなられたあと、女将さんと娘さんとでこの店を守り続けているんです。
狭いカウンター席に腰を据え、隣客と肩を触れ合わせながら昭和初期ののままを悠然と楽しむ・・・そんな粋な呑み方が似合いそうなお店なのです。
人は美味しいものを食べると笑顔になる・・・そんな言葉をよく耳にしますが、
まさにこの岸田屋さんは“笑顔のど真ん中”なお店でございました。
この店を語らずして居酒屋を語るべからず・・・そう豪語する方も少なくないようです。
あ、しまった!
〆に鰯のつみれ汁を注文するの忘れちまっただよ・・・