ファチマの聖母の会・プロライフ

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なかなかの平手打ち|サンタクロースの知られていない奇跡

2022年01月28日 | ファチマの聖母の会とは?
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、プーガ(D.Puga)神父様のお説教をご紹介します。
※このお説教は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております

サンタクロースのモデルと言われている聖ニコラス司教は、多くの奇跡をおこしたことが伝えられています。



プーガ(D.Puga)神父様のお説教  
なかなかの平手打ち
2021年12月6日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン 
愛する兄弟の皆さま、本教会の守護聖人、聖ニコラスを祝うために、大勢集まられて嬉しく思います。また、本教会は大聖人聖ニコラスの守護を仰ぎ、光栄に思います。

リュキアにあるミラの聖ニコラスです。リュキアは当時、小アジアと称して、今のトルコにあたります。聖ニコラスは単なる司教でしたが、司教らしく、自分に与えられた群の世話をつづけました。3-4世紀ごろでした。聖ニコラスは大変に有名になったのは、死後、多くの奇跡を起こしたからです。聖ニコラスの墓に参ると、聖ニコラスの執り成しによって多くの驚く奇跡がありました。

だからといって、この世での聖ニコラスの戦いを忘れてはいけません。なぜなら、聖ニコラスの司教在位の最初のころ、迫害を受けました。古代ローマのディオクレティアヌス帝の大迫害の時代でした。逮捕されて、数年にわたって牢屋にいました。そして、牢屋にいても信徒さんたちの信仰を支え続けました。

そして、司教在位の後半、コンスタンティヌス帝が回心するようになって、迫害が収まりましたが、今度、大変な異端が現れました。アリウス主義でした。異端名はアリウスという司祭に由来していて、アリウスがはじめて提唱した異端です。アリウスはアレクサンドリアの大きな小教区の一人の司祭です。

アリウスは我らの主、イエズス・キリストにすこぶる驚嘆して、善意をもって信仰を守ろうと思っていたはずですが、傲慢になり誤謬に陥りました。なぜ傲慢になったかというと、アリウスは苦行で広く知られて多くの人々が彼の教えを聞きに来たりしていたからです。このせいで、傲慢に陥り、また捨てるべきだった誤った哲学を見捨てることを拒んだ結果、我らの主イエズス・キリストのご神聖を否定するようにいたりました。はい、そうなのです。

なぜなら、アリウスにとって創造と発生とは同じ事柄でした。創造はある時点から始まるものですね。そしてアリウスにとって、発生というのも、時間において始まりを持たなければならないと思い込んだのです。また聖書において、明らかに御子の「発生」があると啓示されています。ですから、アリウスはこう結論しました。意向を踏まえて、合理的にいうと「イエズスは永遠ではない」という結論に至りました。そうなると、イエズスは天主ではないと結論せざるを得なくなってしまいました。そうなると、天主において、御父と御子とがなかった時代もあったと。
これらは重大な異端です。

残念ながらこれらの異端は意外と広く受け入られました。なぜなら、これらの異端を肯定すると、信徒の日常生活を楽にさせるからでした。イエズスが人間だけなら、わかりやすくて、厄介な質問がされなくても済むし、またアリウスは音楽を作成することが上手でしたので、自分の教えを覚えやすい音楽・歌にして、広く流されて一般信徒までおぼえられてしまいました。
そして、アリウス主義の異端は非常な規模まで拡大しました。カトリック教会自身がアリウス主義になったのではないかを思わせるぐらい流布しました。

聖アタナシオスだけは確固たる姿勢を示し、一歩も譲りませんでした。ニケア公会議を遵法しました。アリウス主義の異端が拡大し始めたころ、コンスタンティヌス帝の招集令の下、教皇シルウェステル1世の承認の下、ニケア公会議がはじまりました。アリウスをも誘いました。そこに参列していた300人以上の司教の前で、アリウスが自分の教えを説明させるためでした。325年のことです。第一回の公会議です。

コンスタンティヌス帝の回心はつい最近のことです。要するに、アリウス神父は自分の神学説を弁護するために誘われました。そして、そこに集まる司教たちは話し合って、カトリック信仰に照らして、この神学説の是非を判断する目的を持った公会議でした。
公会議に参列した司教たちの内に、ミラの聖ニコラスもいました。ですから、今晩、ニケア公会議と聖ニコラスについてご紹介します。



ニケア公会議はご存知のように、アリウスの説を断罪しました。
ニケア公会議の間に起ったある場面が記憶に残りました。これはアリウスが自分の説を紹介する時でした。そして、聞いている司教たちからアリウスへ問われました。「そうなると、アリウスにとってイエズスは天主の被創造物であるということですか」と。そしてアリウスは「はい、その通り、イエズスは被創造物です」と答えました。会衆にはざわざわとして、いっぺんに、皆、恐れおののいたかのような空気になりました。なぜなら、これほどの冒涜を平気に言えることはショックでしたし、またアリウスの結論から生じるとんでもない帰結をも予想したからでした。

アリウスの理論を追求させたら、イエズスは天主によって創造された、ある種の偉い、高等天使のような存在で、肉体を問った天使だとします。そしてこのすごい天使は天主の全能を通じて、全宇宙を創造したとされます。そして肉体をとったのですが、天主ではないとアリウスは言います。聖なる三位一体の第二の位格ではないということです。

しかしながら、肉体をとったからといって、アリウスにとってイエズスは本当に人間でもないという立場です。なぜなら、アリウスにとってイエズスの霊魂は人間の霊魂ではなく、霊的なロゴスと称する、いわゆる天主以外の至上の天使の霊魂であるとアリウスが言っているからです。
愛する兄弟の皆さま、以上のアリウス説の帰結はなんですか。キリスト教の全滅を意味します。なぜなら、イエズスが天主ではないのなら、天主は御托身(肉体になりたまう)を実現しなかったことになります。つづいて、イエズスは天主でなければ、十字架上に我々を贖罪し給うたのは天主ではないという意味になります。さらに、イエズス・キリストは本当の人間でなければ、人類を贖罪したのも人間でなくなります。人類の一員が贖罪の玄義を行ったという意味がなくなります。御托身の玄義も、贖罪の玄義も、聖なる三位一体の玄義も否定されます。つまりアリウスの愚論は信仰の基盤を攻撃していました。



ニケア公会議のその場面にもどりましょう。この冒涜を聞いた司教たちは声をあげて反論します。訴えます。
すると、一人の司教は立ち上がって、アリウスの説を聞いて憤ったあまり、アリウスの近くまで来て、アリウスへかなり激しい平手打ちを与えました。この司教は他でもないミラの聖ニコラスでした。

それを見ていた他の司教たちは驚いてちょっと異議を立てます。「アリウスがこれほど冒涜したとしても、これほどの反応までする必要はないだろう。アリウスも司祭なので、司祭職に対する尊厳はどうなるのか。あなたは司教だろう。教会法に照らしても聖職者が殴られるべきではないと定められている」などの批判が高まりました。

この結果、そこにいた全員揃って、その司教に対して罰することを決意します。聖ニコラスの司教服はその場で脱がせられました。また、皇帝に申し付けて、「聖ニコラスを投獄するよう」と要求しました。理由は「教会法を甘くみることを放置するわけにはいかない」というものです。
また当時の東洋では、司教職を象徴していた「Omophorion」という布をも取り上げられました。西洋では「パリウム」とちょっと似ていますが、パリウムと違って、当時の司教なら身につける一般的な司祭服でした。要するに、司教職を示す服でしたね。

可哀そうなミラの聖ニコラスはそのまま、牢屋に投じられました。しかしながら、聖ニコラスの平手打ちは激情に負けてのことではなく、聖なる怒りによってイエズス・キリストに誘導された行為だったのです。
つまり、聖ニコラスは牢屋にいましたが、牢屋に聖母マリアが現れました。聖母マリアは何も言いませんが、聖母マリアの手には司教職を示すOmophorionがありました。そして、そのOmophorionは聖母マリアにより聖ニコラスへ渡されました。

数日が経ちました。投獄の期間は数日間でした。なると、ミラの聖ニコラスは赦免されて、公会議に戻ることが許されます。たしか、公会議に出る時、没収されたはずのOmophorion即ち司教服を身につけていました。それを見た会衆は聖ニコラスが改めて他の司教と一緒に公会議で座れるべきだと認めざるを得なかったです。

愛する兄弟の皆さま、しいて言えば、なかなかの平手打ちでしたね。確かに、我々は異端者を殴るようなことをしてはいけません。我々の戦いは霊的なものだからです。ただし、この平手打ちは正しい憤慨の現れです。
そして、最終的に、ニケア公会議は改めてはっきりと信仰を断言しました。つまり、イエズス・キリストは聖なる三位一体の第二位格であることが示されました。御父と同質であり、永遠であるのです。また、肉体になりたもうた人間です。また、十字架上にて我々を救い給いました。本物の天主からうまれた本物の天主です。

その後、信経を唱えられます。聖ニコラスの信仰を念頭において唱えましょう。この信経はニケア公会議が制定した祈祷です。ですから、ニケア公会議はカトリック教会において非常に重要な役割を果たしました。それにもかかわらず、アリウス主義という異端は広まり、流布しますが、聖アタナシウスや歴代教皇がそれに対して戦いました。
聖ニコラスは天主の良い僕として、自分の教区にて安らかに亡くなりました。

愛する兄弟の皆さま、なぜ以上の話をしたかというと、1975年との関係があります。
本教会、聖ニコラスは現在、聖ピオ十世会の司祭たちがお世話になっています。ご存じのように、聖ピオ十世会はルフェーブル大司教によって創立されて、70年代になって、多くの困難にあいましたね。公会議に続いて、多くの新しい典礼や改革に対して抵抗し始めた大司教でしたので、多くの困難にあいました。公会議などの改革は本来ならば平信徒に影響を及ばないはずでした。

そして、70年代なら、多くの人々はルフェーブル大司教が新しい聖アタナシウスではないかと言われたりしましたが。つまり、新しいアリウス主義に対するカトリック信仰を守る聖アタナシウスだと。時々、聞いたことですが、本当であるかどうかわかりませんが、ラッツィンガー枢機卿(後のベネディクト16世)は「ルフェーブル大司教は20世紀において司教の内でも数少ない一番優れている方です」と言ったそうです。そのように言われたかもしれません。

それはともかく、1975年になって、思い出すのも悲しい教皇パウロ六世はルフェーブル大司教に書簡を書きました。思い出すのも悲しいというのは、いま、聖伝典礼は虐待されて、非常に限られたところでしか捧げられなくなった状態はそもそもパウロ六世のせいだからです。それはともかく、パウロ六世は1975年、ルフェーブル大司教に書簡を送りました。いまでも聖ピオ十世会は保管している書簡です。1975年6月29日の書簡です。こうあります。

「第二ヴァチカン公会議はニケア公会議ほど重要であり、もしかしたら、ニケア公会議より重要であるかもしれない」という教皇の文章があります。問題は第二ヴァチカン公会議が信条に関する断言と誤謬に対する断罪をあらかじめあきらめていました。これは公会議の最初から明らかにされて、司牧活動に限っての公会議だとあらかじめことわっていました。

また第二ヴァチカン公会議は正式に、王たるイエズス・キリストの社会への統治権などを横へうっちゃったのです。このような教義を無視した公会議と教会の宝石なるニケア公会議とをいったいどうやって比較できるでしょうか。今でも毎日曜日に唱える信経を定めたニケア公会議です。第二ヴァチカン公会議と比較できるものですか。第二ヴァチカン公会議は「エキュメニカル」だと自称しましたが、「エキュメニカル」の二重の意味を利用して誤魔化し、公会議は他の宗教との合併を障害するあらゆる要素を斬り捨てようとしました。

愛する兄弟の皆さま、あさっては無原罪の御宿りの御祝日となります(12月8日)。聖母マリアはリベラルの方ではありません。自由主義者ではありません。聖母マリアはよく知っておられました。聖ニコラスはアリウスにたいして平手打ちをした時、罪をおかさなかったのです。ちなみに、アリウスの最期は惨めで酷かったです。

いや、聖ニコラスの平手打ちはイエズス・キリストへの激しい愛、礼拝などの心から生じました。愛される御主が侮辱されて、何もせずにいられませんでした。このような激しい愛をだれよりも理解しておられる方は聖母マリアです。

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

三種類の王

2022年01月23日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、ビルコック(G.Billecocq)神父様によるお説教をご紹介します。
※このお説教は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております

ビルコック(G.Billecocq)神父様のお説教  
三王(三人の博士)
2021年1月6日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン
親愛なる兄弟の皆さま、本日、ご公現の祝日をもって、カトリック教会は我らの主、イエズス・キリストの公けの現れを祝います。つまり、イエズスの天主性とその王権を外的に示されたことを祝うご公現です。なぜなら、我らの主、イエズス・キリストを礼拝しに来た三人の博士は王子でもあったことから、我らの主、イエズス・キリストの王権を祝うことになります。
聖伝によるとイエズスを礼拝しに来た王は三人いるとされています。
しかし、本日の福音の教えにおいて、三人の博士は三人の王のみならず三種類の王に関しても言及されています。

最初の王は王の王なのです。我らの主、イエズス・キリストです。馬小屋の桶の藁の上に置かれたこの幼き子はかよわい姿ではあるものの、天主ご自身なのです。そして天主である上、イエズスは王でもあるのです。天地の王なのです。そして、ほかの多くの王と違う王なのです。なぜなら、彼の王権が及ぶ統治は霊的なものだからです。世俗的な統治だけではありません。このようにイエズスの王権は常に隠されているのです。
これは外形などのうわべにとどまらないこと、またイエズスは外見上の統治、形式上の統治を望まれておられないことを示すのです。かえって、イエズス・キリストの王権は霊的な統治であり、内面的な統治であり、目に見えない統治であるということが示されているのです。なぜなら、霊魂、心への統治は目に見えないものの、確固たる現実であるということに関して変わりがないからです。



要するに、我らの主、イエズス・キリストは王なのです。霊的な王権です。そして、御受難の際、イエズスはピラトへ明白に仰せになりました。「私の(王)国はこの世のものではない。」(ヨハネ、18,36)
つづいて、「真理につく者は私の声を聞く」(ヨハネ、18,37)
要するに、真理を聞き入れる人はイエズスの臣下となり、イエズスの王国に属することになるということです。
言いかえると、霊的な生活によってこそ、信徳の実践によってこそ、我々はイエズスの臣下となり、イエズスの統治下に入るということです。
イエズスにおける統治の一つの柱は謙遜でありますが、我々信徒における我々へのイエズスの統治の柱は真理なのです。信仰上の真理によってなのです。信仰、真理によってこそ、我らの主、イエズス・キリストは我らの霊魂を統治したまうのです。
第一の王でした。王の王なるイエズスです。

次に福音において現れる王として、三人の博士がいます。世俗的な王です。王に値するすべての要素をもちます。服装もそうですが、また幼きイエズスへお捧げするプレゼントも王に値するのです。王である上に学者でもあります。いわゆる賢者ですね。これ故、三人の博士とも呼ばれています。彼らは権力者として強いだけではなくて、知識、賢明さ、知性としても強いことが示されています。

三人の博士は世俗の王の権威としても知識上の権威としても偉大なのです。しかしながら、貧しい馬小屋へ行き、イエズスを礼拝したと福音書に記されています。当時の礼拝のやり方で知られるように、きっと、三人の博士は地面までひれ伏して拝したでしょう。もしかしたら、聖家族はすでに普通の宿に移ったかもしれない、あるいは馬小屋のままだったかもしれない、これについて定かではありません。ともかく、これほど偉大な叡智のある強き王たちは、かよわい幼き子の前に礼拝することを恐れないのです。彼ら王の権力と世俗的な権威に比べてこれほど、か弱いのに、それでもイエズスを礼拝します。地面まで額を下げてひれ伏してイエズスを礼拝することを恐れないのです。このように、三人の博士は自分の王権よりも勝る王権があり、彼らよりも偉い王がおられるということを公然と行為で認めます。この優れた王は三博士の心を統治するだけではなく、かれらの国々をも統治しているということを認めます。

親愛なる兄弟の皆さま、次にどうなるでしょうか。この三人の国王はイエズスを礼拝したことによって地上の王権が損なわれることなく、かえって彼ら三人の王はさらに高められ、彼らの王権と統治は高められることになります。
なぜなら、恩寵すなわち超自然は人間性すなわち自然を否定することがなく、かえって人間性を完全に肯定して、治癒して、より上に高めるものです。イエズス・キリストに従えば、(天皇をはじめとして)世俗的な国王はそもそも恩寵のない普通の人間性だけで想像できない次元まで引き高められることになります。
このように三人の博士は別の途をとって帰ります。言いかえると、より完全化された形で、より成長して帰れたという象徴的な意味があります。つまり、イエズス・キリストのみ前に自分の王権をお捧げして、お供えしたのですが、これは自分の王権を見捨ててなくなったことにならないということです。逆です。より優れた王権、統治へ自分の王権を捧げたことによって、三人の博士の統治が引き高められるようになります。あえて言えば、王の王なるイエズスに従えば従うほどに三人の王は偉大な王になっていくということになります。



親愛なる兄弟の皆さま、次に第三の王の種類についてです。福音書においてヘロデ王も紹介されています。別の王です。三人の王と打って変わって、幼きイエズスのみ前に自分の王権を捧げようとしないどころか、イエズスの王権を退けたいのです。ヘロデ王もかなりの権力をもち、本当の王権です。しかしながら、三人の博士ほどに賢明ではないのです。幼きイエズスはどこに生まれるだろうかを知るために、ヘロデ王は律法学者に問い合わせざるを得ず、三人の博士ほどに知識がありません。

ヘロデ王は強かったですが、正統な王でも、イエズスという王を拒むどころか、幼き王が生まれたかもしれないという噂だけで、動揺して恐れで震えるのです。ヘロデ王は一人前の大人で知性も体も丈夫で成熟しているのに、貧しくかよわい幼い子の前に危惧してしまいます。ヘロデ王は地上の王でありますが、より上におられる王の存在を拒みます。より優れた王権に従うことを拒みます。ヘロデ王は傲慢に陥り、自分の王権は天主の全能に匹敵するだろうという幻想を抱いてしまいます。このようにヘロデ王は一瞬も迷うことがありません。三人の博士の訪問を受けて、堂々と嘘をつくことになります。ヘロデ王はイエズスを「礼拝したい」と言いながら、すでに幼き王を殺すことを決意しました。

そしてご存じのように、最終的にどうなったのかは周知のとおりですね。ヘロデ王は結局、ご公現を経て、悪化しました。三人の王はかえってより良くなって馬小屋から帰ったことに対して、ヘロデ王はイエズスへの礼拝をしないで、イエズスを王として仰がないことによってより悪い王となっていきます。暴君となります。その後、罪なき幼い子の虐殺をヘロデ王は命じました。罪なき子供の血を流すことを憚らないヘロデ王です。より優れた統治を仰がず、自分の身を守れない子供たちを殺すヘロデ王です。そして、ヘロデ王の最期は酷い苦しみにおいて死を絶えたのですね。

親愛なる兄弟の皆さま、以上は本日の福音の幾つかの教えをご紹介しました。
もしかしたら、「これらの教えは私と関係がないのでは?私は王でもないし」と思われる人もいるかもしれません。しかしながら、いわゆる国王ではないとしても、だれでもちょっとでも統治していくことがあるでしょう。帝国でも王国でも国でも村でも一族でも統治することがないとしても、少なくてもみんな、だれでも、物資的な財産を支配することがあるし、あるいは学者や知識人などなら、ある分野、ある学問を君臨したいようなことも多々あるでしょう。要するに、支配したい傲慢さは皆の心の奥にどこかすこしでも潜んでいるのです。つまり、僅かな小さな帝国でも、皆、支配したい何かがあるでしょう。

福音の教えは「ひれ伏す」ことになります。つまり謙遜に自分よりも絶対的上位におられる王の王のみ前にひれ伏して拝むように。我々が持つ判断、理論、権力、権威、欲望、支配したい欲望、他人に認めてほしい欲望など、すべてを王の王のためにお捧げしてはじめて、本当の意味で偉くなっていきます。牽き高められます。

「すべて自ら高ぶる者は下げられ、自らへりくだる者はあげられる」(ルカ、14,11)
はい、本日の教えはまさにこれにあたります。イエズス・キリストこそは王の王であるのに、一番下の奴隷になり、極めて貧しく、かよわい幼い子になることになさったのです。これは私たちに謙遜の心を持つように励む教えであり、我らの主にすべてをお奉げするように勧めるための教えです。

ですから、三人の博士に倣って王の王の前に私たちもひれ伏して礼拝しましょう。このように我々も引き高められて、この世に統治することはありませんが、天国でイエズスと共に君臨することになるでしょう。
聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

典礼編・「カリスとご聖体を小さく上げる」(小奉挙)

2022年01月10日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、プーガ(D.Puga)神父様によるお説教をご紹介します。
※このお説教は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております



プーガ(D.Puga)神父様のお説教  
典礼編・「カリスとご聖体を小さく上げる」(小奉挙)
2021年12月1日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン 
愛する兄弟の皆さま、この間、新しいミサなど、典礼や公会議後の典礼上の解釈を弁護する方と話していました。次のようなことを言われました。「君らのミサ」。彼にとって聖伝ミサを「君らのミサ」といっていましたが、「君らのミサは若者に向いていない。若者はわからないだろう。誰かの前に跪いたりして、若者にとって意味をなさないだろう」と。

彼の話を聞きながら、ここの教会で数年前に起った実際の話が思い浮かびました。
18歳前後の少年がいました。たったの18歳だったものの、もうすでにかなり世間ずれしていました。郊外の下町っ子のような感じでした。彼から言われたのです。彼は「前からずっと何者の前にも跪くまいと決意していました」と明かしてくれました。たったの18歳でしたよ。
そして、ある友人に紹介されて、はじめて聖伝ミサに与ることになりました。彼の場合、回心の恩寵を受けることになりました。
その時、明かしてくれました。「神父様、今日のミサの時、私の人生ではじめて跪いたんだ」と。
そして、跪いたおかげで、すべてが変わったと彼は明かしました。



愛する兄弟の皆さま、聖伝の典礼の典型的な特徴ですね。だいたい、皆様はよく慣れてしまったのであまり気づかなくなっているかと思いますが、皆様の内には聖伝ミサに与るのが最近からの方もいらっしゃると思いますので、まだまだかなり印象に残る様子でしょう。
つまり、ミサのカノンから、信徒たちの全員は跪いて、教会はしんとなって深い沈黙となります。そして、皆、礼拝する姿勢となります。
何かが始まろうとします。司祭は小声で天主へ全員の名において話しかけます。

そして、いきなり、小さな鐘は鳴らされます。「Hanc Igitur」という祈祷です。これは信徒たちへの合図です。これから聖変化が始まるので、心の準備をしてくださいという合図です。最高の玄義がいま、これから実現されようとしておりますので、準備してくださいと。
そして、「Hanc Igitur」の時、このように我らの主の御体となっていくパン、そして御血となっていくワインの上に司祭は両手を伸ばします。
その時、「Hanc Igitur」という美しい祈祷を唱えます。御父へ捧げます。
「主よ、主の全教会としもべら(信徒全員と司祭とのこと)の捧げ奉るこの供え物を、受け入れ給え。そして、主の正義をなだめ、我らを日々主の平安の内に生きさせ、永遠の罰より救い出し、かつ、また、御身の選び給う者のうちに、われらをも加え給え。我らの主、キリストによって。アメン。」

以上の祈祷はパンとワインの聖変化の前の最後の天主へのお願いです。この祈りは司祭が捧げる我々のための祈りです。一番重要なことを頼みます。つまり、「日々主の平安の内に生きさせ」、つまり、本物の平和を願います。また、「永遠の罰より救い出し」、つまり地獄は本当に存在して、我々も地獄へ落ち得るので、そうならないようにお願いすることです。そして、救い、至福、永遠の命に加えられるように天主へ願います。

「ut placatus accipias」とは「主の正義をなだめ」ということですが、つまり、天主の御慈悲を乞い、そのお赦しを希うのです。ミサ聖祭は御赦しを願い、我々に対する天主の御怒りを鎮め給うための生贄(犠牲、供え物)です。
そして、司祭はこのように供え物の上に両手を伸ばす所作があります。これは旧約聖書において大司祭の所作に由来しています。贖罪のヤギの儀式の時でした。大司祭は神殿にいます。ヤギが連れてこられて、大司祭はヤギの上に手を伸ばし、「イスラエル人のすべての罪はこの生贄に負わせるように」という祈りを行います。
その後、ヤギは砂漠に放たれました。エルサレムから砂漠は近かったです。砂漠だったので、ヤギは行方不明になって、死んでいくという運命でした。ヤギと一緒に、イスラエル人たちの罪も消えるだろうという象徴でした。

以上のように、聖伝ミサの僅かな所作にすぎないものの、以上のような象徴と長い伝統が含まれています。
そして、何を象徴するかというと、イエズス・キリストは贖罪のヤギであるということを表します。我々の罪を負って贖罪し給うのです。
このように、祈祷の最後に、「我らの主、キリストによって」と結ばれます。
我々の罪はイエズスが負い給いました。また贖罪のヤギと同じように、聖なる町からイエズスも追い出されました。このように、死に給うことによって姿を消して、我々の罪も消されました。僅かな一例に過ぎないですが、どれほど美しい典礼であるかがお分かりになったと思います。

残念ながら、新しい典礼においては、このような祈祷や所作は消されました。また天主を鎮め、天主の御慈悲を願うようなことすら、跪くことを拒む近代人にとっては憎むべきことになりました。

愛する兄弟の皆さま、このように、犠牲は「御慈悲を希う」、「天主の御怒りを鎮める」ためにもあります。そして、やはり、聖伝のミサは避雷針のようなものです。天主の御怒りなる雷から守られるための聖伝ミサです。天主の御怒りを思い出しましょう。もう、現代では悪がはびこっています。これほど蔓延している挙句に、普通はもはや我々が気づかないかのようになってしまっています。悪に対して鈍感になったかのようです。

また、先日、報道をみて自称「国家」では、堕胎期間は二週間ほどに延ばされたという法律が決まったと知りました。妊娠してから14週間まで、堕胎は合法化となりました。すでに16週間まで伸ばそうとしています。そして、このような法律に誰一人も文句が言わないで、声を上げないで、誰も抵抗しないで、あっさりと通されてしまいます。さらにいうと、500数人もの議員がいるのに、「可決」は僅かな60票だけで成立しました。他の議員たちはどこにいたのでしょうか?手を挙げて、文句を言い出し、立ち上がる一人もいないのですか?

これだけではなく、この堕胎期間の延長法を弁護するために、八カ月の妊婦の議員は演壇に登ったのですよ。そして、その女性は自分自身が妊娠して八カ月なのに、恥知らずにも、過去にはすでに二度とも堕胎したことがあると明かしました。そして、これは後悔しないよ。このおかげで議員になったものと。。。是非とも、この報道、国会の議事録を確認してください。本当に呆れます。

このようなありさまになって、このような国になって、天主の御怒りはどうやって避けられうるでしょうか?
愛する兄弟の皆さま、ですから、キリスト教徒なら、贖罪の生贄、天主の御怒りを鎮める唯一の生贄の下に集まりましょう。

典礼の次は皆、よくご存じですね。
パンをご自分の御体、ワインをご自分の御血へ初めて聖変化し給うた最後の晩餐の所作と祈りは再現されます。そして、御体となったパンの聖変化のすぐ後に、聖体奉挙があります。

司祭は御体の前に跪きます。これは典礼に従ってのことです。典礼書において、祈りだけではなく、司祭の所作も記されています。赤字で書かれていることから、「朱文字」と呼ばれています。

この「朱文字」によると、聖変化されたホスチアを聖壇においてから、「司祭が跪いて礼拝して」とあります。跪くだけではなく、跪いて礼拝するということです。



その後に、「奉挙」があります。愛する兄弟の皆さま、「奉挙」についてある勘違いをよく聞きます。いわゆる「天主へ捧げる所作」だという勘違いです。そうではなく、「奉挙」とは、信徒たちにも礼拝させるために、司祭が奉挙するということです。つまり司祭が礼拝したように、信徒たちも礼拝させるための所作です。



また、奉挙は聖変化の前に起こさないのです。なぜなら、単なるパンとワインを礼拝するわけにはいけないので、聖変化の後、我らの主、イエズス・キリストの御体と御血を礼拝するのです。

ですから、ミサに与る時、以上の礼拝を行うことは重要なことです。そして、身体上の所作によって美しく礼拝を表すのです。跪きながら頭を下げて、ひれ伏して、身を屈めます。そして、それだけではなく、頭などを起して、御体を眺めながら礼拝するのです。
以上の大奉挙は比較的遅くなって典礼において追加されました。10-11世紀の追加です。当時のフランスにおける御聖体に関する異端に対しての追加でした。トゥールのベレンガリウスという神学者は御聖体におけるご現存を否定したことによって生まれた異端でした。

このように、大奉挙を少しずつ行うようになりました。それは信徒たちも御聖体を見ることが出来て礼拝できるようにするためでした。そして、典礼書の朱文に明記されて、奉挙して、信徒たちにも見えて、礼拝させるようにと書いてあります。

そして、古い聖伝ですが、大奉挙の際、ちゃんと礼拝すれば信徒はその一日の間、変死しないと言い伝えられています。このように、司祭がもしも、ホスチアをこれほど高く揚げなかった場合、信徒たちは「もっとも高く、もっとも高く」と声を上げることが結構あったようです。
奉挙の際の礼拝は重要です。

聖アウグスティヌスはこのように言います。「事前に礼拝せずに御肉(我らの主ですね)を食べることなかれ」と。

残念ながら現代では、礼拝する行為とは何であるかが見落とされています。跪くことも、礼拝することも稀になった時代です。
このような時代になったので、世の終わりの兆しを見つけるために、多くの人々は黙示録を読んでいるのです。そして、多くの解釈を加えようとしますが、黙示録を解釈する前に、単純に、黙示録を文字通りに見てください。そこでは、天における典礼が描写されます。美しい典礼で、選ばれた人々は天主の王座の御もとにひれ伏して礼拝し奉る姿。そして、我々も加わってほしいと熱願しながら。



で、近代主義者は「このように跪くのは、人間の尊厳に値しない」と言われるかもしれません。
しかしながら、その逆です。天主のみ前に跪く時こそ、まさに人間の尊厳に値します。天主ご自身は我々を救うために跪かれた天主ですよ。天主ご自身は我々を救うために、跪かれた天主ですよ。

ミサ聖祭の時、信経(Credo)を唱える際、「Et incarnatus est」という部分の時、全員は跪くのですね。なぜなら、天主の御子の御謙遜に倣おうとするからです。天主であるのに、肉体を執り給えり、御自分を自分の動きで貶められることに倣うのです。
典礼の最後の福音の朗読の時も同じです。ちなみに、新しい典礼からもその最後の福音は消されましたね。
最後の福音の朗読の時、「Et verbum caro factum est」の時も、みんな、跪くのです。いわゆる、深く愛しあう二人が相手への愛を示すために、相手よりさらにへりくだってへりくだろうとする姿です。

愛する兄弟の皆さま、忘れないでください。ご受難が始まろうとしたとき、ゲッセマネの園でのイエズスは御父のみ前に跪かれていたことを忘れないでください。我々のために模範を与えられています。イエズス様に倣いましょう。

またカノンの後半部分では、「Hanc Igitur」の時と同じように、もう一回、鐘を鳴らす時があります。司祭はカリスとご聖体を執り、上げる時です。「小奉挙」と呼ばれています。
その所作を行いながら、「Per ipsum, et cum ipso, et in ipso(かれによって、かれと共に、かれにおいて)」と祈ります。「かれ」とはもちろん、イエズス・キリストのことですね。
続いて「かれによって、かれと共に、かれにおいて、全能の父なる天主よ、聖霊との一致において、御身はすべてのほまれと光栄とを受け給う」

そして注意していただきたいですが、信徒たちは「アメン」と応答します。これは大事です。
信徒たちの名において司祭が捧げ奉る生贄を信徒たちは追認するということを表します。
「アメン」とは「そうありますように」という意味です。

「かれによって、かれと共に、かれにおいて、全能の父なる天主よ、聖霊との一致において(聖なる三位一体ですね)、御身はすべてのほまれと光栄とを受け給う」

小奉挙です。
以上の祈りを唱える際、五回、十字架の印を切ります。三回は「かれによって、かれと共に、かれにおいて、」に合わせてです。イエズスは聖なる三位一体の一つの位格であることを示します。さらに、二回の十字架の印が切られます。
その後、司祭はカリス(聖杯)と聖体を軽く上げるのです(小奉挙)。天主への小奉挙です。
全部で五つの十字架が切られますが、それは我らの主、イエズス・キリストの五つの御傷を示します。
十字架上のイエズス様の死によって我々は救われました。また、十字架上のイエズス様の死によってこそ天主はほまれと栄光を受け給うのです。
イエズス様が御父のみ旨に従い、御自分の命を捧げ給うたことによってです。

以上のアメンの次に、「天にまします我らの父よ」が唱えられています。「Pater Noster」という祈祷は贖罪された人々の祈りです。
現代では、天主は父だということで、いろいろなことが言われていますが、天主は受洗者の御父であり、洗礼を受けていない人々の父ではないのです。父ではなく、その主人というだけです。
信徳、望徳、愛徳をもつ人々にとってだけ、天主は父となります。残りの人々はそうではありません。洗礼を受けない人々は単なる被創造物で、父子の関係ではなく、単に創造主・被創造物の関係だけになります。
さきほど示したように、カトリック典礼の中心の一つはやはり礼拝です。
そして、人間は必ず霊魂と身体の両方ですので、身体をも含めて礼拝しなければ、礼拝できないのです。

亡くなった士官の一人について思い浮かびます。インドシナの戦争に参加した方ですが、その後、落下傘の事故にあって、両足の腿なかばまで、砕かれました。彼は人工補綴をしていたにもかかわらず、苦しかったにもかかわらず、天主の御子を拝領するために、必ず跪くことにしていました。このような年配の方々は若い人々へ模範を与えます。

また、ここにいる若い人々の皆さん、あなたたちも年配になって、同じような模範を自分の子供に伝える義務がいずれ来るのです。
このような現代であったとしても、残念ながら教会内の少なくない司教たちは、聖伝ミサを迫害するフランシスコによる致命的な「Motu Proprio」を適用して、「年配なら、一応聖伝ミサを黙認します」と。つまり老人のミサであるかのように言われています。「一切、子孫へ伝えてはいけない」という考えになっています。

聖母マリアに祈りましょう。しっかりと継承するための堅い決心が与えられるように。
また聖アウグスティヌスの言葉を黙想しましょう。「事前に礼拝せずに御肉(我らの主ですね)を食べることなかれ」と。

ですから、本日のミサに読まれた福音にある我らの主の言葉をも黙想しましょう。我々に御仰せになります。「身を立てて頭をあげよ、あなたたちの救いは近づいたのだから…」(ルカ、21,28)
大奉挙の際、礼拝してから、我々の主を眺めるため、「身を立てて頭をあげよ」。なぜなら「あなたたちの救いは近づいたのだから…」。

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

カトリック的な新年祝賀|「よき年」とはどういう意味?

2022年01月04日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、ブベ(J-P Boubée)神父様によるお説教をご紹介します。
※このお説教は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております



ブベ(J-P Boubée)神父様のお説教  
カトリック的な新年祝賀
2021年1月2日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

いと愛する兄弟の皆様、クリスマス、ご降誕の祭日の八日間後、八日目の祝日、正月に合わせて、イエズスはその名を貰いました。イエズスという名はイエズスの使命を表しています。ご存じのように、ユダヤ人では天主がある人に使命を与える時、その名でその使命を表して皆の目の前に示すために使命通りに命名されています。
ですから、イエズス・キリストの唯一の名前は「救い主」を意味するイエズスであり、ユダヤ人に対しても異教徒に対してもその使命を明らかに示すために選ばれた名前です。

天主の永遠なる叡智に従って、イエズスの命名の祭日である正月に合わせて、「祝賀」の言葉を交わす慣行は昔からあります。「よき年を」「聖なる年を」。
我々もこの慣行に嬉しく従って、聖ニコラ教会の聖職者の全員を代表して、皆様に祝賀を表したいと思っております。よき年を、聖なる年を過ごすように。

はい、今年のすべてを「善」に向かわせることに越したことはありません。そういえば、フランス語での毎日の挨拶は「Bonjourボンジュール」になりますが、「よき日を」という意味です。毎日、正月の祝賀と同じような祝賀の表現を使っています。
では、ある物事が「よい」ことになるためにどういった条件があるでしょうか?その物事はその目的を達成した時に、目的地にたどり着いたときに、「よいこと」だというのです。例えば、ある仕事をするためによい道具というのは、相応しい道具であって、つまり仕事を達成するために役立つ道具というのです。「よい」パン屋さんは我々が期待している美味しいパンを作ってくれるパン屋さんであり、つまり、パン屋さんの目的を達成している人です。よい果物は美味しい果物で、期待していた美味しく甘い果物になる時「うまい」というのです。

ですから、「よい年」とは期待通りになる年であることになるでしょう。
ですから、我々は新年になって、どういった期待を持つかを見る価値があるでしょう。多くの場合はある出来事が起きることに期待したり、期待よりも嬉しい出来事が起きたりすることに期待したりするでしょう。



これについて手短かに三点、取り上げたいと思っております。
第一、よい年になるために、目的を達成した年という意味ですから、まず、この目的はなんでしょうか?多くの場合、「何よりも健康を」という祝賀があります。
しかし、健康は目的になり得ません。政治家らや現代世界が批判するでしょうけど、かつて、カトリック信徒が祝賀を言っていた時に必ず願っていた「臨終の時にあなたに天国を」ということこそが目的です。
単純で簡単な祝賀ですが、天国こそが目的です。我々、人類は何のために創られたでしょうか?天国のために創られたのです。ですから、いつも天国に目を向けなければなりません。地上の天国ではなく、あの世の天国は人々の本来の目的地なのです。これは人間の現実であり、人間は天国という目的地のために存在しています。

以上の現実すら考慮して受け入れたら、我々はすべての物事への見方が変わっていきます。唯一の目的地が天国であることに気づいてそれを承知したら、人生への見方は変わらざるを得ません。どれほど堕落した空気を呼吸せざるを得ないとしても、どういった状況に置かれたとしても、どれほど教養の低い情報、ときにバカな情報ばっかり流されたとしても、現に我々の目的地である天国を自覚的に目的地に据えたら、すべて変わります。

ですから、天国は我々の目的地であることを知らない多くの人々に「よい年」を祝賀してもよいでしょうか?彼らは殆どの場合、よいことは何であるかを考えたこともないのに、また聖パウロが書いていたように、「彼らの神は自分の腹であり、自分の恥に誇りをおいている」(フィリッピ人への手紙、3,19)のに。殆どの場合は人々が恥ずかしいことに天のことを忘れています。「彼らはこの世のことだけにしか興味をもたない。しかし、私たちの国籍は天にある」(フィリッピ人への手紙、3,20)。

「永遠の命に導く年こそがよい年である」ということです。単純です。ですから、「臨終のときに永遠の命を」と祝賀しましょう。



祝賀に関して、第二の点を取り上げたいと思います。天国に行くための道を知る存在は唯一であり、天主なのです。従って、我々は天主によって導かれるように、案内されるように誘導されるようにするのがよいです。
列王の書(サムエルの書)においての若きサムエルのようです。天主は「サムエル、サムエル」を何度も呼び出している場面があって、サムエルは「主よお話しください、しもべは聞いております」と答えました(サムエルの書上、3、10)。

つまり天主に「天主は何をお望みですか?しもべなる私に何をお望みですか」と聞いてみてください。形を問わず、必ず天主はお答えになるからです。もちろん、奇跡的な天主のご出現は基本的にないのですよ!
あなたたちの人生の出来事を見て、試練と難局に合うことによって、与えられる喜び、成功、悲しみと苦しみによって、天主のお望みが知らされるのです。このように、あなたたちも天主のあなたに関するお望みを知ることができます。「主よお話しください、しもべは聞いております」。
このような境遇に自分を入れない限り、よい年にはなれませんよ。

要するに、「よい年を」を言う時は、いわゆる「迷信的に」、「お守り的に」機械的に祝賀していることではなくて、我々、カトリック信徒にとっては、天主に従順でいられるように、本籍地なる天国にいけるためによりよい心構えができるように、というための祈願です。そういった心構えができない限り、よい年になるわけがありません。

それから、第三の点を取り上げたいと思います。
今年は必ず、我々を遥かに超える永遠なる天主の叡智によって統治されています。ですから、どれほど悪者どもが暴れて酷いことをやっていても、すべては永遠の命に向かわせる御計画があって、天主はすべてを統治しておられます。
ですから、あなたたちの人生のすべては永遠の命のためにあります。一つも例外なしに、あなたを永遠の命にたどり着かせるために用意がされております。
障害も迫害も含めてです。初期の殉教者をご覧ください。彼らの死は世の目から見て、汚辱極まりなかったが、実際にはこの上なく栄光なる死でした。現代になっても、殉教者の死こそが殉教者の栄光であり、彼らのこの上なき手柄となっています。そして、祭壇上に彼らの聖遺物を置いている理由は殉教死を遂げたからであります。

要するに、すべての試練は、ことに殉教死の道は、天主によって選ばれた人々を目的地へ導くことです。ですから、カトリック信徒なら、「よい年」あるいは「聖なる年を」を言う時、あるいは言われるとき、このようなことを思い出しましょう。

天主の御手より逃れることは一つもありません。人々は多くの工作や計画を立てたりしますが、一番邪悪な者どもは天主の御手より逃れようとしますが、結局、彼らも天主の単なる道具となって、天主は正しい者を清めるために、またより多くの栄光と功績を正しい者に与えるために邪悪さが使われております。

さて、以上のような現実をよく知った時、一体なぜ「よい年を」祝賀する慣行に従う必要があるでしょうか?というのも、天国という目的地、すべての試練もこの目的を達成するための助けとなることをよくわきまえたら、なぜ祝うのでしょうか?どういった効果があるでしょうか?
効果は二つあります。

第一に、以上のような事実を念頭に置きながら、よい年を祝うと、自分自身の心構えを強める効果があります。要は我々の目的地をよりよく知り、天主のみ旨のままになる一助となります。

また、以上のような事実を念頭に置きながら、よい年を祝うと、天主の愛を希うように祈るという意味もあります。天主の御憐みを乞い、天主の御助けを願うような祝賀でもあるということです。

「天主よ、今年は本当の意味でよい年になるように。我々を憐み給え!難局にあったら援け給え、我々の救済のために天主をよりよく奉仕するために、礼拝するために、これらの難局が役立つように」と。

悪魔の残忍なやり方は人々をある種の「心理的な牢屋」に閉じ込めることになります。現代はまさに、多くの人々はこのような牢屋に閉じ込められています。というのも、現代は天主を否認して、そして天主を否定することによって、我々人間の目的をも否定して、悲観主義、絶望に陥れるのです。地上の目的を亡くしているから、夢想を取り上げて、本物の牢屋である偽りの幸福をこの世が掲げています。

そして、酷いことに、永劫、永遠の地獄を経験する前に、すでに地上における地獄を経験させていのです。
ただし、カトリック信徒にとっては、このようなことはありません。というのも、正しい者なら、知っています。すべての苦しみは喜ばしく、天国に行くための一助であることを知っているからです。
ですから、「よい年を」と祝うのは、天主が我々を憐み給うための祈願でもあります。また、すべての物事が我々の救済のための道具になるための祈願でもあります。

要約すると、よい年とは、我々の目的地に近づいた年なのです。ですから、「われは主の使いめなり」と言ってくださった、救済の曙となった聖母マリアに祈りましょう。私たちも新年祝賀の時、「われは主の使いめなり」を願いましょう。



はい、聖母マリアは救済の曙なのです。救い主を初めて見たおん方で、救い主を初めて受け入れたおん方だからです。さらにいうと、当時、殆どの人々は救済を遠い将来に置いていたし、だれもこのような救済を期待しなくなったその時代において、イエズス・キリストは到来しました。

ですから、聖母マリアに我々の祈祷の御取り次ぎになるように祈りましょう。また、「よい年を」祝う時、その相手のために天主の御憐みを得るように聖母マリアに祈りましょう。また、本当の意味でよい年で聖なる年になるように、聖母マリアの御取り次ぎに頼りましょう。

改めて、本教会の聖職者の全員の名において、「よい年を聖なる年を過ごすように」と祝福しています。

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン