ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

常位胎盤早期剥離

2011年10月20日 | 周産期医学

premature separation of normally implanted placenta

placental abruption

【定義】 常位胎盤早期剥離は、正常位置(子宮体部)に付着している胎盤が、妊娠中または分娩経過中の胎児娩出前に子宮壁から剥離した状態をいう。

基底脱落膜の剥離に始まり、形成された胎盤後血腫がさらに胎盤を剥離・圧迫して、最終的に胎盤機能不全や子宮内胎児死亡が起きる。母児ともに対して重篤な障害をもたらす危険性が高い、代表的な産科救急疾患である。

Placentalabruption

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産婦人科診療ガイドライン・産科編2011

CQ311 常位胎盤早期剥離(早剥)の診断・管理は?

Answer

1. 妊娠高血圧症候群、早剥既往、切迫早産(前期破水)、外傷(交通事故など)は早剥危険因子であるので注意する。(B)

2. 妊娠後半期に切迫早産様症状(性器出血、子宮収縮、下腹部痛)と同時に異常胎児心拍パターンを認めた時は早剥を疑い以下の検査を行う。
・ 超音波検査(B)
・ 血液検査(血小板、アンチトロンビン活性、FDPあるいはD-dimer、フィブリノゲン、AST、LDHなど)(B)

3. 腹部外傷では軽症であっても早剥を起こすことがあるので注意する。特に、子宮収縮を伴う場合、早剥発症率は上昇するので、胎児心拍数モニタリングによる継続的な監視を行う。(C)

4. 早剥と診断した場合、母児の状況を考慮し、原則、急速遂娩を図る。(A)

5. 母体にDICを認める場合は可及的速やかにDIC治療を開始する。(A)

6. 早剥による胎児死亡と診断した場合、DIC評価・治療を行いながら、施設のDIC対応能力や患者の状態等を考慮し、以下のいずれかの方法を採用する。(B)
・ オキシトシン等を用いた積極的経腟分娩促進
・ 緊急帝王切開

7. 早剥を疑う血腫が観察されても胎児心拍数異常、子宮収縮、血腫増大傾向、凝固系異常出現・増悪のいずれもない場合、週数によっては妊娠継続も考慮する。(C)

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(表1)早剥関連DIC診断スコア(産科DICスコアより抜粋)

Ⅰ 基礎疾患               点数
a. 常位胎盤早期剥離
 ・ 子宮硬直、児死亡          5点
 ・ 子宮硬直、児生存          4点
 ・ エコーあるいはCTG所見で診断   4点

Ⅱ 臨床症状
a. 急性腎不全
 ・ 無尿(~5mL/時間)        4点
 ・ 乏尿(5.1~20mL/時間)              3点
d. 出血傾向
 ・ 肉眼的血尿、メレナ(黒色便)、紫斑、あるいは皮膚、粘膜、
   歯肉、注射部位からの出血      4点
e. ショック症状
 ・ 以下、それぞれに1点(例えば2つあれば2点)
  脈拍数≧100/分、収縮期血圧≦90mmHg、冷汗、蒼白

Ⅲ 検査所見
 以下、それぞれに1点(例えば3つあれば3点)
 血清FDP≧10μg/mL、血小板数≦10万/μL
 フィブリノゲン≦150mg/dL
 プロトロンビン時間≧15秒またはヘパプラチンテスト≦50%
 赤沈≦4mm/15分または赤沈≦15mm/時間
 出血時間≧5分

注: 基礎疾患、臨床症状、検査所見の総合点数が8点以上でDICとしての治療を開始できる。

例えば、エコーで早剥が疑われ(4点)、乏尿(3点)と冷汗(1点)があれば、血液検査結果を待たなくともDIC治療を開始できる。

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【発生頻度】 早剥は、単胎で1000分娩あたり5.9件、双胎で12.2件発生する。全分娩の0.3~0.9%程度。産科的DICをきたす原因の中では最も多い(約50%)。

【症状】 
・ 早剥の臨床症状は、その重症度によりさまざまで、症状の進行度も症例により異なる。
・ 剥離が軽度の場合には無症状である。
・ 発症早期には切迫早産に類似した症状を呈する。
・ 病態が進行すると、子宮は板状硬と呼ばれる状態となり、持続的かつ強い腹痛を呈する。
・ 急速に進行するものでは、わずか数時間のうちに胎内死亡や母体がショック状態に陥るものもある。

【重症度分類:Pageの分類】

Page

軽度(胎盤剥離面30%以下)
0度:臨床的に無症状、児心音はたいてい良好、
   娩出胎盤観察により確認、頻度 8%
1度:性器出血は中等度(500ml以下)、
   軽度子宮緊張感、児心音時に消失
   蛋白尿はまれ、頻度14%

中等度(胎盤剥離面30~50%) 頻度59%
2度:強い出血(500ml以上)、
   下腹部痛を伴う子宮硬直あり、
   胎児は入院時死亡していることが多い、
   蛋白尿ときに出現

重症(胎盤剥離面50~100%) 頻度19%
3度:子宮内出血、性器出血著明、
   子宮硬直著明、下腹痛、子宮底上昇、
   胎児死亡、出血性ショック、
   凝固障害の併発、子宮漿膜面血液浸潤、
   蛋白尿陽性

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【診断】
(1)自覚症状:
 急激な下腹部痛と少量の性器出血

(2)診察所見:
 ①腹壁板状硬
 ②剥離部子宮壁の圧痛
 ③子宮底の急激な上昇

(3)超音波所見:
 ①胎盤後血腫像
 ②胎盤内血腫像
 ③胎盤の肥厚(5.5cm以上)
 ④胎盤辺縁部の膨隆・剥離像
 ⑤所見(-)でも除外診断とはならない

胎盤後血腫像
Placentalabruption1

Placentaabruptionultrasound_2

Placentalabruptionultrasound

(4)胎児心拍数陣痛図(CTG):
 ①遅発一過性徐脈
 ②胎児心拍数基線細変動の消失
 ③発症初期には頻脈がみられることが多い
 ④陣痛間欠期でも子宮内圧が高い
 ⑤さざ波様子宮収縮

Ctg1

(5)末梢血検査:
 ①貧血:赤血球数 ↓、Hb ↓、Ht ↓
 ②DICの検査:血小板 ↓、血清FDP ↑、
   フィブリノーゲン ↓、赤沈遅延、アンチトロンビン活性 ↓

(6)開腹所見:Couvelaire(クヴレール)子宮
 (子宮筋層ならびに広間膜内にうっ血をきたしたもの)

Couvelaire子宮
Couvelaire

Placentalabruptionultrasound1

(7)分娩後の胎盤所見で診断がつく場合もある
 ⇒胎盤母体面に凝血の付着が認められる

Placentalabruption_2
(Edward C. Klatt, M.D.)

【病態】 早剥の病理組織学的変化としては、胎盤の床脱落膜内の出血による子宮・胎盤のうっ血が特有であり、その出血や組織の変性・壊死が子宮漿膜面や広間膜に及ぶこともある(Couvelaire兆候)。このような状態では、組織因子が母体血中へ流入し、母体のDICをひき起こすと同時に、胎児に対しては、胎盤血管床の減少により血流・酸素供給の減少が生じ胎児機能不全をひき起こす。

【リスク因子】 早剥の発症機序はいまだ解明されておらず、その発症を予知・予防することは不可能であるが、以下のようなリスク因子が知られている。

①妊娠高血圧症候群(PIH):
 早剥症例の1/3~2/3はPIH症例
 PIH症例では重症化や産科DIC併発の危険性が高い
②胎児奇形、重症の胎児発育不全(FGR)
③早剥の既往:
 早剥症例の次回妊娠での再発率は5~15%
   (既往がない症例の10倍)
 再発は前回の発症時期よりも早期に起きやすい
④前期破水、絨毛羊膜炎
⑤喫煙:
 喫煙妊婦の早剥発症率は非喫煙妊婦の2倍
⑥薬物治療:アスピリン、コカイン
⑦その他: 機械的外力(打撲、骨盤位外回転など)、臍帯過短、代謝異常(高ホモシスチン血症、葉酸欠乏)、妊娠初期に出血があった症例、など。

発症リスク:
・ 早剥既往のある妊婦(10倍)、
・ 母体の妊娠中期のAFP高値(10倍)、
・ 慢性高血圧(3.2倍)、
・ 妊娠24週の子宮動脈血流波形にnotchがみられる症例(4.5倍)、
・ 子宮内感染例(9.7倍)、
・ 前期破水後:48時間未満(2.4倍)、48時間以上(9.9倍)

※ 外傷は早剥の発症原因の1.5%程度を占めるにすぎないが、比較的軽微な外傷であっても早剥の原因となることがあり、外傷があった後2~6時間は胎児心拍モニタリングを行う必要がある。

【治療】 分娩後に判明するような軽症例を除けば、急速遂娩が原則であり、緊急帝王切開を要するものが多い。出血性ショックやDICがある場合は、輸液・輸血を行ってDICの治療をしながら帝王切開を行う。母体救命のために子宮摘出を要する場合もある。

早剥により既に児が死亡している場合、母体DICの評価・治療を行いながらの積極的な経腟分娩、もしくは緊急帝王切開を行う。
(産婦人科診療ガイドライン・産科編2011、CQ311、Answer 6)

※ 米国や英国では、早剥による胎児死亡を発見した場合、大量の出血があり多量の輸血によってさえ十分に補いきれない場合以外では、人工破膜やオキシトシンを併用した積極的な経腟分娩が推奨されている。本邦においても経腟分娩方針の方が優れていることを示唆する報告があるが、本邦では伝統的・経験的に母体合併症軽減を目的として緊急帝王切開が多く行われてきた。

【予後】 早剥の周産期死亡率は、全体の周産期死亡率に対し、10倍以上高い。また、早剥はしばしば母体死亡の原因となる。重症例での母体死亡率は6~10%、周産期死亡率は60~80%ともいわれる。


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1 コメント

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懸念されていたことが実証されました。 (三浦左千夫)
2011-10-25 21:58:18
先天性Chagas病例について:久しくチェックしていませんでしたので、場違いの投稿になるかもしれませんが産婦人科医家の方々に早くお知らせしなければと、投稿いたしました、悪しからず。
日本初の先天性Chagas病例を報告いたします。
去る9月25日神奈川県のBolivia人コミュニテイーにおいて、Chagas病感染予防啓蒙イベントにおいて、在日19年になるご婦人が病原体T.cruzi抗体陽性となり、家族構成から、日本生まれの12歳になるお子さんの検査も行ったところ、母親同様に抗体陽性になりました。母親は完全にBolivia母国で
感染をしており、来日後妊娠、出産をしています。
子供については感染源は母親からの経胎盤感染以外には考えられません。現在母子ともに精査中ですが、この出産に携わった医療関係者にはそれなりの感染リスクがありますので、抗体検査などを行う必要があるかと存じます。ラテンアメリカ人の出産に
携わる関係各位には注意を喚起いたします。
小生現在も慶応義塾大学・非常勤で在日ラテンアメリカ人Chagas病対策を継続しています。ご相談くだされば対応いたします。なお日本での先天性シャーガス病例があったことは感染症学会東日本学術集会にも報告をいたします。
皆さんご注意ください!!
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