chuo1976

心のたねを言の葉として

「生命は」   吉野弘

2012-07-19 05:10:05 | 文学
「生命は」   吉野弘



生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする


生命はすべて
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ


私は今日、
どこかの花のための
虻(あぶ)だったかもしれない
そして明日は
誰かが
私という花のための
虻であるかもしれない
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「日々を慰安が」   吉野弘

2012-07-18 04:21:43 | 文学
「日々を慰安が」   吉野弘

   さみしい心の人に風が吹く
   さみしい心の人が枯れる W.B.イエーツ



日々を慰安が
吹き荒れる。
 
慰安が
さみしい心の人に吹く。
さみしい心の人が枯れる。
 
明るい
機知に富んだ
クイズを
さみしい心の人が作る。
明るい
機知に富んだ
クイズを
さみしい心の人が解く。
  
慰安が笑い
ささやき
うたうとき
さみしい心の人が枯れる。
 
枯れる。
 
 
なやみが枯れる。

  
ねがいが枯れる。
 
 
言葉が枯れる。

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「汲む」  茨木のり子

2012-07-17 03:47:28 | 文学
「汲む」  茨木のり子


           ―― Y・Yに―― 

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました


初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました


私はどきんとし
そして深く悟りました


大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
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「花」   石垣りん

2012-07-16 05:17:25 | 文学
   「花」   石垣りん




   夜ふけ、ふと目をさました。


   私の部屋の片隅で

   大輪の菊たちが起きている

   明日にはもう衰えを見せる

   この満開の美しさから出発しなければならない

   遠い旅立ちを前にして

   どうしても眠るわけには行かない花たちが

   みんなで支度をしていたのだ。


   ひそかなそのにぎわいに。
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「朝」   谷川俊太郎

2012-07-15 02:54:09 | 文学
「朝」   谷川俊太郎



また朝が来てぼくは生きていた
夜の間の夢をすっかり忘れてぼくは見た
柿の木の裸の枝が風にゆれ
首輪のない犬が日だまりに寝そべっているのを
 
百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう
あたり前なところのようでいて
地上はきっと思いがけない場所なんだ
 
いつだったか子宮の中で
ぼくは小さな小さな卵だった
それから小さな小さな魚になって
それから小さな小さな鳥になって
 
それからやっとぼくは人間になった
十ヶ月を何千億年もかかって生きて
そんなこともぼくら復習しなきゃ
今まで予習ばっかりしすぎたから
 
今朝一滴の水のすきとおった冷たさが
ぼくに人間とは何かを教える
魚たちと鳥たちとそして
ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい
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「庭を見つめる」   谷川俊太郎

2012-07-14 05:25:37 | 文学
「庭を見つめる」   谷川俊太郎



私は知っている
君が詩を読まなくなったことを
書架にはかつて読んだ詩集が
まだ何十冊か並んでいるが
君はもうそれらの頁を開かない
 
その代わり君はガラス戸越しに
雑草の生い繁った狭い庭を見つめる
そこに隠れている見えない詩が
自分には読めるのだといわんばかりに
土に蟻に葉に花に目をこらす
 
「サリーは去った いずくともなく」
声にならぬ声で君は口ずさむ
自分の書いた一行か
それとも友人だった誰かのか
それさえどうでもよくなっている
 
言葉からこぼれ落ちたもの
言葉からあふれ出たもの
言葉をかたくなに拒んだもの
言葉が触れることも出来なかったもの
言葉が殺したもの
 
それらを悼むことも祝うことも出来ずに
君は庭を見つめている
 
 
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「紙風船」   黒田三郎

2012-07-13 05:26:27 | 文学
「紙風船」   黒田三郎



落ちてきたら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように
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「夕暮れ」 黒田三郎

2012-07-12 04:39:52 | 文学
「夕暮れ」 黒田三郎




夕暮れの街で
僕は見る
自分の場所からはみ出てしまった
多くのひとびとを


夕暮れのビヤホールで
彼はひとり
一杯のジョッキをまえに
斜めに座る


彼の目が
この世の誰とも交わらない
彼は自分の場所をえらぶ
そうやってたかだか三十分か一時間


夕暮れのパチンコ屋で
彼はひとり
流行歌と騒音の中で
半身になって立つ


彼の目が
鉄のタマだけ見ておればよい
ひとつの場所を彼はえらぶ
そうやてったかだか三十分か一時間


人生の夕暮れが
その日の夕暮れと
かさなる
ほんのひととき


自分の場所からはみ出てしまった
ひとびとが
そこでようやく
彼の場所を見つけ出す
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「夕焼け」  黒田三郎

2012-07-11 04:21:50 | 文学
「夕焼け」  黒田三郎



いてはならないところにいるような
こころのやましさ
それは
いつ
どうして
僕のなかに宿ったのか
色あせた夕焼け雲のように
大都会の夕暮の電車の窓ごしに
僕はただ黙して見る
夕焼けた空
昏れ残る梢
灰色の建物の起伏

美しい影
醜いものの美しい影
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「夕方の三十分」   黒田三郎

2012-07-10 06:03:32 | 文学
「夕方の三十分」   黒田三郎


コンロから御飯をおろす
卵を割ってかきまぜる
合間にウィスキーをひと口飲む
折り紙で赤い鶴を折る
ネギを切る
一畳に足りない台所につっ立ったままで
夕方の三十分


僕は腕のいいコックで
酒飲みで
オトーチャマ
小さなユリの御機嫌とりまで
いっぺんにやらなきゃならん
半日他人の家で暮らしたので
小さなユリはいっぺんにいろんなことを言う


「ホンヨンデェ オトーチャマ」
「コノヒモホドイテェ オトーチャマ」
「ココハサミデキッテェ オトーチャマ」
卵焼きをかえそうと
一心不乱のところへ
あわててユリが駆けこんでくる
「オシッコデルノー オトーチャマ」
だんだん僕は不機嫌になってくる


化学調味料をひとさじ
フライパンをひとゆすり
ウィスキーをがぶりとひと口
だんだん小さなユリも不機嫌になってくる
「ハヤクココキッテヨー オトー」
「ハヤクー」


かんしゃくもちのおやじが怒鳴る
「自分でしなさい 自分でェ」
かんしゃくもちの娘がやりかえす
「ヨッパライ グズ ジジイ」
おやじが怒って娘のお尻をたたく
小さなユリが泣く
大きな大きな声で泣く


それから
やがて
しずかで美しい時間が
やってくる
おやじは素直にやさしくなる
小さなユリも素直にやさしくなる
食卓に向かい合ってふたりすわる

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札幌国際芸術祭

 札幌市では、文化芸術が市民に親しまれ、心豊かな暮らしを支えるとともに、札幌の歴史・文化、自然環境、IT、デザインなど様々な資源をフルに活かした次代の新たな産業やライフスタイルを創出し、その魅力を世界へ強く発信していくために、「創造都市さっぽろ」の象徴的な事業として、2014年7月~9月に札幌国際芸術祭を開催いたします。 http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/about-siaf