ちょぺっと一言

お寄せいただいた投稿は管理者が内容を確認してからの掲載となります。個人攻撃、内容が不適切な投稿は掲載されません。

クレオパトラとエジプトの王妃展

2015年09月29日 | 感想


 東京国立博物館平成館で開催されていた
「クレオパトラとエジプトの王妃展」を鑑賞してきました。

 エジプト関連の展覧会は毎回人気があり、同展も10分から40分待ちという入場規制があるくらいだった。

 同展の人気の高さはルーヴル美術館、大英博物館、ボストン美術館、エジプト博物館など
世界14カ国の名だたる美術館・博物館のエジプトコレクションが
一堂に東京国立博物館(トーハク)に集結したことも大きな要因だ。
 
 主役のクレオパトラのお出迎えで始まる展覧会。
ドド~ンと登場するあたり、気持ちが高揚する。

 岩に文字や絵が刻み込まれたレリーフや像の出来栄えは、
当時の技術力のすごさを感じる。
スフィンクスや石棺、多くの王、王妃、神々もたくさん展示。
生活様式も見ることができた。

 最後もクレオパトラで終わる同展。
神秘的で多くの人々を魅了する古代エジプトの至宝に囲まれた
有意義な時間旅行を堪能した気分。

2015年9月22日 tono

ボルドー展 -美と陶酔の都へ-

2015年09月28日 | 感想


上野公園の国立西洋美術館で開催されていた
「ボルドー展 -美と陶酔の都へ-」

フランス南西の港町、ワインの生産と海洋貿易で発展した街。

絵画作品はもちろん、地図、銀製壺、洗面道具、磁器のティーポット、
カップとソーサー、皿、テーブル、箪笥など生活様式までも展示。

『月の港ボルドー』として世界遺産登録された文化価値を随所に感じる事ができた。

 同展のポスターともなった、ウジェーヌ・ドラクロワの奇跡の大作「ライオン狩り」も
火災をくぐり抜けて堂々来日。
「角を持ったヴィーナス(ローセルのヴィーナス)」に、
東京初公開となった通称ペルジーノや、
オディロン・ルドンがドラクロワ作品に基づく描写で描いた「ライオン狩り」も含めた200点を超える作品と出逢えたのは本当に幸せ。

 素晴らしい極上のボルドーワインを堪能した気分に酔いしれた。

「ボルドーに乾杯!」

2015年9月22日 tono

誉富士は体調がGood!

2015年09月25日 | エッセイ

初日に「明日勝てよ!と、」したきゃ!


「調子悪りぃ」と、津軽弁も張りがなかった。


きな、いつも「誉富士勝ったよ」とメールける、仲がのいい姉っこがら、
「誉富士、勝ち越しおめでとう」のメールが届いた。


さっぱどして、
「いい相撲だな。残りも、がっぱど勝ってまれ!」の訛った激励をした。


「お陰様で、勝ち越しすることができました。残りも頑張ります!!」
誉富士は、しかどご東京弁だった。


あ~ん!なぞが解げだ。


初日は、津軽弁で口も体も『なまって』いたようだが、
きなの、東京弁で『なまりもしかどご、とれていた』。
なるほど、誉富士の体調は回復していたのだ!と察しがついた。




「まいの海」に「後ろの山」より



片岡鶴太郎「四季彩花」

2015年09月24日 | 感想


弘前市清原在住 三浦です

パナソニック 汐留ミュージアム 片岡鶴太郎「四季彩花」の
招待券いただき、出かけてきました。
10年以上前パナソニックの展示場に行きましたが、
上にのびた?のでしょうか、もう少し低いと思っていました。

片岡鶴太郎は俳優としても魅力ある方で、絵も描くという多才ぶりに
うらやましくもあり、興味もありでした。

その役者としての要素なのでしょうか、演出がとてもすばらしく、
絵と映像の融合とぐらいしか言葉が浮かばないのですが、
絵に花びらや雪などの映像を組み合わせることで、
絵に物語を持たせた感があり、前の用意されたベンチに
ずっと座って、四季の移り変わりを眺めていたい と思いました。

ただ、勝手な感想ですが、果たして片岡鶴太郎は絵を楽しんで
描いているだろうかと思いました。絵から受けるものが寂しさでしたから。
たった一つ、金太郎と熊の相撲の作品が私にとってほっとした作品でした。

ちなみに、回転ドアで、パナソニックの建物の中に入ろうとしたら、
木梨憲武が出て行くのを見ました。
たぶん、片岡鶴太郎展を見に来たのだと思われます。
彼も絵を描きますものね。

東京にいると、好きな時に好きなものを見ることができるのと言うのが
羨ましい限りです。

お礼を言うのが遅くなりました。ありがとうございました。



地方創生

2015年09月14日 | Weblog

 地方創生のカギはこれまでの地方から都市への人口移動を逆にして、
地方出身者が定年後、故郷へ帰るよう、いわばサケが生まれ故郷の川に帰るような政策を行うべきである。
ただ帰ろうにも空家になって傷んだ実家にすぐには住めないだろうから
修繕費用の一部を国や市町村が補助をするのはどうだろうか。

 地域に子供が少ないのは問題ではあるが、定年を迎えた年配者でも
人が増えれば当面は問題ない。
むしろ余生を楽しもうという生活スタイルは
その旺盛な消費とともに地方経済にとってプラスになるのではないだろうか。
都会では夜の星は見えないが、お盆や正月に帰ったときの田舎の夜空の星は
いつまでたっても見飽きない最高のショーである。
そして昔の思い出はなつかしい友とともに地元の新鮮な魚や野菜、果物とあわせ最高の肴になる。

 地方の活性化というと、すぐピカピカの高規格道路を作ることしか思い浮かばない政治家や役人が多い。
人もいないのに道路だけが立派というのは無駄な話である。
田舎の年老いた父母の介護のために帰らざるをえない人も多くなるだろう。
定住にできるよう空家の修繕はもちろん、自らも実家で安心して生活できるよう、
まずは住む住居の確保に向けた政策を考えるべきではないだろうか。



住めば都より