くろねこさんの話によれば

くろねこが思ったこと、考えたことを記すだけの日記なのだと思う。たぶん。

季節は流れて

2018年09月27日 00時39分26秒 | 比較的短文ではない文章
短歌の先生が「あなたも大人の顔になったわね」と言ったので、「おじさんになったってことでしょうか」と応えたら、先生は「以前はいかにも青年って顔つきだったもの」と言って微笑んだ。33歳だもの、そういうものなんでしょう。時間はあっという間に過ぎていくね。光陰矢の如し。季節は秋に変わりました。

およそ5ヶ月ぶりに先生に会ってきました。県境を越えて。初めて会ったのが8年前だと思うのだけど、当時よりは道路環境が良くなっていて、先生の自宅に着くまでの時間がだいぶ短くなった。これも時の流れを感じることの一つです。

「こんにちは」と言って玄関に現れた先生は、5ヶ月前と比べてずいぶんと痩せ細っていた。ふくよかだった顔からはその印象がなくなり、髪の毛がだいぶ薄くなっていた。

どうされたんですか、先生。だいぶお痩せになりましたね。ちょっとびっくりしてしまいました。

「電話口では分からないでしょう。声は元気だから。でも、だからね、会う人みんなから驚かれるのよ」

ことしの5月、先生は大腸ガンの手術を受けた。腹部を切り開き、大腸の一部を切除したのだ。その後の検査で、胸に転移していることが分かった。83歳という歳の割には体が丈夫だったため、化学療法で対処したそうだ。

「普通、この年齢では薬を使わないそうなんだけど、私は不思議と元気で、薬を使うことができたのね。そしてその薬はすごく効いたみたいで、治ったのよ。いまでも朝晩と薬は飲まなくちゃいけないけど、医者はいまを乗り越えたら長生きできるからって。正念場なの」

僕は先生から治療の経過について説明を受け、うんうんと相槌を打っていた。気になることがあっても質問は極力せず、長いこと相槌を打っていた。時の流れというものを意識していた。

仕事の打ち合わせで行ったのだけれど、結論として、一緒に仕事をすることは、もうない。「先生の仕事はセーブしましょう」と告げると、先生はほっとした様子で、「何か協力できることがあれば」と言ってくれた。でもきっと、そういうことも、この先ないのだろう。季節は変わり、やがて冬が訪れる。

先生の家を後にする時、僕たちは固い握手を交わした。顔つきについての話を終えた後で、「この数年間、良い青年を見せてもらいました」と先生は言った。「先生、お元気で。ここを乗り越えて、あと15年は生きなくちゃいけないんですから」と僕が言うと、先生は何も言わず、黙って微笑んでいた。

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なんだか最近、うまく物事に集中することができず、ブログの更新が滞っていました。

その間も(もちろん)時は流れ、物事は進み、事態は刻一刻と変わっていきました。

それは僕もそう、君もそう、あなたもそう。それってすごいことで、そして怖いことだ。怖いことだと、いまの僕は感じている。

さぁ、実りの季節です。

大地震に見舞われた人も、大雨に見舞われた人も、苦しみや悲しみに見舞われた人も、ちょっとずつ進んでいきましょう。無理は禁物ってことで、きょうはここまで。

そうそう、最近は「インターネットとの付き合い方」を考えています。

1Q84

2018年09月02日 23時09分45秒 | 短文集
村上春樹の小説「1Q84」を読み直してるのだけど、何というか、すごいエンターテイメント。純度の高いエンタメ作品で、なんだかもう、いやほんと、すごいなって思う。

秋の夜長にはぴったりです。季節は変わって、そう、秋なんだよねぇ。