しんちゃんの近くにある、菜食ダイニング「祥」さんが
開発した菜食カレー「金澤菜食華麗」。
肉など一切使用しない、野菜だけで作ったカレー。
健康に良いとの評判で、ベジタリアンに大好評。
この菜食カレーがこの度、レトルトとして、年末から新発売になりました。
一度食べてみたい・・・と思っていたところ、
今日親戚から頂きました。
肉・魚介など動物性食材を一切使用していない、とのこと。
ヘルシー間違いなしでしょうね。
今度女将と食べるのを楽しみにしています。
しんちゃんの会社員時代・・・
某通信会社で通信線路の工事をしていました。
そして、今・・・。
その頃の工事経験と資格により、
産業技術専門校の外部講師を依頼されています。
来週から、通信工事の資格取得コースの授業が始まります。
で、準備のため、通信ケーブルの一本一本の線の
サンプルを作りました。
写真に写っているだけで、200回線(400本)の電話線の束です。
ちょっと目には、同じ色が混ざって・・・カラフルで綺麗ですが、
なにがなんだかサッパリ分かりません。
そのため、1回線、1回線より分けて、順番を間違えないように止めておきます。
これで、100番線・・・と言っても、すぐ引き出せるのです。
これだけ仕上げるのに、現役時代は、十数分でしたが、
久しぶりに手にすると・・・小一時間も掛かってしまいました。
昔のようには、指が動かない・・・。
これじゃぁ~現役では使えませんね(笑)
今回は、専門校の生徒にお見せするサンプルを作ったので
まあ、良しとしましょう。
でも、目が疲れたぁ~・・・。
今年も、メディアアートとクリエータの祭典、
eAT-KANAZAWA・・・参加して来ました。
今年のテーマは、「おもしろい次世代」。
今年で第18回になります。
しんちゃんは、第5回と第6回のお手伝い・・・、
事務局をしていましたので、
会社を辞めてからも、毎年参加しています。
セミナーやスペシャルライブはもちろんのこと、
夜塾が本当におもしろい。
なにしろ、日本のクリエーターの第一人者が
金沢に来て、参加者と膝を交えて、お話できること。
若い学生やクリエーターには堪らない企画です。
そして、夜塾参加者だけの特典・・・、
講師陣や協賛企業からのプレゼント抽選会。
司会を仕切るのは、
CMディレクターの中島信也さん(中央)と、
クリエイティブディレクターの宮田人司さん(右)、
株式会社ロフトワークの林千晶さん(左)。
まあ、盛り上がること盛り上がること・・・。
しんちゃんは、抽選で、協賛会社(I.Oデータ)さまの
超スリムのハードディスクが当たりました。
eAT-KANAZAWAで今年も頭の中をリフレッシュしてきました。
今日の金沢・・・積雪も無く、晴天の一日となりました。
しんちゃんの山の家からの白山の遠望もクッキリでした。
今日は、午前と午後の2回、加賀棒茶の焙煎作業でした。
年末年始にお買い求めいただいたお茶も、
そろそろ無くなってくる頃で、
おかげで今週あたりから、お茶をお買い求めに、
ご来店いただくお客様が増えてきました。
自家焙煎の加賀棒茶も、在庫がなくなってきたため、
急遽、焙煎機の稼動となった訳です。
午前に3時間、外回りのあと、夕方に3時間の焙煎作業で、
加賀棒茶約200kgの仕上げました。
ご来店いただいたお客様からは、
「芳ばしい香りが漂って、とっても気持ちが癒されますね・・・」
っと、好評でした・・・が、
しんちゃんは、工場の中、モクモクと漂う煙の中での作業ですので、
結構きついものがあります。
しんちゃん自らが山間の湧き水だけで作っているコシヒカリ。
毎年個人の予約で、ほぼ完売になりますが、
昨秋は、収穫量に少し余裕がでましたので、
11月中旬から、試験的に店で販売したところ、
「一個買って食べたら大変美味しかったので、
子供にも送ってあげることにしたので、また買いにきました」
「美味しかったので、お世話になった人に
プレゼントします」・・・
等々、大変好評になり、少しずつ精米しながら販売でしたが、
精米した分が、1週間程度で完売を繰り返していました。
今週になってとうとう、残り5袋になってしまいました。
ご希望のかたは、お早めに起こしくださいませ。
なお、美味しかったので今年の秋も・・・と言われますが、
予約分以外の余裕分で販売しました関係で、
販売できるかは、保障できかねますので、
ご了承願います。
今日は、大寒。
一年で一番寒い日・・・ですが、
今年の天候は、何か変。
東北や北海道は記録的な寒さと、積雪。
本来なら石川も大雪・・・なんだろうけど、
積雪無し!
どうなっちゃったんだろうね。
話題は変わって・・・。
今日は、「初の自動交換式電話スタートの日」だそうです。
(新聞記事より)
大正15年(1926年)1月20日に、東京の京橋電話局で、
初めてダイヤル式電話が始まったのです。
それまでは、電話局の交換手が相手先を聞いてから
手で通話する線のプラグを相手先の通話線ジャックに
差し込んで繋いでいました。
自動交換式電話は、当時としては、画期的なことでしたでしょうね。
それでも、全国津々浦々に自動交換式電話が普及するまでには、
54年後の、1979年(昭和54年)でした。
(詳しくは、こちらへ)
しんちゃんが電電公社に入社した頃は、石川県内でも
都市部以外は、交換手の電話がまだまだたくさんありました。
(小松にいたので、小松で言えば、大杉地区、尾小屋地区、など)
あれから35年・・・
携帯電話・・・、IP電話・・・、インターネット・・・。
通信網も随分進化したものです。
女将の親戚のお見舞いに、能登の志賀町へ。
道中の冬の日本海は、季節風で大荒れでした。
途中、志賀町の福浦港を望む高台を通り、
日本最古の木造灯台「旧福浦灯台」を眺めました。
この旧灯台は、木造灯台としては、日本最古だそうで、
起源は、1608年とのこと。
江戸時代は、福浦港は北前船の寄港地として栄えましたので、
この灯台も、北前船の航海の安全に欠かせないものだったのでしょう。
戦後に新しい灯台が港の入り口に出来てからは、
石川県指定史跡として整備されています。
昨年までは、雑木や竹やぶなどで、道路から見れなかったのですが、
せっかくの史跡を遠くから見れるように、
雑木や竹やぶを切って、綺麗に整備されました。
今日の荒れた日本海の白波を高台からじっと睨んでいるよう・・・。