ごまめの歯ぎしり・まぐろのおなら

サンナシ小屋&京都から世界の愛する人たちへ

永山則夫の「無知の涙」を読んで

2012-09-10 | 読書
連続射殺魔事件として騒がれた永山則夫死刑囚が死刑執行されて15年が過ぎた今頃になって、なぜか永山則夫の著書「無知の涙」を読んだ。この本も、実は10年くらい前に買ったまま、2-3ページを開いただけで、本棚の隅でほこりをかぶっていたものだ。読もうと思って買ったのだが、最初のページの彼の詩とも何とも言えないものを読んで、一気に読む気を失ってしまったことを、かすかに覚えている。今回も、読み始めてしばらくは、同じような失望感を抱きながら読み進めた。

 その失望感は、おそらく作家としても名前が知られた永山則夫の文章に過大の期待を抱いたからに他ならない。それが分かったのは、彼の生い立ちを彼自身の文章から見いだしたからだ。永山則夫は、小学校も中学校もあまりろくに行っていない。高等学校も形だけは入学したのだけれど、ほとんど行くこともなく止めてしまった。その彼が、連続殺人を犯して捕まり、拘置所の中で書き始めた文章や詩が、稚拙で文法もおかしく、意味をなさない文章が多いのは、不思議でもない。

 しかし、彼の詩や散文を、日を追って読み進めるうちに、徐々に彼の文章にいのちが吹き込まれ、生き生きとした表現が見られるようになっていく。この本を読み終わる頃には、永山則夫の文章は、もはや小学校も満足に出ていない人の文章とはとても思えないようになっている。そればかりではない。その内容も、急速な進歩を示している。その大きな理由は、彼の読書力によるものだ。刑死を近い将来の自分の運命と見定めた生活で、彼の読書への努力、とくに哲学に関する読書は並々ならぬものがあった。3ヶ月以上も拘置所の運動時間に広場へ出ることも拒否して、マルクスの資本論全8巻を読み通し、カント、ヘーゲルを読み、そして詩作を続ける。

 永山則夫は、彼自身が無知であったことがこのような犯罪を犯した原因であるとは決して言わない。ただ、無知こそ自分をこのような境遇に陥れた世の中への対応を誤らせたと、強く反省している。貧乏こそすべての悪の温床であり、そして資本主義が続く限りこのような犯罪はけっして無くならないと喝破している。資本主義を倒す革命こそ、今必要であり、テロリズムも必要であると考えた。ただ、自分は無知だったために、テロの対象に罪もない人を殺してしまったことを悔いているのである。彼の本には、天皇制を倒さねばならないこと、それには武力も必要であることなども書き、東アジア反日武装戦線の天皇暗殺未遂事件とも、ほぼ同じ頃に同じ考えに至っているが、彼はその時すでに獄中で刑死する運命にあった。1997年、彼は多くの死刑囚の中から選ばれて絞首台に上ったが、それは彼の天皇制への言及が、法務官僚の死刑囚を選ぶメガネにかなったのかも知れない。

 わずか1年余の短い獄中生活で、これほどの勉強をして、知識と哲学を身につけて、自らの殺人の原因を社会的にも掘り下げていった永山則夫の進歩に驚嘆するばかりである。もっともっと前にこの本を読んでおけば良かったと、今更ながら後悔している。ところで、永山則夫が考えた社会の変革は、はたしてどのようになったのだろうか。永山死刑囚の資本主義は必ず社会主義に変革されるという信念は、残念ながら逆の方向に進んでいる。それは何故なのだろうか。社会主義がまちがっていたとは私には思えない。社会主義が官僚主義を克服できなかったことは、その通りであるが、資本主義が大手を振る世になるとは思いもしなかった。なぜだろうか。それは、永山則夫が指摘したような、貧乏大衆が無知から知識を付けた人民に変わることがなかったことによるのだろう。まさに無知の涙を、今も多くの貧困層に流させている。むしろ永山則夫のような読書によって勉強する人民は、いなくなってしまった。これは技術の進歩によるのか、それとも狡猾な新資本主義の策略なのか。無知こそ貧困人民が克服すべき課題であることは、永山則夫が指摘して以来、いまも厳然とした事実である。でも、無知な大衆が増え続けている現状。喜ぶのは搾取階級の人間だけだろうか。

 秋葉原事件など、理由の分からない若者の殺人事件が頻発するようになった。でも、この原因は、マスコミがあれこれと興味半分に言及しているが、原因ははっきりしている。永山則夫の犯罪が、今も続いているということなのだ。貧困こそ、理由の分からない犯罪の本当の理由なのだ。そして、貧困はますます増えてきている。それは、コイズミがアメリカの新資本主義路線に沿って日本を作り替えたことの必然的な結果として、起こっている。そして、無知な大衆は、まったく同じ路線を進んでいる橋下「維新の会」を大手を広げて歓迎している。彼らこそ、貧困大衆の真の敵であることを知らずに。無知はやはり地獄への道である。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿