あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

精神科のカウンセリング

2018-01-19 09:27:08 | 物語(小説)

親愛なる積さんに、「あなたは精神科に逝くべきです」と言われた僕は、早速、忌み嫌う精神科の地獄門を叩いた。
僕は約15分ほど待たされたあと、名前を呼ばれて診察室の白いドアを開けた。
「こんにちはぁ」と精気の抜けた声を僕が発すると、目の前に、穏やかな聖母の眼差しで微笑むエドワード・スノーデン似の白人男性が椅子に座って僕に向かって優しく低い声で「こんにちは」と返した。
僕はその場で平伏し、号泣しながら「抱いてくれ」と懇願したかったが、それができないのが、このつまらん現実世界である。
僕はその代わり、先生の目の前の椅子に座った途端、悲しみのあまり号泣した。
先生は焦ることなく、静かに僕に向かって言った。
「もう大丈夫です。わたしが今日から、あなたにカウンセリングを行いながら、投薬療法を行い、あなたの闇の深い病理を治します。安心してください。あなたの根の深い底の見えないようなどん詰まり状態のどん底に、わたしが光をまず行き届かせます。さあ、なんでもわたしに聴かせてください。あなたのすべての鬱憤の吐き場所はわたしのなかにあります。あなたの想いのすべてを、わたしは聴きたいです。」先生はそう言うと、白いハンカチを僕のまえに差し出した。
僕はハンカチを受け取るつもりが、先生の右の指に、自分の右の指を絡ませ、汗でねとねとのぬめぬめした我が5本の指のすべてを先生の指と指の間に絡めて抜けなくした。
先生は微笑んだまま、僕を優しく見詰めている。
しかし、その状態が、約、30分かそこら過ぎた頃である。
先生の両の目は、血走り、充血仕切っているのにも関わらず、瞬きも忘れ、その額からは、だらだらとひっきりなしに脂汗が流れ落ちてくるのだった。
自然な笑みは歪んで崩れ、口角の角度は保ったままひくひくと痙攣し始め、不自然かつ不気味な笑みと成り果て、彼の鼻息は鼻毛すら飛ばしきる勢いであった。
僕はそれでもなお、この指の絡み取りの誘惑を、先生に対してやめなかった。
僕が視線を落とすと、先生の股間は、完全勃起状態であることは目に見えて明白であった。
僕は、左手で先生の股間をまさぐった。
すると先生は、「うっ」と声を上げて、恥ずかしそうな顔をした。
僕は蒸せて湯気を上げんかとしている絡めた指をほどき、静かに椅子に座る状態に戻った。
そして、かくがくしかじかの、己れの苦を、何から何まで先生に話した。
先生は、終始、残念な様子で心ここに非ずな顔をして僕の話を聴いていた。
僕が、話をし終え、先生の返事を待ったが、先生は困った表情で、何かを乞うような目線を僕に投げ掛けた。
僕は立ち上がって、先生の首筋を舐めた。
そしてまた席に戻ると、先生の目はときめきに耀き、まるで初めてバッタの交尾を見た5歳児のように僕の目の奥を見詰めていた。
先生は僕の話には興味がないように想えた。
僕は絶望的になって、また泣いた。
すると先生が、モニターを見ながらマウスを動かし、静かに冷たい声で言った。
「今日は、取り敢えずこのお薬を出しておきます。アナスタシアという新しいお薬です。どういうお薬かと言うと、とにかく全身にある無数の穴という穴が、なんだかスタシアだなと感じるような良いお薬です。副作用は自殺願望、殺人願望、性欲促進、自殺したくなるほどの頭痛などがありますが、それらの副作用が出る人は大体27%くらいです。」
僕は、先生がそう言い終わるまえに、「僕はどの薬も飲みたくありません。ナチュラル人間だからです。」と返すと、先生は咳払いしたあとに、こう言った。
「それではわたしの点数が稼げなくて、わたしの稼ぎが増えないではありませんか。できれば、飲まなくとも良いので、薬は出させてください。近いうちに、新しいベンツを買う予定なのです。」
僕は「解りました。では3週間分、出してください。今日、家に帰って、すべてをジェムソンで飲み干します」と言うと、先生は冷ややかに軽蔑した眼差しを僕に向け、「あなたは閉鎖病棟に監禁されたいのですか?」と訊いた。
僕は鼻水を垂れ流しながら、「はい。そうです。」と応えた。
先生は、急に同情を侮蔑の笑みに混じり合わせながら、「あなたはあんまり人を馬鹿にし過ぎるのです。あなたを治す方法は、この世界には在りません。あなたは、とにもかくにもくだらない人間だからです。だからわたしはあなたに真面目にカウンセリングを行おうとしたのです。それがなんですか。あなたはわたしを色霊の如く誘惑し、わたしの脳内物質を変容させ、興奮と恍惚ホルモン垂れ流し状態にさせ、あなたの複雑な話を理解するだけの集中力を奪い取り、わたしをまるで獸(けだもの)のように見切り、わたしに辱しめを与えて満足しながらも幻滅の絶望に悲しんでいます。あなたにはまず、人間に対する敬意というものを教えるところから始めなくてはなりません。その為、今日はわたしの今日のあなたによって与えられた屈辱と恥辱を十分に想像して、わたしに対するほんのちょっぴりの敬意さえ生まれたなら、またわたしのところに来てください。それまでは、あなたには何を話しても無駄です。あなたは自分自身を、見下し、あなた自身がわたしに救いを全く求めようとしないからです。あなたには、自分が見えていません。あなたが見ているもの、それはこの世にはないものです。あなたの苦しみのすべての原因はそこにあります。あなたはまるで、わたしが今日味わった屈辱の苦痛もおとぎ話のように感じています。または、わたしが発情したバッタかカエルかなにかのような存在のように想って、御笑い草にしています。あなたは人間を人間とも見ていないのです。同時に、あなたは誰からも、人間とは想われていないと感じています。あなたは、人間であるということからも逃げ続け、存在であるということからも逃げ続け、死から逃げ続け、生から逃げ続け、すべてから逃げ続け、あなたは何物でもない卑屈な笑みをたたえてすべてを呪い続けているかのような全くくだらない人間です。あなたは魂自体が、霊魂自体が、本当にたまらなくくだらないのです。あなたは存在する価値も無いほどですが、存在してしまっているのです。あなたは存在してはならないのに存在している。あなたは存在しているが、存在してはならないのです。あなたを救うすべは、あなたのなかには在りません。今のあなたに必要なのは、信仰では在りません。今のあなたに必要なのは、愛し合う恋人でも在りません。今のあなたに必要なのは、自分の才能を信じることでも在りません。今のあなたに必要なもの、それは、あなたが遣りたくない遣るべきことを、無理をして遣ること。あなたが遣りたくもない遣るべきことを無理をして遣ることができるほどの希望をわたしとのカウンセリングによって見出だすこと。わたしはあなたに、あなたの本当の卑小さ、あなたの醜さ、あなたのくだらなさをとことん教えてあげます。あなたには、希望が必要なのです。最低限の、遣るべきことを遣れるだけの希望が。今日のカウンセリングはここまでにしましょう。またいつでも、この精神科の地獄の門を藁をもすがる想いで叩いてください。わたしはあなたを必ず救ってみせます。薬は3週間分出しておきますから、要らなければゴミ箱に捨ててください。それでは、御大事に。」

先生は、僕の帰るときも、ぼくを振り返ってはくれなかった。
嗚呼、帰り道の、真上の太陽光が僕の頭上に突き刺さって脊髄を満たし、性器から溢れるようだ!
僕は歯軋りしながら目をギロギロさせてとにかく引き摺るようにして家路に就いた。
父上と母上、今日はとても穏やかなる、春日狂想日和です。
目の前には無数の、哀しげな閃光が流れ星のように美しく駆け抜けて、もう見えなく……