あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第八十八章

2021-12-21 21:27:55 | 随筆(小説)
愛する父と母と子のなかに宿られし水神、ヱホバ。

始まりに、この星を牛族と、蛇族が支配していた。
彼らは互いに呪い合い、遺恨を抱いては賤しみ合い、交情を結んで共存することをせず思う存分に相手を畜生の如くに殺してはその肉を喰らい、我が眷属さえ良ければそれで良いのだと考えて暮らしていた。
ところが或る日、一人の牛族と一人の蛇族が、朝に目覚めると珍妙な果ての見えぬほど広大な場所に二人きりで閉じ籠められた。
二人は悲しみ嘆き、どうすれば此処から抜け出せるかと神に祈り続けた。
すると神の声が、二人の処に降りた。
神はこの牛人と蛇人に言った。
〘見よ。あなたがたのいる地を。全て地はわたしが引いた無数の巨細な線によっていま分けられた。あなたがたは最早正しい場所にいないとき、わたしが流す竜によって苦しみ、歯軋りしては嘆くことになる。〙
牛人と蛇人は神を畏れ、神の言葉が聴こえなくなると同時に電竜が二人の全身に流れ、激痛が走った。
居ても立っても居られず、二人は目を血眼にして正しい線で囲まれた場所へ移動しようと必死に走り回った。
その線で囲まれた場所はどれも長さ約七尺程の蠢く山蛭のような形をしていた。
地の果まで亀裂を走らせたようにその線が描かれている。
何日も何日も、来る日も来る日も、牛人と蛇人は電竜の走らない安全な場所を探し求めて地の上を走り回り続けた。
だがどの場所に移動しようとも二人は苦しみ、神が示す過ちの場所しか見つからなかった。
二人はこんなに死に物狂いで探し求めつづけても一向に許されないことに愈々悲しみ、互いを見つめ合って深く反省し、自己へと還帰した。
其の夜、二人は痛みに震えながら互いを励まし合って別々の囲いのなかで手を繋ぎ合って眠りに就いた。
明くる朝、蛇人は手水を探して一つ隣の囲われた場所に移動した。
すると見よ。自分の全身の痛みが一瞬にして消え、心も爽やかであった。
蛇人は歓喜して神に感謝の祈りを捧げ、眠る牛人の囲いのなかに入って痛みが戻るなかにも牛人を起こしてそのことを教えた。
牛人は蛇人に深く感謝し、その電竜が走らない場所に二人で移動した。
すると想いの通り、牛人の全身の痛みも一瞬に引いた。
牛人は深く神に感謝しながら蛇人に言った。
「我々にとっての正しい地とは、我々が自分にとっての正しい地を求める場所に非ず、我々が共に我々にとっての正しく幸福な地を心から求める場所にだけ在ったのだ。」
蛇人は涙しながら牛人と手を握り合って言った。
「わたしたちはなんと愚かであったのでしょう。しかしこうして気づけたことはなんと恵まれたことでしょう。わたしたちはここから抜け出せた暁には、すべての民にこのことを教えましょう。そうすれば牛族と蛇族は最早、殺し合うのをやめて互いに慈悲の心を絶やさず助け合って暮らすでしょう。」
しかし、神の思し召しは計り知れず、二人が冥加に感謝しつづけて安全な地で暮らすようになってもこの閉じ籠められた珍妙な空間から出ることができなかった。
或る時、ふと気づくと牛人は自分は男で、蛇人は女であることを知った。
其の日の夜、牛人は蛇人と交り、のちに牛蛇人が誕生した。
生まれ落ちた時から牛蛇人は牛の頭に獣の牙と鷲の爪、人の胴体(と両腕)に魚の尾鰭、二股の蛇の尾のような立つことのできぬ両脚が生え、全身には虹色に光る碧翠色の鱗が生えていた。
牛蛇人は、この世界に海がないことを幼な子の頃から嘆き悲しんだ。
まだほんの小さき頃から牛人である父と蛇人である母に、夜中に眼を醒ましては夜毎起こして『海へ帰りたい。』と泣きながら駄々を捏ねては深く悩ませた。
あまりにも牛蛇人が悲しむので、牛人と蛇人は憐れに想い、神に祈った。
「どうかこの世界に海を御創りください。」
しかしどれほど祈り続けても神の声は降りては来ず、どの場所にも海ができなかった。
或る日、妻である蛇人は夫である牛人に言った。
「わたしたちは、永遠に本日を最後に別れましょう。そうすればわたしたちの涙が溜まり続けていつの日か海になり、その海は永久に涸れる日は来ないでしょう。わたしたちの愛する子を其の海へ帰すのです。」
牛人は我が子牛蛇人よりも我が妻蛇人を愛していた為、離別を頑なに聴き容れなかった。
だが蛇人は我が夫牛人よりも我が子牛蛇人を愛していた為、二人が寝静まったとき、ひそやかに独りで別の地へ向かおうとした。
牛人はそれに気づいて蛇人を縛り、泪を流して我が妻のすべて見通した諦念する眼を見つめて言った。
「我等離れるくらいならば一層のこと我等一体とならん。」
そして自ら剣を抜いて胸に抱いた蛇人の心の臓を背から突き刺し、その剣で己自身の心の臓をも貫いた。
其の瞬間、見よ。地は一面に牛人から溢れる赤い血と蛇人から溢れる青い血が交り合った深い暗紫の血の海で覆われた。
牛蛇人は、黄金の涙を流して言った。
『我が神と己を底無しの地の底までも呪うことを許し給え。』
そして牛蛇人は、愛する父母の海の底へと泳いで帰って行った。























David Sylvian - Let The Happiness In
 

















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