愛国者の邪論

日々の生活のなかで、アレ?と思うことを書いていきます。おじさんも居ても立っても居られんと小さき声を今あげんとす

安倍政権の「教育勅語道徳教育」に大喝!日本国憲法に基づく新「道徳教育」論の徹底化こそがいじめを解決!

2013-03-18 | 教育勅語

はじめに

現在、子どもをめぐる状況は大変厳しいものがあります。ルールを守れない状況、特に人権と命の軽視は目に余るものがあります。それらは大人社会の反映であることは疑いありません。メディアをとおして子どもに与えられている情報は戦後民主主義と国際法の合意を踏まえた「人間尊重」の「人づくり」という点で大いに問題ありと言わなければなりません。

 戦争やテロによる命の軽さ、政治とカネをめぐる政治の不正、働く権利が保障されず、生存すら脅かされている社会の風潮などなど、教育現場の「ものさし」が不明確になり、子どもに将来の希望すら与えることができない状況です。このような事実に無力さを感じている教職員も多いことと思います。

 しかし、そうは言っても、逞しく生きている子どももたくさんいることも事実です。スポーツ界で活躍する若者や被災地で、地元の役にたつ人間として生きていくことを決意している若者などなど、否定的な状況を呈している若者以上に生きている若者がいるのですが、これらの若者の存在に光を当てていくことに力を入れていったなら、若者の状況も変わっていくことは、現在のメディア状況をみると確実です。

 ここでは、いじめや自殺事件などを利用した安倍政権の憲法改悪の地ならしとして位置づけた道徳教育の教科化は、一言で言えば、教育勅語の徳目の具体化です。それは旧教育基本法の改悪や日の丸君が代の法制化と強制にみることができます。

 しかし、こうした手法に対して、国民のなかにある、教育勅語の道徳論の古臭い遺産に同意、共感する思想・気分のあることも、また事実です。こうした状況を踏まえながら、国際的視点になった、新たな「道徳」論と、その「教育」論を対置していく必要性を感じています。そのための視点をまとめてみたものです。

 1.日本国憲法はどのような国民像をめざしているか

 (1)日本国民は、日本国憲法を根拠にして以下の人間像を求めるものとする。

①正当に選挙された国会における代表者を通じて行動できる人間。

②政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることができる人間。

③人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚できる人間。

④平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようとすることができる人間。

⑤平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めることができる人間。

⑥全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を行使できる人間。

⑦自国(自民族・自分)のことのみに専念して他国(他民族・他人)を無視してはならないということを自覚し、実践できる人間。

 (2)日本国民は、旧新教育基本法を根拠にして以下の人間像を求めるものとする。

①民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献できる人間。

②個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間。

③普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指すことができる人間。

④公共の精神を尊び、伝統を継承し、新しい文化の創造できる人間。

⑤勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な人間。

 2.道徳とは何か。

 (1)広辞苑によると

人としてふみ行わねばならぬ理法と、これを実施にあらわす行為、即ち自己の行為または品性を、自己の良心乃至社会的規範を以て律し、善及び正をなし、悪及び不正をなさぬこと。

(2)憲法と教育基本法、国連憲章を根拠にしてみると

①生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与すること。

②個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずること。

③正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与すること。

④学問の自由を尊重し幅広い知識と教養を身に付け、真理を求め、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

⑤世界と日本の伝統と文化を尊重し、他国や他民族を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与することとそれらをはぐくんできた諸民族と諸国家、諸国民と地球を愛すること。

⑥国際連合憲章と戦後の国際社会の「理法」を理解し実践すること。

 3.どのような道徳教育を行うか

 (1)命の尊さをあらゆる場において教える。

①「生」の可能性と「死」のもつ意味を、交通事故や自殺など身近な事例を使って、また戦争など歴史や現代社会の諸事実を通して教える。

②人間ばかりでなく、この世のあらゆる生き物の「生」と「死」の関係と、それらのもつ意味を教える。

③生徒を含めてあらゆる「生」が長い歴史の中で連綿と継続してきたことを教える。

④「生」と「死」について、生徒自らの体験や聞き取りを含めた調べ学習をとおして、考え、その考えたことをあらゆる方法を使って生徒自身が表現できるようにする。

⑤生徒間の意見表明をとおして、その多様性や違いを認め合い、命の大切さを自覚し、生徒なりの実践が多様にできるようにする。

(2)自分の尊さと同時に他人の尊さをあらゆる場において教える。

①自分を認めてほしければ、他人も認めなければならないことをあらゆる場をとおして教える。

②人間はその生い立ちや暮らしなど、多様であることを認め合うことを教える。

③意見の違いが起こった時は、相手の立場や考えに耳を傾け、その違いなどを調べ、学び、自分の意見を表明できるようにする。

④意見の違いを、脅しや暴力で解決することは絶対に許されないことを学びあう。

⑤意見の違いを超えて行動する場合は、違いを留保し、一致点を共有しながら、行動できるようにする。

(3)人類の知識の総和を学ぶことをとおして道徳心を培う。

①個人の尊厳と、対等で民主的な人間相互の関係(人道主義)は人類が営々として築いてきた侵すことのできない価値であり、その到達点に立って生徒自身が生きていることを学ぶ。

②そのためには学問・思想・信条・意見表明の自由が果たしてきた役割を学ぶ。

③人類が築いてきた「知」の総和(人文・社会・自然科学、文学、芸術など)を学ぶことは、あらゆる場をとおして、「生きる力」「歴史の主人公として歴史(文化)を創造する力」となることを学ぶ。

④学ぶことの意味は、他人を排斥するための、他人を打ち負かすための、他人との競争的な、ゲーム的なものではないことを学ぶ。

 4.どのように道徳教育を行うか。

 (1)国際社会において合意されてきた諸原則を学校や地域・家庭に具体化するという立場を確立する。

①国連関係

国際連合憲章(1945)

世界人権宣言(1948)

国際人権規約(1966)

友好関係原則宣言(1970)

子どもの権利宣言(1959)と子どもの権利条約(1990)

平和の文化に関する宣言・行動計画(1999)

②ユネスコ関係

教員の地位に関する勧告(1966)

国際理解、国際協力および国際平和のための教育ならびに人権および基本的自由についての教育に関する勧告(1974)

第4回ユネスコ国際成人教育会議 学習権宣言(1985)

ユネスコ第44回国際教育会議・宣言(1994)

(2)学校・地域・家庭において憲法と教育基本法を国際社会の諸原則と関連させて具体化するという立場を確立する。

①各学校の実情に応じて国際的合意と憲法・教育基本法を具体化するために、学校と教師は保護者・生徒と意見を交流し、学校の目標と方針と計画を具体化する。

②各学校は、目標の具体化のため、必要な施設設備の整備を行政に求める。

③各学校の教職員は目標達成のために絶えざる研修を行う。

④各学校は学校づくりにおいて保護者・生徒・地域の連携を重視する。そのための協議会を設置し、意見交流と実践の検証を行う。

⑤行政は学校現場の自主性を尊重し、必要な諸条件の整備のための援助を行う。

⑥そのためにも、教職員の教育研究の場と時間の確保として「ゆとり」を保障する。

(3)各学校における道徳教育の具体化について

①校長は教職員の自主性を最大限尊重し、実践を励ますようにする。

②教職員は、教職員間の連携を図りながら、生徒の自主性を最大限尊重し、分かる授業ができるように努力し、生徒の学習活動を励ますようにする。

③分かる授業づくりのための教材・指導法・評価法のあり方などは、生徒の発達保障を軸にして、生徒や保護者の意見を踏まえつつ、教職員間で話し合いを緊密にして具体化する。

④生徒は、授業を大切にし、授業をとおして生徒間の信頼と絆を培い、知識・学ぶ方法などを向上させ、生きる力を獲得できるようにする。

⑤教職員は、生徒の教科以外の活動(生徒会(部活動を含む)活動・各種行事など)をとおして自治と知識・技術を学ばせ、習得させ、生きる力を獲得できるように励ます。

⑥道徳教育のあり方や内容については、その観点や教材の発掘など、保護者や地域と意見交流の場を設け、生徒の実態を踏まえたものに常に改善するものとする。

(4)道徳教育を具体化する際の教材等の視点について、これまで述べてきたことを再確認する意味で。

①人間や自然界の生物の命の大切さと命を育む教材を作成する。死を扱う場合も、討論や思考のもみ合いを通じて、命の尊重を第一課題にできるようにする。

②他人を脅しや暴力で排除するような発想が生じないような教材を開発・発掘し、その知識・技術を培うようにする。

③意見の違いを寛容のこころで認めることができるような教材を開発・発掘し、その知識・技術を培うようにする。

④世界と日本の歴史において、人権を破壊する歴史や人権尊重を推進する歴史両面から学び、歴史の継承者として自覚できるような教材を開発・発掘し、その知識・技術を培うようにする。

⑤同時に人類の歴史の進歩を支えてきた文化的側面を受け継ぐ自覚を促す教材の開発・発掘を行う。

⑥時代を超えて、特に同じ年代の若者の生き方を視野にいれた教材開発・発掘に系統的に取り組み、生徒の共感的理解がすすむようにする。

 おわりに

以上、ポイントのみを羅列してみました。本来は具体的に指摘しなければならないことがたくさんあるのですが、それでは膨大なものになってしまいます。また、この提案は、この間報道されてきた学校現場の問題の解決のための一つのたたき台に過ぎないものです。

 道徳教育の具体化は諸条件の異なる各現場の責任の範囲内で行われるべきで、そのことは多様な人間の育成をめざす道徳教育本来の趣旨からして当然のことです。従って、ポイントのみとしたのです。

 最後に、このようなメモをまとめる上で参考にした資料を掲載しておきます。

森田俊男『平和・国際教育論』(平和文化刊)

森田俊男『国連憲章・国際法を学ぼう』(平和文化刊)

二.四事件記録刊行実行委員会編『抵抗の歴史 戦時下長野県における教育労働者の闘い』(労働旬報社刊)の「第4章平和と真実をめざす教育―教育課程自主編成の闘い―」より


国民の要求実現(実利)の救世主としての共産党の姿が全国津々浦々で浮き彫りになれば共感と支持・陣地は!

2013-03-18 | 日記

「致命的な問題」を呈している共産党の活動路線の抜本的改善について、前回記事をかきました。それは国民の要求実現の運動を「日常的に」取り組むことでした。

 そこで共産党の規約には、要求実現の責務について、以下のように述べています。

党は、創立以来の「国民が主人公」の信条に立ち、つねに国民の切実な利益の実現と社会進歩の促進のためにたたかい、日本社会のなかで不屈の先進的な役割をはたすことを、自らの責務として自覚している。

支部の任務は、つぎのとおりである。
 (一) それぞれの職場、地域、学園で党を代表して活動する。
 (二) その職場、地域、学園で多数者の支持をえることを長期的な任務とし、その立場から、要求にこたえる政策および党勢拡大の目標と計画をたて、自覚的な活動にとりくむ。(引用ここまで)

 そして、共産党の第25回大会では、要求について、以下のように述べていました。

第一の任務は、国民要求にこたえて現実政治を前に動かすことである。国民の切実な要求から出発し、現実の政治を一歩でも二歩でも前に動かすために力をつくすとともに、要求の本格的な実現のためには「二つの異常」をただす根本的な改革が必要であることを、明らかにしていく。そうした見地で、各分野で、旧来の政策のどこを転換すべきか、それぞれの「要」をにぎったたたかいが重要である。(引用ここまで)

 どうでしょうか?要求実現運動が、まず最初に掲げられていることに注目する必要があることは明瞭です。その要求を実現するためには、それを阻む国政上の「二つの異常」をただす根本的な改革、そのためにも、各分野で旧来の政策のどこを転換すべきか、「要」をにぎったたたかいが重要、と大会で決めているのです。

 しかし、実際のところ、「要求実現」の「たたかい」はどうでしょうか?

 以下の「赤旗」の記事は、そもそも愛国者の邪論で掲載してあったものです。

安倍所信表明にみる空元気の裏のブラックニッポンで総うつ状態と瀕死のニッポンへ!危険な道邁進に大喝!

http://blog.goo.ne.jp/aikokusyanozyaron/e/3797387f7e15ce141d8b4736b049aa0b

 しかし、以下の「赤旗」の記事にまとめられた時、「ちょっと違うな」と思いました。それは、

1.確かに賃上げを要請する記事ではあるけれども、「提言」の意図は、赤旗の意図とは違っていること。安倍政権への応援メッセージなのです。国民要求を大事にして失敗をするなというメッセージなのです。

2.「赤旗」の記事の意図は賃上げを主張している共産党の政策の優位性が富士総研のエコノミストでも言っているということを強調しているのですが、そういう面は持ちながらも、全く違っていると思います。

3.「赤旗」が、このエコノミストの「提言」から学ぶべきところは、違うところにあるように思います。安倍政権応援メッセージを学ぶべきは共産党にあるように思いました。

 ということです。以下その点についてまとめてみます。

 「安倍新総理は賃上げに動くべきだ」 富士通総研のエコノミストが提言 (2月2日)

 「安倍新総理は賃上げに動くべきだ」と題する提言を、富士通総研エコノミストの根津利三郎氏が同研究所のホームページに1月29曰と30日付で連載しています。 日本が長期の「デフレ」に悩まされている原因について、根津氏は「日本だけが傾向的に賃金が下落し続けているからである」と指摘。「いくら金融政策を緩和しても賃金が上昇しなければ、デフレ脱却はできない」と述べています。また、「アベノミクスは根拠の疑わしい論に基づいたものであり、長続きしない可能性が高い」として、「もっと力強い経済成長にするために必要なことは、賃金の引き上げである」と結論づています。 賃上げのメリットについて、根津氏は「収入が安定的に増えるということになれば、消費は拡大し、経済成長につながる。国民の過半数を占める勤労者の給与所得が拡大することで初めて本格的な成長シナリオが描ける」と主張しています。(引用ここまで)

繰り返すな、6年前の誤り (1) - 安倍新総理は賃上げに動くべきだ

http://jp.fujitsu.com/group/fri/column/opinion/201301/2013-1-6.html

国民の関心は常に自分たちの暮らしぶり

なぜ安倍氏率いる自由民主党は、あの時点で選挙に大敗したのか? それを想い起すことは今の安倍総理にとって極めて重要である。先に結論を言えば、あの時、企業だけが豊かになり、国民の生活が良くならなかったからである。選挙で最大の争点は国、時代に関わりなく、いつも国民の生活ぶりだ。米国では “Are you better off ?”とか“It’s economy, stupid.”とか、大統領選挙戦中に吐かれた有名な台詞がある。前者はレーガン大統領(その時点では候補)のもので、「あなたの暮らしは良くなりましたか?」という意味だが、彼は現職のカーター大統領の弱腰外交を批判することで支持を勝ち取ったのではない。国民の生活に対する不満に訴えたのだ。後者はクリントン氏のもので、意訳すれば「国民にとって大事なのは経済だ。そんなこともわからないのか、このばか者」という意味である。対抗する共和党のブッシュ大統領(父)はイラク戦争で見事な勝利を収め、国民的人気も高かった。そのブッシュには勝てないのではないか、と質問されたときの彼の答えだ。いつの時代も選挙の結果を左右するのは経済、なかんずく国民生活だ。…安倍氏は7月には参議院選挙を迎える。経済を良くしておくことは勝利に向けての必須要件だ。彼は2006年9月に人気の高い小泉元総理から総理ポストを禅譲された。自ら勝ち取ったものではないから、翌年夏の参議院選挙はリーダーとしての資質を試す初めてのテストであった。結果は歴史的大敗となったが、この前後の日本経済をよく観察すると、なぜ選挙に負けたかだけでなく、今の状況が6年前と次第に似てきていることがわかる。

絶好調でも良くならなかった国民生活

第1次安倍内閣の時期、企業収益も株価も持ち直した(【図3】、【図4】)。特に株価(日経平均)は前任の小泉内閣の初期に8000円割れしたものが、その後上昇を続け、2007年5月には18000円の大台に達していた。まさに選挙をやるには絶好のタイミングであった。だが、このような一見良好に見えた経済データの裏で国民の不満はむしろ高まっていた。何が起こっていたのだろうか?

この時期、日本企業の多くは1990年代のバブル崩壊の後遺症に悩んでいた。企業は成長することよりも、バランスシートの改善、言い換えれば不良資産の整理に必死であった。設備投資は抑え、正規職員を非正規に置き換え、賃金コストの圧縮に邁進した。拡大した企業収益は借金の返済に回され、あるいは内部に溜め込まれた。これでは需要は盛り上がるはずがない。それでも成長できたのは外需が堅調だからだ。【図5】はこの間の賃金の動向を示している。戦後最長の景気回復の期間を通じて、賃金は下落し続けた。非正規労働者の割合は高まり(【図6】)、労働分配率も下がり、ちょうど安倍内閣のときに最低水準に落ち込んでいる(【図7】)。国民は企業サイドの好景気を一方で耳にしながら、自分たちの生活が一向に良くならないことに不満を感じ始めていたのである。

その頃「実感なき景気回復」という言葉が流行ったのはこのような事情があったからだ。それでも小泉内閣の時代には郵政の民営化など、既得権と戦う姿勢も見られ、改革の効果がいずれ出てくるのではないかという期待もあった。しかし、安倍内閣になるに伴い、そのような改革への情熱は薄れ、代わりに安全保障など国民には必ずしも優先度の高くない課題に議論が移っていった。こうして一見絶好調の経済情勢にありながら、民意は離反し、選挙では歴史的な敗北を喫してしまった。(引用ここまで)

 どうでしょうか!?それでは以下述べてみます。

このエコノミストの指摘は、「二つの異常」の暴露と解説、転換に軸を置く共産党の政策と消費税増税反対・TPP参加反対など、国政上の課題・争点には取り組むものの、地域・現場に生きる国民の諸要求実現運動に力を入れているとはいえない、具体的な諸要求実現運動を重視していない共産党の活動のあり方に示唆を与えていないでしょうか?

 要求の実現には「改良」と「改革」の二つの区別と関連を握って話さない運動が必要であることは、70年代初頭に開かれた第11回党大会でも言われてきたことです。その考え方を、今使うとすれば、地域や職場・学園で暮らす国民の多様な要求を拾い上げ、政策化し、宣伝し、行政や業者や当局、国に持ち込む運動を多面的に行うことでしょう。

 こうした活動が、議会ごとに、議会に持ち込まれるようにしているかどうか、行政に持ち込んでいるかどうか、ここが最大のポイントです。その際に「住民とともに」は原則です。そのためには系統的な宣伝が必要です。ビラをつくるためには、それなりの事実を集めなければなりません。地域や職場、学園での全戸配布や会社の門前ビラや駅頭宣伝など、多様な宣伝をすることで人々に報せていく活動です。

 こうした活動が目に見える活動として住民や労働者や学生の中に写っていった時、共産党への信頼と共感は確実に広がっていくでしょう。こうした活動が全国津々浦々で行われるならば、マスコミの垂れ流す大本営発表、共産党隠し・共産党はずしの報道に痛打を浴びせることになることも確実です。

 以上のような活動の間隙をぬって、マスコミはデマと日米軍事同盟深化派のイデオロギーを振りまいているのです。そうした策略にも国民目線の批判を展開していくことができれば、運動の前進は確実でしょう。「赤旗」が、そのような活動を拾い上げていくことでこそ、部数が増えるのではないでしょうか?地域や職場や学園の運動の発展にとって必要不可欠の情報を提起上する「赤旗」であれば、読者も増えていくのではないでしょうか?

 議員のお願いなどによる「義理」購読も必要なことは必要でしょうけれども、「増やして減らす」原因である義理購読・短期購読の現状を克服していくためにも、「要求実現運動に役立つしんぶん赤旗」というコピーこそ必要な視点ではないでしょうか?

 単なる「読みもの」では「読みきれない」「忙しい」「カネがない」などの理由で、短期契約読者として購読を中止することになるでしょう。今新聞を読まない国民が増えてきているのです。新聞がなくても情報が手に入る時代です。また新聞に書かれている情報がなくても生きていける。間に合うような時代状況があるのです。

 だからこそ、「赤旗を読めば実利が得られる」というコピーです。今必要な視点は!「赤旗」を読むということは、カネを出して買って貰うのです!そのあたりはシビアーですよ!「真実を伝える」は確かにそういう面はあるかもしれませんが、上から目線です!やはり「暮らしに役立つ新聞」「読んで得する新聞」というコピーと事実と実感です。必要なことは!

 以下の世論調査をみると、明瞭です。

テレビ・新聞など、大手マスコミの垂れ流すイデオロギーどおりの世論調査が出され、それで、政策の決定と推進が行われる。悪い結果が出ても、その段階で、悪政の再編が、同じように行われるのです。

TPP「評価」60%、内閣支持72%…読売調査

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130317-OYT1T00760.htm?from=top

本社世論調査:TPP交渉63%支持 安倍内閣支持70%

http://mainichi.jp/select/news/20130318k0000m010093000c.html

TPP参加表明「評価する」71% 朝日新聞世論調査

http://www.asahi.com/politics/update/0317/TKY201303170178.html?ref=reca

 この垂れ流しの背後にどんな装置があるか、こことの対決を視野に入れたイデオロギー闘争と実際の運動による運動の正当性の拡大をどのように展開するか、です。共産党の支部を中心とした草の根の果たす役割は大きなものがあるのですが、共産党の関心事は、「党勢拡大」を自己目的にした活動が行われているのではないでしょうか?

 日常的に国民の要求実現運動の絆を深めることでマスコミの垂れ流す日米軍事同盟深化論のイデオロギーと「白兵戦」をおこなう支部ががっぷり四つになれるか、そこから寄り切っていけるか、あるいは打っちゃっていけるか、それは日常的な要求実現運動の稽古ができているかどうかにかかっているのです。