ふくろう日記・別室

日々の備忘録でしたが、新たに「介護の日々/care」を記して参ります。(2017・7・3)

生き急ぐ スターリン獄の日本人   内村剛介

2016-09-14 20:37:42 | Book




内村剛介(1920~2009)は栃木県生まれ。ロシア文学者、評論家。小学校卒業後に満州に渡る。大連の中学校を経て、1943年ハルビン学院卒業。関東軍に徴用。1945年~1956年までソ連に抑留されました。

この本の前に読みました石原吉郎の「望郷と海」に感じる「文章の渋滞」に対して、内村剛介の文章には速度と筆勢が強く感じられます。書き手が違えば当然のこととは思いますが、詩人と評論家との違いかしら?いや、ロシア文学者の視点かもしれません。

「あとがき」より。
『東京八重洲口のホテルの一室で一気に書き上げた。出来上がった作品には不満であるが、投げ出してその運命に委す。執筆中に深夜廊下のドアの開閉をかすかに聞きつけては思わず起ち上がったりした。独房の錯覚である。やはり十年の慣性は残っている。それは「生き急ぎ感じせく」日本の娑婆のくらし十年ぐらいでは消滅しないもののようだ。』
ここを読みますと、内村剛介の書き方が理解できたような気がします。

石原吉郎は、1953年にシベリア強制収容所から解放される。スターリンの死んだ年に。内村剛介は、その3年後の1956年にスターリン獄から解放される。ここは独房であり、強制労働はなかったようだ。

「審問」「抑圧」「破綻」の3章に分かれて書かれていますが、「審問」では、意味をなさない質問が繰り出されるばかり、そして独房へもどる。これが繰り返される。「抑圧」の章では「イワン」が多く引用されていました。「破綻」では、ようやく世界が動き出しました。囚人たちの歌が聞こえてきます。そしてスターリンの死。
さらに、「審問」には香月泰男の「運ぶ人」、「抑圧」では「列」、「破綻」では「鋸」の絵画が配されていました。


そして、永く残酷な11年間を、狂うことなく生き抜いた。なんと強い方なのだろう!

さらに引用します。頭を垂れて拝読しました。
『ラーゲリや監獄に拘禁されている者はその肉体が奴隷なのであり、逆に、それを監視する者はその精神が奴隷なのである、と。つまり肉体を拘禁され監視される囚人は精神の奴隷であるところの看守を監視し、その精神を拘禁しているのである。肉体の奴隷の中には精神を奴隷にしてはならぬという不断のたたかいがあった。囚人は外に向かってではなく、むしろ内に向かってまず存在の原理をたたかわねばならぬのである。衰え果てた肉体を養うところの物理的な糧は絶対的に乏しく、その不足を補うものは無限の精神の糧である。』

あの時代のソ連を生き抜いた方の、知的で力強いよきご本でした。


 (昭和42年・1967年初版発行 三省堂新書3)
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