ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

マーサの幸せレシピ

2013-08-28 21:46:27 | Movie


監督:ザンドラ・ネッテルベック
脚本:ザンドラ・ネッテルベック
製作:カール・バウムガートナー クリストフ・フリーデル

《キャスト》
マーサ:マルティナ・ゲデック
マリオ:セルジオ・カステリット
リナ:マクシメ・フェルステ


公開:ドイツ  2002年4月18日
   日本   2002年11月16日

上映時間:105分

製作国:ドイツ オーストリア イタリア スイス

言語:ドイツ語 イタリア語


マーサの幸せレシピ・オフィシャルサイト


舞台はドイツ、ハンブルグのレストラン。主人公の女性マーサは、ここの天才的なシェフという設定。
ドイツが舞台の料理映画とはなんぞや?と思ったけれど、ここはフレンチ・レストランだった。
さらに、ここにイタリア人シェフのマリオが登場して、人生の味覚はふくよかに広がってゆくのだった。

「マーサ」という名前にも、聖書が背景にある。
イエスがマーサの家を訪問する。
妹のマリアはイエスの足元で話を熱心に聞いているのだが、
マーサはもてなしの料理に忙しい。
マーサは不満を言う。「私ばかりが働かされています。」
イエス曰く「あなたは直面したくない心配事があって、キッチンに逃げ込んでいるのでは?」

マーサは、姉の突然の事故死によって、孤児になった姪のリナと暮らすことになる。
別れた父親とは、なかなか連絡がとれない。事故のショックからリナはなかなか解放されない。
慣れない子供との生活、学校の送迎、食事の支度、に振り回されるがうまくはいかない。
リナは食事を受け付けない。(天才シェフはお手上げ。)
リナは学校でも問題ばかり起こす。

やむをえずレストランの厨房にリナを連れていく。
そこでリナが初めておいしそうに食べたものは、マリオが賄い料理に作ったパスタだった。
トマト味に粉チーズと香草を振りかけただけのものであった。

こうしてマリオは、頑ななマーサの心とリナの孤独をとかしてゆく役割を担う。
いつも天気が悪い、プロテスタント的風土のハンブルグの2人の暮らしに、
イタリア人マリオが温かい光をもたらすのだった。

「幸せレシピ」は天才シェフのマーサに、新たな窓を開いた。
そして、3人で幸せに暮らしましたとさ♪

料理は食べる幸福にのみ存在するのではないのか?

abさんご   黒田夏子

2013-08-12 21:45:47 | Book


まずは日本語の横書きに悩まされる。
さらに「、」が「,」になっているし、「。」が「.」になっている。
さらにまた「漢字」で書けば読みやすいであろうと思われる部分が
「ひらがな」になっているので、時々読み直しをしている。
作家の年齢(1937年生まれ)を知らなければ、若い娘の舌足らずの言葉遊びだと思うかもしれない。
こんな苦労しても読むのは、それなりの作家の意図があるのだろうと思いつつ……。読んでいる。

(中間報告)

読了。結局最後まで苦しんだ(笑)。

最初の「a」と「b」とは、どちらの小学校に行くのか?という選択であったが、
引っ越しのために、どちらも選択しないままに新しい奇妙な住居に移る。

母親不在となった、少女期から大人までの娘の生きた軌跡を描きながら、
そこに介在する父親と家事がかりとの、希薄で濃密な人間関係が描き出される。
「家事がかり」はいつの間にか「妻」のような存在となる。
その「受像者」として、その主人公が存在していた。

しかし、それなりの年齢になれば家を出る娘。

そこは「さんご」のような家であるらしい。書棚が間仕切りになったような家である。
この物語のなかでは、時間の進み方が遅かったり、逆戻りしながら進む。
最後の「a」と「b」とは、「巻き貝のなかからにじりでた者=父親か?」と幼かった主人公との散歩の
コース選択になるのだが、「a」と「b」とのどちらも選べないほどに、日々はかぐわしいのだった。
「さんご」はおそらく「珊瑚」だろう。

ここには、従来の「家」とか「家族」というものは存在しない。
貧しい暮らしなのか?豊かな暮らしだったのか?という問いに応答することはない。
あくまでも、この家の受像者としての主人公(=書き手)の視線が注がれているようだった。

芥川賞の選考委員の方々は、「読みにくい」とは思わないわなかったのよね?
わたしだけが苦しんだのよね?


 (2013年・文藝春秋刊)