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たった一人の反乱…フォーリング・ダウンの足跡

2012-06-05 15:37:21 | エッセイ
 日本の七十年代から八十年代にかけての長期間、ラッシュ時、東京の満員電車は、まさに地獄図であった。なにしろ、都心の駅でドアが開くと、乗客がどっと十メートルも濁流のようにほとばしる。あるいは、パチンコ台の玉のように、猛烈な勢いではじき出される。転んだら多数の死者も出るだろう。車中は、あまりの混みように、上へと体が競り上がるか、首のあたりで宙づりになる。揺れれば、つり革がちぎれるばかりにきしり、思わず坐っている客の膝に腰を落としてしまう。声にならないうめき声が途切れず、座席の仕切りの金属棒に体を押し付けられ、頬を挟まれ悲鳴を上げる、ガラス窓が割れる。駅では、むりやり乗客を押し込んだり、引っ張り出すため、尻押し隊なるアルバイトを雇う始末。乗降の混雑のため遅延で止まったり動いたりを繰り返してパニック寸前。アウシュビッツを例に挙げるのは適当でないが、生身の人間をまるで死体扱の殺人電車である。しかも、ラッシュの時間帯が長くて、早出も時差出勤もほとんど機能しない。帰りは帰りで、朝ほどでないものの、酔っぱらいの酒臭い吐息と反吐が混ざって不快感は限度を超える。家畜小屋以下、これは記録しておく歴史的な価値がある。
ブチ切れて、東京近郊の乗客が反乱を起こし、赤い囲みの非常用コックを下ろして手動でドアを開け、線路を行進して、何百万もの乗客が一斉に都心に迫り、国会を占拠する図を苦し紛れに想像したことさえあった。だが、私を含めて、我が日本のサラリーマンは、従順であって、なんと家畜のように耐え忍んだこと。
 ところが、アメリカでは違った。いや、映画の話であって現実ではない。とんでもない映画を作って公開されたのだ(一九九三年制作)。それが、なぜかあまり大きな話題にならなかったとか。不思議なことだ。主演は、マイケル・ダグラス、監督ジョエル・シューマカー。題名の「Falling Down」のフォールは、ふんわりと「落ちる」だから、ダウンがつけば、破滅とか、ドロップアウトのイメージの人間だろうか。真夏のロスアンジェルス、工事中で大渋滞に巻き込まれたドライバーが、頭にきて、突然、車を乗り捨てて、「家に帰る」と言って去って行く。交通渋滞をさらに過熱させるとんでもない迷惑駐車である。彼はどこへ行くのか。最初はよく分からない。実は、問題人物で家庭内暴力のために妻と離婚、軍需産業に勤めていたが、数か月前に、解雇されている。途中で何度も元妻に電話して娘に会わせろというのだが、妻は応ぜず、警察に電話する。現在、彼は実家に母と同居している。養育費も払ってもいないのに、娘の誕生日に押しかけようと車に乗ったのだ。乗り捨てたところから娘の住まいまでどれくらいあるのか、アメリカのことなので、私には距離感が掴めない。男は、喉が渇いたのであろう、最初に入った雑貨屋で韓国人の店主の態度が悪いと難癖をつけて、バットで殴り重傷を負わせて、店をめちゃめちゃにして出ていく。今度は、ヒスパニック系の貧しい居住区に入り、土地の不良に出て行けと言われると、逆切れして二人を残虐な手段で殺して大量の武器を奪う。腹が減ったのでファーストキッチンに入る。定食を頼むが、五分前に時間切れで、作れないと断られ、単品でオーダーして欲しいと言われると、ここでも切れて、自動銃を振り回して、店員とたくさんの客をどん底の恐怖に陥れて立ち去る。妻へ公衆電話ボックスから長電話、注意されると電話ボックスを重火器で吹き飛ばす。次に入ったミリタリーグッズ専門店で、異常性格のナチス信奉者の店主を殺害して小型バズーカ砲を手に入れる。交通渋滞の道路に出る。工事中の標識を無視して入り込み、バズーカ砲をぶっ放して、工事中の長いトンネルを破壊する。見ものとしては、痛快な場面だ。徐々に元自宅に近づくスリルは圧巻。日本の警察と同じでストーカー的な犯罪は、警察には興味なく、さっさと引き上げて、妻の要望を取り合わない。男は、広大なゴルフ場に侵入して、プレー中の裕福な老人夫妻を脅して乱暴狼藉。もう、これくらいでストーリーを追うのをやめる。結末は、退職寸前の老刑事(ロバート・デュバル)が事件の最初から、同一犯とみて、点と線をつなぎ合わせて、追跡しており、最後に男と対決して射殺。老刑事の身の上も興味深く一篇の小説なのだが、男の異常な行動があまりにリアルで霞んでしまう。ながながとストーリーを書いてしまった。それを知ってしまった後でも十分興味深く、考えさせられる映画である。一回観ただけで書いたのでストーリーは間違っている箇所もあるかも。
フォーリング・ダウンの足取りは、なにを描いたのであろうか。ニーチェの「力への意志」の戯画? 読み取るのは老刑事の仕事ではなくて観客の一人一人である。(了)

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