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日記・物語・エッセイ・感想その他

緑の円盤と少年たち その⑪

2007-02-28 09:49:40 | 物語
 ――さあ、みんな、ここにはスパイなんかいない。みんな仲間だ。
 ――ホンダくん、君からもう一度話してくれよ。今晩はそのために集まったのだからね。
 ホンダと呼ばれた五年生くらいの、真っ黒な目をビー玉のようにきらきら光らせた子が口を開きました。
 ――昨日、円盤を見たんだ。緑色に光ったレンズ形の円盤を見たんだ。それが化学工場の焼け跡の向こうにすうーっと墜ちて行ったんだ。
 ――ぼくも見た。ホンダくんの言うとおりだ。でも、それを見たときとてもうれしかった。緑の円盤がぼく達を呼んでいるように思えた。
 ――そう、ぼくも緑の光が墜ちていくのを見た。凄くうれしくて、おかしくて、そしてちょっと悲しかった。
 ――他に見た者は。
 ――そうか。三人が見ているのだね。化学工場の先だとすると川向こうと言うことになる。
 ――探検に行こう。
 ――あそこは危険だ。グンテツのやつらの縄張りだ。
 ――それに中川を渡らなければ行けない。
 ――ぼくは泳げない。
 ――ぼくは泳げるよ。五十メートルぐらいだろ。
 ――だめ、だめ。みんなが行かれなければ。
 ――川を渡るのは無理だ。

モンテシーノスの夢

2007-02-28 06:49:29 | 感想その他
繚乱の花々 芳醇の香り漂う
草原に目覚めた 我らが甲冑の騎士
ふと見上げれば
壮麗の水晶宮 妖しく聳え
厨子の扉 開くがごと 音もなく
老モンテシーノス 下り来たりぬ

招き入れられるまま
ドン・キホーテ 踏み入れば
鏡の広間 瑠璃絢爛の装飾限りなく
高き丸天井を覆い尽くす
小暗き真下 大理石の柩ありき
荘厳に横たわれるは 鎖帷子の英雄
騎士ドーランデルテの骸とぞ
老爺 涙ながらに語りぬ
その昔、ロンセスバーリェスの戦いに
倒れし騎士 いまわの際
親友モンテシーノスに語りて曰く
己が胸 かっ開き心の臓を抉り出し
思い姫ベレルマ殿へ届けよと
誓約堅く承り
滞りなく果たせども――。

その時
身の毛もよだつ 呻き声
骸のうちより 起こりぬ
続けて大音声
「モンテシーノス殿!
わが心の臓にとどめを刺し
かっ切り、ベレルマ殿へ捧げよ」
老爺の面 些か陰れども
豪胆無比のドン・キホーテ 
毅然として少しもたじろがず
折も折
玻璃回廊を黒衣の葬列
しずしずと通り行く
しんがりに行列の主と思わしき女 
両手に乾涸らびた心の臓を捧げ持ち
沈痛の面持ちにて
巡り去りぬ
その醜きこと 小鬼のごとし
老爺 続けて語りぬ
かの醜女こそ 英雄の思い姫
ベレルマ姫なりと
ことごとく 魔法使い
メルリンのなせる術
高名十方世界に轟く無双の騎士よ
この呪い解かれかし
至りて 遍歴の騎士ドン・キホーテ
百姓女に変身させられし
己が思い姫ドルシネアを偲びぬ

   *
はっとして目が覚めた。
遅刻だ
時計はすでに七時を過ぎている
瞬時にして
言い訳を考える
居直りを考える
電話休暇を考える
はっとして気がついた
定年退職して
すでに十年
情けなき 贋ドン・キホーテ
隣のベッドで高いびきは
幸か不幸か
変身させられたままの思い姫
繰り返されるいつもの夢

緑の円盤と少年たち その⑩

2007-02-27 06:16:29 | 物語

 ――なんだ、この子は。こんな小さな子、ぼく達の仲間にいたか。
 ――いないよ。この子もスパイだ。
 ――この二人の子を裁判にかけよう。
 ――そうだ、裁判だ。
 リーダーの子が席を立ち上がりました。みんなも立ち上がりました。もう、だめだ。
 ――ちょっと、待って。
 女の子の声でした。聞き覚えのある奇麗な声でした。
 ――その子たち、あたしが知っているわ。
 それはさっき戦車のある焼け跡で見かけた足の悪い女の子の声でした。ぼくの方をじっと見つめる女の子の腕には首に赤い紐を巻き付けた痩せた黒犬が抱えられていました。
 ああ、あの犬だったのです。それにしても、ずっとここでゲームをしていたはずの女の子にどうして、ぼくは気づかなかったのでしょう。もう、逃れられないと思いました。足の悪い真似をして意地悪をしたぼく達を女の子は決して許すはずはなかったのです。
 ――その子達はね、親切な子なのよ。あたしがさっきステマルを捜していたとき、一緒になって捜してくれたのよ。だから、裁判になんてかけないで。
 ぼくの恐ろしさはたちまち恥ずかしさに取って変えられました。リーダーの子は女の子をじっと見ながら、ゆっくりと言いました。
 ――本当かい、リエ子、それならこの子達は心の優しい子じゃないか。
 「そうだ。心の優しい子どもだ」
 あちこちからこんな声が聞こえてきました。みんなの顔がすでにぼく達を許してくれたのを知りました。

ドン・キホーテ前篇章別あらすじ④

2007-02-26 06:48:56 | エッセイ
第四部

28
カルデニオの話が終わって間もなく、近くで嘆きの声が聞こえてきた。その声は、男装した美しい娘の声であった。聞きただすと、娘はドン・フェルナンドに捨てられた裕福な農夫の娘ドロテーアであった。彼女の話だと、裏切り者の侍女の手引きで、ドロテーアの部屋にドン・フェルナンドが入り込み、結婚の約束をして、貞操を奪われ、捨てられたと言う。ドン・フェルナンドを探して街にやってくると、ルシンダとの結婚の話で持ちきりであった。式の最中、ルシンダが失神し、その胸から真情を綴った手紙と自殺用の懐剣が出てきて中止となった。ルシンダもドン・フェルナンドも、その後行方不明だと言う。ドロテーアは故郷に帰るわけにもいかず、この山奥へ逃げて来たのだとのこと。
29
意外な経過に、カルデニオもドロテーアも行く先に希望を見出す。ドン・キホーテを下山させる計画を変更して、美しいドロテーアをアフリカのミコミコン王国のミコミコーナ姫に仕立て上げ、高名な騎士ドン・キホーテを慕って國を奪った巨人を倒してもらうため遙々迎えにやってきたと言う。かくして、一行は下山する。港まで行く途中にドン・キホーテの故郷を通ることになっている。
30
道中、サンチョは恩賞を得たい野心から、ドン・キホーテにアフリカで巨人を退治してミコミコーナ姫との結婚を奨める。思い姫ドルシネアを侮辱して、騎士は猛烈に怒りサンチョを打ち据える。その後、仲直り、サンチョからドルシネアの様子を聞きただす。この章の最後で、サンチョはパサモンテから盗まれた驢馬を取り戻す。
31
サンチョ、ドン・キホーテへ作り話のドルシネア会見報告。道中、アンドレス少年に再会。少年、雇い主の鞭打ちからドン・キホーテに救出されたが、その後、ひどい目にあったことを語る。ドン・キホーテの面目、まる潰れ。
32
一行、例の宿に到着。ドン・キホーテは疲労困憊、眠っている間に、みんなで騎士の奇行をネタにして話題沸騰。かなり卑猥な会話も。宿の亭主も騎士道物語狂で、遍歴の旅に出ないのは、今ははやらないからに過ぎない。亭主、客が置き忘れた鞄から小説の原稿を取り出す。次章から小説「愚かな物好きの話」。
33
アンセルモは妻カミーラが評判通り本当に貞淑かどうか試そうとして、大の親友のロターリオに誘惑するように頼む。親友は努めて無謀な計画を止めさせようと、聖書やダイヤモンドや白貂の例などを挙げて説得するが、アンセルモはどうしても諦めない。第三者に頼むことさえほのめかされ、やもなく応じる。アンセルモはわざと家を空けて、彼女への贈り物まで用意して、ロターリオの誘惑の手助けをする。一向に、進展した様子が見えないので、隣室に隠れて覗き見すると、二人は終始黙ってまま過ごしていることを知り、ロターリオを難詰する。仕方なく、実行しなければならなくなり、三日間の夫の留守中、ロターリオはカミーラと過ごす。一言も口をきかないのが逆に苦痛になって、彼女の美徳に惚れ込み、いつか本気になって口説き始める。アンセルモの欲望は極めて重要。
34
妻から家に戻って欲しいという必死の手紙も、アンセルモは無視してなかなか帰宅しない。その間に、ついにカミーラはロターリオに身を許してしまう。この事実は、侍女のレオネーラだけには知れてしまう。アンセルモは帰宅した後、ロターリオからまだ籠絡されていないと聞き、夫人へさらに試練を与えるために次の手に出る。ロターリオに頼んで、架空の女クローリ宛の恋の詩を作ってもらい、ロターリオが夫人の前で読み聞かせる。夫人が嫉妬に狂うかどうか試そうする。ところが、前もってロターリオから知らされていた夫人は自分への賛歌と受け取って喜んでいる始末。ある時、ロターリオがアンセルモの屋敷に不審な男が忍び入るを見かける。侍女レオネーラの恋人なのだが、嫉妬に狂ったロターリオは夫人の恋人と誤解して、夫のアンセルモに告げ口して、自分と夫人の次の逢い引きの場を盗み見るように言う。後で後悔したロターリオはカミーラ夫人にすべてを話して、男が侍女の恋人と知る。夫人は一計を案じて、夫が覗き見している場で、自殺未遂まがいの芝居を打ち、自分とロターリオの潔白を演出する。アンセルモはまんまと引っ掛かって夫人の貞潔を信じる。
35
ドン・キホーテ、夢の中で巨人と闘う、寝惚けて剣を振り回して葡萄酒の貯蔵袋を破き大暴れ。大混乱で「愚かな物好きの話」の朗読は中断。ドン・キホーテ、ようやく眠りについたので再開。アンセルモは妻の貞淑の確信を得て満悦。ところが、侍女が増長して情夫を屋敷に導き入れたのをアンセルモに見つかり、監禁されて、明日、すべてを白状すると誓う。アンセルモ、妻に事件を話すと、仰天蒼白。夫が寝付くと、カミーラはその晩荷物をまとめて、家出してロターリオを訪ねる。彼は彼女を修道院に預けて、自分は住み慣れたフィレンツエを去る。翌朝、アンセルモが侍女のところへ行くと、部屋はもぬけの殻。妻の部屋に行くと妻の姿はなく、持ち物もない。ロターリオを訪ねると、街を後にした事を知る。帰宅すれば、召使いは逐電して広い屋敷は空き家同然。アンセルモ、落胆して田舎に蟄居。そこで一部始終を書こうとペンを執り途中で事切れる。そこには責任はすべて自分であって妻を許すと書かれている。修道院のカミーラは、愛人ロターリオが戦場で戦死したことを知り、間もなく、死を迎えた。
36
司祭が鞄から出てきた小説を読み終わって、しばらくすると、宿に覆面した身分の高そうな一行がやってくる。覆面の貴公子はドン・フェルナンド、女はルシンダであった。結婚式の混乱の後、ルシンダはいったん修道院に隠れたが、それを察知したフェルナンドが僧院から奪ってきたのである。ドロテーアの涙ながらに訴えによって、ドン・フェルナンドはようやく自分の非を悟り、ルシンダを居合わせたカルデニオに返す。こうして二つのカップルは元の鞘に収まる。
37
話題はドン・キホーテの奇行に及び、彼が眠っている間に、これまで通り、ドロテーアがミコミコーナ姫として、ドン・キホーテを故郷に連れ戻す算段をする。そこに曰くありげなモーロ人風の一行が現れる。宿に余裕はなかったが、譲り合って泊まることになる。男はアルジェでモーロ人に〈捕虜〉にされていたキリスト教徒で、女はモーロ人のキリスト教徒の美女である。一同、仲良く食卓に着く。ドン・キホーテの文武比較論が始まる。彼は武の目的は平和であると説く。
38
ドン・キホーテの大演説が続き、武を高く称揚し、大砲など近代兵器をこき下ろす。武がエクリチュールとも取れる重要な章。
39
請われるままに〈捕虜〉の男が身の上を語る。彼はレオン地方の出身で、軍人として身を立てようと、当初、フランドルに赴くが、後にトルコ軍と戦うために、地中海の各地を転戦する。歴史的なレパントの海戦にも参加。この章はセルバンテス自身の類似の体験と照合する必要がある。
40
運悪くトルコ軍に捉えられアルジェで捕虜生活を送る。モーロ人富豪の娘に見初められて、仲間数人と共に、娘が負担した身代金で収容所からの脱出に成功。用意した船で、海辺の別荘にいるモーロの娘ソライダを救出して、スペインに逃れることである。モーロの娘は隠れキリスト教徒で彼との結婚を条件にスペイン行きを希望。
41
計画は実行された。別荘からソライダを連れ出したが、父親に気づかれ、口封じのために船に同乗させる。船中で父親、娘の裏切りに激怒。足手まといの父親とモーロ人捕虜を岬に置き去りにして一路スペインに向かう。途中、フランスの海賊船に遭遇し襲撃され、身ぐるみを奪われ、命だけは事なきを得る。彼らから慈悲で与えられたボートでスペインに上陸。海岸の警備隊に詰問されるが、幸運にも、警備隊の中に一行の叔父が含まれていたので、キリスト教徒として、大歓迎される。一行は、そこで解散してそれぞれの道を取る。〈捕虜〉とソライダは、先行きに不安を抱えながら、〈捕虜〉の故郷へ向かう途中、この宿にたどり着いたのである。ここで長い捕虜の身の上話は終わる。
42
その時、宿へこれからメキシコに赴任する判事の一行が到着。娘の美しい少女クラーラを伴っている。なんと判事は〈捕虜〉の出世した弟であることが判明、司祭の計らいで、感激の兄弟再開を果たす。判事が一か月後に出港するセビリヤで〈捕虜〉とソライダの結婚式を挙げることを決める。その晩、ドン・キホーテは、宿、彼にとっては城の寝ずの番を買って出る。みんなが寝静まった頃、美しい歌声が聞こえてくるのにドロテーアが気づく。
43
歌声の主は、驢馬引きに身をやつした少年で、真向かいに住むクラーラを見初めて、言葉も交わしたことさえないのに、互いに恋するようになる。彼女が父と共にメキシコに赴くと知ると、家出してここまでついて来たのである。貴族の御曹司である少年は詩人でもあり歌詞は自作である。一方、宿の娘と女中マリトルネスは不寝番の騎士をからかおうと思う。小窓からドン・キホーテに声をかけると、騎士は城主の娘が自分に恋してやって来たと思い込み、思い姫ドルシネア以外の恋は禁じられていると、手だけを差し出す。女中はその手首と納屋のかんぬきとを紐で結んでしまう。ドン・キホーテは馬上に立っていたので、宙づりになって一夜を明かす。ドン・キホーテの狂気の愛はポエジーであろう。
44
ドン・キホーテ、痛さに耐えかね、大声でみんなをたたき起こす。女中が紐を断ち切り、ドン・キホーテは落下。騎士はすべて魔法使いの仕業と思う。そのとき、四人の旅人が到着する。息子の失踪に、父親が捜しに派遣した召使いたちである。判事の馬車を見つけて、この宿にいるに違いないと探し回り、驢馬引き姿の御曹司ドン・ルイスを見つけ出す。少年は召使いたちの説得に応じない。このどさくさに、宿代を払わずに出ようとした客二人と亭主とで殴り合いが始まる。宿の女将が亭主への助勢を頼むが、ドン・キホーテはミコミコーナ姫の許しがなければダメだとか、騎士相手でなければ闘わないと言って取り合わない。そこに、金だらいをドン・キホーテに奪われた床屋がやってきて、サンチョの驢馬に自分の馬具が着けられているのを発見、サンチョとの間で喧嘩になる。
45
床屋は金だらいと馬具の本当の所有者が、ドン・キホーテか、自分か、みんなに判定してもらうとするが、ドン・キホーテの狂気に便乗して、床屋をからかおうと、ドン・キホーテの方を味方、金だらいでなく兜だと言う。そこへ司直の捕縛吏がやって来て、馬鹿馬鹿しさにあきれる。その中に、くお尋ね者のドン・キホーテがいるのを見つけて捕縛しようとする。ドン・キホーテ、司直など騎士を捕らえる権限などないと息巻く。
46
司祭は、狂人のドン・キホーテを捕らえても、すぐ釈放されると、捕縛吏を説得、それが成功する。捕縛吏によって床屋とドン・キホーテ主従の争いの仲介がなされる。司祭が金だらいの代金を床屋に支払うことなどで決着。又、騎士から被った宿の被害額をドン・フェルナンドが払うことでこれも決着ドン・キホーテは化け物屋敷のような城への長居は無用と、ミコミコーナ姫の宿敵の巨人を退治すべく出立を望む。ところがサンチョ、ミコミコーナに扮するドロテーアがドン・フェルナンドと接吻しているのを目撃した従士は、そんなふしだらな女のために冒険に出るなどご免だと言う。貴婦人を侮辱したと烈火のごとくに怒る騎士。それを機転の利くドロテーアは魔法にかけられたサンチョが幻視したのだと言ってドン・キホーテの怒りを解く。司祭は、計画を一部変更して、全員を覆面で変装させ、寝ているドン・キホーテを縛り上げて牛車の檻に監禁する。この章でのドン・キホーテの狂気は、正気なのに装っている感がある。
47
宿でドン・フェルナンドなどの一行と別れる。覆面した司祭と床屋はドン・キホーテの牛車檻を覆面した捕縛吏に警護してもらい物々しい行列で故郷に向けて出発する。(そのとき、宿の亭主が司祭に自分は字が読めないからと例の鞄に入っていた別の未読原稿を渡す)。牛車の行列の後からやってきた聖堂参事会員が檻のドン・キホーテに話しかけたのに応じて騎士は自分が魔法にかけられているのだと言う。傍らの覆面の司祭もそれに同意する。ところがサンチョが魔法など嘘っぱちで覆面をしたって司祭と床屋であるのは判っている暴露する。司祭は参事会員に騎士道に狂ったドン・キホーテの治療のために連れ戻すのだと語る。参事会員は司祭相手に騎士道マニアで興味深い騎士道物語論=文学論を展開する。
48
参事と司祭は文学論に熱中、歴史や真実を曲げて、突拍子もない絵空事にうつつを抜かし、俗物や役者に迎合した文学や演劇をこき下ろし、検閲の必要などを説く。ここいらはセルバンテスの本心かどうか、疑問。その間に、サンチョがドン・キホーテに魔法にかけられているのではなく、覆面をした司祭と床屋に愚弄されているのだと言うが、ドン・キホーテは取り合わない。司祭に魔法使いが変身しているのだ言う。サンチョ、それでは生理的要求はないのかと問うと、今も、したくて堪らないと窮状を訴える。
49
草地での休憩時、ドン・キホーテは檻から出されて、用を足す。ここでのおとなしいドン・キホーテは気力の衰えを示すか。参事が騎士に語りかけ二人の間で文学論が展開される。参事は反騎士道物語論を、それに対してドン・キホーテは驚嘆すべき物語論を開陳する。感動から、魂の内側から、エディプス期から、語られる本書のエクリチュール論であろう。重要な章。
50
ドン・キホーテが語る「湖の騎士」の物語は、本書の白眉。真に驚嘆に価するエクリチュール論。読む行為のなんたるか、幼児期の真実までも示している。サンチョもこの物語に感動して伯爵領を得ることも夢でないと思う。さて、草原で食事を始めると、そこへ雌山羊を追いかけて山羊飼いが一人飛び込んでくる。山羊飼いの若者が物語る。
51
山羊飼いの話。都まで噂が届くほどの美人レアンドラがこの近くの村にいた。品行方正で、各地から彼女を慕って若い男たちが寄ってくるほどであった。この村でも、アンセルモと私エウヘニオは、父親に妻にしたいと申し入れたが、娘の応えはない。そのうち、兵隊から帰ってきたビセンテというきざな男が、きらびやかの衣装をまとったり、ギターを弾いたり、突拍子もない体験を語ったりする内に、評判になり、娘が恋することになる。伊達男微ビセンテはセルバンテスの経歴を茶化して描かれている面がある。娘は、男にそそのかされて、ある日、財産を持ち出して家出。三日目に、捜索隊が山の中に置き去りにされたレアンドラを見つけた。幸い貞操は奪われていなかったが、父親は悲しんで修道院に入れた。いまもレアンドラを慕う声が野山に満ちている。
52
話が終わると、ドン・キホーテは自分の魔法が解かれたならば修道院からレアンドラを救い出してみせる、と口を挟む。エウヘニオはドン・キホーテの奇妙な顔と姿を見て、気違い扱いにすると、ドン・キホーテは怒り狂って襲いかかる。こうして、二人の血みどろの殴り合いが始まる。サンチョははらはら、他の者は面白がって見物。その時、異様なラッパの音、組み敷かれたドン・キホーテが休戦を申し出て、喧嘩は収まる。ドン・キホーテ、いきなりロシナンテに跨り剣を取ると、やって来た行列に突進。雨乞いのための苦行者の行列で、奇妙な白衣姿と担がれた黒衣聖母像を囚われの身の貴婦人と幻視したのだ。斬りかかるドン・キホーテを担ぎ手が棒で打ち倒して、あえなく失神させられる。行列は争いに関わっては大変と足早に去っていく。ドン・キホーテは意識を取り戻すと、自らすすんで牛車の檻に入る。最早、ロシナンテに乗る気力も失せたのである。ここで参事や捕縛吏と別れる。司祭と床屋とサンチョとロシナンテを伴い、牛車の檻に入ったドン・キホーテは故郷に帰郷。三度目の旅立ちがあることをほのめかせて、本書は終わる。
                              (前篇完了)


緑の円盤と少年たち その⑨

2007-02-26 06:31:44 | 物語

 すぐそばまで来ていたのに、誰も気づいた様子はありません。みんなはゲームをして遊んでいたのでした。それがどんなゲームであったのか、夢の中でのことのように、どうしても今では思い出せないのです。もう愉しくて堪らないゲームであったに違いありません。なぜなら、僕たち二人はいつの間にかこの子たちと一緒になってゲームに夢中になってしまったからでした。ぼくとサルは最初の内不思議なほどついていました。その赤く錆び付いた空き缶は、まるでぼく達を避けているかのように通りすぎていきました。自分の座っている前で空き缶が止まると、知っている子の名前を大急ぎで叫ばなければならなかったのです。もし、ぼく達の前で止まれば、絶体絶命です。ぼくは誰も知っている子はいませんでした。
 とうとう、ぼく達のつきは終わりました。ぼくの前で、あのラベルの剥げ落ちた空き缶がぴたりと止まったのです。ぼくは恐ろしさに体中の地が一気に引いていくように感じました。ぼくはサルの本当の名前さえ知らなかったのです。
 ――きみの番だよ、早く言えよ。
 顔を見つめているみんなの顔が、だんだん硬く強ばっていくようでした。焚き火を鋏んで、ぼくの前にいるサルは耳まで真っ赤にしてうつむいています。そのまま死んでしまえたらとさえ思いました。誰かがとうとう本当のことを言いました。
 ――こんな子、見たことないね。
 ――きみ、知っているかい。
 ――知らない。
 ――意地悪そうな顔しているね。
 もう逃げるに逃げられません。リーダーの大きな子が言いました。
 ――もし、この子を誰も知らないとすると、スパイということになる。
 しーんと静まりかえり、焚き火ばかりがパチパチと音を立てて、勢いよく燃え、見知らぬ半袖シャツの子供たちの一人ひとりの顔を赤々と照らし出していました。
 乾かすために置かれたサルのズック靴から湯気が立ち上っています。サルが小声で言いました。「おれ、知っているよ、その子」。
 みんな一斉にサルの方を見ました。


ドン・キホーテ前篇章別あらすじ③

2007-02-25 07:08:54 | エッセイ
第三部

15
雌馬に恋を仕掛けたロシナンテ、馬方に殴られる。それを救おうとして、逆に二十人の馬方に棍棒で強打される主従。ただし、ここではドン・キホーテは狂っていない。
16
深夜、城と取り違えた宿で、ドン・キホーテと馬方とサンチョと女中マリトルネスと宿屋の主人で大乱闘。
17
ドン・キホーテ、エロチックな体験を上品に語る。見舞いに来た捕縛吏からランプを投げつけられ怪我。即製の霊薬を飲んで主従が七転八倒して苦しむ。ドン・キホーテ、宿代を支払わずに去ったために、遅れたサンチョ、ケット上げに遭う。
18
ドン・キホーテ、羊の大群を軍勢の合戦と取り違えて、突っ込む。羊飼いから大量の石を投げられ、あばらを折り、歯を失い、指を怪我して落馬。その後、霊薬を飲んだために吐き戻して、主従、ゲロだらけなる。
19
ドン・キホーテ、白装束の葬列を地獄の悪魔と思い込み、葬列を蹴散らす。間違いに気づいたドン・キホーテの顔を見て「愁い顔の騎士」とサンチョが名付ける。ここで主従は食糧を強奪。
20
深夜、轟音にサンチョ、縮み上がりロシナンテに足枷をして動けないようにして、ドン・キホーテの突撃を阻止する。夜明けを待つ間に、サンチョは「山羊の川渡しの話」をする。その後、サンチョの滑稽な排便譚。夜が明けてみれば、毛織物を縮絨する木槌の音と判明、愚弄するサンチョをドン・キホーテは強打して懲らしめる。
21
ドン・キホーテ、驢馬に乗ってやって来た床屋から金だらいを奪い、マンブリーノの兜と称する。サンチョは戦利品として馬具を奪う。主従「遍歴の騎士」談義に興ずる。
22
ドン・キホーテ、徒刑囚の行列と語り合う。大悪党ヒネス・パサモンテの書き物の話。ドン・キホーテ、囚人の釈放を求める大演説。役人を蹴散らし囚人を釈放し、囚人にドルシネアのもとへ報告に行くよう要請。その返礼に石を投げられ負傷。
23
ドン・キホーテ、シェラ・モレーナ山中で大金と手帳の入った鞄を拾う。山羊飼いの男から、山に住み着いた狂気の青年の話を聞かされる。突然、その青年「襤褸の騎士」が目の前に現れる。狂気の症状は精神分裂症と同じで正気と狂気が交互にやってくる。
24
ドン・キホーテの求めに応じて、襤褸の騎士カルデニオが自分の身の上を語り出す。友人と信用して、恋人ルシンダのことを女たらしの貴族ドン・フェルナンドに話した。それが横恋慕される原因となる。話の成り行きで騎士道物語にふれたときに、ドン・キホーテが横やりを入れて話を中断させた。それに怒った襤褸騎士は正気を失い、突然、ドン・キホーテを殴りつけ、サンチョや山羊飼いにも暴行を働き、山の中に姿を消す。
25
ドン・キホーテ、山中で古の騎士に倣って難行苦行を思い立つ。サンチョに対してロシナンテに騎乗してトボーソ村に赴き、ドルシネアに手紙を届けるように求める。その時、騎士の口からドルネシアの素性が明らかにされる。
26
深山に一人残ったドン・キホーテは下半身素っ裸で逆さになるなどの奇行を繰り返し、妄想に明け暮れ、思い姫への詩を作ったりして三日間を過ごす。一方、下山したサンチョは、前にケット上げされた例の宿の近くで、故郷の村からドン・キホーテを探しに来た司祭と床屋―金だらいを奪った床屋ではない―に会う。サンチョは狂気の騎士の一部始終を話してしまう。司祭は奇策をめぐらしドン・キホーテの救出を語る。
27
放浪の姫とその従者の姿に変装した司祭と床屋は、サンチョの案内で山奥にやってくる。サンチョが一足先に行った後、休息する二人のもとへ、カルデニオが姿を現し、ドン・キホーテに中断された話の続きを語る。恋敵ドン・フェルナンドは、恋の不祥事から友人のカルデニオのところに身を寄せながら、用事を作って彼を遠ざけておき、ルシンダの親を籠絡して彼女との結婚の手はずを整える。遠路、ルシンダからカルデニオに手紙が届き、友に裏切られたのを知って、急遽ルシンダの結婚式に忍び込む。結婚の誓いのあとで彼女は失神し、会場は混乱。失恋したカルデニオは街を逃れて、この山にやって来て、正気を失ったと言う。

緑の円盤と少年たち その⑧

2007-02-25 06:41:44 | 物語

 ずぶ濡れになって這い上がったぼくたちは、途方に暮れてしまいました。そこが何処なのか、見当がつかなかったのです。しばらくして、サルが叫びました。
 ――あんなところで焚き火をしている。
 百メートルくらい先に、焼ける前は工場であったような、コンクリートの広い台があって、ところどころに黒い大きな穴が空いていました。ようやく、以前、ヤッちゃんたちとローラースケートをしに来たことのある隣町の焼け跡とわかりました。
 その真ん中で、十人くらいの人たちが焚き火を囲んで、なにか、わいわい騒いでいるのでした。どうやら、〈連中〉ではないらしく、白い半袖のシャツの子供が沢山いるようでした。ぼく達はズボンがずぶ濡れで気持ちが悪かったし、冷たかったので、おそるおそる焚き火に近づいて行きました。油の染みついた材木や古タイヤを燃しているのでしょう。真っ黒な煙がもうもうと登り、いやな匂いがしました。ぼくくらいか、もう少し年上の子供たちばかりで焚き火を真ん中に車座になって座っていました。
 なにがおかしいのか、どっと笑い声が起きました。

ドン・キホーテ前篇章別あらすじ②

2007-02-24 06:44:42 | エッセイ

 第二部


著者が失われたアラビア語原稿を見つけた次第。ビスカヤ人はドン・キホーテに敗れて、貴婦人が命乞いする。ドン・キホーテのエクリチュール成立について興味深い記述。
10
ドン・キホーテとサンチョの会話。取り立てて話題性がない。
11
山羊飼いたちと草地で愉しい夕食、ドン・キホーテの黄金時代に関する大演説、アントニオの恋歌、ドン・キホーテの耳の治療。(後篇における黄金時代論と比較のこと)
12
山羊飼いの語る、失恋男グリソストモの埋葬と絶世の美人で男嫌いのマルセーラの話。羊飼いになって彼女を慕って羊飼いになった男たちであふれる山、彼女の署名が彫られた沢山の樹木。
13
グリソストモ埋葬の現場に関係者が落ち合う。途中、ドン・キホーテとビバルドでかわされた騎士道談義、思い姫の絶対要件。後半のアンブロシオとビバルドのやりとり。極めて重要な章。
14
グリソストモの詩の披露。マルセーラの演説、ドルシネアの面影がある。ドン・キホーテの興味深い対応。

緑の円盤と少年たち その⑦

2007-02-24 06:40:29 | 物語
 でも、気をつけないと危ない筏でした。ちょっとバランスを崩すと板と板の隙間から水が溢れてくるのです。僕たち二人はたちまちズック靴をぐしょぐしょにしてしまい、サルは穴の空いていたズックを脱いで裸足になりました。あちこちに釘が出ていて危険なのに――。サルが竹竿で筏を動かし、ミカン箱に腰掛けていると、まるで船長の気分でした。ぼくはサルにこの舟の名前をサンタ・マリア号にしようと言いました。舟の名前はそれ以外知らなかったからです。この名前を付けたお陰で、ぼく達の夢はどんどん広がっていきました。これから新大陸発見の航海に出かけるコロンブスのようでした。僕らのサンタ・マリア号は化学工場の灰色のコンクリート壁に沿って抜けて、片側をトゲのついた針金の柵で囲まれた、葦の茂ったどぶ川をゆっくり進んでいきました。ぼくのまだ来たことのない不気味な焼け跡がずっと続いていました。鉄屑と瓦礫の山がいくつも積み上げられ、焼け残ったクレーン台が恐ろしい怪物のような姿で、こちらを見つめているようでした。野良犬の甲高い鳴き声が尾を引いて響きました。ここいらは昼間でも、〈連中〉の世界なのです。ぼく達が街でやつらに出くわすと、石を投げて虐めたように、〈連中〉もこんな夜更けにぼく達を見つければ、きっとひどい目に遭わせられるに違いありません。
 ――おまえ、恐くない、いつも一人でいて。
 ――おじいちゃんがいるから平気さ。でも、この間はやられたなあ、こんな大きなコークスの塊をぶっつけられたんだ。
 ――浮浪児の連中にかい。
 ――違うよ。お前たちみたいな学校の子だよ。学校なんて面白いのかい。
 ――面白くなんかないさ。
 そのとき、筏がどこかにどすんと突き当たりました。その拍子に板を縛り付けていた針金が外れて、筏はみるみるバラバラになってしまいました。
 ぼく達はどぶ川にざんぶり腿の付け根まで漬かってしまったのでした。

ドン・キホーテ前篇章別あらすじ①

2007-02-23 08:33:43 | エッセイ
前篇

第一部

1
五十歳になる郷士キハーダは騎士道物語に夢中になり、それを真実だと思い込み、正気を失う。自らをドン・キホーテと命名。物置から先祖の鎧兜を引っ張り出し、駄馬にロシナンテと名付けて遍歴の旅に出ようと思う。思い姫に昔好意を持ったことのある百姓娘アンドルサ・ロレンソをドルシネア姫と定めて。
2
七月の熱いある日、早朝、第一回目の旅立ち。最初の宿を城と、客の袖を引く売春婦を姫君と思い込む。宿の亭主は城主。
3
宿を城と妄想したドン・キホーテ、甲冑の不寝番と宿主による騎士叙任式。

ドン・キホーテ、少年を鞭打つ男を懲らしめ少年を救う。妄想によってトレドの商人の一行を襲う。ロシナンテがつまずいて落馬、逆に、馬引きからさんざん打ちのめされる。(最初の受難)

通りかがりの農夫に助けられ帰郷。

司祭と床屋による、ドン・キホーテの蔵書の焚書詮議。ただし「アマディス・デ・ガウラ」等は除かれる。

ドン・キホーテの眠っている間に、書棚は取り除かれ書斎改造。帰郷二週間後に、明け方、第二回目の旅立ち。農夫サンチョに島の領主を約束して、従士にする。
8
ドン・キホーテ、風車を巨人と取り違えて突っ込み、槍をへし折られる。ドン・キホーテ、貴婦人を助けるために修道士を襲う。ビスカヤ人の従者と渡り合う。突然、物語は中断される。