――錬金術師Mの消息――
風の吹く日、若き天性の錬金術師Mを尋ねた。
ここ一年、音信不通であったが、突然、メールが入り、はじめて招かれたのだ。手土産は指定のサプリメントがいいという注文なので、リックにDAKARAなる飲料水1リットルペットボトル三本を詰め込んで出かけた。はた目には引籠もり状態に見えるが、Mにとっては修行の日々であった、とメールにはある。同じメールに、目にするだけで頭痛がする複雑な数式がびっしり書き込まれ、アゾート(賢者の石)を発見したといささか興奮口調で書き込まれていた。
Mが天才であるのは、文壇デビュー以前の詩人ポール・ヴァレリーばりの生活と奇書「ムッシュー・テスト」の愛読者であることからして明らかである。
おそらく、百円コーナーで買ってきたボードの前で、マーカーを片手に、連日数式を書き込み、書いたり消したりを繰り返し、究極の物質の探求に取り組んでいるのであろう、と想像した。
幼少の頃、すでに、アルス・マグナ(大いなる作業)を習得した彼は、アタノール(錬金術の竈)で硫黄と水銀を哲学的結婚させる初歩の段階を終了させて、メタファー段階に到達していたので、必ずしも、実際の卑俗な竈や素材を必要としていなかったのである。つまり、理論物理学になぞって言えば、彼は理論錬金術師なのだ。錬金術は物理学より精神性が高いので、この比喩は的確ではないが。
見た目はきわめて元気であった。
過酷な研究生活に飲み食いを忘れて憔悴しきっているMを想像していたので、いささか戸惑った。先輩である私の訪問をひかえて、掃除をしたのであろう、アパート二階の部屋はこざっぱりしていた。もっとも錬金術師の研究室が片付いていたためしはないので、ふすまを開ければゴミの山であろうが。台所と廊下の窓は大きく開け放たれ、風が東西に吹き抜けるようにできていた。立ち込める瘴気を排出させるには上出来の構造と言える。東西の窓からは穫り入れの済んだ赤土の畑がひろがり、風が吹きぬけると部屋が揺れて、静かな海の上をヨットに乗って漂っているような錯覚に捉えられた。
「この揺れ具合が絶妙でしてね。なかなか引越しする気にはなれません。今までの努力が水の泡になりかねませんから」
彼と実際に会うのは、二年ぶりかも知れない。喫茶店での初対面のとき、ダスターコートのポケットから数式を乱雑に書き込んだメモ用紙を取り出して広げたのを思い出す。紙にくるまれて出てきたのは、五ミリ程の小さな赤い錠剤が二粒であった。それを水と共に一気に飲み込み、自分が錬金術師であることを早々に告白したのを覚えている。通常、われわれ錬金術師仲間では、警戒と相互牽制とで、決して名乗らぬものなのだが。
「アゾートを発見したなどと書きましたが、半分は嘘で、半分は本当です。アゾートの成熟原理を見つけただけのことであって、アゾートそのものは修練の究極の結果ですからね。ぼくはまだまだその段階には到達していません。その原理にしても未知の部分がたくさん残っているのです」
私のリックからペットボトルを取り出すと、錬金術の事故で両腕を麻痺させている私をねぎらって、恐縮しながら言った。
「卑俗のアゾートには毒素がありましてね、実害があります。大量の水分を飲んで浄化させねばならないのです。先輩は、失礼ながら、アタノールがアゾートを精製すると信じておられない。ぼくは先輩のようには、アゾートを単なる機能概念とは思いません。」
「おれは、古代ギリシアの哲人ターレスが万物は水であると言ったという意味で、アゾートが原一性(ユニテ)のシンボルであって、現実の石であるとは、信じない。だって、唯一の現実性は、アゾートそのものではなく、アゾートの媒介によって卑金属から作り出される金ではないのかね」
「現実性!あるいは生々しさと言ってもいい、それはぼくにとってまったく意味がない。夢が日々のぼくの現実なのだから」
それから彼は急に黙り込んでしまった。ある程度、予期していたように、オートマチックな自我の活動に自動変換されたのであろう。彼の錬金術の栄光と困難は、卑俗な私の想像を遥かに超えているように思えた。
わずか、一時間ほどに過ぎなかったが、私たち二人は吹きぬける風に心地よく漂った。午後3時丁度、貴重な研究時間を私のために、割いてくれたことを謝して、彼のアパートを後にしたのだった。
帰りのバスの中で、私の脳裡にヘルメス・トリスメギストスが直接書いたと伝えられるエメラルド板の第四項の言葉が青く美しく燃えていた。
「太陽は父であり、月がその母である。風はそれを己の胎内に運び、大地が育む」
(了)
Diary
毎晩、強風が吹き荒れている。錬金術には若い頃から興味があった。ユタンの『錬金術』(文庫クセジュ)は愛読した。澤井繁男の『錬金術』(講談社現代新書)は、小著ではあるが、小手先の技術書にとどまらず、哲学的な観点もある名著だ。澤井氏の本で知ったのだが、カンパネラの『太陽の都』やダンテの『神曲』は錬金術と深く係わっている。ゲーテの『ファウスト』もホムンクルス誕生のくだりは錬金術を思わせる。私はポオの『ユリイカ』も錬金術的と思っている。私の部屋には、分厚い錬金術関係の邦訳書がまだ数冊残っている。最近、アマゾンで取り寄せたアロマティコの『錬金術』(創元社)は図版が多く内容も豊富で面白かった。
風の吹く日、若き天性の錬金術師Mを尋ねた。
ここ一年、音信不通であったが、突然、メールが入り、はじめて招かれたのだ。手土産は指定のサプリメントがいいという注文なので、リックにDAKARAなる飲料水1リットルペットボトル三本を詰め込んで出かけた。はた目には引籠もり状態に見えるが、Mにとっては修行の日々であった、とメールにはある。同じメールに、目にするだけで頭痛がする複雑な数式がびっしり書き込まれ、アゾート(賢者の石)を発見したといささか興奮口調で書き込まれていた。
Mが天才であるのは、文壇デビュー以前の詩人ポール・ヴァレリーばりの生活と奇書「ムッシュー・テスト」の愛読者であることからして明らかである。
おそらく、百円コーナーで買ってきたボードの前で、マーカーを片手に、連日数式を書き込み、書いたり消したりを繰り返し、究極の物質の探求に取り組んでいるのであろう、と想像した。
幼少の頃、すでに、アルス・マグナ(大いなる作業)を習得した彼は、アタノール(錬金術の竈)で硫黄と水銀を哲学的結婚させる初歩の段階を終了させて、メタファー段階に到達していたので、必ずしも、実際の卑俗な竈や素材を必要としていなかったのである。つまり、理論物理学になぞって言えば、彼は理論錬金術師なのだ。錬金術は物理学より精神性が高いので、この比喩は的確ではないが。
見た目はきわめて元気であった。
過酷な研究生活に飲み食いを忘れて憔悴しきっているMを想像していたので、いささか戸惑った。先輩である私の訪問をひかえて、掃除をしたのであろう、アパート二階の部屋はこざっぱりしていた。もっとも錬金術師の研究室が片付いていたためしはないので、ふすまを開ければゴミの山であろうが。台所と廊下の窓は大きく開け放たれ、風が東西に吹き抜けるようにできていた。立ち込める瘴気を排出させるには上出来の構造と言える。東西の窓からは穫り入れの済んだ赤土の畑がひろがり、風が吹きぬけると部屋が揺れて、静かな海の上をヨットに乗って漂っているような錯覚に捉えられた。
「この揺れ具合が絶妙でしてね。なかなか引越しする気にはなれません。今までの努力が水の泡になりかねませんから」
彼と実際に会うのは、二年ぶりかも知れない。喫茶店での初対面のとき、ダスターコートのポケットから数式を乱雑に書き込んだメモ用紙を取り出して広げたのを思い出す。紙にくるまれて出てきたのは、五ミリ程の小さな赤い錠剤が二粒であった。それを水と共に一気に飲み込み、自分が錬金術師であることを早々に告白したのを覚えている。通常、われわれ錬金術師仲間では、警戒と相互牽制とで、決して名乗らぬものなのだが。
「アゾートを発見したなどと書きましたが、半分は嘘で、半分は本当です。アゾートの成熟原理を見つけただけのことであって、アゾートそのものは修練の究極の結果ですからね。ぼくはまだまだその段階には到達していません。その原理にしても未知の部分がたくさん残っているのです」
私のリックからペットボトルを取り出すと、錬金術の事故で両腕を麻痺させている私をねぎらって、恐縮しながら言った。
「卑俗のアゾートには毒素がありましてね、実害があります。大量の水分を飲んで浄化させねばならないのです。先輩は、失礼ながら、アタノールがアゾートを精製すると信じておられない。ぼくは先輩のようには、アゾートを単なる機能概念とは思いません。」
「おれは、古代ギリシアの哲人ターレスが万物は水であると言ったという意味で、アゾートが原一性(ユニテ)のシンボルであって、現実の石であるとは、信じない。だって、唯一の現実性は、アゾートそのものではなく、アゾートの媒介によって卑金属から作り出される金ではないのかね」
「現実性!あるいは生々しさと言ってもいい、それはぼくにとってまったく意味がない。夢が日々のぼくの現実なのだから」
それから彼は急に黙り込んでしまった。ある程度、予期していたように、オートマチックな自我の活動に自動変換されたのであろう。彼の錬金術の栄光と困難は、卑俗な私の想像を遥かに超えているように思えた。
わずか、一時間ほどに過ぎなかったが、私たち二人は吹きぬける風に心地よく漂った。午後3時丁度、貴重な研究時間を私のために、割いてくれたことを謝して、彼のアパートを後にしたのだった。
帰りのバスの中で、私の脳裡にヘルメス・トリスメギストスが直接書いたと伝えられるエメラルド板の第四項の言葉が青く美しく燃えていた。
「太陽は父であり、月がその母である。風はそれを己の胎内に運び、大地が育む」
(了)
Diary
毎晩、強風が吹き荒れている。錬金術には若い頃から興味があった。ユタンの『錬金術』(文庫クセジュ)は愛読した。澤井繁男の『錬金術』(講談社現代新書)は、小著ではあるが、小手先の技術書にとどまらず、哲学的な観点もある名著だ。澤井氏の本で知ったのだが、カンパネラの『太陽の都』やダンテの『神曲』は錬金術と深く係わっている。ゲーテの『ファウスト』もホムンクルス誕生のくだりは錬金術を思わせる。私はポオの『ユリイカ』も錬金術的と思っている。私の部屋には、分厚い錬金術関係の邦訳書がまだ数冊残っている。最近、アマゾンで取り寄せたアロマティコの『錬金術』(創元社)は図版が多く内容も豊富で面白かった。