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シェルタリング・スカイ

2012-09-22 08:29:10 | エッセイ
 ある小説を読んでいて、むかし観た映画「シェルタリング・スカイ」(ベルナルド・ベルトリッチ監督・一九九一年公開)を思い出し、ビデオ屋からDVDを借りてきて観た。
 さらに、今度は、ポール・ボウルズの原作(新潮文庫・絶版・ただしアマゾンなどで中古本が買える)を読んでみる気になった。訳者大久保康雄氏の「あとがき」から、あらすじの部分を抜き書きしてみる。
「ニューヨークの有閑階級に属するポートとキット・モレズビーという夫妻と、その親友のタナーという男が、北アフリカのアルジェからサハラ砂漠の奥へと旅してゆく。夫妻は倦怠期にあり、キットは一夜タナーに身を許したりする。ポートは医療施設のとぼしい奥地でチフスにかかって、苦しんだあげくに死ぬ。それと前後してタナーは夫妻と別れ別れの行動をとる。一人残されたキットは、ある漠然とした衝動に駆られて、宿所にしていたフランス警備隊の屯営を抜け出し、アラビア人の隊商に救われ、彼に強姦された末、後宮に引き入れられる。ハレムのなかでの生活で、彼女は心身ともに異質の人間となり果てる。発狂状態の彼女が、フランス人に助け出されて、最初の出発地であるアルジェに戻るところで物語は終わる。一口に言えば、砂漠の強烈な圧力の下で、アメリカ的人間を内部から支えている文明人としての自信とか自意識といったものが、いかに崩壊してゆくか、その過程を追及した作品である」
 カタカナの題名は、シェルターされている空、つまり宇宙の闇から大地を防御している空くらいの意味か。サハラのような大きな砂漠で感じられるのであろう。あらすじでは味もそっけもないが、北アフリカの自然と街の描写は、徹底していて物語の展開も、読み応えがある。当面の私の興味は、この物語を映画化したベルトリッチ監督の作品についてである。原作者のボウルズが語り手として出演しているくらいだから、脚本も十分知っていての映画のはず。原著者のお墨付きを得ているのであろう。それとも、著者は、映画は映画、小説は小説と割り切ったか。
 私の印象は、リアリティのある映像として秀でた作品だが、小説内容は、まったく違うのではないかと疑問に思った。前半の主題である、モレズビー夫妻の葛藤が、映画で描いている心理描写よりもずっと複雑で、夫の死をみとることなく、看病を放棄して屯営を出ていくキットの心理が十分に描かれていない。三人のサハラ奥地への錯綜した遍歴は、そのままモレズビー夫妻の心理的な愛の迷宮なのであろう。ポートの旅券の盗難は、個のアイデンティティ喪失の象徴であろう。なによりも、物語に大きな比重を占めるのでもない、性交描写がやたらに多いこと。全裸で寝室を歩き回る夫婦をどうして撮らねばならないのか。極めつけの違和感は、人っ子一人いない、砂漠の真ん中で、壮大な景観を前にして夫婦が露天の性交するシーンであろう。一読したに過ぎないが、原作にはそんな場面は見当たらない。東西の文化の相違で、性交が神聖な行為として象徴的に取り上げたのであろうか。私には、偉大な自然への侮辱、あるいは傲慢な行為にしか思えない。こうしたスペクタクルを撮るのは、東西を問わず破廉恥な行為なのではないか。
 このシーンと裏腹な関係にあるのだが、夫の死後、屯営を脱出したキットは、無人のオアシスで、全裸になり、過去をすべて水に流す、禊の水浴をするのだが、この場面は、割愛されている。あるいは、はじめは撮影されたものを編集の段階でカットしたのかもしれない。この場面がないので、隊商の若い男に拾われ、輪姦の憂き目にあうのも、一方的な災難になってしまう。男から洋服を剥がれ、アラビア風の男装を強いられる意味も描かれていない。オアシスので、男の妻三人と会い、嫉妬の争いに巻き込まれるのだが、それも描き切れていない。もとはと言えば、原作に思想的な問題があるのではないかと思われてきた。キットの水浴の後の人生を狂わせたのは、アラビア人の妻の一人としての生き方、そのものではなく、別室に監禁されながら特別扱いされて、妻たちの嫉妬を買い、複雑な文化的な環境についていけずに、彼女は狂ったのだ。本来は破滅のための破滅でないものを、破滅の物語として書いたボウルズに責任が帰せられる。
 著者は、キットが女性としての持ち前の生命力を発揮して、アラビア人に順応して、子どもをたくさん作り新しい夫の愛を勝ち得た物語を書くことも可能だったのだ。
「荷物を背負って砂漠へいそいで行く駱駝のように、精神は彼の砂漠へいそいで行く。しかし、もっとも荒涼たる砂漠の中で第二の変化が起こる。ここで精神は獅子となる」こう書いたニーチェの晩年は狂気の闇に閉ざされた。
もしかしたら、それは天才哲学者の行く末でなくヨーロッパ型文明――日本を含む――そのものの運命なのかも。

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