L-20lonesomelife

単身赴任生活が終わり、定年。でも生活できないから、、どうしよう。。

お土産は他人のために買うものではないと思う

2024-07-25 05:38:46 | エッセイ
自分の思い出は自分しかわからないものですよね。

お土産は自分の記憶の上書きだから
他人のために買うものではないと思います。

なので、もらった側は不要なゴミでしかない場合がほとんどではないかしら。

私はお土産を買う意味がわかりません。

お菓子や役に立つモノをプレゼントするならばわざわざどこかに行って買うのは無駄な行為に感じます。

それと、必要なものを買うのであれば、他人が買うよりも自分でこれが良いと思うものを求めて買うのが理想的ではないでしょうかね。

こういう考えは私だけかもしれませんが。

日頃の感謝はものではなく、行為で行うのが良い気がします。

口頭で感謝の意を表すのは行為の意味を示すためで良いし、謝意の表現も自己が間違いをしてその間違いを理解した場合のみで良いと思います。

理解していないのに謝意を示すのは、敢えて言うならばむしろ相手に対して軽んじた意識の表れに思いますから。

しっかりとした考えの上で会話は成り立つ気がします。

こういう考え方をするのは私だけかもしれませんが。
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ふるさと納税の賛否

2024-07-21 05:59:12 | エッセイ
賛否って、そりゃあみんな自分都合

アメリカファーストっていう言葉があるけれどみんな最初から自分都合だと思うけどね。

みんな自分のことが一番にある

そうでないといけない

何故なら、みんな自分の意識で生きてるから、いくら他人を尊重すると言っても、自分の視点でしか理解できない

その他人にならねば他人の目線は感じることができない

同様の経験をしたことがあると言っても、それは自分が自分の肉体で感じた出来事であって、時間も違えば立場も違う条件での経験だろう

従って、全く同じことではないから、理解にはズレがある

従って、ふるさと納税のみならず、賛否はその対象の自己都合で発生する

ふるさと納税で儲かる行政地区は賛成するし、損をする地域行政は反対するに決まってる

当たり前のことをさも大発見の様に発信するネットニュース

それをあたかも大ニュースの様に読むネット民

住む世界がネットに支配されてしまった感がするのは自分だけかな
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感情はアート、アートは無駄の中にある

2024-07-13 04:48:45 | エッセイ
他人の心は理解できない
他人の感情、理解する能力と言うものは、物理的に存在するものではない
感覚は、感覚で理解する以外ない
『感』とは
世の中で言われるアートと言うもの、芸術と言うものも心の中に存在するという印象を持つ

モーツァルトにはなれない
ビートルズにもなれない
ピカソにもなれない
人の歴史の中で、天才と呼ばれる人たちは、説明できる感覚や感情から外れている気がする
それを理解するには、それなりの感覚や感情が必要な気がする
計算した、学んだから、努力したから、で得られるものではない
しかしながら、感情や感覚は、人、それぞれに備わっているものだ
個人が作った感情や感覚は、個人の中でのみでも理解できる
他人の感情も、自分個人の感情に変換して理解しようと思えば、それもあり得る

ただし、それは他人のものではなく、自分のものである
ピカソの絵を見て感じる美しさは、自分の感覚で受け取ったそのセンサーが作り出したものに他ならぬと思う
つまり、感情や感覚は、個人のアートとして創作する以外ない
自分で作る以外ない
それが他人のものであったとしても
いわゆる心のデザインとでも言おうか

心はデザインできる
心を豊かにすると言う事は、豊富な時間が必要となる
心が作り出す空間は、とてつもなく広い
そして、長い
そして、大きい
それをデザインするには、巨大な空間ととてつもなく長い時間を必要とするだろう
短絡的に経ち切られた時間では作り出せないし、限られた空間でも作り出せない
現代人の好む効率の良い小さく区切られた世界では、理解に値するだけのアートは作り出せないような気がする
つまり、そこには心がないから
『感』は宇宙空間に匹敵する

今の時代、デザインしようにも、心をデザインするどころか、アートがただ存在するだけの空間すら存在しない
アートは効率の良さと正反対の宇宙にある
芸術は効率を求めると言う意味と、全く正反対に向かわなければならない

今の人の世は、効率を求め、無駄を嫌う
何故か
正確な回答は想像できないけれど、おそらく物質的な欲求を満たすためにだけ突き進んでいるからではないだろうか
心は物質とは正反対のところに存在している
そういう気がする

アートは無駄の中にこそ存在している
人の心を豊かにするため、アートと言うものは最良の良薬だと感じている
息苦しい今の世の中に本当に必要な薬は心を豊かにするアートではないだろうか
少しでも心をデザインできたら、それは限られた時間の中で生きる自分たちの心の豊かさとなる

そのためには
従来で言う無駄な時間を増やす行為に他ならない
無駄こそが人の『感性』の生きる世界
人だけが持つ『意識』や『感性』は『無駄』な世界にある
そのくらい言い切っても良いんじゃないか
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理論は陳腐化する

2024-07-12 05:43:27 | エッセイ
賢明で有能なコメンテーターたちが、様々な理論で、経済や政治を語る
それを聞いているとおっしゃる通りだと思うことが多々ある
しかしながら、長い歴史を見ていると、かつての理論が通用しないケースがどんどん出てくる
この世界は様々な意味で進化している
この世が誕生したのがビックバンだとすると、128億年かかっている
その中で、次々に新しい見たこともない事象が繰り広げられている
その時に、過去の理論で、いくら語ったとしても通用しない
例えば、最近の円安についてであるが、利上げをすれば円安がストップすると言う理論がある
多くの経済学者たちは、その辺は否定していない
細かい事は賛否両論があるとしても、基礎的な理論は大体みんな一致しているケースが多い
しかし、最近の世界の情勢を見ていると、戦争が始まったり、AIの進化がとてつもない速度で進化したり、今までにないような環境変化が起こっている
なので、アメリカが利下げをして日本が利上げをしたとしても、今の円安は止まらないのではないかと言う感じもする
そうなると、自分が住んでいる日本と言う国は、今まで見たこともないような環境に陥る
現在の北朝鮮と同じような環境になりそうな気がする
あるいは、イスラム文化圏の中東のガザのような
そうなると、自分たちは一体どうなるのだろう
おそらく、政治学者や経済学者が、そんな事は一切ないと言うだろうが、果たしてそうだろうか
養老孟司先生が言っていたように、「危機管理」と言う言葉は存在しない
「危機」と言うのは、その時陥ってみないとわからない事象のことを危機と言う
なので、あらかじめ想定して管理できるものは「予防する」と言うその程度のことだろう
見たことも聞いたことも学んだこともない未知の未来が今そこにひたひたと迫ってきているような印象と予感
理論は日々陳腐化する
それを最近強く感じている
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21時就寝 4時起き

2024-07-05 05:14:11 | エッセイ
最近はだいたいが21時就寝で4時起きの日々。
早めに眠くなる。
同時に夜はする事がない。
テレビでも観るくらいしかない。
インターネットも特に観て楽しい気分にならない。
年齢的な気もする。
身体の老化が進んだ為のようでもある。
身体のあちこちに不具合を起たしてる。
だからナンだ。
そんな気もするが、やはり不具合は宜しくない。
気分が宜しくない。
特に自律神経系が狂う。
そこが自分ではコントロールできないから尚更気分悪い。
感情の悪化は相乗効果を起たす。
なので深呼吸をして禅のように無意識を試みる。
ほぼできない。
できれば何も考えずに寝てる方が良いと思う。
しかし、早く目覚めるから困る。
従って最近は早く夜が来れば良いと思うようになった。
終わった人はいかがなものか。
人生という言葉は軽くなっていく。

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