
MacBookProを使ってます。
娘に使わせてもらってます。
キーボードをタッチするのですが、わりと多くの場合に隣のキーを押してます。
そもそも性格が横着なのでそそくさと目についたキーを押してるような気もします。
押した気になって次のキーを押してる様な時もあります。
あるはしっかりとどのキーかを目視せずに押してるのも関係してるかもしれません。
スペルの前の字だけが残っていたりする。
押した気にだけなって、押してなかったりもする。
或いは押したキーが頭に浮かんだキーではないキーを目指してたりもする。
いずれにせよ、注意力が薄い様な。
心が『ここ』に在らず。
精神疾患か?
今までもそうだった様にも思うし、やはり鬱傾向な気もする。
心配事を先延ばしすることは良くない。
やはり、そこは
『今を大事にする』
無視しない。
無視しないのは自分自身が先にある。
そこを無視して他人を見ることはできなくないですか?
養老孟司さんの本は、仏教に通じている気がする。
先日、養老先生の本を買ったことは書いた。
『人生の壁』
壁シリーズの最後だそうだ。
最後というともう終わりか、と思うが、同時に買った『日本が心配』は以前に出てた『子供が心配』の続編のようだ。
続編と言っても『心配』シリーズは(シリーズ化ではないが)対談本の様で、書く作業はなさそうだから養老先生のは楽に出せるかもしれない。
しかし、そういうなら病気で寝てても会話させられたら苦しいだろうな、とも思う。
おそらく養老先生の言ってることが仏教的なところは他の人も感じてるだろうからファンは多い筈。
仏教的というか、自然によりそう意味合いが強く、とにかく人口的なことを嫌う部分があるから。
おそらく多くの人が感じてる『人間の懐疑的な部分』を見出してるんだろう。
戦後、日本が勝つ、神風とか言ってたのに、一気に『それは嘘』と、まるで反対のことを言い出した経験からだろう。
それは『あなたは健康』と言ってたのに『実は嘘、あなたは明日死ぬ』と言われたり、あるいは、『あなたの言ってることは正しい』と言ってた人が次に会ったら『あなたな間違ったことばかり言ってる』など。
人は嘘ばかりついてる。
それを公共の全員がやったから。
もっとわかるのがやはり実体験か。
『鬼畜米英』が『アメリカは正しいマッカーサー万歳』になった。
もっと酷い事例ならば
旦那が奥さんに
『俺にとって この世の女性はお前だけ』
が、翌日には
『お前は嫌いだった、他の女のとこに行く』
だったら、どうか。
まぁ、これは最悪のシナリオだろうけれど。
それが命をかけての戦いであって、多くの人が死んだ戦争の果てにそう言う行為をされたら、それはもう人生の嘘になる。
誰も、何も信じられず、生涯かけての精神疾患になってもおかしくない。
だから求め続けるのは『本当のことは何か』だろう。
でもってたどり着いたのが『自然』
自然に任せること。
自然の中で生きること。
自然と共に生きること。
それはつまり『あるがまま』につながる。
だから子供は自然。
人口的なことには必ず無理がある。
おそらくそれは『嘘』
人のすることには必ず『嘘』が伴う。
養老先生はそういう言葉は使ってない。
でも、おそらく心の中に
『人の言う言葉は全て嘘が伴う』
を、感じてるに違いない。
以前読んだ漫画に
『ブラックジャックによろしく』
があったが、その中の言葉に
『人間の致死率は100%』と言う言葉があった。
真理だな。
医者は人を死なせないことはできない。
一時的な『延命』を施すだけ。
ちょっとだけ存えて、そしてその後、人は必ず、いずれ死ぬ。
命の真理。
始まりのあるものには必ず終わりがある。
表のあるものには必ず裏がある。
相反することを受け入れる。
そんなところか。
自分には他人が存在する。
正しいことには間違いが伴う。
今の時代だから特に強く感じるな。
仏教は難しい。
なんで人は難しくする?
簡単な筈のことをより難しくしていく。
そしてたどり着いたのが今の進化の成れの果て。
進歩は退化。
そう言ってやりたいくらいだな。
仏教は養老先生の本をしっかり読めば本当に理解しなければならない場所に辿り着く。
ただ、実践するのは?
さて。
お風呂の鏡用の水垢落としを買いました。
あれが一番落ちますよね。
時々擦ってます。
暇なので。
でも、シンクを擦ると傷になる。
そこが問題。
ダイソーの途中に桜の花見スポットがある。
大勢の花見客が車で来てました。
駐車場は警備員さんが右往左往。
お疲れ様です♪
TUTAYAに行って養老孟司先生の新刊の本を買った。
これから読みます。
2冊買いました。
対談本も買いました。
好きなんです。
養老先生。
自然に対する気持ちを説いてくれる。
私、『方丈記」が好きです。
鴨長明になりたい。