左腕坊主

ハンドボール選手、櫛田亮介の2006年4月~2008年4月までを綴ったブログ

チェコモンスター!!!<エピソードⅠ>

2006年10月31日 | 櫛田劇場
今から約一ヶ月半前の出来事。この日は土曜日で昼間に練習試合があった。その試合の後に僕はピルナのプレジデントに呼ばれて正式に契約となった。正式契約というスゲーめでたい日だったんだけど、そんなことも吹っ飛ぶほどのエピソードをお届けしよう。

例によりメインキャストはチェコ三人衆であることは言うまでもない。

試合後はいつものようにスポーツホールの外で乾杯。確か14時くらいに始まった。1時間くらいそこで呑んだかな。もともと試合後にドレスデンでパーティーと言われていたんだけど、僕が正式に契約したこともあってその日は盛り上がりそうな感じだった。

ディスコは夜中の23時からってことで、しばらくチームメイトのアンドレアスのフラットで呑むことになった。スーパーでビール40本と食材買い込んで、スタニス、ペーパー、マルティン、男前マイク、ロン毛アンドレアス、僕の6人で2次会パーティー開始。

僕だけこの日の試合にフルで出たのでほんまにくたくたで、飯食ってビール呑んだら眠くなってうとうとしていたら、みんなが『ディスコまでまだまだ時間あるからクシ寝て来い』というので遠慮なく寝た。みんなこの前のパーティーで俺が21時過ぎに寝たことを覚えていて、『今日は途中で寝るなよ』としきりに言ってくる。

2時間ほど寝た。起きたらまたビール。21時過ぎにアンドレアスのフラットを出発して、街に向かった。

スタニスとペーパーはすでにかなり酔っ払い状態。

途中でGKのノーマンとサイドのマルティン・カイザーが合流。でまた腹ごしらえって事でファーストフードっぽい店で3次会。スタニスが生ビール呑んでて、店出る時にまだビール残っていた。『お金払ったんだから』とか店員に言うてジョッキごと店から持ち出そうとする。

店員何も言えなくて・・・

そりゃー2m・110kgの酔っ払いにそんなん言われたら…


しかもスタニス店出て、3分くらいで『ビール邪魔』とか言ってその辺のゴミ箱に捨てるし。(この辺はまだ可愛げがあるなぁ)


長くなりようなので本日はここまで・・・

チェコモンスターの暴走はまだまだ止まらない・・・

つづく

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束の間の休日

2006年10月30日 | 櫛田劇場
10月が終わろうとしている。

今日でサマータイムが終わり、日本との時差は7時間から8時間に戻ったらしい。

週末にゲームなかったので、金~月曜日まで久しぶりのまとまったオフだ。

長いリーグ戦はまだまだ続くので監督のマテアスがしっかり休養してリラックスするようにと言っていた。

チェコ三人衆も4日間のオフを利用してチェコに帰ったようだ。

僕も久しぶりにのんびりと過ごしている。

エストニアの吉田やドイツの同じリーグで戦っている石黒とも久しぶりにゆっくりと話す機会を持てた。



話を少し前に戻そう。

ご存知の方も多いかも知れないが、実はドイツでの開幕戦はあの『尾張の荒武者・石黒』の所属するクラブとの対戦だった。石黒はこの日はまだ契約を済ましていなかったのでチームに帯同するにとどまり試合には出ていなかったが、日本で別れてから約2ヶ月ぶりの再会だった。

残念ながら、あまり時間も無くてたいした会話も出来なかったが、お互い握手を交わし元気そうな顔を見れただけでもエネルギーになった。


昨シーズンの途中石黒が言っていたこと
『来年お互い海外でプレーできたら最高ですね!!!』

当時の僕は冗談半分に聞き流していたが・・・

お互い紆余曲折を経てドイツの同じリーグに所属し開幕戦で顔を合わせるなんてすごい偶然だ。

お互いまさしくこれからが勝負だ!!!




そうこうしてる今も石黒から連絡が入った・・・

まさしく今から勝負だ!!!

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六甲おろし&斬鉄剣

2006年10月27日 | 櫛田劇場
えー。日本シリーズはオレ流・中日を下して、日本ハムが優勝を飾ったようですね。

SHINJO選手7回あたりから涙流してたらしいですな。

個人的には好きなスポーツ選手やったので若くしての引退が非常に惜しまれますなぁ。賛否両論あるとは思いますがあそこまで徹底したファンサービスは凄いですわ。しかし、最後に日本一で終わるあたりがいかにもSHINJO選手らしいなぁ。

えー。私、日本ハムそしてSHINJO選手の日本一をネット上で知ったときに真っ先に
『六甲おろし』を口ずさんでしまいました・・・

自分でも???

って感じましたが、妙に自分で納得してもうて、歌い続けてやりました。



野球の話はさておいて。

昨日の練習のとき五エ門・マルティンが車からビール2ケース持ってロッカールーム入ってきたんすわ。僕はなんや???ですわ。なんかイベント???

そしたら、マルティン『今日はオレの誕生日』って言うんですわ。

『なんで自分でビール持ってきたん?』って聞いたら

『ノーマル』って言われて

そうなんですわ。ドイツだけなんかヨーロッパ全土なんか知らんけど、自分の誕生日には自分でもてなすってのがノーマルみたいなんです。

『日本では誕生日はみんなからプレゼント貰える』って僕が言ったらみんなびっくりしてましたからね。

って訳で練習後にはロッカールームで五エ門・マルティンのプチ・バースデー・パーティー!!!



マルティンへ

明日『斬鉄剣』買って来るから・・・

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ハゲしい二ヶ月・・・

2006年10月26日 | 櫛田劇場
早いもんで、気づけばドイツに来てから2ヶ月が過ぎていました。

本当に早かった。本当にハゲしかった。(シモさん別にパクッてないですよ)

シャンプーとか塩とかちょいちょい買いなおした日用品もあるし、ほんまに2ヶ月過ぎたんやなぁって本日サウナの中で実感した次第です。

ドイツに来る前はどうなることやらって感じでしたが、大きな怪我やトラブルもなくハンドボールやれてるので、ひとまずは滑り出し順調かな。(こんなくらいで満足すんなよオレっ!!!)

ピルナ自体も4勝1分。好発進!!!

昨日知ったんだけど今週末はゲームがないらしいので、今週はしっかり筋トレしようと思います。(怪我予防)

もちろん自分自身のプレーも見直して、まだまだ続くリーグ戦に備えます。

日本は日本シリーズで盛り上がってんのかな?

実は僕中日ファンなんすよね。意外でしょ。オレ流。

それでは今から練習行ってきます!!!

画像は全く関係ないですが、どこかのキャプテンです。


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チェコとドイツの国境へ

2006年10月24日 | ツルルン珍遊記
以前僕、普段チェコ3人衆と行動を共ににすることが多いと書きましたが、ピルナにはもう一人チェコ人GKのユリーがいます。

ユリーは体重130kgの巨漢。こんなんで動けるのと思いきや結構、サッカーとかも器用にこなします。先日のアウェーゲームでもユリーが結構止めてくれたのが、勝因の一つでもあります。

ユリーはチェコに住んでいます。週に1、2回チェコから練習にやって来て、週末の試合になるとまたひょっこり現れます。

おもろいでしょ。チェコに住んでてドイツのクラブで試合でるって。

一ヶ月前にユリーはドイツで車を運転中、警察に捕まり(理由はよくわかりません)ドイツでは運転できません。ただしチェコでは可能だそうで、ここ最近はチェコとドイツの国境付近まで車で来て、ドイツ側でチームメイトがユリーを拾いに行くといった感じでドイツ入りしてます。

先週末の試合後、帰りのバスでビール呑みまくったって事もあってユリーはペーパーのところ(すなわち僕の真上)に泊まっていったんすよ。

当然、ペーパーの家でも呑み続けていたんでしょうね。きっと朝方まで・・・
(僕は帰りのバスの中ですでに眠気に襲われていたので、ペーパーのところには行ってません。)



翌日、昼過ぎのこと・・・

ピンポン!!!僕の家のチャイムが鳴りました。この時なんか嫌な予感したんすわ。

ペーパー『ユリーをチェコまで送っていってくれへんかな。俺呑みすぎて運転できへんから、クシ頼むわ。俺眠いから寝る。』

まあもちろんペーパーが関西弁なわけありませんけどね。

ここからは多少言葉が荒くなりますが、僕の心の奥底の声ということで・・・

心の声『相変わらず無茶な注文しよる。往きはいいとしても帰り道しらんがな。』

ペーパー『イージー!!!』

心の声『イージーちゃうわ!!!俺の運転レベル知ってるやろ!!!』

そんなこともお構いなしにユリーが準備してやってきた。

しゃあなしで僕が送ることに・・・

僕は小さい人間なので・・・

心の声『なんでお前らの飲み会の尻拭いを・・・』

完璧心の中では中指立ててましたからね。

まあ送ってみると道も一本道で信号もないし、意外と楽勝やったけど。

国境まで送るとユリーがダンケ!!!って言って130kgの巨体を揺すって、歩きながらチェコに帰っていきました。

それ見てたらなんか笑えてきて、自信満々で帰りました。



心の声『俺これでペーパードライバーじゃないぞ!!!ペーパー!!!』

すいません・・・
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『Glauchau』戦

2006年10月22日 | Oberliga 06/07
昨日も先週と同様にアウェーゲームでした。相手は昨シーズン3部の『Glauchau』

僕はスタートから右サイドで出場。

試合開始からピルナはのDFなんとオールコートマンツーマンでのアタックDF。

しかし毎回監督のマテアス(画像はマテアス)は思い切ったことやるな。相手も面食らったのか幸先よく3点先取、しかし相手もアホではないので逆に7連取される。たまらずピルナはタイムアウト。ここで一度マンツーマンDFで息の上がった先発メンバーを大幅に入れ替えた。僕もこのタイミングで一度ベンチに下がりました。

タイムアウト後6:0DFにシステムチェンジ、ここから途中出場組が活躍し、一時は4点リードされていたが何とか追いつき前半終了。

後半、僕はベンチスタート。いつもだけどピルナは後半の立ち上がりがいい。ここで少し点差を広げ、リードを保つが相手もしぶとくついてくる。2点差から4点差をキープしながら時間は進む。ラスト10分くらいで再び右サイドでコートイン、ベンチからも気持ちを切らさずに集中していたのでスムーズに流れに乗れた。この点差をキープしてゲームをフィニッシュさせるのが僕の仕事。

結局28対25で勝利。

このアウェーゲームを勝利したのは大きいね。ほんまに今のピルナは絶対に負けないと言う雰囲気が漂っているし、コートに入った選手がそれぞれ活躍している。

チームの勝利に対してはほんまに心の底からうれしい。

しかし僕自身は合計15分ほどのプレーだったし、シュートチャンスも1本もなく満足はしていない。ここ3試合ほぼフル出場だったので正直言って不完全燃焼。まあこれで満足するようになったら終わりだけどね。やっぱり自分が活躍してチームが勝利するってのが最高やからね。

話は戻り、アウェーゲームで勝ったって事もあり、帰りのバスはサポーターも選手もお祭り騒ぎ。ガソリンスタンドに寄るたびにビール買い込んで、大騒ぎ&大合唱。

えっ???サポーターも選手も???ガソリンスタンドでビール???って思ったでしょ。

ピルナだけかも知れないんだけど、アウェーゲームのときは選手もその家族やサポーターも一緒のバスで試合会場に行くんですよ。毎回応援にくる熱狂的なオヤジもいれば、ピルナのジュニアチームの子達もいるし、俺らも連れてって感じで小学生の悪ガキ達が太鼓やペットボトル持参でくるんですわ。

ドイツではガソリンスタンドが日本で言うところのコンビニみたいな感じになっているので、帰りのバスは何回かガソリンスタンドに寄るんです。そこでみんなビールやらつまみやら買ってきて、バスの中でお祭り騒ぎって感じです。

こんなチームの調子がいいときこそ落とし穴がありがちやし、リーグ戦自体もまだまだ続くので昨日の勝利はもう忘れてまた新しい一週間いい準備をしたいと思います。
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左腕坊主×石川五エ門

2006年10月20日 | 櫛田劇場
昨日のスイミングで溺れ過ぎたせいか、頭のお皿は必要以上に潤っております。

今週はいつも練習で使う体育館が使えないので、変わった練習が多いのですが、今日は久しぶりにハンドボールをしました。

僕らの前に体育館を使っていたグループもハンドボールをしていたんですが、どう若く見ても50歳は超えてるって感じのおっさん達がハンドボールしてました。まあ足は縺れてましたけど・・・



話は大幅に変わります。

今日は練習前にマルティンとドレスデン(ピルナから20kmほどの距離にある結構大きな街)に気分転換を兼ねて買物に行ってきました。

マルティンは英語全くしゃべれません。ドイツ語はいけます。(昨年までマルティンがプレーしていたオーストリアはドイツ語圏)

僕は英語少々、ドイツ語理解度1%といったところです。

そしてマルティンは滅茶苦茶物静かです。ほんまに必要以上にしゃべらない。なんとなくモンキーパンチ原作・ルパン三世の石川五エ門に雰囲気が似ています。当然ですが斬鉄剣は持っていません・・・

ですが僕はあえてマルティンと二人で出かけることにしてみました。

運転は僕です。

ドイツでは約10年ぶりにミッション車を運転していますが、左ハンドル&10年ぶりミッション車(免許取って以来)なので遠出するのにはかなりの勇気が必要です。

そして本日初遠出&ハイウェイ。ある意味、試合以上のハードワーク。

ほぼ言葉の通じない石川五エ門をナビ役に助手席に乗せ、行ってきましたドレスデン。

僕ギヤチェンジするときにまだ慣れていないせいか、前方から目を切るらしくて石川五エ門は横で絶叫してました。

何とかドレスデンに到着、シャワーサンダルとテーブルをゲットしました。

帰りも横で五エ門を絶叫させながら帰ってやりました。

週末のゲームではコンビを組む五エ門からパスが来なくなるかもしれません・・・






カッパオボレル

2006年10月19日 | 櫛田劇場
先日火曜日からチーム練習再開やとお伝えしましたが・・・
実は火曜日はチーム練習ありませんでした。

火曜日
ペーパーに車貸したまま帰ってこないのでしゃあないから体育館に向かって歩いてると、ペーパーが運転する車とすれ違い、ペーパーが気づき戻ってきて
『クシどこ行くの?今日練習ないよ。体育館が確保できなかったんだってさ、スタニスから聞いてないの?』
『ああ聞いてませんとも・・・』
『明日は練習、スイミングらしよ』
『ああそうなん・・・』
たまたまペーパーとすれ違ったからいいけど、この偶然がなかったら僕寒い中確実に体育館の前でみんなのこと待ってましたね。

まあこんなこと日常茶飯事なんでもう自分の力でどうにもならんことには腹立たなくなりましたね。
僕だけ知らんとか気づいてないってのはしょっちゅうですからね。

まあでもこのまま帰るのなんなんで、一人でジム&サウナに行って一汗かきましたが・・・

水曜日
ペーパーの話通りチームのみんなでスイミングでした。
日本でもoffの時期にプール行ったり、春先にチームで楽しむ感じでスイミングはあったんで、そんな感覚でプールに行くと大間違いでしたわ。
やばかった。ほんま真剣にガッツリ泳がされました。小学校の時とかスイミングクラブ通ってた記憶あるんですけどね・・・ぜんぜんあきません。
クロールなんて溺れてるに等しいし、飛び込みで腹打つし・・・

唯一潜水だけはチームで一番でしたが・・・

やはり僕の先祖はカッパなのでしょうか?

どうでもいい話ですいません。

みんな海外行くと痩せるみたいなことコメントしてありましたが、ご心配なく。
私ドイツに来てから逆に2kg体重増えました。
好き嫌い全くないし、料理するのもその土地の食材食うのも結構好きなんで大丈夫です。

それでは!!!











秋の味覚

2006年10月17日 | 茶碗坊主
最近御用達のスーパーマーケットでクリスマスグッズを見かけるようになりました。ほんまにはやいもんですな。

日本では紅葉がきれいな頃なんかな?

秋刀魚や鍋を肴にビール、焼酎を胃袋に叩き込みてーな。

ホームシックは全く無いけどね。やっぱり日本の秋の味覚は最高ですからね。

僕の住むピルナは内陸部ってこともあって新鮮な魚はまず見かけたことがないですね。僕がまだ新鮮な魚を扱っている店を知らないだけかも知れないけど、ほんまに魚は缶詰でしか食べたことがないです。

国体で行った宮城の秋刀魚、日本リーグで行った高知の鰹、天草のチヌ、ガラカブうまかったなぁ。

しかしピルナの名物とかあるんかな?今度調べておきます。

ピルナは田舎なんか知らんけど、物価も安いみたいでね。ビールも500mlで安いのだと50円くらいなんすわ。おまけにスーパーに空き瓶を返すと10円ほど戻ってきます。缶ビールはあんまり見たことがないですね。ほんまにドイツはリサイクル・リユースが徹底されてますね。

ビールと言えばね、ドイツで初ゴール決めたらチームメイトにビールをご馳走するって新入りの慣わしみたいなのがあって、僕も例に漏れずビール1ケースを買って練習に持って行きました。

まあビールとか食物の話はこの辺でいいとして・・・


昨日はジムで筋トレしてサウナで汗を流してきました。リフレッシュ!!!

今日からまたチーム練習再開なんで、週末のゲームに向けていい準備したいと思います。

追伸・まだデジカメの調子が悪くてなかなかタイムリーな画像がなくてごめんなさい!!!画像は全く秋の味覚ではなく、僕の大好きな天草の味覚・森下製麺所の『つるしこ麺』です。

それでは!!!











『Hoyerswerda』戦 ...this is away game...

2006年10月15日 | Oberliga 06/07
昨日のアウェーでの『LHV Hoyerswerda』戦はほんまにタフなゲームだった。

OFではサイド。DFは主に右から二番目を担当。変則5:1DF気味に相手の(エース)左45度とマッチアップ。

なんとなくこの試合はタフなゲームになるんだろうなと、2・3日前から感じていた。

相手のエースが毎試合10点近くとるみたいで、監督(マテアス)からは事前に『LHV Hoyerswerda』のDVD渡されて観ておくように言われていたし。

これは余談なんやけど、金曜日(試合前日)はチームのみんなで映画を観に行ったんですよ。マテアスの発案でね。サッカー・ワールドカップ時のドイツ代表のドキュメンタリー映画を観たんだけど。当然ドイツ語なんで細かい意味はまだ分からないけど、マテアスの意図はなんとなく分かったって感じだったんですよ。『明日はタフなゲームになるけど、みんな気持ちを1つにして戦おう!!!』的な意図かなと。

ゲーム前にもマテアスに呼ばれて、『スタートは3:2:1DFでやるけど機能しなかったら変則5:1DFでクシを前に出して守ろうと考えてるからそのつもりでいてくれ』と指示を受けていたしね。


ゲーム開始直後から一進一退の攻防が続く。ピルナは3:2:1DFがうまく機能せずに開始5分過ぎから変則の5:1DFにシステムチェンジ。

ここからペースを掴みかけて一時は4点差を付けるもののやっぱりアウェーでしたわ。レフリーの笛鳴りまくり、ココからはピルナ退場のオンパレード。60分で合計10回の退場。これぞアウェーの笛って感じでしたねぇ。僕も全く触っていなくて相手コケたら、退場。これにベンチのマテアスぶちきれてベンチ退場追加。

単純に言うても10回退場って事は合計20分は5人で戦ってるわけですからね。一試合の1/3は5人。中でやってる感覚やと常に5人で戦っている感覚でした。

ピルナは退場してる間4:1DFで守ることが多くて、このときも僕がトップDFに出るんだけど。気分的にはサッカーイタリア代表のガットゥーゾですわ。(すんません分かりにくいマニアックな表現で・・・)

前半はピルナ2点リードで折り返し、後半も依然として大接戦。ピルナがペースを掴みかけるとお決まりの退場。この間に相手が追い上げるって感じでしたな。

もうこの頃なんてレフリーが笛吹くたびにペーパーは指でピストルの真似してレフリー打ちまくってましたからね。(ペーパーそればれたら退場でっせ。)

後半15分くらいまで僕はマッチアップしていた相手のエースをフリースローからの1点のみに抑えてたんすよ。そしたらそのエース相当イライラしていたみたいで、スタニスにファールされたときにスタニスの顔面にバックブローかましてレッドカード。そしたら何故かスタニスまで退場。何故???

それでも後半ラスト90秒で2点リードしてたんすよ。相手もプレス気味にDFしてきてね。そしたら何の笛か分からんけどすぐ相手ボール。パッシブか???で相手の左サイドが強引にサイドシュート打ってきてゴールイン。ラスト45秒で1点差でマイボール。これまた何の笛か分からんまま相手ボール。ラスト15秒でこれまた角度のないところからサイドシュート決められて同点。

ラスト10秒でピルナボールで最後の攻撃。決めれば勝ち。ボールつないで左サイドのガイチがサイドシュートねじ込んで劇的1点差勝利!!?と思いきやゴール取り消し。ノーゴールの判定!!!ラインクロス?着地?時間切れ?ピルナベンチはレフリーに食って掛かるけど、どうにかなるわけも無く結局22:22のドロー。

僕も試合終了直後は呆然。サブコーチに『これがアウェーか?』って聞いたら。
サブコーチは『This is away game.』って。

僕個人は60分間フル出場。1得点。

サイドから全体を観ていて『俺あいてるんだけどなぁ』って感じるんだけどシュートチャンスは1回だけ。もちろん『俺あいてる』って言うんだけど、右45度のマルテインが調子良かったからってのもあってどうしてもインに切り替えしていくことが多くて、『ホンクマの上田さんとかホンダの鶴見、阿部さんはこんな感じで俺のこと観てたんかな?』みたいなことを試合終わってから感じたなぁ。

試合後マテアスから『Good ジョブ!!!DF スーパー!!!』って言われたけどやっぱりドローやし、シュートチャンスがないとは言え1得点では自分自身納得いかない。マテアスから期待されていたDFでの仕事はこなせたとは思うけど、それだけではぜんぜん満足できない。やっぱり目に見える結果(得点)は必要や。

まあドローとは言えアウェーでの勝点1を取ったわけやし、あれだけ退場者を出しても負けなかったっていうのはピルナの底力。まだまだリーグは続く。おっしゃ次もガンバロ!!!





ビビッて逃げたな俺は!!?

2006年10月13日 | 櫛田劇場
最近、サラリーマンやOLの星みたいになりつつある、三十路手前の左腕坊主です。まあ、このルックス&毛根ではアイドル路線ではまず無理ですからね。

僕はそんなに強い人間ではありませんよ。ホンダを辞める事が正しかったのかは今はわかりません。将来に対する漠然とした不安はいつもあります。

一年前はまさか自分がドイツにいるなんて想像も出来ませんでした。挑戦するかどうか決断するまでに本当に時間もかかりましたしね。

僕はもう若くもないし、多くの人に『あと何年か日本リーグでプレーしてホンダで働くほうがいいよ』と言われました。

だから、とりあえず自分の目で体で観て来ようと思い、4月末から5月初めに10日間ほどヨーロッパに下見に行きました。これが噂の『ツルルン珍遊記・ヨーロッパ編』ですね。今思い出しても二度とあの無茶苦茶な旅だけはしたくないなぁ。

その甲斐あって、いくつかのクラブに興味を持って貰うことが出来ました。日本に戻ってからもさらに悩みました。

せっかく海外でハンドできる可能性(オファー)を自分でとって来たのにそこに行かないってのは後で『ビビッて逃げたな俺は』って思うだろうなと感じたんです。

ハンドを本格的に18歳で中部大で始めたときも、周りに止められました。『シロウトがそんなところで出来るわけがない』とね。『18歳そんな遅くからハンド始めてどうするの?』って言われました。

もちろん多くの仲間に支えられて今があるわけですが、10年後の今もこうしてハンドボールを続けられています。



自分で決断した道が正しいかどうかなんてその時は誰にも分かりません。
僕はいつもこういう気持ちでやっています。

『正解だったと思えるように決断した道でベストを尽くして頑張ろう!!!自分で決断した道を、自分自身で正解にしていこう!!!』

まあ、そんなん言いながらも足踏みしたり、立ち止ったり、斜めに進んでいたりの連続ですが・・・

それでは皆さんよい週末を!!!僕は明日アウェーで第4戦です。



スタートラインに立つまで…

2006年10月12日 | ハンドボール
昨年度いっぱいでホンダ熊本を退団し、7月のドイツ行きが延期になり『ESV Lok Pirna』と正式契約に至るまで本当に不安との戦いだった。僕はこのまま引退なんか?人の事を教えに行っている場合ではないのではないか?こんな事をしていて意味あるのだろうか?生活するのに困ってハンドボールすら出来なくなるのではないか?本当に苦しかった。


ドイツ行きが延期になってからの一ヶ月間、日本で色々なチームに自分の練習や指導に行かせて貰う傍らでヨーロッパと連絡を取り続けた。ハンドボール関係者には『いくらドイツでも3rdや4thリーグはレベルが低すぎるから、止めた方が良いのではないか。』ともアドバイスされた。『ドイツも含めてヨーロッパの他国の1stや2ndリーグのクラブが興味を示しているから、もう少し様子を見てみよう。』とも言われた。しかし、時期が時期だった。もうヨーロッパではシーズン開幕直前だった。結局、具体的な話には及ばず、現実的な可能性はかなり低いのは明確だった。このままプレーするところ無く引退だけは避けなければ…。なりふり構っていられなかった。今期プレーできるクラブを一刻も早く決めなくてはいけなかった。そんな矢先に今回契約することになった『Pirna』から具体的な契約内容を示したメールが8月中旬に届き、直ぐにでもドイツに来て欲しいと言われた。僕は迷わず航空券を購入した、もう来るなと言われても行くつもりだった。この時点ではまだ他国のクラブからの話も平行して来ていたが、とりあえず自分の目で『Pirna』を見てみようと決めた。


昨シーズン途中にヨーロッパ挑戦をしようと思うようになってから、クラブを決める為に以下の判断基準を自分で定めていた。

・生活に不自由ないサラリーを得られるクラブであること。
・活躍&出場のチャンスが多く掴める可能性が高いクラブであること。
・トレーニングが十分につめるクラブであること。

年齢も29歳(なんとなくヨーロッパでプレーしたいと思ったのは大学4年生の頃。ヨーロッパ挑戦を決断したのは28歳)であるし、自腹を切って練習生としてでしかクラブに入れないのであれば、自分にはヨーロッパは無理だと言うことだと見切りをつけていた。また、僕は選手として成長するためはコンスタントにゲームに出て活躍することが、何よりも大切だと考えている。1stリーグ(あまりにも自分とかけ離れた高いレベル)をむやみに求め過ぎて、出番が少なくベンチを外れることが多いようでは本末転倒である。自分の能力・成長に適したクラブを捜すことが重要だった。その他にもその国の言葉を勉強したいとか住居や車を提供して欲しいとか。条件は挙げだしたらキリがないが最低限、以上の3つはクリアしている事がクラブを決める際の判断基準だった。


では『Pirna』はどうか?
少なくともこの3つ条件はクリアしていた。


問題は『Pirna』が所属する4thリーグ自体のレベルだが…。現時点では三試合を終えただけなので4thリーグのはっきりしたレベルは分からない。4thリーグ…。正直に言ってここでいいのか?という気持ちは全く無いといったら嘘になるだろう。


しかし『Pirna』に限って言えば、幾つか課題はあるものの、個々のポテンシャルは高く、チームとして成長する可能性が非常に多く残っている。何よりもクラブ全体に今期3rdリーグに昇格するという良いモチベーションがある。僕自身もまだまだ発展途上、このクラブと共に成長していけそうだと感じた。僕と同じポジションには昨シーズンまで5年間オーストリアの1stリーグでプレーしていたチェコ代表のマルティンがいる。無条件でポジションが確保されているわけではない。監督からはサイドと45度の両ポジションをこなして欲しいと言われ、現時点ではサイドでの出場機会の方が多い。トップDFにしろサイドにしろ自分のプレーの幅を広げる良い機会だ。


『Pirna』に帯同すること3週間、僕は今期このクラブでプレーすることを決断した。僕はようやくスタートラインに立つことが出来た。いよいよここからが勝負。一年後、そして現役を終える時に今回の挑戦・決断が間違っていなかったと自分自身で感じられるようにまずは『Pirna』で頑張ろうと思う。




『No94』

2006年10月11日 | ハンドボール
どーも!!!日本もめっきり寒くなってきたと聞きます。

エストニアもスウェーデンもかなり寒いらしくみんな風邪気味みたいですが・・・

僕まだ短パンです。

風邪も全く…

馬鹿は風邪ひかん・・・

昨日は昼前にマルティンとスタニスがいきなり『サウナ行くぞ!!!』ってペーパーと僕を迎えに来たので4人で行ってきました。

No3マルティン(チェコ人・昨年まではオーストリア1部リーグで5年間活躍・前回チュニジア世界選手権出場)
No15スタニス(2m110kgの巨漢・自称チェコモンスター)
No19ペーパー(本名ジョセフ。うちの司令塔というよりも切り込み隊長って感じのセンター!!!なんとなく雰囲気がホンダGKの吉井さんに似てる。)
↑噂のチェコ三人衆の顔写真は『Lok Pirna HP』でご覧ください。

このスポーツセンターにはサウナの他にもレストランもジムもテニスコートなどが揃っているので4人で試合の前日や翌日によく行きます。しかもこのスポーツセンターはピルナのスポンサーにもなっているので僕達は無料で使わせてもらえるのでしょっちゅう行きます。

僕は筋トレしてから、サウナと水風呂で試合の疲れを取るとともに夜からの練習に備えました。

夜は20時からチーム練習。昨日はサッカーの後にボール2つでのキャッチボールやランパス、3対3の速攻など。試合後なんでコーディネーション能力とコンディショニング調整をかねたメニューでした。練習後はいつものようにロッカールームでビールです。

練習終わって帰ってくると22時半とか23時なんでどうしても夜が遅くなりがちなんですよね最近。

大量に作ったカレーが4食も続きさすがに飽き飽きしていたので練習後ペーパーを部屋に呼んで2人でカレーがっつきました。しかしペーパーよく食うわ!!!カレー完売!!!



話は大幅に変わり、ピルナのHPご覧になった方からもありましたが、櫛田が腰田なっているらしいですね。こっちの新聞でも『Ryosuke Kushida 』が『Ryosuko Kushida』になってましたしね。どうもドイツ人には日本人の名前は憶えにくいみたいですね。

僕はチームで『Kushi』って呼ばれています。『Zabi』ではないんですよ。

フルネーム言っても忘れるやろうと思ってはじめに『Please call me Kushi!!!』って自己紹介してもうたんでそのまま『Kushi』が定着してしまいました。

チェコ三人衆はたまに『Kushi-Moto』って呼んでくるんですわ。なんなんそれって感じで聞いてみたら、チェコのスラングみたいで、『クッシー』とか『クシダッチ』みたいな意味らしいです。僕はあんまり気にしてませんけどね。

ピルナのHPのだと僕の背番号『27』になってますけど、あれは間違いですね。正しくは『94』です。今も『94』で試合に出ています。と言うのも『番号何番がいい?』って聞かれて日本と同じ『20』にしようと思ったんですが、すでに『20』は他の選手に決まっていたんです。それで『日本でKushiって意味の数字とかある?』って聞かれてもうあまりにもベタでどうかと思ったんですけど『クシ=94』かな・・・って感じで『94』に決まりました。

そういうわけで今後とも『左腕坊主94』よろしくお願いします!!!


アッシュクーレと高校生

2006年10月10日 | ザビエル布教活動
皆さんこんばんわ。昨日は結局カレーを大量に作ることにしました。今も朝からカレーを食いました。

さてさて、今日はドイツの事ではなく日本に居るときにお世話になったアッシュクーレの事とそこで頑張る高校生の事を書きたいと思います。

ホンダ熊本を辞めてから、ドイツに渡るまでの約二ヶ月間毎週末のようにアッシュクーレにお世話になった。以前から個人的に注目はしていたが、元チームメイトであり、友人でもある吉田耕平のオーナー就任&技術セミナー開催時から本格的に交流が始まった。

地域密着とトップレベルを目指すという二つの大きな目標を掲げ、辻村代表を中心として活動している。メンバーは高校生から、大学生、会社員、公務員、学校の先生など本当に様々だ。初心者もいれば、かなり凄腕の選手もいるし、主にHPや主務や運転手などを担当している者もいる。役割は様々だがメンバー全員が本当にハンドボールを愛して活動している。

地域密着だのトップレベルを目指すだの口で言うのは簡単だが、彼らは実際に毎月のように地域の中高生と合同練習会を開催しているし、専門の指導者がいない学校にはアッシュクーレから指導者を派遣したり、実際に地域密着型のクラブを実行している。きっと合同練習会に参加している地域の子供たちがアッシュクーレでプレーする日も遠くはないだろう。

僕が熊本を離れる少し前のことだが、奈良県の高校生一年生の女の子からこんな連絡があった。
『進学した先の高校にハンドボール部がなくて、でもどうしてもまたハンドボールがしたいんやけど…私はもうハンドできへんのかな?』
彼女の事は小学生・真弓クラブの時から知っていて、けして上背はないがテクニック&創造性に溢れたいい選手だ。中学生の時には全国大会&JOCでも活躍した。彼女はまだまだハンドボールに餓えていた。中学時代のチームメイトは近畿圏内の強豪高校に進んでいった。
『私もまた真剣にハンドボールがしたい。』
彼女はうめくように言った。

僕はアッシュクーレを紹介した。
『入るかどうかは別にして一度練習に参加してみたら?』
はじめは年上のお姉さん達に囲まれて遠慮がちだった彼女も次第に打ち解け、こんなプレーがしたいと要求できるようになり、徐々に輪の中に入っていった。何よりも笑顔が戻った。
『やっぱりハンド楽しい!!!』
お試し期間の一ヵ月後、彼女は正式にアッシュクーレのメンバーになった。

中学時代のチームメイトとは別の道を選んだ彼女。クラブチームと高校生。決して楽な道ではないけれど、自分で選んだ道。もう一度ハンドボールやってよかったと言えるように頑張って欲しい。『頑張れ・エマ!!!』

この話に限らず、アッシュクーレには様々な境遇の選手が在籍している。一度はハンドを辞めてしまった選手。続ける場所がなくなった選手。でもみんな、だからこそ『ハンドボールが好きだ』という気持ちに気づけたと言う。そういう僕もドイツ行きが延期になりハンドボールできる場所がなくなりアッシュクーレでプレーさせて貰った。

アッシュのみんな本当に二ヶ月間お世話になりました。本当にありがとうございました。一年後また一緒にハンドボールしましょう!!!



開幕3連勝!!!

2006年10月09日 | Oberliga 06/07
いやいや疲れましたね。

昨日の試合。

結果から言うと31対30で何とか勝利!!!

これで開幕3連勝!!!

首位の座をキープ!!!

僕はサイドで50分くらい出場して5得点。

その他にも7MT獲得したり、相手を退場させたり少しはいい仕事できたかな?

ピルナに来てから、サイドで出ることが多くてまだまだ慣れていないんだけど、試合毎に調子は上がってきています。

DFでもピルナは6:0DFと5:1DFを使い分けるんだけど、5:1DFの時トップDFに僕が入ることが多くて体力的にかなりきつい。

昨日も後半相手が追い上げてきて勝負時に『クシと5:1DFいくぞ』言われて、もう足プルプルやったけど、もうそこは生活掛かってますからね。やるしかないのでやったりました。

試合後は足攣りました。ちなみに先週も試合後足攣りました・・・

情けねーな。

試合終わった後は本当、頭皮全開・放心状態です。

昨日はホームゲームだったんやけど、試合後にファンの前に呼び出されていきなりヒーローインタビューみたいな感じに・・・

しかしドイツ語まだほとんど分からないのでひたすらスマイルで乗り切るしかなかったすわ。

今度は昔の阪神のオマリーみたいに『ピルナファンは一番デース!!!』みたいなフレーズ覚えようかと思ってます。

今日は朝から体中ミシミシ言ってますが練習休みなんでサウナでも行こうかな。




話は変わりますが、ブログの背景みんな意外と明るい方がいいみたいなんやね。参考にします。ありがとう。

ちなみに『yuki』さん『ぼぼぼぼぼっ僕は・・・』のフレーズは『ちゃんママ』さんが言うてる通りです。

画家の山下清をモチーフにした花王名人劇場・花王ファミリースペシャルで(1980~97)放映されていた人情ドラマ『裸の大将・放浪記』(芦屋雁之助主演)
の清のセリフです。

『ぼぼぼぼぼぼっ僕はおにぎりが食べたいんだな!!!』が有名ですよね。

思い出せましたか???

それでは!!!